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 私はありがたいことに、ここ一年ほど、世界のトレイルを直接肌で感じるチャンスを、与えられている。5年ほど前から、ガーデニング業の傍ら、英国のフットパスとトレイル、環境保護、自然教育などを趣味レベルだが自分なりに調べ、日本ロングトレイル協会を通じて、時々発信している。専門家ではない、英国に住む日本人主婦の私に、そのような機会を設けてくれた協会には、感謝しかない。その協会は、現在World Trails Networkという全世界のトレイル関係者が未来のトレイル文化発展のために活動する団体のメンバーになっている。私は、協会とWTN間の連絡係役を仰せつかり、世界のトレイルと日本のトレイルの橋渡しをしている。  ここ最近WTNメンバーたちから聞こえてくるのは、コロナ禍は世界各国のトレイル運営にも大きな影響を与え、トレイルのあり方を再考せざるおえなくなっているということだ。トレイル閉鎖、ロックダウンによる運営陣の人材と財政不足、スルーハイクやイベントの中止、保全の大幅な遅れ、新たなトレイル設立の延期など、厳しい状況は、日本だけでなく、世界中どこも同じようである。その一方で、野外活動が人気を博し、アウトドア商品の売れ行きが急上昇している。日本含め世界どこでも、デイハイカーが急増し、新規利用者や家族連れが大きな伸びを見せている。また、このご時世でsolitude(ソロ活動)が話題沸騰中である。そんな中、新たな問題も発生してきている。サウス・ウェスト・コースト・パスでも起こっているホットスポットが、米国アパラチアン・トレイル、カナダのオンタリオ・トレイルをはじめ、レバノン、ギリシャ、南アフリカなどのトレイルでも起きている。人気が集中した理由には、どうやらSNS上の投稿が、発端らしい。また、何の知識もない新規利用者に安全やマナーを教育することも急務となっている。  この新たな現象と問題は、トレイル運営陣のみで対応するのにはあまりにも急激に規模が大きくなりすぎている。そこでWTNは、今年6月11日から英国コンウォールで開催されたG7サミットの公式イベントとして、World Trails G7 Summitをオンライン上で開催し、諸問題解決の協力要請と高いポテンシャルを秘めているトレイルへの投資を、政府や関連機関に訴えることにした。G7とゲスト国合わせて全12カ国のトレイル代表が参加した中、大変名誉なことに日本代表のパネリストとして私が選ばれた。参加国それぞれ3分間のプレゼン時間を与えられた。日本のトレイルは、世界のトレイル専門家の間でもそれほど知られていない。そこで、1200年の歩く旅の歴史、八百万の神の国における自然保全、日本独自のトレイル風景など、しつこいほど「ニッポン」を強調し、他国と共にトレイルを盛り上げたい気持ちを3分間の短いプレゼンにまとめ上げた。手前味噌だが、大変好評で、日本のトレイルの存在を少しはアピールすることに貢献できたかもしれない。 World Trails G7 Summitでは、全12カ国のトレイル代表が参加 ©️World Trails Network  コロナ禍で予想をはるかに超えて、トレイルに注目が集まっている今、WTNとしては、この流れをしっかり握り、トレイル歩きが人々の旅や生活のスタンダートになるように推し進めていきたい意向のようだ。そして、さらに50年、100年先まで持続可能なトレイル作りを、自治体、地元民、利用者と共に実現していきたいと考えている。そのための策のひとつとして、世界同一記念日、World Trails Dayを立ち上げてようと動いている。また、これを機に子供達にトレイルの楽しさをもっと知ってもらい、ゆくゆくは次世代の育成と繋げていく狙いもあるようだ。歩くことが、アウトドアや観光からだけでなく、コロナ禍における健康、安全、社交など多方面から注目を浴びていることは、大きな希望となりえる。その大きな流れに日本も上手く乗りつつ、日本独自のトレイルを確立することで、世界に誇れる魅力溢れる財産を得られるように感じる。  トレイルだけではなく、他のアウトドア団体、自然保護団体も、このチャンスを逃すまいと動き出している。Re-wilding, Sustainability, Biodiversity, Green Spaceをスローガンに上げて、政府に、企業に、国民に、自分たちのミッションを達成させるために、この波に乗って、たたみかけようとしている。温暖化問題、生物多様性の保全を政府に働きかける市民団体Extinction Rebellionの動きもますます活発になっている。  今年の英国の初夏は、梅雨のような日々が続いている。自宅近くの森へ行くと、ブナの葉に雨が当たる音が、全方向から聞こえてくる。まるで、大合唱のようだ。その中に佇み、耳に傾け、「嗚呼、自然に生かされているんだな。」と改めて感じる。そのことを忘れずに、何をすべきか、今一度それぞれが考える時なんだと痛感している。 [embed]https://www.youtube.com/watch?v=-xZiSrkzT0o[/embed] セツダのプレゼン動画 ©️World Trails Network 【この記事は、自然体験.comに連載された記事『英国カントリーサイドにて』を再編したものです。】 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

 悶々としているのは、私だけではなかった。パンデミックという今まで経験したことのない事態に、周りのひとたちもどう対応するべきか、何が正解なのか手探り状態で、非日常の日常をこなすことで精一杯のようだ。何に対して戦っているのかも分からず、先行き不透明な状態に陥る。ストレスはマックスにまで膨れ上がり、もう家で大人しくしていても頭がパンクしそうだ。そう思った人たちが、ウォーキングに、サイクリングに、ポンポン外へ飛び出していた。1日1回外での運動を許可されていた英国で、人々は制限をできる範囲内で拡大解釈し、工夫を凝らして、外出を楽しみ始めていた。気がつけば、私の住む静かな村には、いつもより人が増えている。明らかに今まで野外活動をするタイプではなかった人たちまで、フットパスを歩いていて、ちょっとした混雑が生じているではないか。ソーシャル・ディスタンスをそれほど気にしなくていいはずの野外で、人との距離に神経を遣う。「なんだ、これ?」 医療従事者たちへ子供達が描いた虹が、窓に飾られている光景をよく目にした  また、もうひとつ注目したことは、ロックダウン中、毎週木曜日夜8時になると、医療従事者たちに感謝の意を表す”Clap for Heroes”というキャンペーンが全国に広がっていたことだ。私の村でも皆それぞれの庭に出てきて、拍手したり、鍋やバケツを叩いたり、楽器を奏でたりして、「ありがとう」を伝えることが、ロックダウン生活の一部となった。このときが唯一人々が集まり、何かを一緒にすることができ、皆の心を和ませている。ネット環境が整っている現代、会えない人や行けない場所に繋がることはできるが、やはりそれはあくまでもバーチャル。直接ふれあうのとは、全然違うのである。そんなことを人々が再認識したのが、この”Clap for Heroes”だったように思う。皆の笑顔、そしてお互いを労う姿がとても印象的で、私もホッとして救われたのである。  20年春から初夏にかけて天気が安定してくると、自宅で過ごすことが多くなった人々は、普段できないガーデニングや家庭菜園、DIY、アート制作に勤しんだ。すると、それらに関連する品物の争奪戦が勃発し、店からもネットからも売り切れが続出する。コロナ禍とEU離脱による影響で、供給側は追加入荷が間に合わず、消費者は苛立ち、クレームが増え続けた。私も庭仕事で必要な培養土を探し回ったが、全て店から消えていた。店側も、政府の方針と需要と供給の落差に振り回されて疲弊していた。例えば園芸店では、第1回のロックダウンで店を強制閉鎖していたため、初春の人気植物を破棄せざるを得ず、大きな損害を出していた。その後の、この異常な品薄や品切れ状態。私の馴染みの園芸店スタッフも、「どう対応していいか分からないよ」と苦笑していた。しかし、人々が植物を育て、体を使って何かを創造しようとすること自体は、今後、面白い刺激を社会にもたらすような予感がした。ガーデニングは英国のお家芸である。アロットメント(市民農園)の制度は、1500年代後期からすでに存在している。今、再度彼らの中にあったDNAが目覚め、熱を帯び始めようだ。  20年7月ごろに、ロックダウンはほぼ解除された。待ってましたとばかりに、ロンドンなどの大都会からここ南西部に、人々がどどっと押し寄せてきた。週末になると、主要道路は大渋滞になり、名所付近では駐車場に車が止められず、外にまで溢れ出て道を塞ぎかねない状態になっていた。南西部海岸線沿いのトレイル「サウスウェスト・コースト・パス」には、眺めの良いポイントに人々が集中するホットスポットができ、行列ができる異様な光景が出現し、全国紙の一面にも載るほどのニュースになった。もう、ビーチもフットパスも芋洗状態。こんなことは、以前にはなかったことである。運営側や地方自治体は、動けるスタッフの人数を制限しているために、トイレや売店を開けることができす、対応が大幅に遅れた。また、利用者の安全確保も懸念材料となり、頭を抱えていた。利用者たちは、節度を持ち合わせていないわけでないが、それ以上に自然の中でリフレッシュしたい気持ちが強過ぎて、抑えることができないようだ。この様子を、観光業に頼っている地元民は「来て欲しいけど、来て欲しくない」と、複雑な思いを吐露していた。しかし、新規利用者獲得といった新たな可能性も生まれ、アウトドア業界や観光業に少し光が見えてきたように思う。あとはタイミングの問題か。「どうか、それまで業界の体力が保ってくれ!」 つづく *第三部は、こちら >>。 【この記事は、自然体験.comに連載された記事『英国カントリーサイドにて』を再編したものです。】 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

 2020年春。新緑がようやく長い冬から目覚めた。小鳥たちが求愛の鳴き声を響かせ、ミツバチたちは、蜜を探して忙しく飛びまる。子羊たちが初々しく親を呼ぶことが聞こえてくる。いつもの生命力満ち溢れる、英国の春の訪れ。人間たちも、心なしか、ウキウキし始める。しかしそんな待ち望んだ春の中、私は清々しい空を見上げて、どうしようもない疎外感を感じた。ふっと、大きなため息がでる。  2020年始めに東アジアで広がり始めたCOVID-19は、あっという間に欧州にも広がり、英国政府も慌てて3月末から、ロックダウンを実施せざるおえなくなった。現在、英国の田舎サマセットに住んでいる私には、ちょっと買い物が不便になった程度で、日々の暮らしに、それほど大きな変化もなく過ごしていた。感染者数も都会に比べたら、そう多くなく、アジア人だからと何かいやな思いもすることもまったくない。確かに予定していた計画や旅行ができないことに、苛立ちはする。でも、それはみな同じ状況。見えない圧による閉塞感もあるけれど、それも想定内といえば、そうだ。にも関わらず、なぜこんなにも気持ちが落ちて、焦っているんだろうか。  ロックダウンが始まると、人々の活動が止まった。いつも聞こえる飛行機や車の騒音、近くの小学校から聞こえる子供達の声、誰かが作業をしている音。すべてがぴたっと止まった。異常なほどの静けさの中、五感に流れ込んでくるのは、春を謳歌している周りの自然の気配。普段なら癒されるはずなのに、今はその自然に対してイライラしている。人間は止まれと言われているのに、自然はそんなことは御構い無しに先へ先へと進んで行くからだ。自分は自然の中の一部だと認識していたはずなのに、突然大きな壁がドーンと立ちはだかり、取り残された気分だ。それが、どうしようもなく虚しい。「ねー、待ってよ。置いていかないで。」  ガーデニングを生業としている私には、自然とのふれあいは、生活の一部であり、いつも意識していることだ。しかしここにきて、思いっきり失恋したみたいだ。というか、ただの片思いだったのかもしれない。Wildlife Friendly, Re-wilding, Sustainability, Organicといった言葉に敏感に反応し、言葉にしてきた私に対して、「そんなことを求めてはいないよ。あんたなしでも、生きていけるんだ。」と自然に突きつけられたようで、失望を超えて、滑稽に思えてくる。癒しや豊かさを望んだ私のとんだ勘違いだったのか。よく考えたら、今回の大騒動を巻き起こしたウィルスにしたって、自然の一部なのだ。「こちらが自然に寄り添おうとしても、いつでも手厳しいな。ただえさえ、通常営業ができなくて、凹んでいるのに、この塩対応どうなのよ。もっとやさしくしてよー!!」空に向かってぼやいても、答えは返ってこなかった。ただの八つ当たりである。 つづく *第二部は、こちら >>。 [embed]https://www.youtube.com/watch?v=ez-B8j8VZcA[/embed] 2020年日本ロングトレイル協会 オンライン・シンポジウムに向けてのメッセージ 【この記事は、自然体験.comに連載された記事『英国カントリーサイドにて』を再編したものです。】 参考:2020年日本ロングトレイル協会 オンライン・シンポジウム ロングトレイルを歩こう 第1部「アフターコロナの歩き方」 ロングトレイルを歩こう 第2部「第8回ロングトレイルシンポジウム」 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

ロックダウン中、公共施設は、すべて閉鎖となった  2019年末からのコロナ禍。それに伴い英国では、2020年3月末からロックダウン状態になりました。  「ああ、どこかへ飛んで行きたい。」  ド田舎に住んでいる私には、さほど影響もなく生活しているのに、見えない緊張感と閉塞感で押し潰れそうになり、息苦しくなるのです。どこにも行けず、ただただ空を見上げ、籠の中から飛び立ち自由になる鳥の妄想をする日々が続きました。 ロックダウン後のフットパス  ロックダウン後、英国国内では車や飛行機の交通量が減り、大気汚染が改善され、ロンドンの二酸化窒素(NO2)量は、前年比で40%近くまで減り、全国の騒音が50%減った*1と報告がありました。私の家の周りも、鳥たちの鳴き声が響き渡り、遠くから羊の親子が呼び合う声がはっきりと聞こえてきます。星空はいつもより鮮明に見えるし、フクロウのホーホーと鳴く音が、妙に心を落ち着かせてくれます。そんな自然の癒しで少しでもリフレッシュしたいと、外を散歩したり、サイクリングしたりする人たちが通常の3倍ぐらいになり、フットパスはちょっとした混雑状態。今まで近所を散策したことがないであろう人たちの姿をたくさん見ました。ある友人は、「40年近く住んでいるこの土地で、今まで一度も歩いたことがなかったフットパスがあったけれど、今回初めて歩くことができたよ」と言っていました。 コロナ禍で、医療従事者に対する敬意と配慮が重視され始めた  YouGov pollによるとロックダウン中74%のひとが、何らかの運動したと答えており、そのうち女性は10人中6人、男性は半数がウォーキングを選択したとのデータ*2があります。自分の周りにある自然は、人間にとっての非常事態とは無関係に、何事もなく進んでいくことに安心すると共に、人間だけがあたふたして置いてけぼり状態で、思わず苦笑いしてしまいます。それでも、みなが近所を散歩する姿は、先行きが不透明な今、何かを変そうな予感がして、微かな希望の光ように映ります。今課題になっているソーシャルディスタンスが、ただ感染予防という点だけでなく、今後人と人とのの関わり方と距離間を変え、人々がもっと外へと出て行く機会が増えそうな予感がします。 心身の健康保持とソーシャルティスタンスのため、ウォーキング、サイクリングをするひとが、圧倒的に増えた 私たちを影で支えている人たちを想う ヘリコプターだけはロックダウン中も頻繁に飛行していた  そんな静かな空を見上げながら散歩していると、突然爆音が平穏を切り裂くかのように、ヘリコプターの姿が現れます。自宅近くには、ヘリ工場があり、基地もあるため、よく飛行していくのです。ロックダウン中でも、多い時には1日20機ぐらい飛んでいきました。飛び越していくヘリの姿を、私は無意識に毎回目で追いかけてしまいます。18歳の夏、山小屋で1ヶ月住込みでバイトをしたことがあり、ヘリが物資を運んだり、人命救助にあたる姿をよく見ていました。そのため、ヘリはライフラインであり、最前線で戦うものと私の脳みそに刷り込まれてしまっているのです。誰かの命を守るため、日夜私たちの健康と安全な生活を守るために、飛んで助けに行くヘリを眺めながら、感謝の気持ちと共に、私はこんな能天気にしていていいのだろうかと、複雑な気持ちになります。今回のパンデミック下では、財力、権力、テクノロジーがそれほど役に立たず、近年社会からぞんざいに扱われてきた、医療、福祉、食品小売業、物流、第一産業など生活の基本となるものが、一番大切なんだと思い知らされました。どれだけの人たちが影から支えてくれていて、私たちの当たり前を成立させているのか、改めて考える必要に迫られているように感じます。 医療従事者に感謝の印として、子供達が描いた虹の絵を窓に貼っているのが、そこら中で見受けられた 近所の子供達の虹アートに感化されて、私も前庭に色付けした柳と羊の毛で虹を作ってみた アウトドアスポーツは、危機管理能力を上げる  私がここで書いている「歩き」を含めたアウトドアスポーツも、高揚感、癒し、達成感を求め楽しむ遊びではありますが、一歩間違えれば、ケガや遭難事故で悪夢となりかねない、紙一重の細い線を綱渡りしているようなもの。そんな遊びを実現させてくれ、少しでも安全で楽しめるよう、見えなところで守り続けている人たちがいます。器具調達、ルート確保と整備、食事やトイレ、情報提供(地図・天気・ルートなど)、宿泊施設、万が一の時には救助など、実に多くの助けが必要となるわけですが、それらをサポートしてくださる方々の功績は表には出てきません。私のような凡人のぶらぶら歩きですら同じで、どれほどの支えがあって、無事に行えることができているのか、歩く旅ができない今だからこそ、振り返り思うのです。そして、そんな彼らに何か少しでも恩返しをしたいと思った時、自分に何ができるのか考えていくと、「危機管理」という言葉にあたりました。もちろん、ボランティア活動や寄付などで直接奉仕することも素晴らしいと思いますが、まずはその人たちの努力を無駄にしないように、ひとりひとりのアウトドアスポーツでの危機管理能力をもっと高め、行動することが、最低限必要だと考えます。なぜなら、場合によっては、自分の遊びによって、彼らに大きな負担をかけ、最悪命を奪うことにもなりなねない。リクスをすべて回避できずども、下げる努力は常に忘れてはいけないなと思います。  また、今回のパンデミックを含めた災害は、いつ起こるのか予測はできません。せめてできることは、災害などが起きた後に、周りにいる人間と協力して多くの人命を救助し、減災に努め、心身共々安定した生活へ戻せるかが重要であり、それしかコントロールできないのが、人間の限界だと思います。「想定外」のことが起こるのは、想定内なんじゃないかと。1995年に起きた阪神淡路大震災の時に「救出してくれた人は誰か」という調査で、自力が35%、家族に32%、友人・隣人28%、通行人2%、これらを自助、共助と呼び、合わせると97%となります。それに対し警察や自衛隊などの緊急時の救助を業務としている組織による助けは、公助と呼ばれ、それはわずか2%という結果*3がでています。災害が大きければ、公助には限界があり、政府や自治体に頼っていては命は救えず、自分たちで何とかしなくてはならない。今回のコロナ禍でも、改めて確信しました。それに、危機とは災害だけでなく、個人の日常生活上でも、いつ何時でも起こりえるものです。そのためにも、日頃から「危機管理」のトレーニングをしておく必要があるということだと思います。それができる場は、予測不可能な自然を相手にするアウトドアスポーツなのではと、素人の直感レベルですが、感じています。 自然災害大国日本が、世界にできること ピーク・ティストリクトでのトレラン大会にて、緊急時のために待機していたチャリティー団体、Mountain Rescue England and Walesのスタッフ。彼らのような人たちの助けを忘れずにいたい  そしてさらに図々しい主婦の私は、日本こそが危機管理能力向上トレーニングの最適な場となり、世界をリードしていける可能性があるのではと、勝手に大きな絵を想像しています。なぜなら、日本は世界有数の自然災害大国だからです。それを自慢することではありませんが、日本の自然、社会、そして文化は、この自然災害に良くも悪くも大きな影響を受けて成り立っている以上、それを一つの特徴とし、その経験値を生かして、リスク、そしてクライシスマネージメントの点から世界に貢献する役割があるように感じます。例えば、東北被災三県に2019年にオープンしたみちのく潮風トレイルのような、災害をひとつのテーマとして織り込むアウトドアスポーツやツーリズムによって、被災地を訪れ、経験談を聞き、今そこで生きていこうとしている人たちと交流することひとつとっても、危機管理意識の啓蒙活動に繋がるような気がします。トレイルのような歩く旅の醍醐味のひとつは、自分、他人、そして人と自然の見えない繋がりを日常を離れてじっくりと再確認することです。それは、危機管理を考える上で大事なベースにもなりえます。 7月14日に行われたWorld Trails Network代表ガレオ・セインツ氏のネット公開インタビューの様子  ということで、私のような素人は、まず読図、ナビゲーション能力、応急処置法、ケガをしない体力づくりあたりから、危機管理能力アップを始めてみようと思います。そして、歩きまくる。歩くことは、災害避難の基本です。先日World Trails Network代表のガレオ・セインツ氏の公開インタビューがネット上で行われ*4、今回のパンデミックによる災害や自然災害の観点からも、安全で楽しめる歩く場がさらに求められるようになり、今後の街づくりにも大きな影響を与えると言っていました。  ということで、まず歩こう!!影にいる人々に感謝しながら・・・。 * World Trails Networkが、新型コロナウィルス下でのトレイル利用と運営についてのガイドラインを世界に向けて発表しました。ぜひ参考にしてみてください。 Covid-19 and Trails Guidelines For Trail User Safety and Trail Protection 参照: *1 British Geological Survey Press Release, 9th April, 2020 *2 YouGov, Changing consumer landscape:  Sports, dieting, and exercise, 21st May, 2020 *3 日本火災学会、1995年兵庫南部地震における火災に関する調査報告書 *4 World Trails Network Chair - Galeo Saintz, webinar interview with the Abraham Path Initiative, 14th July, 2020 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021 ...

 日本よりも遥か北に位置する英国の冬はとても長いです。空はどんより暗く、雨が多いため湿気っぽい。フットパスもぬかるんでいて、長靴でないと歩けません。雪解けの北海道は、どこも泥だらけになると聞いたことがありますが、ここではその状態が4、5ヶ月続きます。そのため、みなちょっと鬱気味。Seasonal affective disorder (季節性感情障害。通称SAD)になる人も増えます。 正月過ぎに咲き始めるスノードロップ。春がそう遠くないことを知らせてくれる  そんなドヨヨーンとした日々。外に出るのも億劫になりがち。しかし、愛犬がいる我が家では半強制的に散歩に行かざるおえません。冷たい空気が刺さる外へ、勇気を出して一歩踏み出せば、ご褒美として、心をポッと温かくしてくれる春を呼ぶ野花たちに出会えます。一月ごろ、道脇の土手にスノードロップがまず咲き始め、二月、三月にかけて、水仙、プリムラ(Primula vulgaris)、ヒメリュウキンカ(celandine)、ヤブイチゲ(wood anemone)の順に、大きな木々の下や丘の斜面に花が開き始めると、「もう春はすぐそこまで来ているな」と感じられます。イースターを迎える四月中旬から、イングリッシュ・ブルーベルが一斉に森を占拠し、遅れてワイルドガーリック(ラムソン)の花が真っ白へと変えてくれます。人も動植物も徐々にエネルギーが満ちてきて、ムンムンとしてきます。日々の散歩も、変化し続ける自然に、私と愛犬の気分は上々↑↑、アゲアゲです。 越冬したハチたちも、栄養補給に大忙し。スミレとヒメリュウキンカを行ったり来たり  目線を少しあげると、二月の寒い時期にリンボク(Blackthorn。スロー・ジンにいれる青い実がなる。)が雪のような花で場を明るくし、三月に入ると梨、梅、ダムソン(Damson。セイヨウスモモの一種。)が我先にと競い合うように白い花を咲かせます。霜が降りなくなる四月中旬になると、セイヨウミザクラ(さくらんぼうがなる桜)、林檎、セイヨウサンザシ(Hawthorne。花は、May Blossomと言われている。)が、透き通った青空へ白い花火を上げているかのように、開花のピークを迎えます。もしかしたら、英国にも花咲か爺さんがいるのかも・・・。日本では、梅、椿、桜、桃などが順に咲始めると、春を実感し、愛でる文化があります。それと同様に、英国人たちも物見遊山に出かけ、花の美しさに思わず立ち止まり、見とれてしまうのです。鬱気味だった心も、カラッと晴れ渡ります。 英国の春といえば、森に生息しているブルーベル。多くの人たちが見に、森へ足を運ぶ  森の中ではシジュウカラやクロウタドリなど、野鳥の求愛の歌がサラウンドで鳴り響き、秋に土中に埋めたクルミやドングリを、トランプゲームの神経衰弱でもするかのように、記憶を頼りに、リスがあちらこちらを掘り出し始めます。晴れの日は、羊の親子と共に、ウサギたちが巣から出てきて草を食べ、大きな木の上からは、森の大工キツツキが、「今年もこの忙しい時期がきたぜ!」とみなに告げるように、カカカーンと音が聞こえてきます。さらに土が温まってくると、アナグマ(Badger)がミミズを探しに、森から人様の庭の芝まで、そこらじゅう掻き出し、そんなミミズを渡すものかと地中ではモグラが激走し、小山をポコポコと残していきます。越冬した樹木や果樹がようやく新芽を出すと、待っていましたと鹿がパクリと食べていく。こうなると、農家や園芸家たちの苛立ちは、穏やかな春の日差しでも、さすがに癒せません。 シャンデリアのような、セイヨウトチノキの花  春分すぎると陽の光が強くなり、草原の緑が一層映え、まだ冷たい北風に揺らされキラキラと波打っていきます。寒暖差が激しい中、高木の若葉が迷いながらタイミングを見計らうように、徐々に延びてきます。「お先に失敬」と言わんばかりに、まずはメイプルがうぐいす色の葉と房状に垂れ下げた花芽を広げていきます。セイヨウトチノキ(Horse Chestnut)は、大きな手のひらが延びたような葉で、光を掴んでいるかのよう。日がさらに延び始めると、恥ずかしげに円形のハシバミの葉が顔を出し始めます。寝坊助のブナは、なかなか葉芽を開らこうとしません。英国の象徴的な木、イングリッシュ・オークの葉が見え始めると、アフリカから飛んできた渡り鳥たちが巣作りに精を出し、夏へと季節が移ったことを告げています。 子羊たちが、母羊とのんびり日向ぼっこ。英国春の風物詩  英国での最大の春の祭典イースターは、キリストの復活祭です。ただ、もともとは春の到来を祝う古代の祭りがベースになっているようです。長い冬から目覚め、春の息吹に開放感を得た昔の人々のその気持ち、犬の散歩で春を味わっている今この瞬間、理解できるように思います。自然が還ってくる春に、心が踊る。これが、本来の復活祭なんでしょう。でも、あまりはしゃぎすぎると、満タンになった生命のエネルギーにより、火傷するので注意が必要。五月病は、英国にもやってくるのです。 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

© Blackwater Forget Me Not Walk 2014  9月20日(土)に、私が住んでいるエセックス州、モルドンで開催されたチャリティー・ウォークに、私の在英10周年記念として参加しました。たまたま買い物に行ったスーパーの掲示板で見かけたポスターが目に止まり、地元のイベントというこで、ちょっとトライしてみようかなと思い、エントリーしたのがきっかけです。英国白血病・リンパ腫研究所(LEUKAEMIA & LYMPHOMA RESEARCH)が行なっている”Forget Me Not Walk”と呼ばれるイベントで、30キロのウォーキングにチャレンジし、何事もなく参加者の方々と共に楽しみながら、完歩しました。当日朝から雷雨で、一時はどうなることかと心配しましたが、いざ歩き始めると、雨は上がり、想像以上に快適なスタートとなりました。コースは、地元モルドンの北側を30キロをぐるっと一周するもので、スタート地点がゴールとなります。マラソン・チャレンジと題していたので、てっきりタイムや順位が記録されるのかと思いきや、「では、ぼちぼち歩き始めましょうかね」といったノリでみながゾロゾロと歩き出し、ちょっと驚きました。どうやら、決められた距離を歩ききることが「挑戦」ということだったようです。  今イベントは、白血病で若い息子さんを失ったリーブ夫妻が英国白血病・リンパ腫研究所と協力して、息子さんの思いを忘れないために企画したものです。イベント参加条件は、エントリー代を支払いこと(今回は、£10)とチャレンジ参加者全員、自分についてくれるスポンサーを自分で募り、そのスポンサー代を団体に寄付することでした。イベントによっては、最低限の募金額が設定される場合がありますが、今回は特になく、できる範囲でがんばるというスタンスでした。英国は、チャリティー大国です。福祉国家の英国と言われていますが、国からの支援には限りがあり、チャリティー団体が大きな役割を担っているため、人々にとって身近な存在です。ボランティア活動、チャリティー・イベントは、頻繁に行われています。募金活動も思考をこらして、今回のウォーキング・チャレンジのように、参加者が楽しみながら寄付を募る企画が多くあります。 [osmap gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/10/Charity-Walk-in-Maldon-new.gpx" markers="TL8553011250!red;出発終着点:グレート・トットナム"] [osmap_marker color=red] 出発終着点: イングランド東部 グレート・トットナム  その中で、私が今イベントに参加したいと思った理由は、地元の人が行うイベントだったからです。募金先もあまり大きな団体でなく、白血病・リンパ腫のための治療改善と患者サポートと目的もはっきりしてい ました。大規模なイベントになるとチャリティー・イベント専門企画会社が入り、どうしても商業化された感が強く、私としてはスポンサーを募ることに抵抗があります。今回は、モルドンに住むご夫妻と彼らのご近所さんや友人・知人がボランティアとなって開催されたこぢんまりとしたもので、終始のんびりとアットホームな雰囲気が漂っていました。私のように、祖国を離れてた根無し草の人間としては、住んでいる地域の方々との交流は大きな意味があり、私自身いつもこだわっている点です。 イベント主催者リーブ氏の挨拶からスタート  歩き始め最初の一時間は、いくつもの田園を通り抜けて行きました。このあたりでは、麦、ライ麦、菜の花、亜麻仁、ムラサキウマゴヤシなどが栽培されています。収穫はすでに終り、少し寂しい風景ではありましたが、道中出会った馬、羊、牛、あひる、孔雀たちに、癒されました。気温が上昇し、蒸し暑くなり始め、参加者みんなが着ていたジャケットを脱ぎ始めると、今チャリテ ィー団体のTシャツがお目見え。のどかな田舎道が突如パッと眩しいぐらいの赤色に染まりました。不思議な光景でしたが、宣伝効果は抜群と言えそうです。英国には、フットパスといわれる歩道が、全国に網の目のように数多く存在しています。このフットパス、正式名を Public Footpathといい、人々がまだ歩くことでしか移動できなかった時代に使用していた歩道を、今日レクリエーション目的のために保存しているれっきとした公道です。またPublic Right of Way (PRoW)という名で、誰でもこの公道を歩く権利が法律で認められています。つまり、ひとたびフットパスと認められれば、住宅地であろうが、農地であろうが、ゴルフ場であろうが、歩くことができる。日本ではちょっと考えにくいユニークなシステムであります。ちなみに今回のコースの七割は、フットパスを歩きました。 赤の騎士団、 モルドンの田舎道をゆく 満潮の川を見ながら、土手道を歩いていく  チェックポイントで一息してから、いよいよ前半のハイライトである川沿いを歩くフットパスにでてきました。タイミングよく満潮で、朝の嵐が信じられないような穏やかさが、モルドン独特の朴訥とした風景をさらに美しく演出していました。エセックス州は、平地の州と言われていて、高低差がほとんどありません。 モルドンあたりは特に湿地帯のため、海抜がマイナスの土地も多々あります。ブラックウォーターと呼ばれている河口付近は塩水で、その昔人々はseawallと呼ばれる盛土を手作業で設置し、満潮で浸水しないよう塞き止め、川沿いの土地を農地として使えるよう年月をかけて塩抜きしていきました。その努力の結晶である土手道を歩く、一歩一歩踏みしめるように力が入りました。 昔ながらの帆船が、静かに海へと向う  河口と運河の合流地点に、第二チェックポイントがあり、そこで昼食。サンドウィッチ、スナック、ケーキ、果物、エネルギードリンクなどすべてボランティアの方々が用意され、手際よく給仕してくださいました。きっとみなさんスポーツ ・チャリティー・イベントに慣れていらっしゃる方々なんだと思います。軽く食事をしてから、今度は、運河沿いを歩き始めました。英国には産業革命時代に多くの運河が建設されました。今は、船遊び、釣り、そして運河脇を歩くといったレジャー目的で使われ、国の遺産として大切に保管されています。また、川や運河に停泊しているボートを正式な住居として生活されている方々もいらっしゃいます。私の知人数人もボート暮らしですが、外はどこから見てもボート、でも一旦中に入ると普通の家とまったく変わらず。中には、室内ミニサッカー場を子供のために作ったひともいます。 この日は、釣り人たちが、まるで修行僧が座禅を組んでいるかのように、静かに運河の水面を見つめながら座っていました。 しっかり食べて、後半戦へ  今回のチャレンジや地元のグループ・ウォーキングに参加して面白いなと感じたのが、みなさんの歩くスタイルです。 みなさん歩きながらよく喋ります。老若男女隔たりなく、話している内容もアウトドアや自然と何の関係もないものも多 くて、びっくりしました。地元だからかもしれませんが、景色もそんなに見ていない。中には歌いながら歩いている方や愛犬を連れている方もいらっしゃいました。もちろん歩くことだけに専念しているひとも、静かに歩くことを楽しんでいるひともいらっしゃいましたが、どうやら歩く(散歩) = 社交の場という風習が、英国にはあるように感じられます。何かに懸命に挑戦している雰囲気はなく、このリラックスした感じが実はこのイベントの醍醐味で、今回で4回目の開催を迎えることができたポイントなのかもしれません。 全長約22キロある運河脇を歩きながら、内陸部へと進む  運河を離れた後、今度は鉄道廃線跡を3.5キロほど歩きました。モルドンと近くにある都市とを繋ぎ、地元のために118 年間走り続けてきた鉄道は、車社会化した1966 年に廃線となりました。今は、線路があったであろう築堤はトレイルとして保存され、両脇に生えている木々が長い緑のアーケードを作り出していました。車窓から見えるモルドンの風景はどうだったんだろうか、想像してしまいます。 真っ直ぐに伸びる廃線跡を歩く  最後のチェックポイントを通過し、リンゴ園が広がる丘を登り始めました。ひと昔前までこのあたりは、リンゴ園がそこかしこにあったそうです。1973年に英国が ECC(欧州経済共同体)に加盟後、国外からリンゴが輸入され始め、価格競争に負けた地元の生産者たちは、多くのリンゴの木を処分せざるおえなくなりました。残されたリンゴの木々には、何とも言えない喪失感が漂っています。日本人としてひと事ではなく、生き証人を見た思いです。歩くことでしか発見できない小さな村の物語や歴史がそこにあり、それが世界の大きな動きに繋がる。昔世界史の教科書に記述されていたことが、現実として目の前で見ることができた瞬間でした。  丘を登りきり、静かな家並みを通りぬけ、出発点であったパブに戻ってきてゴ ール。5時間半で、チャレンジを終了しました。完歩記念にメダルをいただきました。スポーツの大会は、中学校のマラソン大会以来でしたので、多少緊張していましたが、終わってみると心地よい疲労と達成感を味わいました。パブがゴールというのも実によく考えられていて、用意された軽食と祝福の一杯をみなさんそれぞれ楽しんでおられました。ひと仕事終えた後の一杯は、やっぱり旨い!! りんご園を通過  今回のチャレンジで、30kmに挑戦した人たちは40名、ショートコースの20kmは31名、合計参加者数71名でした。ある方は、病で失った家族や友人のために、ある方は、病からの復帰を祝うために。それぞれの目的、思いで歩かれていました。最近白血病を克服し、今チャレンジで最後まで歩ききるという強い意志で参加していた女性は、大奮闘した結果、最終グループの仲間と共にゴール。みなから祝福の喝采を受けていたのが印象的でした。家族、友人のみなさまのご協力のもと、私が集めたスポンサー代、最終金額は、£408.41(約7万1413円)となり、無事に全額英国白血病・リンパ腫研究所へ寄付されました。心から謝意を表するとともに、リーブ夫妻からも、みなさんのご厚意に対しての感謝、そして寄付金が有効に活用されるようしっかり見守っていくとのメッセージをいただきました。 多くのスポンサーに、感謝します。みなさんの応援が、力となりました 地元紙にイベントの記事が掲載された © Maldon and Burnham Standard, September 25, 2014  今回の経験で私が学んだことは沢山ありますが、一番の大きな発見は、人間たまには人様のために何かをする。その体験は、己をよく知ることにもなる、ということです。私のように世の中にために役立つ頭脳や才能も無く、子供を産んで育てて次世代社会へ貢献しているわけでもない人間としては、自分の時間を他人のために使うことは、大変有効に思いました。たとえ小さなことでも、偽善的で自己満足な行為でも、混沌とした世の中で人間が持っている可能性や希望を感じることができるよい機会だと思います。さらに、今回は歩くという行動を改めて認識しました。人類の一番の進化は、二足歩行をしたということではないでしょうか。しかし、利便性優先の現代社会で二足歩行をしなくなってきている私たちは、何か大きなものを失いつつあるのかもしれません。歩くことでしか見えてこない世界があるように感じます。 人生初のメダル獲得、嬉しい  多くの方々に支えられた英国生活10年。おかげさまで、チャレンジによってよい節目をつけることができました。モルドンの魅力も再確認することができ、ここに住むチャンスに恵まれてよかったと改めて感じています。最後に、主催者のリーブさんに、「なぜ、このウォーキング・イベントを企画したんですか」とゴール後質問してみました。すると彼はこう答えました。「人は、楽しいことにはお金を出してくれるんです。」う〜ん、なるほど。楽しみながら、目的を達成させる。英国のチャリティー社会、まだまだ学ぶことが多くありそうです。みなさまも、たまには歩いて遠出してみてはいかがでしょうか。きっと面白い発見があると思います。 20th September 2014, Sat @ Maldon, Essex 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...