ラングドン自然保護区0

寒い朝に、環境を考えさせられる

 「私たちみたいな物好きが、結構いるんだ。」氷点下まで下がった冬の晴れた朝、駐車場に到着した友人と私は、寒さに震えながら驚いていました。

 年が明けて、ガーデニング仲間から連絡があり、久しぶり会うことになりました。冬は、天気の都合でガーデニング仕事は、やれることが限られ、暇な時間が多くなります。そんな時は、普段できない家のことをしようと張り切るのですが、二、三週間すると家に籠っていることが段々苦痛になってきます。そんなころ、同じようにイライラし始めてきた仲間からの連絡。みなで散々「冬の屋外作業は最悪!」とブツブツ文句を言っていたのに・・・、職業病ですかね。

イングランド東部 ラングドン自然保護区

 どこか歩きに行きたいということで、彼女が昔働いていたラングドン自然保護区(Langdon Nature Reserve)へ行くことになりました。ラングドン自然保護区は、野生動物保護団体であるエセックス・ワイルドライフ・トラスト(Essex Wildlife Trust)が管理している地域です。ロンドン市内から東に約51キロ、バジルドン(Basildon)という第二次世界大戦後にできた大きなニュー・タウンがあり、その端すれすれの461エイカー(約56万坪)を保護区として、団体が所有しています。

 車で到着すると、寒さ厳しい平日の朝にも関わらず、すでに車7、8台が駐車され、予想以上に訪れているひとたちがおり、びっくりして思わず友人と顔を見合わせてしまいました。普段は、冬の湿気(英国は、基本冬が湿気が高く、夏が乾燥してます)のためにぬかるんでいるであろう道も、石のようにカチカチに凍結し、吐く息が白い煙となって舞い上がるほどの冷え込みの中、友人の犬二匹を引き連れて、歩き始めました。斜めから降り注ぐ朝日が眩しく、大地からの冷気と共に、体を完全に眠気から覚させてくれます。

 産業革命で損なわれた自然を取り戻そうと、19世紀後半から自然保護運動が英国で盛んになり、そこで生まれたチャリティ団体のひとつであるワイルドライフ・トラスト。銀行家であり動物学者であったチャールズ・ロスチャイルドが、自然破壊と大衆に広まったスポーツハンティングによる乱獲によって激減した野生動物を守るために、1912年に設立した団体が始まりとなります。その後1957年に各地で独自に設立されていた野生動物保護団体が結集し、全国規模での連盟を組む動きとなり、自然保護チャリティ団体トップのひとつにまで成長しました。現在は、ワイルドライフ・トラスト(正式名は、The Royal Society of Wildlife Trusts。チャールズ皇太子がパトロン。)として全国レベルの活動やキャンペーンを取りまとめ、その傘下に47の地方保護団体が存在し、各地域の保護活動を行なう、二段階組織となっています。47団体の財布は、それぞれ別になっており、活動内容も地域により微妙に異なりますが、野生動物を守るための環境作りという信念を共有し、ロゴやPRでのデザインを統一することによって、連帯感を強く打ち出しています。会員登録数は、現在80万人。

ラングドン自然保護区1 看板右上にあるのが、アナグマを使ったトラスト全国共通ロゴ

 ここラングドン自然保護区も、住宅街脇にあるとはいえ、野生動物が住みやすく、それでいて訪れる人々が自然を楽しめるよう、保全とレクリエーションのバランスをうまく考えて管理しているのが、歩き始めてからすぐわかり、ワイルドライフ・トラストの信念が窺えます。友人のガイドのもと、丘の麓から、斜面を登りながら上へとゆっくり歩いて行く中、森に響き渡る野鳥の鳴き声に耳を傾け、半分凍った池にいる水鳥が羽を膨らませ肩を寄せ合う姿に同情しつつも笑い、野生動物の餌となる虫が好む草花を植えてある庭に興味惹かれと、なかなかバラエティに富んでおり、飽きることがありません。

ラングドン自然保護区2 ワンコたちも、散歩でリフレッシュ

 このラングドン自然保護区を所有しているエセックス・ワイルドライフ・トラストは、エセックス州内の自然保護区87ヶ所、自然公園2ヶ所、ビジター・センター11ヶ所を所有・運営・管理していて、ワイルドライフ・トラスト47地方団体の中でも、規模が大きく、今一番勢いがある団体のひとつです。つい最近も新たなビジター・センターがオープンしました。人口が集中し、地価が上がったロンドンからエセックスに移り住む人々、特に小さなお子さんがいる家族が、子供たちと一緒に安全でお金をかけずに楽しめる場所として、エセックス・ワイルドライフ・トラストの保護区を訪れているようです。都会にいた人たちは、身近にある自然のありがたさを、飢えていた分よくわかっているので、熱心な支持者になってくれているように見受けられます。そんな子供たちを持つ家族や学校をさらに呼び込もうと、2016年に作者のビアトリクス・ポター誕生150周記念の一環で、ピーターラビット™・ウッドランド・トレイル(The Peter Rabbit™ Woodland Trail)と題し、 ピーターラビットに登場するキャラクターの木彫が、ラングドン敷地内のところどころに設置され、子供達に訪ねてもらうトレイルがイースター(復活祭)にお披露目となりました。湖水地方に行かずともピーターに会えるということで、人気となっています。またビジターセンターには、ピーターラビット関連商品がたくさん陳列されていました。きっと契約上でのお約束なのでしょう。

 友人と世間話をしながら歩いていると、向こうから、ヘッドフォンで音楽を聴きながら、腕には何かを計測するものを装着し、ペットボトルを腰に巻きつけてランニングしている女性が、「おはようございます」と言って走り去っていく。そうかと思えば、車椅子に乗った男性が、二匹の犬を連れて散歩しながら、「今日は寒いけど、清々しい天気ですね」と笑顔で挨拶してくる。きゃっ、きゃっと声がするなと思ったら、自然学習の一環で訪れているのであろう20人ぐらいの小学生たちに、引率の先生が「こっちに行きますよ」と叫んでいる姿が見えました。

 エセックス・ワイルドライフ・トラストの自然保護区は、どこもそうなのですが、利用者に対して、特に保護理念を押し付ける感もなく、歩道には必要最低限の情報しか提供せず(その分、入り口やビジターセンターではしっかり保護区の説明がされているが)、しかし、さりげない工夫が随所にほどこされており、訪れた人々も気楽に、自分たちのスタイルで利用できる。だから、野生動物観察、自然授業、ランニングなどのスポーツ、犬の散歩など、年齢も、タイプも全く違う人々が、それぞれの目的でこの場を楽しんでいる姿があり、歩いている私も野生動物観察だけでなく、人間観察もできてなかなか面白いです。

ラングドン自然保護区3 歩道が整備されているので、車椅子でも楽々

 「私が勤めている時に、この保護区で、アゲハチョウ目撃情報が入ってきて、一時大騒ぎになったことがあったの」と蝶のために萌芽更新で伐採された木々を横目に、友人が話し始めました。「私は、そんなの英国で絶対にありえないと言っていたけれど、温暖化だの、気候変動で動植物が北上している話などがあって、もしかして・・・って、みな思い始めていたの。正式に公表しようと動き出した矢先、実は近所の住宅街でアゲハチョウをお土産にどこかから持って帰ってきて、外に放したひとがいたことがわかったのよ。アゲハチョウが、ここで生き残れるはずがないじゃない。お騒がせな話よ。信じられない」と彼女の笑い声が森中に響き渡りました。エセックス・ワイルドライフ・トラスト存続のためには、保護区での活動や会員に対する教育向上はもちろん大切ですが、それと同時に敷地周辺の地域住民や地方行政の理解を深めていくことがさらに大事なんだなと教えられました。きっとそんなこともあり、ビジターセンターで購入した案内書の説明文中に、”A large amount of the reserve is surrounded by houses. This brings many unnecessary pressures on the reserve.(この自然保護区は、ほぼ住宅に囲まれていて、不必要な弊害を受けています。)”と書かざるおえなかったのかなと彼らの苦労を感じます。

ラングドン自然保護区4 プラットランド最後に残った家

 ラングドン自然保護区には、自然以外にも、ちょっとユニークな歴史があります。ここはもともと、農地でした。ところが1900年代に入り、硬い粘土質の土地を耕す労力と安い輸入食品による生産力の低下により、このあたりの農地が徐々に売りに出されました。そして1930年代ごろから、田舎の空気を吸いたいロンドン住民がプロットランド(Plotlands)と呼ばれる小さな土地を買い始め、簡易コテージやバンガロー、物置小屋などを建て始め、週末や休日をここで過ごすようになりました。全盛期には、200件ほどの建物や庭があったそうです。第二次世界大戦に突入すると、人々は難を逃れここに疎開し、本格的に住み始めるようになりました。しかし大戦後は、ニュータウン開発でほとんどの土地が取り込まれ、プロットランド最後のコテージも、1980年代に住み手がいなくなり、エセックス・ワイルドライフ・トラストに寄贈されました。保護区内には、プロットランドであった時代の旧跡も随所に残されており、活気に溢れていた時代を語り継いでいます。

ラングドン自然保護区5 霞んでいなければ、ロンドンが見える

 丘に上がると、ところどころで展望が開け、なだらかな大地が続いていくのが見えました。友人が目の前を指差して「この先にロンドンの中心街が、霞んでいなければ、はっきりと見えるの。聞いた話によると、ここに疎開してきた人たちは、この丘の上で、ドイツ軍の空爆によって焼かれていくロンドンを、ただただ見つめていたそうよ。」野生動物のパラダイスから、地獄絵へと一転。戦争が急に身近に感じられ背筋がゾクッとしました。この大空襲のように悲惨な戦争をヨーロッパで二度と起こさないために、欧州連合(EU)ができた経緯があります。しかし、そのEUから英国は今離脱しようとしている。複雑な思いで、遠くに見えるであろうロンドンを眺めていました。人々の生活を激変させてしまうような歴史的出来事について、何かの記念碑が立っているわけでも、どこかに記録されているわけでもない、ひょっと訪ねた土地で、ごく普通の一般市民から話を聞く。これほどリアルで強烈なものはありませんでした。

 今回は、気分転換のために、たまたま訪れたラングドン自然保護区。しかし思いもよらず、いろいろな話を通して、環境保護とは何ぞや?と改めて考えさせられる機会となりました。まずは人々の暮らしが守られて初めて、野生動物や自然について考えられるということは、確かだと思われます。

19th January 2017, Thurs @ Langdon Nature Reserve, Essex

参考資料:
エセックス・ワイルドライフ・トラスト www.essexwt.org.uk


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