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春を呼ぶものたち

 日本よりも遥か北に位置する英国の冬はとても長いです。空はどんより暗く、雨が多いため湿気っぽい。フットパスもぬかるんでいて、長靴でないと歩けません。雪解けの北海道は、どこも泥だらけになると聞いたことがありますが、ここではその状態が4、5ヶ月続きます。そのため、みなちょっと鬱気味。Seasonal affective disorder (季節性感情障害。通称SAD)になる人も増えます。

春散歩1 正月過ぎに咲き始めるスノードロップ。春がそう遠くないことを知らせてくれる

 そんなドヨヨーンとした日々。外に出るのも億劫になりがち。しかし、愛犬がいる我が家では半強制的に散歩に行かざるおえません。冷たい空気が刺さる外へ、勇気を出して一歩踏み出せば、ご褒美として、心をポッと温かくしてくれる春を呼ぶ野花たちに出会えます。一月ごろ、道脇の土手にスノードロップがまず咲き始め、二月、三月にかけて、水仙、プリムラ(Primula vulgaris)、ヒメリュウキンカ(celandine)、ヤブイチゲ(wood anemone)の順に、大きな木々の下や丘の斜面に花が開き始めると、「もう春はすぐそこまで来ているな」と感じられます。イースターを迎える四月中旬から、イングリッシュ・ブルーベルが一斉に森を占拠し、遅れてワイルドガーリック(ラムソン)の花が真っ白へと変えてくれます。人も動植物も徐々にエネルギーが満ちてきて、ムンムンとしてきます。日々の散歩も、変化し続ける自然に、私と愛犬の気分は上々↑↑、アゲアゲです。

春散歩2

春散歩3 越冬したハチたちも、栄養補給に大忙し。スミレとヒメリュウキンカを行ったり来たり

 目線を少しあげると、二月の寒い時期にリンボク(Blackthorn。スロー・ジンにいれる青い実がなる。)が雪のような花で場を明るくし、三月に入ると梨、梅、ダムソン(Damson。セイヨウスモモの一種。)が我先にと競い合うように白い花を咲かせます。霜が降りなくなる四月中旬になると、セイヨウミザクラ(さくらんぼうがなる桜)、林檎、セイヨウサンザシ(Hawthorne。花は、May Blossomと言われている。)が、透き通った青空へ白い花火を上げているかのように、開花のピークを迎えます。もしかしたら、英国にも花咲か爺さんがいるのかも・・・。日本では、梅、椿、桜、桃などが順に咲始めると、春を実感し、愛でる文化があります。それと同様に、英国人たちも物見遊山に出かけ、花の美しさに思わず立ち止まり、見とれてしまうのです。鬱気味だった心も、カラッと晴れ渡ります。

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春散歩5 英国の春といえば、森に生息しているブルーベル。多くの人たちが見に、森へ足を運ぶ

 森の中ではシジュウカラやクロウタドリなど、野鳥の求愛の歌がサラウンドで鳴り響き、秋に土中に埋めたクルミやドングリを、トランプゲームの神経衰弱でもするかのように、記憶を頼りに、リスがあちらこちらを掘り出し始めます。晴れの日は、羊の親子と共に、ウサギたちが巣から出てきて草を食べ、大きな木の上からは、森の大工キツツキが、「今年もこの忙しい時期がきたぜ!」とみなに告げるように、カカカーンと音が聞こえてきます。さらに土が温まってくると、アナグマ(Badger)がミミズを探しに、森から人様の庭の芝まで、そこらじゅう掻き出し、そんなミミズを渡すものかと地中ではモグラが激走し、小山をポコポコと残していきます。越冬した樹木や果樹がようやく新芽を出すと、待っていましたと鹿がパクリと食べていく。こうなると、農家や園芸家たちの苛立ちは、穏やかな春の日差しでも、さすがに癒せません。

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春散歩7 シャンデリアのような、セイヨウトチノキの花

 春分すぎると陽の光が強くなり、草原の緑が一層映え、まだ冷たい北風に揺らされキラキラと波打っていきます。寒暖差が激しい中、高木の若葉が迷いながらタイミングを見計らうように、徐々に延びてきます。「お先に失敬」と言わんばかりに、まずはメイプルがうぐいす色の葉と房状に垂れ下げた花芽を広げていきます。セイヨウトチノキ(Horse Chestnut)は、大きな手のひらが延びたような葉で、光を掴んでいるかのよう。日がさらに延び始めると、恥ずかしげに円形のハシバミの葉が顔を出し始めます。寝坊助のブナは、なかなか葉芽を開らこうとしません。英国の象徴的な木、イングリッシュ・オークの葉が見え始めると、アフリカから飛んできた渡り鳥たちが巣作りに精を出し、夏へと季節が移ったことを告げています。

春散歩8 子羊たちが、母羊とのんびり日向ぼっこ。英国春の風物詩

 英国での最大の春の祭典イースターは、キリストの復活祭です。ただ、もともとは春の到来を祝う古代の祭りがベースになっているようです。長い冬から目覚め、春の息吹に開放感を得た昔の人々のその気持ち、犬の散歩で春を味わっている今この瞬間、理解できるように思います。自然が還ってくる春に、心が踊る。これが、本来の復活祭なんでしょう。でも、あまりはしゃぎすぎると、満タンになった生命のエネルギーにより、火傷するので注意が必要。五月病は、英国にもやってくるのです。

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