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大都会からド田舎へと流れてきたワタシ  15年前までの私は、東京・新宿にある高層ビル内のオフィスで、映像編集の仕事をしていました。甲州街道とそれに吸い寄せられるようにコンクリートジャングルが遥か遠くまで続く風景を、オフィスの密閉されたガラス窓から、時々ボーと眺めていました。そして、その先には、富士山。徹夜で作業した朝には、赤く染まる姿を拝むこともありました。無機質の冷たい部屋から見る富士山は、遥か彼方にある桃源郷に感じていたのです。その私が、その後渡英し、ひょんなことから2018年夏に、ド田舎のサマセットへと、たどり着きました。今は、あの大都会東京で、リアルに感じられなかった富士山を見ていた自分とは、真逆の立場になったわけです。人生、不思議なもんですね。  そのサマセットって、どんなところかと簡単に申し上げますと、ブリテン島の南西部に位置し、比較的穏やかな気候で、古き良き英国が残る牧歌的でのんびりしたところです。チェダーチーズやサイダー(りんご酒)が有名で、英国最大の音楽フェスが開催されるグラストンベリー、ジェーン・オースティン小説の舞台になっている英国の保養地バースもサマセットにあります。そんな風土の中、「自分たちのことは自分たちで」という独自路線をゆく精神が育まれ、国の中心であるロンドンを意識せず、チェーン店の侵食を嫌い、地産地消の考えが浸透している、ちょっとアナーキーで、ヒッピー色が濃いのが特徴です。 [osmap centre="ST3707833796" zoom="1.50" gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/11/Somerset-area-new.gpx"]青色で示されたエリアが、サマセット州 大鎌草刈りって?講習へ参加してみた 元ヘビメタ少女には、大鎌のイメージは、死神。よい子は、真似しないで!© Gillian Best  新たな地に移り住めば、その土地の洗礼を受けるものです。ましてや日本人の私には、カルチャーショックがデカい!牛や羊がそこいらに放牧しているド田舎サマセットでの最初の洗礼は、大鎌で草刈りをするScythingでした。まったく見たことも聞いたこともないこのScything。元ヘビメタ少女だった私には、大鎌といえば、死神が持っているイメージぐらいしかありません。しかし、ここサマセットを中心にブリテン島の南西部では、かなり大きなブームになっており、大鎌草刈り競争の大会が毎年開催されているほどです。  でもここで普通に私は疑問に思いました。なんで、芝刈り機や草刈り機使わないの?と。その答えは「ガソリンを使わず、うるさい音もしない大鎌での草刈りは、エコで自然に優しいから」。どこかで聞いたような心地よいフレーズ。21世紀の今、そんなんで仕事になるの? 半信半疑だった私でしたが、急遽仕事で必要となり、これも良い機会ということで、早速初心者コースを受けてみることにしました。 大鎌のセッティングについて説明する講師のサイモン。英国で数少ない大鎌のエキスパートのひとり  古いお屋敷を、研修設備付きのエコB&Bに改築した、モンクトン・ウェルド・コート(Monkton Wyld Court)に週末二日間泊まり込みで、大鎌の基礎、歴史から実際の使い方と刈った草の処理まで、みっちり講習を受けてきました。講師は、ヒッピーコミューンで暮らして何十年のベテラン、サイモン。映画『ハリーポッター』にでてくるハグリッドのような顔。ヨレヨレのシャツ、ズボン、サンダル姿。無愛想で独特な話し方。パンチの効いたキャラが印象的です。そんな彼が、大鎌をブンブン振り回すものですから、ヒヤヒヤもの。いつもの好奇心が疼いて参加したものの、えらいところにきてしまったもんだと焦りました。しかし、私と同じようにガーデニングを生業としているひとたち、オーガニック牧場の経営者、庭の荒地をメンテしたい主婦、自然保護区の管理に役立てたいひとなど、私と似たような目的で集まった参加者に、ちょっと救われたのです。  大鎌と一口に言っても、実は地域によって違います。英国式、オーストリア式、バスク式、また東欧、中東でも使用され、それぞれデザインが違います。大変興味深いのが、インドから東側のアジアでは、大鎌は使われていないようです。風土の関係なのか、体の使い方の問題なのか、なぜ発展しなかったのかは謎ですが、どうりで日本人の私には、馴染みのない農具だったわけです。今回習ったのは、オーストリア式。英国の従来の大鎌はとても重く、力のある若い男性用に作られたものでしたが、オーストリア式は、全土の3分の2が山岳地であるため、機械がいけない急斜面での作業が可能で、女性や子供でも使える軽量なものになっているということで、最近英国でも主流になっているそうです。 左が英国式。右がオーストリア式。重さがぜんぜん違う  使い方は、まず左手で上、右手で下のハンドルを握り、鎌刃が地面と水平になるように少しだけ浮かせます。右後ろにおもいっきり引いてから、半円を描くように左へ、グイッとスイングさせていきます。そしてまた右後ろに戻すの繰り返し。ゴルフで、ドライバーを上から下へと振り下ろすのと同じ要領で、下半身は固定し、上半身、特に腰を使って、右から左へとスイングさせるのがコツです。15分ぐらい刈ったら、砥石で刃を研がないと、たちまち切れ味が悪くなるので、定期的にケアが必要です。そして、丸1日使ったあとは、刃がなくなってくるので、Peeningという、刃先をハンマーで打ちながら薄く伸ばしていき、再度砥石で研いて、切れる状態にする作業が必要になります。  草刈りの基本動作はそう難しくないのですが、実際やってみると、うまく草が切れなかったり、石に当たったりと、思いの外習得するまで、みな時間がかかっていました。しかも、両足を開き、中腰になり、右から左へとスイングしながら、徐々に前に進み、草を刈っていくのは、かなりの重労働。太もも、腰、両腕、手のひらが、筋肉痛でパンパンに。振れば振るほど、汗がダラダラ。芝刈り機で楽々やっていた作業が、手作業だとこんなにも大変だとは・・・。昔の人々は、タフだったんだなと感心してしまいます。 Peeningと言われる、刃先を叩いて薄くし、刃を再生する作業。写真中央の黒い突起をハンマーでひたすら叩きながら、刃の隅から隅まで鋼を伸ばしていく  かなり体力と手間がかかる作業。エコとは言え、こんなめんどくさいこと、わざわざやる必要ある?機械でチャッチャッと片付けた方が、断然お得と考えてしまいがちですが、そこにはメリットもありました。まず、急斜面やボコボコの地面など機械が使いづらい場所で使える。そして、雨や露で濡れた草は、機械では詰まり刈れないが、大鎌は逆に少し湿っていた方が、よく切れる。冬の霜が降りた草でも問題ないそうです。私のような、現代社会の利便性にどっぷり浸かっている人間には、自然にやさしいからと大鎌で芝刈りをするほどの、強いポリシーはありませんが、ガーデニングの道具としてなら、それなりの使い勝手はありそうだなと感じました。 Green Scythe Fairは、摩訶不思議なイベント  洗礼を受けたあと、サマセットの文化をさらに深く体験すべく、6月に開催された大鎌草刈り競争の全国大会・Green Scythe Fairに、凸凹歩きチームメイト・ジルちゃんと家族一緒に行ってきました。小さな村のイベントとして始まったものが、今では前売りチケットが完売するほどの大変な盛り上がり。大会内容は、①決めれれた面積を大鎌で刈っていき、速さと切れ具合を競い合う、大鎌草刈り競争。個人戦と団体戦があります。②刈った草を木の骨組みに上手に積み重ねて、どこのチームが一番高く綺麗に盛れたかを審査する、積みわら競争。合図とともに、長髪、髭、サングラス姿のオジさんが、スースーと手際よく刈っていく横で、ワンピース姿の女性が、スカートをなびかせながら大鎌をスイングさせていき、2メートルある大きな男性は、特大の大鎌で力強くどんどんと進んでいく。朝から晩まで、大人たちが真剣勝負をしていました。 大鎌草刈り大会のウェブより。© Green Scythe Fair  大鎌大会の傍、音楽、ダンス、トークショーなども開催され、各ブースでは、自然食、工具、手作り工芸品などの販売から、地球温暖化問題、環境保全に取り組んでいる団体のPR活動まで。電気は、すべて太陽光と風力発電。お手洗いは、コンポスト(バイオ)トイレ。ゴミ分別も徹底した、まさにヒッピー・フェスです。ただ興味深いのは、ここにいる人たちは、私たちがよくイメージする60年代米国発祥のSex, Drugs, and Rock 'n' Rollのヒッピーたちとは若干違い、英国の中世時代に回帰しているような、独特なカラーを放っていました。J・R・R・トールキン『指輪物語』の世界にいるような感じです。 [embed]https://www.youtube.com/watch?v=TWdxD4ci8xQ&feature=youtu.be[/embed]  癒し、エコ、オーガニックといった言葉が容易に使われる今、机上の空論ではなく、自分たちの体と人生を使って、自分たちの信じる自然回帰の世界を作り出そうとしている人たちが、そこにはいました。鉄のような意思とそれを体現していく力強さ。自分の手を土や血で汚し、汗水垂らして真剣に取り組む姿。考え方すべてに同意はできませんが、口だけ番長ではない彼らは、尊敬に値します。その彼らを象徴するのが、大鎌で草刈りをするScythingなのです。  最近大鎌は、ナショナルトラストなどのチャリティー団体が、使い方をボランティアに指導し、保全のいち道具として普及し始めています。すでにヒッピーたちだけのものではなくなり、人々がその良さを再確認し始めたようです。なによりも、腰回り、太ももが気になるあなたには、ぜひともオススメしたい。ScythingでExercising。一度お試しあれ!! 参考資料: 大鎌草刈り講座 monktonwyldcourt.co.uk Green Scythe Fair www.greenfair.org.uk 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021 ...

 突然ですが、みなさんは、自分の住んでいる土地のことをどれだけご存知ですか?地形、地名の由来、歴史、文化、名産品、生息する動植物のことなどを、訪ねてきた人たちと話すことは、ありますか? 友達、親戚は、どこに住んでいる?  私は、英国に住んで15年弱になります。それ以前の私は、友人や親戚を訪ねても、会って話をすることが目的で、彼らがどのような土地に住んでいるのか、まったく興味がありませんでした。せいぜい住所を調べて、自宅からどうたどり着けるか、名所や名店があれば、たまに行くぐらい。その程度の認識でしかありませんでした。しかし、英国に拠点を移してからは、ある意味自然に、でも半ば強制的に、自分が立っている土地について学ぶようになり、今ではそれが普通になりつつあります。どうしてそのように変化したのか振り返ってみると、確かに異国での生活に慣れるために必要な知識だった、中年になりネオンより自然に目がいくようになった、都会から田舎暮らしを始めたなど、たまたまタイミングが重なったと言えばそうです。しかし、なによりも私が知る英国社会では、自分が住んでいる地域を知っているのは当たり前、普通のことでしょっといった空気があり、それに私が感化されたことが一番の理由なのではないかと思います。 自分だけの地図作り  こちらに住み始めたころは、人を訪ねるたびに、自分の英語力不足もあり、話についていけず置いてけぼりをよく食らいました。みな食事をしながら、お互いの近況報告、政治経済、ゴジップの話と共に、自分の家から半径二キロ圏内の出来事をこと細かく話をしているのです。その土地の天気はこうだ、庭に何が咲いた、家庭菜園に何を植えた、どこそこの森に野生動物が現れた、向こうの丘で珍しい石を見つけた、あそこの教会が修理を始めた、村の誰々さんからこんな昔話を聞いた・・・などなど。この人たちは、何が面白くてこんな話をするんだろう。世界がめちゃくちゃ狭くて、つまんないなぁ〜と笑顔を見せながら思っていたのです。そして、食後に散歩へ行き、同じような話をずーとしながら、時には話題の現場を見せてくれたりします。なんで毎回毎回、同じようなところを飽きずに散歩し、同じような話題ばかり話すんだろう。こんな地味な遊びをする英国人って、倹約家・・・というより貧乏くさい。ハイテク大都会・東京から移り住んできた私は理解できず、ちょっとバカにしていました。しかし、あんなに熱心に話をしているし、聞くほうも楽しんでいるし、喜んで歩いてるし、なんだかよくわからないけれど、みな好きなんだろうなと感じてはいたのです。  その後、英国情報も私の脳にちょっとずつ蓄積されていき、アナログな田舎暮らしにも慣れはじめていきました。そんなある日、毎日行なっていた犬の散歩でのことです。情報溢れる都会とは違い、何の変化も刺激もないと思っていた田舎道で、昨日は蕾だった花が、今日は咲いていることに気づき驚きました。「あれ?毎日同じ道を歩いているのに、毎回変化があったんだ。」諸行無常を、私なりに知る体験でした。どうやら、ガーデニングの仕事の影響もあったのか、街の流行から目の前の動植物へと視点が移っていったのかな・・・。そんなこともあり、半径二キロ圏内トークを、徐々に理解できるようになりました。英国では、食事や散歩をしながら、自分が置かれている環境の話をすることで季節や変化を丁寧に紡ぎとる。つまりそれが彼らの社交なんだろうなと思います。以前は、遠い世界やトレンドばかりを追っていた私でした。しかし、自分の拠点ををまず知り、その知識を元に他の土地を訪ねる。そうすることで、自分だけの3D、場合によっては4Dの世界地図を脳内で組み立てていける面白さを、英国で教えてもらいました。そしてその地図は、トークだけでなく、自分の足で確かめることで初めて完成となるようです。 新たな土地の過去、現在、未来  今年(2018年)の夏に、片田舎のエセックス州から、ド田舎のサマセット州に引っ越しをしました。引越しを終えて、まず最初にしたことは、購入した家の元オーナー家族と我々夫婦ふたりプラス犬の全員で、案内を兼ねて村を一緒に散歩しました。家を売買した関係だけなはずなのに、106年前に建てられた家と彼らの家と村に対する思いを、引き継ぐ儀式のように、私には感じられました。最後に、地元のパブでお互いの未来へ乾杯しました。それは、私の新たな地図作りがスタート!!と、鐘が鳴った瞬間でもあります。今は、愛犬の散歩がてら村を散策しながら、どんな地質、地形なのか。ここの地理がどのように人間社会と結びついたのか。今見えている古い建物がどう建てられ、どうしてそこに建てたのか。どんな野生動植物が生息しているのか。時には、家族や友人たちと一緒に、半径二キロ圏内トークに花を咲かせながら、調査をしている毎日です。 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

国の遺産と言われても、よくわからない  2018年2月平昌冬季オリンピック。日本人選手の大躍進で、日本では大盛りあがりだったようですね。日本において冬季五輪は、夏季ほど注目されていないイメージがありましたが、世界に通用する実力選手たちが、幅広くいろんな競技で活躍しているおかげで、立派なメジャーイベントにまで発展したようで、驚きました。これは、ひとつに長野オリンピックが残した遺産が、形になって現れた結果なのかもしれませんね。それと同時に、あの狭い日本の国土が、どれほどバラエティに富んだものなのか、物語っているとも感じました。夏季、冬季五輪両方での強豪国は限られ、大抵は大国です。例えば、同じ島国の英国は、夏季は強いですが、冬季は競技人口が少なく、ほとんどの選手は欧州に拠点を起き、自国でトレーニングできる環境がありません。冬季は、ウィンタースポーツの大会。つまり、自然の中で行われるのが基本にある、アウトドアスポーツです。それができる環境、雪山や凍湖があるのかが前提にあります。夏季、冬季両方のスポーツが楽しめる多様な土地が、ギュッとコンパクトに詰まっている国。世界にも稀に見るユニークなもので、日本の大事な遺産であると考えられないでしょうか。  さて、ここで2回も安易に「遺産」という言葉を使いましたが、そもそもこの最近よく耳にする「遺産」とは、なんぞや?とずっと疑問に感じていました。遺産=お金のイメージがまず先にきますが、よくメディアで見聞きする「遺産」は、それとはちょっとニュアンスが違うようです。英語では、国レベルの遺産という意味では、"Heritage""Legacy"と表現することが多いようです。前者は、歴史的・文化的な価値のある文物が、代々受け継がれていくもの。一番わかりやすい例は、UNESCO World Heritage、ユネスコ世界遺産。後者は、財産などの金銭的価値のあるもの、例えば、施設、インフラ、経済活動が、次へと受け継がれること。東京五輪誘致の際に、よく「オリンピック・レガシー」という言葉が使われていたのが、記憶に新しいです。しかし、日本語ではどちらも「遺産」と捉えるため、私の中でHeritageとLegacyの両方の意味が混在して、いまいち英語のニュアンスがわからない。そこで、「国の遺産」を英国ではどう捉えているのか、この目で直接確かめようと、家をと飛び出しました。 デヴォン州、シドマス付近。三畳紀の露頭が圧巻。約2億年前の地球の状態を教えてくれる赤褐色の層が、目の前で見れる  はじめに、Heritageを理解しようと、2001年から世界自然遺産に登録されているドーセットと東デヴォンの海岸、通称ジュラシック・コーストと、2017年に世界文化遺産へ登録されたばかりのイングランド北部にある湖水地方を覗いてきました。そして、Legacyでは、2012年に開催されたロンドン五輪のその後の街の様子を、観察してきました。世界遺産にしろ、ロンドン五輪レガシーにしろ、多くのレポートが専門家によって書かれていますが、今回は、一般の訪問者としてぶらぶら歩きながら感じたことを、素直に書いてみたいと思います。 世界自然遺産ジュラシック・コーストへGO! [osmap markers="SX9989181167!red;エクスマス" zoom="0"][osmap_marker color=red] イングランド南西部 エクスマス  まずは、イングランド南西部にある世界自然遺産ジュラシック・コーストへ。"Jurassic Coast World Heritage Site - 95miles of coastline ...

 二日目:前日の天気とは打って変わってピーカン照り。ようやくリゾートの夏が味わえそうな陽気に心は踊りますが、11マイル(17.5キロ)を歩いた翌日ということで、足がだるだるで痛い。ということで、体を伸ばす程度の軽い歩きになりました。昨日と同じスタート地点のトーキーから、今度は逆に東へ進みババコン(Babacombe)というビーチまでランぶら歩き。トーキーの街中から、別荘地が並ぶ高級住宅街がある丘へと登り始めました。途中にあるベンチに腰掛け、一服しながら広がる海辺の景色をボーと見つめる。また、ちょっと進む。その繰り返し。老夫婦の朝の散歩といった感じで、だらだらのんびり歩くのも、贅沢な時間の過ごし方で、それはそれでとてもいい。 [osmap centre="SX9260964273" zoom="6.50" gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/11/SWCP-_-Torquay-to-Babbacombe.gpx" markers="SX9146463468!red;出発点: トーキー|SX9240465733!green;終着点: ババコン"] [osmap_marker color=red] 出発点: トーキー [osmap_marker color=green] 終着点: ババコン ようやくリゾートの夏らしい風景に出会う。ミードフット・ビーチ(Meadfoot Beach)にて  昨日歩いたベリー・ヘッドが、湾の向こう側にはっきりと見えてきました。4億年前に誕生した大陸の一部が目の前に存在することの不思議さを改めて感じます。4億年という時空が、自分の想像をはるかに超えていて、私の小さな脳みそではまったく理解できません。ただ、それを証明する塊と自分が対面している、なんだか奇跡的なことに思えくるのです。旅は、こうゆう奇跡の連続で、だからワクワクするものなのでしょうか。 昨日歩いたベリー・ヘッドが海の向こうにお目見え  天気の影響もあり、トレイルは、犬を散歩するひとたちが、とても多くいました。愛犬と一緒に歩ける道がそこかしこにある。これもまた、英国のフットパスの魅力のひとつ。そして、犬が集まりやすい広場やトレイル出入り口には、犬のフン専門のゴミ箱が設置されている。犬にとっても快適な道作りがこの国にはあるようです。ビーチでは、泳いでいたり、カヤック、ボート、スキューバーダイビングなどのマリーンスポーツを楽しむ人々で賑わっていました。英国の夏は、日本より短いです。貴重な時間を存分に楽しむぞという気合いが人々からは感じられます。しかし、英国のシーサイドはどこも、北国独特の哀愁のようなものが漂っており、夏の終わりが近づく寂しさも重なり、なんとなくブルーな雰囲気があります。カリフォルニアやハワイのようなスカッとする爽快さも垢抜けた感じもなく、産業革命で花開いたヴィクトリア朝のリゾート開発の面影がどこかに残っていて、カナダ人と日本人のふたりには、ちょっと不思議に感じ取れます。  そうこうしているうちに、ホープス・ノーズ(Hope's Nose)と名付けられた岬の上に出てきました。ここも、昨日訪ねたベリー・ヘッド同様デヴォン紀の石灰岩がむき出しになっている場所で、その時代に生息していた証となる珊瑚、三葉虫、二枚貝などの化石が多く発見されている場所です。今回は時間がなく、海岸まで降りませんでしたが、岩の中に埋もれている化石を探すのも、きっと面白いと思います(ここはSSSI保護区*1のため、発掘は禁止されています)。 60マイル先のウェイマスまで、はっきりと見える。ここが、世界自然遺産に登録されているジュラシック・コースト(ドーセットと東デヴォンの海岸) 本来のコースが崩落し修理のためクローズ。親切に、仮のルートへ行くよう看板が教えてくれる  夏が燃え尽きるかのように強い日差し。カラッと乾いた風が、潮の匂いを運んできてくれる、とても心地いい日曜の午後。東へ60マイル(96.5キロ)、ドーセット州にあるウェイマスまで伸びていく海岸線がくっきりと、岬の上から見えます。この上をサウス・ウエスト・コースト・パスが一本で繋がっています。近い将来、私が住んでいる南東部のエセックス州を通り、北へとその道は続くことになります。なんとも遠大なプロジェクトです。この海岸線沿いに歩道を通すだけでも大仕事なのに、さらに大変なのがそれをキープしていくことのようで、浸食や嵐で道が崩れたり、丸ごと失うこともあるのが、コースト・パス。特にデヴォン州、コーンウォール州は、大西洋の荒波と風が直にぶつかるところであるため、リスクが大きいようです。今回歩いたルートの一部も、2014年2月の嵐による大波で崩落し、2016年9月現在でも、まだ通常ルートが開通できない状態が続いています。 オディコン・ビーチ。その向こうに、地滑りを起こしたペルム紀の新赤色砂石と、その奥に、デヴォン紀の石灰岩。まったく色が違う レトロなケーブルカー。とてもかわいい  4時間半ほど歩いて、ババコンのビーチに降りてきました。デヴォンの夏はこれを食べなきゃ終わらない。ということで、濃厚なデヴォンアイスクリームを買い、食べながら最後のお楽しみ、ババコン・クリフ・レールウェイ(Babbacombe Cliff Railway)という、崖を一気に上がるケーブルカー乗り場へと向かいました。このケールブカーは、1926年に建設されたもので、レトロな車体がとてもキュート。2005年に廃線の危機に見舞われましたが、地元民が立ち上がり、日本で今注目せれている株式有限責任会社という形で、運営を続けることができました。早速乗り込むと、ブギーボードの3人娘、大きな麦わら帽子に小綺麗な身なりのご婦人たち、水着姿の子供を連れているファミリー、ウォーキングブーツを履いたシニア夫婦など、多種多様な人々で箱は埋め尽くされました。ギシギシと少し不安になるような音を立ててゆっくり上がっていきます。ババコンのすぐ隣にあるブルー・フラッグに認証されているオディコン・ビーチでは、多くの人たちがくつろぐ姿が見えます。そして、そのビーチの向こう側には、ペルム紀の新赤色砂岩の崖があり、そのすぐ隣に、デヴォン紀の石灰岩が突き出しています。しかも、新赤色砂岩は、2013年に地滑りを起こし、海へと雪崩込んでいます。どうやら一軒の家が流れてしまったようで、立ち入り禁止になっています。家主はお気の毒ですが、大昔の大地が、未だに呼吸し生き続け日々変化していく事実に驚愕し、とても新鮮に感じられ心惹かれます。ぜひ、一度この地域で地層を見て回るフィールドツアーに参加してみたい。理解するには、少し勉強しないとですけど・・・。 ナショナル・トレイルのどんぐりマークが、あちらこちらに現れる。まるで宝探しのよう この辺りを歩いて一周回るコースの案内看板。なぜここが世界の地学において大切なエリアなのか、人々に伝えて理解してもらうことがとても大切  こうして、凸凹コンビの2016年の夏は、終わりました。歩いて回ると、どうしてこの地域がユネスコ・世界ジオバークに認定されているのかが、よくわかります。全く知識のなかった私にも、何気なく置かれた資料やポイントごとにある地層の説明看板によって、地学の世界をちょっとだけ覗き見ることができました。それは、巨大な博物館を歩き回るようで、壮大なロマンが地の奥深くにあります。そして、まったく地学に無関心だった私の興味を引いたということ、それが世界ジオバークに認定された目的なのだと思います。 11th September 2016, Sun @ South West Coast Path (Torquay - Babbacombe), Devon トレイル情報: サウス・ウエスト・コースト・パス オフィシャルサイト イングリッシュ・リベイラ・グローバル・ジオパーク オフィシャルサイト ユネスコ・世界ジオーパーク デヴォン州南部トーベイ オフィシャルサイト Walks Along the South West Coast Path: Exmouth to Dartmouth (Coastal Publishing, 2011) South West Coast Path: Falmouth to Exmouth: National Trail Guide (Aurum Press, 2015) 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

 今から、約4億1600万年前から約3億5920万年前。生命が地球上に誕生したのちに、魚を含め多くの生物が海洋で生息していました。その後大陸変動で山脈が現れ、雨が降るようになった大陸に河川や湖沼が形成され、シダ植物が繁栄し、種子植物が出現しました。淡水にも魚が進出し、動物が徐々に陸地へ移動していきます。この時代を、地質年代上では、デヴォン紀(Devonian period)と言うそうです。 [osmap markers="SX9260263635!red;トーキー" zoom="0"][osmap_marker color=red] トーキー  カナダ人のジルちゃんと日本人の私がいく凸凹コンビの旅。今回の舞台は、このデヴォン紀の名前の由来となっている、英国南西部のデヴォン州。海が見たいというジルちゃんのリクエストに答えて、海岸線沿いにある道、サウス・ウエスト・コースト・パス(South West Coast Path)を歩いてきました。この道は、ナショナル・トレイル(イングランド・ウェールス代表格のロングトレイル)の中で一番最長の630マイル(1014キロ)になり、コーンウォール、サマーセット、ドーセット州にも続いています。そして今、このコースをさらに延長させ、2020年までにイングランドすべての海岸線を歩けるイングランド・コースト・パス計画が着々と進められている最中です。今回はこの元祖・海岸沿いトレイル、サウス・ウエスト・コースト・パスの一部で、ユネスコ・世界ジオーパークに登録されているデヴォン州南部のトーベイを拠点に歩きました。 地球の歴史を知ることができる貴重なエリア。摩訶不思議な岩がそこかしこにある。歩いて見るのが一番最適で、地学の知識があれば、きっと面白いこと間違いなし。 海岸歩きの醍醐味は、船に乗り、海からも景気が見ることができ、二倍楽しめること。  デヴォン州は、海の美しさから人気のリゾート地であり、温暖で過ごしやすい気候のため、英国人が退職したら住みたいエリアのひとつとして有名です。英国文化のアフタヌーン・ティーで一番人気のクリーム・ティー(スコーン、ジャム、クロテッドクリーム、紅茶のセット)発祥の地であり、酪農が盛んなところでもあります。また、地質学では「魚の時代」と言われたデヴォン紀の名前の由来となる地層が発見され、多くの魚貝類の化石が出土されている大変重要な拠点でもあります。トーベイは、そんなデヴォン要素がぎゅっと凝縮された地で、「イングランドのリベイラ」とヴィクトリア時代から称される景勝地です。一日目は、このトーベイの中心地であるトーキーから漁師町のブリックサムへ船で渡り、西へ向かって歩きキングスウェアへ。二日目は、逆に東へ進みババコンにあるビーチまでランぶら歩き。晩夏の強い日差しが、これでもかと肌に刺さる中、優雅なリゾート地の雰囲気とは正反対、シャツの袖を肩まで捲り上げ、「あっちー!!」と叫びながら、汗だくだくの旅となりました。 [osmap centre="SX9020253960" zoom="5.00" gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/11/SWC-Path-Brixham-to-Kingswear-new.gpx" markers="SX9314256659!red;出発点: ブリックサム|SX8817251174!green;終着点: キングスウェア"] [osmap_marker color=red] 出発点: ブリックサム [osmap_marker color=green] 終着点: キングスウェア ブリックサムの港には、ヨットから漁船まで多くの船が停泊していた。  一日目:前日大雨が通過したトーベイは、まだどんより曇り空で、少し肌寒い朝を迎えました。船が出るのか心配しましたが、無事にトーキーを出航。波に侵食された新赤色砂岩と言われる真っ赤な岩壁が続く上に、リゾート地特有の鮮やかな白やクリーム色の建造物群が立ち並び、絶妙なコントラストを彩ります。この新赤色砂岩は、2億8000万年前ごろのペルム紀に形成されたもので、この辺りの大地は、今よりもっと南にあり、サハラ砂漠のような温暖で乾燥した土地であったことを証明しているのだとか。だからでしょうか、海からボーと眺めていると、この土地が醸し出す独特の異国のような雰囲気が、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなる、なんとも不思議な感覚を覚えます。 ベリー・ヘッドにある要塞跡。壁の向こう側には昔、石灰岩の採掘場があり、今は海鳥たちの営巣地になっている。岬から、今来たトーベイ全体が見渡せる。 4億年前から、常に変化し続けるベリー・ヘッド  あっという間に、ブリックサムの港に到着。17世紀に名誉革命で即位したオランダ総督ウィリアム3世の銅像が、お出迎えしてくれました。オランダ軍を率いてこの港に、私たちと同じように上陸したそうです。観光客で賑わう町をあとに、ナポレオン戦争時代の要塞があるベリー・ヘッド(Berry Head)という岬へと向かいます。ここは、先ほど船から見えていた赤色砂岩とは全く違う、デボン紀の石灰岩でできていて、うっすらピンク色がかったグレーの岩壁がのぞいています。1969年まで約300年間、石灰岩の採掘場があり、地元の大きな産業のひとつとなっていました。その跡地は今、海鳥たちの営巣地になっており、約500種ぐらいの野草が生息する自然保護区に指定されてる場所です。海にはハンドウイルカやウバザメが遊びに来るようです。岬の上にでると、そこには息をのむ光景が広がっていました。天気はすっかり晴天となり、荒々しく削られ複雑なカーブを描く海岸線、ターコイズブルーの海がますます美しさとダイナミックさを強調させていきます。そして、陸にはアウトラインのように見える垣根に囲まれ、パッチワーク模様を描く田園が続いています。長い年月をかけて形成された大自然と人間の営みが見事に重なり合う、まさにこれぞイングリッシュ・カントリーサイドといいましょうか、とてもプリティー。 トレイルに何気なく置かれていた女神像。見守るように海を眺めていた。地元の人が制作したのか、愛を感じる 地元のポランティアが、積極的に道の整備をしているようで、とてもよく整備されていて、歩きやすい 放牧している家畜が逃げないよう、人(または犬)だけが通れるスタイル(stile)と呼ばれる踏み越し台。デボン紀の石灰岩で作られているであろう、立派なもの。雨に濡れて、少し赤みを帯びている  感動の余韻に浸りながらも、まだ先は長いぞと進むことにしました。気温が上がり、雨が染み込んだ大地からモヤーとした湿気が上昇してくるのを足で感じながら、切り立った岩壁の上を歩いて行きます。潮風に吹かれながら爽やかで、軽やかな歩きを想像していた私たち。ところがどっこい。今まで経験してきたぶらぶら、だらだら歩きとは明らかに違い、かなり本格的な山登りのような砂利道を、上がったり、下がったりの繰り返し。山道はまだ蛇行していますが、ここはまっすぐ上がり、まっすぐ降りる。かなりキツい!息が上がり、汗が一気に噴き出してきました。さらにデヴォンの海岸線歩きは、ハードな登り下りだけでなく、大きく湾曲している道を行くので、距離と時間も読みづらい。次のポイントは目の前に見えているのに、くねくねとカーブした道を進むので、前進しているようで、していないような・・・。おいおい、こんなにしんどいとは、聞いてねーぞ。ふたりの顔に笑顔が消え始めたころ、砂浜に降りてきました。間髪を容れず、リュックと靴を投げ出し、汗でまとわりつく靴下にイライラしながらも、ダッシュで海に入り、蒸れた足を大西洋の冷たい水に浸しました。今まで縮こまっていた細胞ひとつひとつが解放されるかのように、疲れた足が徐々に癒されていきます。なんともいえない気持ち良さ。水着を持参していたらきっと泳いでいたはず。 まるでプライベートビーチのような、波の音だけが聞こえる落ち着いた空間。ぜひとも次回は泳いでみたい 後半になると、疲れからペースは落ちてきたが、ちょっとしたウォーキング・ハイになり、足を止められない おなじみナショナル・トレイルのどんぐりマーク。これを見ると安心する 途中野生ランを発見。日本のハクサンチドリに似ている  リフレッシュしたので、靴を履き、再度歩き出す。こんなに長く海辺を歩くのは、人生で初めて。右側に陸、左側に海が映し出される景色の真ん中を裂くかのように、歩き続ける。右に放牧された牛が急斜面を物ともせず、4本の足でしっかり踏ん張りながら、ひたすら草をむしり食べている時、左ではポイントを目指し、スキューバーダイバーたちを乗せた船が、波を切りながら走っていく。こんな二つの全く違う世界を見渡せることができるのは、海岸沿いトレイルの面白いところではないでしょうか。グループ、カップルで歩いているひとやトレイルランニングするひとなど、お互い邪魔しないよい距離間で進む様子が見られました。十代の女の子二人で何気なく話をしながら、ぶらぶらしているのにも遭遇。きっと近くに住んでいるのでしょう。逆に、私たちのような、わざわざ遠くから歩きに来ているひとたちや、ホリデーできたひとたちが、ちょっと歩いて海岸線を散策している様子もうかがえました。 西日に照らされた岩壁もまた趣深い。歩いてきた甲斐がある  デヴォンの主要産業のひとつは、観光業です。年間7億6500万ポンド(約1165億円)*1の収益をもたらします。そのために、PRや情報発信に力を入れるだけでなく、自治体、博物館などの教育施設、宿泊施設、船を含む公共交通機関などの連携も強化されており、観光客に安心して楽しめる工夫と多くのオプションを提供しています。特にウォーカーやサイクリスト誘致を強化し、1、2時間のショートコースから、丸一日かけて巡るような長いものまで、実に多くのルートを観光案内所でも、ウェブでも提供していて、力の入れようが伝わってきます。ただのリゾートホリデー客と違い、ウォーカーやサイクリストたちは、よいリピーターになってくれる可能性が高いからなのかと推測します。その努力の甲斐あってか、ここ最近は、デヴォン州を含む南西部への国内ビジター数は、ロンドンを訪れる数を上回っています*2。旅行目的が以前のような観光名所回りから自然観察へと変化してきていることも*3、数を増やしている要因と考えます。  残り三分の一まで来ると、ベリー・ヘッドから歩いて来た海岸線は完全に隠れ、終着点のキングスウエアがあるダート川へと続く沿岸を進んで行きます。西日に照らされ暑さは一向に引かず、残りの水も少なくなり始め、疲れから足取りもスピードが落ち始めてきました。それでも、この先にあるであろう別世界に期待しながら、ふたりとも足を止めることはありませんでした。何も話さず黙々と歩く。暑さと疲れで脳が働かず、空っぽで動き続けると、ちょっとした擬似瞑想状態になり、ウォーキング・ハイになってきます。それもまた心地よいものです。けしてエベレストの頂上を目指しているわけでも、アマゾンのジャンクルを探検しているわけでもない、スケールはとてもとても小さなものではありますが、それでも自分と自然が一体化していき、どこかで時空を超えながら地球を感じ始めています。 ブラウンストーンの砲台。第二次世界大戦時の1940年に、ドイツ軍が海から上陸するのを阻止するために作られた軍事防衛施設 大砲をこのレールで運搬していたそう。今はその上を歩くトレイルコースの一部となっている  途中、ナショナル・トラストが管理しているエリアに入ると、ダートムーア・ポニーが放牧されていました。とても小柄で、雨風に強いスタミナがあるこの小型の馬は、このあたりで長年作業馬として活躍してきましたが、時代の流れとともに数を減らし、今はデヴォンにある国立公園のひとつ、ダートムーアに、ほぼ野生の状態で放牧されながら保護されています。その親しみやすい姿に、思わず笑顔がこぼれます。さらに進むと、ブラウンストーン・バッテリー(Brownstone Battery)と言われる砲台跡が現れました。第二次世界大戦時に、ドイツ軍が海から上陸するのを阻止するために作られた防衛施設ですが、実戦で使用することはありませんでした。とはいえ、ガランとした砲台の建物や錆びついたレールを見ると、とても生々しい。目の前に広がる穏やかな海の雰囲気とは交わることがない、異様な光景です。しかし、これもこの地域の歴史であることには違いない。今は、ナショナル・トラストによって大切に保管されている国の遺産です。  やっとの思いでキングスウエアにたどり着きました。地元の人たちがサッカーの試合中継を楽しんでいるパブへ直行。地元エール・ビール抱えて外へ。道の向かいにある低い壁にパイントグラスを置き、靴を脱いで裸足になり、体を壁の上から投げ出し、川の向こう岸に見えるダートマスの街並みを眺め、ぐびぐびと飲むビールは、二人の体を達成感で満たしてくれます。 ダート川の河口付近。海の交通と防衛の要所として長い間占めてきた  バスに乗り宿へ戻る道中、若い男性ひとりが、我々に話しかけてきました。明らかに地元の人間でもなく英国人でもない女性ふたりが、ここで何をしているか不思議に思ったのでしょう。ブリックサムから海沿いを歩いてきたことを話すと、男性もよくこの辺りを歩くようで、話が盛り上がりました。「僕は、以前陸軍に所属していて、世界各国を駐在してきたあと、ここに戻ってきたとき、いかに自分が美しいところにいたのかを実感したんだ。でも、地元の人たちは、文句ばかりこぼし、どれだけ素晴らしい環境にいるのか気がついていない人たちがほとんど。君たちが歩いて来た道の存在すらも知らないひとも多い。実にもったいないと思うよ。」灯台下暗し。案外地元のひとたちにとっては、そんなものなのかもしれません。時間やお金をかけなくとも、意外と身近に心奪われるような景観はあるものです。ただ、歩くことを忘れかけている私たちは、そのことに気がついていないのかもしれない。そんなふうに思いました。  今回の旅は、目の前の風景を楽しむだけでなく、その奥深くにある時間の経過をも理解する、よい機会となりました。人の歴史だけでなく、なぜここにこのような地形ができたのか、なぜその動植物が生息するようになったのか、自分の視野を少し広げてくれたように感じます。パノラマ風景が目に入った一瞬に、太古から現代まで駆け巡り、時の流れを感じる。自分がまるでタイムトラベラーになったようで、ちょっと興奮します。そして、自分の足で回ることで、知らなかった英国の姿を発見した瞬間、ジワーと何か暖かいものが体に広がり感動している自分がいます。いつもは、へんてこな国だなと思う英国に対して、愛情と親しみが少し湧いてくるのです。これが癖になってやめられない!! *二日目のリポートは、こちら >> 10th September 2016, Sat @ South West Coast Path (Torquay - Kingswear), Devon 参照: *1 Regional Factsheets 2015, Visit England *2 England Domestic Overnight Trips Summary - Holidays - 2016, Visit England *3 The Value of Activities for Tourism, Visit England トレイル情報: サウス・ウエスト・コースト・パス オフィシャルサイト イングリッシュ・リベイラ・グローバル・ジオパーク オフィシャルサイト ユネスコ・世界ジオーパーク デヴォン州南部トーベイ オフィシャルサイト Walks Along the...