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夏草や 兵どもが 夢の跡  言わずと知れた、松尾芭蕉の紀行作品「奥の細道」にでてくる平泉で詠んだ有名な句です。春が始まりかけた三月、英国のとある場所を訪ねた際、ふっとこの句が浮かび上がってきました。この句にまともに向き合ったのは、きっと中学の国語が最後かと・・・。全く違う季節、全く違うシチュエーションの中で、文学に疎い私の頭をよぎったのです。 特設テントが張られ、水仙祭り化としたウォーリー・プレイス  春先、クロッカスや水仙が咲き始める頃になると、ガーデニングのクライアントさんたちから、「シノ、ウォーリー・プレイスへは、行ったことある?あそこは、春の球根草花が綺麗で、特に水仙の群集は圧巻だよ。一度見に行ってみるといい。」と以前から言われていました。これはぜひ一度拝見せねばとタイミングを見計らっていると、ちょうどガイドウォークの開催情報が目に飛び込んできました。訪ねるだけではもったいない。説明していただけるなんて、一石二鳥、お買い得!主婦魂に火がついた私は、早速参加してみることにしました。  ウォーリー・プレイス(Warley Place)は、ロンドンを大きな円で囲んでいる首都高速環状線・M25が通っているエセックス州ブレントウッドにあり、ほぼロンドンと言ってもいいぐらいの栄えた場所に位置します。通勤ラッシュ時には車でごった返すこのエリアに、野生動物保護団体エセックス・ワイルドライフ・トラストの自然保護区として、地元の保存グループと共同で管理されています。 [osmap markers="TQ5838091022!red;ウォーリー・プレイス" zoom="3.50"][osmap_marker color=red] ウォーリー・プレイス  風はまだ若干冷たいが、柔らかい日差しが心地よい春の週末、これはお花見日和だと、早速片田舎にある自宅から都会へと車を飛ばし、ルンルン気分で入口に向かいました。エセックス・ワイルドライフ・トラストのテントが張られ、パーフレット、本、ハガキなどが売られ、ちょっとした水仙まつりといた様子。人々が次々に敷地内へと入っていきます。黄色の水仙たちがお出迎えのお辞儀をするかのように、頭を垂らして風に揺られいる姿が、すでに遠くからも見えます。まだどんより雲が残っている空の下、黄色の電灯が地を照らし、春のエネルギーが放出されているかのようです。春色に癒された訪問者たちも、どことなく笑顔が溢れ出しています。 廃墟となった豪邸跡。白黒写真の左に写っているガラス部屋だった部分 以前の姿を写真で確認。この建物以外にも、番小屋、小家屋、馬小屋、温室、冷床などがあったが、全て取り壊されている  ガイドウォークは、10名ぐらいの少人数でスタート。大きな敷地内をぐるっと一周するかたちで、1時間半ほど歩いていきました。そろそろ終わりになりそうなスノードロップ、クロッカスの花々もまだ咲いており、四月末ごろに花が咲くワイルドガーリックは、緑の葉をすでに伸ばし始めています。そして、視野に入りきらないほどの水仙たちが一面を覆い尽くしていました。今まで見たこともない、とんでもない数です。なぜこんなに多くの水仙がここだけ生息しているのか、不思議に思いながら歩き続けていると、突如大きな屋敷だったであろう崩れかけた廃墟が現れます。事情をよく把握せず、春の陽気に誘われて、ただ水仙の群生地見たさに参加した私には、かなりのインパクトで、びっくりしました。しかし、なぜだかこの廃墟と黄金に輝く水仙のコントラストが、とても美しく心を奪われます。まるで、フランシス・ホジソン・バーネットの『秘密の花園』のワンシーンのよう。そこには、さっきまで感じていた心踊る爽やかな春の空気はなく、ひやっと冷たい空気に、どことなく寂しさが漂っていました。 今では、動植物が新たな家主となっている  エセックス・ワイルドライフ・トラストが管理している保護区は、森、草原、湿地帯など、昔から人々が自然資源を得るために上手に管理して来た土地を買取し、野生動植物の住みかとして保護していくのが通常です。しかし、このウォーリー・プレイスは、全く違う歴史があります。そもそもここは、マナーハウス・ウォーリー(The Manor of Warley)として、代々地位のある人たちが暮らした場所だったそうです。しかし1934年、最後に住んでいたエレン・アン・ウィルモット女史の死後、廃墟となり、1938年には建物の崩壊が危ぶまれ取り壊しになりました。その後誰も住ことなく、この土地のオーナーがエセックス・ワイルドライフ・トラストと地元管理グループにリースし、自然保護区として管理する形で現在にいたります。 エレン・アン・ウィルモット女史。一時期、ここは彼女の帝国だった。© R G Berkley  最後の家主であったウィルモット女史は生前、園芸家、そして植物コレクターとして名を馳せていました。プラントハンターに依頼して世界中から珍しい植物を取り寄せ、甥っ子姪っ子たちが遊びにくるたびに球根をそこらへ投げ込ませ、常駐させている100人ほどのガーデナーたちに、次々と植えさせていきました。また、自分の山草コレクションを飾るため、ヨークシャーから取り寄せた巨大な石で峡谷を作らせたり、電気が普及していない時代に温度調節可能な温室と冷床で、園芸種の品種改良や英国では見ない植物を栽培したりと、持てる財産と時間をすべて園芸に注ぎ込みました。そのため、結婚もせず、晩年には財が底をつき、多額の借金を抱えたまま、この世を去ったようです。ガーデニングの端くれとして、これだけの設備とお金をかけた庭を当時私が見せられたら、圧倒されていたことでしょう。まさに、ガーデナードリームの地だった。それが、今では泡のように消え去り、彼女が植えさせた木々や花たちだけが、その当時を思い出させるように、春になると蘇ってくるのです。 ここを整備しているボランディアによるガイド・ウォーク。自然だけでなく、価値ある建築物跡として管理していくことが大切なようだ 立派な冷床があった一角は、スノードロップに覆われていた。積み上げられたレンガがかすかに面影を残す  生い茂った夏草を見て、奥州藤原氏の栄華の儚さを思い、芭蕉がしたためた平泉での句。この名句がもつ無常観と虚しさが、ここウォーリー・プレイスにもありした。お抱えガーデナーたちという兵どもたちが、ウィルモット女史の理想の庭園のためだけに、汗水垂らし戦い続けた。しかし夢の跡なってしまった今は、皮肉にも自然が取って代わり、ここを支配しているのです。  水仙の花畑から、霞んだ空の向こうに、ロンドンの高層ビルをかすかに見渡すことができます。まるで自然が抱きかかえるかのように、この地を包み込み、都会の喧騒から、そして時の流れから逃れ、秘密の隠れ家として、ひっそりと存在しているウォーリー・プレス。再生の季節である春。湧き上がる新たな生命力と相反して、朽ちていく夢の庭園。水仙が輝ければ輝くほど、残酷にも盛者必衰のことわりをあらわしています。鳥のさえずりが聞こえてくる中、ウィルモット女史の亡霊が、今もさ迷い続けているのです。 11th March 2017, Sat @ Warley Place, Essex エセックス・ワイルドライフ・トラスト自然保護区情報: ウォーリー・プレイス オフィシャルサイト 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

 「私たちみたいな物好きが、結構いるんだ。」氷点下まで下がった冬の晴れた朝、駐車場に到着した友人と私は、寒さに震えながら驚いていました。  年が明けて、ガーデニング仲間から連絡があり、久しぶり会うことになりました。冬は、天気の都合でガーデニング仕事は、やれることが限られ、暇な時間が多くなります。そんな時は、普段できない家のことをしようと張り切るのですが、二、三週間すると家に籠っていることが段々苦痛になってきます。そんなころ、同じようにイライラし始めてきた仲間からの連絡。みなで散々「冬の屋外作業は最悪!」とブツブツ文句を言っていたのに・・・、職業病ですかね。 [osmap markers="TQ6625187435!red;ラングドン自然保護区" zoom="0"] [osmap_marker color=red] イングランド東部 ラングドン自然保護区  どこか歩きに行きたいということで、彼女が昔働いていたラングドン自然保護区(Langdon Nature Reserve)へ行くことになりました。ラングドン自然保護区は、野生動物保護団体であるエセックス・ワイルドライフ・トラスト(Essex Wildlife Trust)が管理している地域です。ロンドン市内から東に約51キロ、バジルドン(Basildon)という第二次世界大戦後にできた大きなニュー・タウンがあり、その端すれすれの461エイカー(約56万坪)を保護区として、団体が所有しています。  車で到着すると、寒さ厳しい平日の朝にも関わらず、すでに車7、8台が駐車され、予想以上に訪れているひとたちがおり、びっくりして思わず友人と顔を見合わせてしまいました。普段は、冬の湿気(英国は、基本冬が湿気が高く、夏が乾燥してます)のためにぬかるんでいるであろう道も、石のようにカチカチに凍結し、吐く息が白い煙となって舞い上がるほどの冷え込みの中、友人の犬二匹を引き連れて、歩き始めました。斜めから降り注ぐ朝日が眩しく、大地からの冷気と共に、体を完全に眠気から覚させてくれます。  産業革命で損なわれた自然を取り戻そうと、19世紀後半から自然保護運動が英国で盛んになり、そこで生まれたチャリティ団体のひとつであるワイルドライフ・トラスト。銀行家であり動物学者であったチャールズ・ロスチャイルドが、自然破壊と大衆に広まったスポーツハンティングによる乱獲によって激減した野生動物を守るために、1912年に設立した団体が始まりとなります。その後1957年に各地で独自に設立されていた野生動物保護団体が結集し、全国規模での連盟を組む動きとなり、自然保護チャリティ団体トップのひとつにまで成長しました。現在は、ワイルドライフ・トラスト(正式名は、The Royal Society of Wildlife Trusts。チャールズ皇太子がパトロン。)として全国レベルの活動やキャンペーンを取りまとめ、その傘下に47の地方保護団体が存在し、各地域の保護活動を行なう、二段階組織となっています。47団体の財布は、それぞれ別になっており、活動内容も地域により微妙に異なりますが、野生動物を守るための環境作りという信念を共有し、ロゴやPRでのデザインを統一することによって、連帯感を強く打ち出しています。会員登録数は、現在80万人。 看板右上にあるのが、アナグマを使ったトラスト全国共通ロゴ  ここラングドン自然保護区も、住宅街脇にあるとはいえ、野生動物が住みやすく、それでいて訪れる人々が自然を楽しめるよう、保全とレクリエーションのバランスをうまく考えて管理しているのが、歩き始めてからすぐわかり、ワイルドライフ・トラストの信念が窺えます。友人のガイドのもと、丘の麓から、斜面を登りながら上へとゆっくり歩いて行く中、森に響き渡る野鳥の鳴き声に耳を傾け、半分凍った池にいる水鳥が羽を膨らませ肩を寄せ合う姿に同情しつつも笑い、野生動物の餌となる虫が好む草花を植えてある庭に興味惹かれと、なかなかバラエティに富んでおり、飽きることがありません。 ワンコたちも、散歩でリフレッシュ  このラングドン自然保護区を所有しているエセックス・ワイルドライフ・トラストは、エセックス州内の自然保護区87ヶ所、自然公園2ヶ所、ビジター・センター11ヶ所を所有・運営・管理していて、ワイルドライフ・トラスト47地方団体の中でも、規模が大きく、今一番勢いがある団体のひとつです。つい最近も新たなビジター・センターがオープンしました。人口が集中し、地価が上がったロンドンからエセックスに移り住む人々、特に小さなお子さんがいる家族が、子供たちと一緒に安全でお金をかけずに楽しめる場所として、エセックス・ワイルドライフ・トラストの保護区を訪れているようです。都会にいた人たちは、身近にある自然のありがたさを、飢えていた分よくわかっているので、熱心な支持者になってくれているように見受けられます。そんな子供たちを持つ家族や学校をさらに呼び込もうと、2016年に作者のビアトリクス・ポター誕生150周記念の一環で、ピーターラビット™・ウッドランド・トレイル(The Peter Rabbit™ Woodland Trail)と題し、 ピーターラビットに登場するキャラクターの木彫が、ラングドン敷地内のところどころに設置され、子供達に訪ねてもらうトレイルがイースター(復活祭)にお披露目となりました。湖水地方に行かずともピーターに会えるということで、人気となっています。またビジターセンターには、ピーターラビット関連商品がたくさん陳列されていました。きっと契約上でのお約束なのでしょう。  友人と世間話をしながら歩いていると、向こうから、ヘッドフォンで音楽を聴きながら、腕には何かを計測するものを装着し、ペットボトルを腰に巻きつけてランニングしている女性が、「おはようございます」と言って走り去っていく。そうかと思えば、車椅子に乗った男性が、二匹の犬を連れて散歩しながら、「今日は寒いけど、清々しい天気ですね」と笑顔で挨拶してくる。きゃっ、きゃっと声がするなと思ったら、自然学習の一環で訪れているのであろう20人ぐらいの小学生たちに、引率の先生が「こっちに行きますよ」と叫んでいる姿が見えました。  エセックス・ワイルドライフ・トラストの自然保護区は、どこもそうなのですが、利用者に対して、特に保護理念を押し付ける感もなく、歩道には必要最低限の情報しか提供せず(その分、入り口やビジターセンターではしっかり保護区の説明がされているが)、しかし、さりげない工夫が随所にほどこされており、訪れた人々も気楽に、自分たちのスタイルで利用できる。だから、野生動物観察、自然授業、ランニングなどのスポーツ、犬の散歩など、年齢も、タイプも全く違う人々が、それぞれの目的でこの場を楽しんでいる姿があり、歩いている私も野生動物観察だけでなく、人間観察もできてなかなか面白いです。 歩道が整備されているので、車椅子でも楽々  「私が勤めている時に、この保護区で、アゲハチョウ目撃情報が入ってきて、一時大騒ぎになったことがあったの」と蝶のために萌芽更新で伐採された木々を横目に、友人が話し始めました。「私は、そんなの英国で絶対にありえないと言っていたけれど、温暖化だの、気候変動で動植物が北上している話などがあって、もしかして・・・って、みな思い始めていたの。正式に公表しようと動き出した矢先、実は近所の住宅街でアゲハチョウをお土産にどこかから持って帰ってきて、外に放したひとがいたことがわかったのよ。アゲハチョウが、ここで生き残れるはずがないじゃない。お騒がせな話よ。信じられない」と彼女の笑い声が森中に響き渡りました。エセックス・ワイルドライフ・トラスト存続のためには、保護区での活動や会員に対する教育向上はもちろん大切ですが、それと同時に敷地周辺の地域住民や地方行政の理解を深めていくことがさらに大事なんだなと教えられました。きっとそんなこともあり、ビジターセンターで購入した案内書の説明文中に、”A large amount of the reserve is surrounded by houses. This brings many unnecessary pressures on the reserve.(この自然保護区は、ほぼ住宅に囲まれていて、不必要な弊害を受けています。)”と書かざるおえなかったのかなと彼らの苦労を感じます。 プラットランド最後に残った家  ラングドン自然保護区には、自然以外にも、ちょっとユニークな歴史があります。ここはもともと、農地でした。ところが1900年代に入り、硬い粘土質の土地を耕す労力と安い輸入食品による生産力の低下により、このあたりの農地が徐々に売りに出されました。そして1930年代ごろから、田舎の空気を吸いたいロンドン住民がプロットランド(Plotlands)と呼ばれる小さな土地を買い始め、簡易コテージやバンガロー、物置小屋などを建て始め、週末や休日をここで過ごすようになりました。全盛期には、200件ほどの建物や庭があったそうです。第二次世界大戦に突入すると、人々は難を逃れここに疎開し、本格的に住み始めるようになりました。しかし大戦後は、ニュータウン開発でほとんどの土地が取り込まれ、プロットランド最後のコテージも、1980年代に住み手がいなくなり、エセックス・ワイルドライフ・トラストに寄贈されました。保護区内には、プロットランドであった時代の旧跡も随所に残されており、活気に溢れていた時代を語り継いでいます。 霞んでいなければ、ロンドンが見える  丘に上がると、ところどころで展望が開け、なだらかな大地が続いていくのが見えました。友人が目の前を指差して「この先にロンドンの中心街が、霞んでいなければ、はっきりと見えるの。聞いた話によると、ここに疎開してきた人たちは、この丘の上で、ドイツ軍の空爆によって焼かれていくロンドンを、ただただ見つめていたそうよ。」野生動物のパラダイスから、地獄絵へと一転。戦争が急に身近に感じられ背筋がゾクッとしました。この大空襲のように悲惨な戦争をヨーロッパで二度と起こさないために、欧州連合(EU)ができた経緯があります。しかし、そのEUから英国は今離脱しようとしている。複雑な思いで、遠くに見えるであろうロンドンを眺めていました。人々の生活を激変させてしまうような歴史的出来事について、何かの記念碑が立っているわけでも、どこかに記録されているわけでもない、ひょっと訪ねた土地で、ごく普通の一般市民から話を聞く。これほどリアルで強烈なものはありませんでした。  今回は、気分転換のために、たまたま訪れたラングドン自然保護区。しかし思いもよらず、いろいろな話を通して、環境保護とは何ぞや?と改めて考えさせられる機会となりました。まずは人々の暮らしが守られて初めて、野生動物や自然について考えられるということは、確かだと思われます。 19th January 2017, Thurs @ Langdon Nature Reserve, Essex 参考資料: エセックス・ワイルドライフ・トラスト www.essexwt.org.uk 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

 英国の長い冬が明け、暖かさを感じ始める頃、牛舎に閉じ込められていた牛たちが野に放されます。牧草地を猛ダッシュで駆け回りながら、キャッキャッとはしゃぐように、飛んで跳ねる姿は、それはもう、なんとも愛くるしい。でもこの時期、はしゃいでいるのは、牛だけではなく、人間も同じ。 青い花の海が広がる、春の訪れ  英国は、日本よりはるか北にあるのにもかかわらず、冬はそれほど厳しくはありません。ただ日照時間が短く、どんより雲と長雨でぬかるんだ大地に挟まれて、何とも憂鬱な気分になります。 ですので、イースターあたりになると、家に引きこもっていた人々が、一気に外へと飛び出していきます。太陽が少しでも照り出しそうものなら、薄着とサンダルで出歩き、公園の芝生で日光浴をし、パブの外でビールを飲む。中には、ビキニ姿になって日焼けしようとする人までいます。冷静沈着で理性ある態度が良しとされる英国人ですが、心の中では浮き足立って、ソワソワ、ワクワクし、今にも弾けそうになっているのが透けてみえるのが、これまたなんとも愛くるしいのです。  そんな彼ら同様私も家を飛び出して、イングリッシュ・ブルーベルを見に、友人と近所の森へ出かけて行きました。4月末ごろから5月始めにかけて英国南部では、ヒヤシンス科であるブルーベルが開花し、澄んだ青紫色のカーペットが森の中に広がります。まさにその名の通り、ベル状の青い花が頭を垂れるように咲き、日本の春が桜なら、ブルーベルは英国において春の季語になる象徴的な花です。 [osmap markers="TL9454828076!red;イングランド東部 ウエスト・バーゴルト" zoom="0"] [osmap_marker color=red] イングランド東部 ウエスト・バーゴルト  エセックス州ウエスト・バーゴルト(West Bergholt)にあるブルーベルの森で有名なヒルハウス・ウッド(Hillhouse Wood)に行ってみると、静かな小さな村に突如多くの人たちが次々と現れ、森周辺だけ車が道脇いっぱいに駐車されていました。以前全国紙で取り上げられたこともあり、知る人ぞ知る人気の森のようです。まだ新緑が生えてきていない木々の間からこぼれる淡い太陽の光を受けて、キラキラ輝く花たちが足元から広がっている森は、まるで水辺に立っているかのようです。その中を、なんとなしにブラブラとみんなが歩いています。犬を連れて歩いている老夫婦、昼食前の腹ごしらえも兼ねて森を散策している親子3代。きっとこのあとは、パブでサンデーランチを楽しむのでしょう。イヤフォンをふたりでシェアし、音楽を聞きながら歩いている若者カップル。おしゃべりが止まらない女友達。乳母車を押しながら静かに花を楽しむ夫婦。サイクリングの途中で寄ったであろう家族。森を探検する父と息子。週末のひと時、それぞれが自分たちのスタイルで歩くことを楽しんでいる、英国でしか見ることができない光景に思います。 親子でどこへ行くのかな?  日本ではお花見に代表されるように、花を愛でながら宴会やお茶をするのが人気ですが、英国では、花や野生動物、森全体で感じる雰囲気、そしてそこから見渡せる美しい田園風景を、あてもなく歩いて楽しみながら愛でるスタイルが主流です。このような歩きをイギリスではレクリエーション・ウォーク(Recreational Walk)と言います。まさに、Re(再度)creational(創造するような)、身も心も心機一転、リフレッシュするために公園、森、田園、丘、川、海沿いなどをただ歩く。お金もかからず、健康にも良いという点においても、質素な英国人好みなのかもしれません。ただ彼らがすごいのは、そのブラブラ歩きをしたいがために、全国網の目のようにある歩道・フットパス(Footpath)をきちんと整備し、管理していることです。またその道を歩くことを保証するために通行権(Right of Way)を法律で定めています。しかもこの法律を通すまで、ああでもない、こうでもないと話し合いが行われ続けてざっと200年。ここまでの徹底ぶりとしつこさには、脱帽してしまいます。そこまでしても歩きたがる英国人の心理とは・・・?どうやら一筋縄ではいかない深いものがそこには潜んでいるように思います。 いくつになってもラブラブ♡  このヒルハウス・ウッドにも、もちろんフットパスが通っていますので、道伝いに歩くことができます。またここはAccess Landにも指定されている森のため、フットパスから外れて、自由に歩き回れる散策権もあるエリアで、好き勝手に歩くことも可能です。とはいえ、最低限のマナーはみなさん守っていました。今後もずっとブルーベルを楽しみたいですもんね。そしてそれらの道を含めたこの森を、森林保護チャリティー団体・森林トラスト(Woodland Trust)と村のボランディアグルーブ・Friends of Hillhouse Wood が管理し、メンテしています。こういった地道な努力に支えられて、英国の歩く文化は発展し、今日も多くの人が訪れることのできる森として存在することを可能にしているんだなと感心しながら、笑顔で歩く人々の姿を私は愛でていました。 17th April 2016, Sun @ Hillhouse wood, West Bergholt, Essex 参考資料: 森林トラスト www.woodlandtrust.org.uk 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

© Blackwater Forget Me Not Walk 2014  9月20日(土)に、私が住んでいるエセックス州、モルドンで開催されたチャリティー・ウォークに、私の在英10周年記念として参加しました。たまたま買い物に行ったスーパーの掲示板で見かけたポスターが目に止まり、地元のイベントというこで、ちょっとトライしてみようかなと思い、エントリーしたのがきっかけです。英国白血病・リンパ腫研究所(LEUKAEMIA & LYMPHOMA RESEARCH)が行なっている”Forget Me Not Walk”と呼ばれるイベントで、30キロのウォーキングにチャレンジし、何事もなく参加者の方々と共に楽しみながら、完歩しました。当日朝から雷雨で、一時はどうなることかと心配しましたが、いざ歩き始めると、雨は上がり、想像以上に快適なスタートとなりました。コースは、地元モルドンの北側を30キロをぐるっと一周するもので、スタート地点がゴールとなります。マラソン・チャレンジと題していたので、てっきりタイムや順位が記録されるのかと思いきや、「では、ぼちぼち歩き始めましょうかね」といったノリでみながゾロゾロと歩き出し、ちょっと驚きました。どうやら、決められた距離を歩ききることが「挑戦」ということだったようです。  今イベントは、白血病で若い息子さんを失ったリーブ夫妻が英国白血病・リンパ腫研究所と協力して、息子さんの思いを忘れないために企画したものです。イベント参加条件は、エントリー代を支払いこと(今回は、£10)とチャレンジ参加者全員、自分についてくれるスポンサーを自分で募り、そのスポンサー代を団体に寄付することでした。イベントによっては、最低限の募金額が設定される場合がありますが、今回は特になく、できる範囲でがんばるというスタンスでした。英国は、チャリティー大国です。福祉国家の英国と言われていますが、国からの支援には限りがあり、チャリティー団体が大きな役割を担っているため、人々にとって身近な存在です。ボランティア活動、チャリティー・イベントは、頻繁に行われています。募金活動も思考をこらして、今回のウォーキング・チャレンジのように、参加者が楽しみながら寄付を募る企画が多くあります。 [osmap gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/10/Charity-Walk-in-Maldon-new.gpx" markers="TL8553011250!red;出発終着点:グレート・トットナム"] [osmap_marker color=red] 出発終着点: イングランド東部 グレート・トットナム  その中で、私が今イベントに参加したいと思った理由は、地元の人が行うイベントだったからです。募金先もあまり大きな団体でなく、白血病・リンパ腫のための治療改善と患者サポートと目的もはっきりしてい ました。大規模なイベントになるとチャリティー・イベント専門企画会社が入り、どうしても商業化された感が強く、私としてはスポンサーを募ることに抵抗があります。今回は、モルドンに住むご夫妻と彼らのご近所さんや友人・知人がボランティアとなって開催されたこぢんまりとしたもので、終始のんびりとアットホームな雰囲気が漂っていました。私のように、祖国を離れてた根無し草の人間としては、住んでいる地域の方々との交流は大きな意味があり、私自身いつもこだわっている点です。 イベント主催者リーブ氏の挨拶からスタート  歩き始め最初の一時間は、いくつもの田園を通り抜けて行きました。このあたりでは、麦、ライ麦、菜の花、亜麻仁、ムラサキウマゴヤシなどが栽培されています。収穫はすでに終り、少し寂しい風景ではありましたが、道中出会った馬、羊、牛、あひる、孔雀たちに、癒されました。気温が上昇し、蒸し暑くなり始め、参加者みんなが着ていたジャケットを脱ぎ始めると、今チャリテ ィー団体のTシャツがお目見え。のどかな田舎道が突如パッと眩しいぐらいの赤色に染まりました。不思議な光景でしたが、宣伝効果は抜群と言えそうです。英国には、フットパスといわれる歩道が、全国に網の目のように数多く存在しています。このフットパス、正式名を Public Footpathといい、人々がまだ歩くことでしか移動できなかった時代に使用していた歩道を、今日レクリエーション目的のために保存しているれっきとした公道です。またPublic Right of Way (PRoW)という名で、誰でもこの公道を歩く権利が法律で認められています。つまり、ひとたびフットパスと認められれば、住宅地であろうが、農地であろうが、ゴルフ場であろうが、歩くことができる。日本ではちょっと考えにくいユニークなシステムであります。ちなみに今回のコースの七割は、フットパスを歩きました。 赤の騎士団、 モルドンの田舎道をゆく 満潮の川を見ながら、土手道を歩いていく  チェックポイントで一息してから、いよいよ前半のハイライトである川沿いを歩くフットパスにでてきました。タイミングよく満潮で、朝の嵐が信じられないような穏やかさが、モルドン独特の朴訥とした風景をさらに美しく演出していました。エセックス州は、平地の州と言われていて、高低差がほとんどありません。 モルドンあたりは特に湿地帯のため、海抜がマイナスの土地も多々あります。ブラックウォーターと呼ばれている河口付近は塩水で、その昔人々はseawallと呼ばれる盛土を手作業で設置し、満潮で浸水しないよう塞き止め、川沿いの土地を農地として使えるよう年月をかけて塩抜きしていきました。その努力の結晶である土手道を歩く、一歩一歩踏みしめるように力が入りました。 昔ながらの帆船が、静かに海へと向う  河口と運河の合流地点に、第二チェックポイントがあり、そこで昼食。サンドウィッチ、スナック、ケーキ、果物、エネルギードリンクなどすべてボランティアの方々が用意され、手際よく給仕してくださいました。きっとみなさんスポーツ ・チャリティー・イベントに慣れていらっしゃる方々なんだと思います。軽く食事をしてから、今度は、運河沿いを歩き始めました。英国には産業革命時代に多くの運河が建設されました。今は、船遊び、釣り、そして運河脇を歩くといったレジャー目的で使われ、国の遺産として大切に保管されています。また、川や運河に停泊しているボートを正式な住居として生活されている方々もいらっしゃいます。私の知人数人もボート暮らしですが、外はどこから見てもボート、でも一旦中に入ると普通の家とまったく変わらず。中には、室内ミニサッカー場を子供のために作ったひともいます。 この日は、釣り人たちが、まるで修行僧が座禅を組んでいるかのように、静かに運河の水面を見つめながら座っていました。 しっかり食べて、後半戦へ  今回のチャレンジや地元のグループ・ウォーキングに参加して面白いなと感じたのが、みなさんの歩くスタイルです。 みなさん歩きながらよく喋ります。老若男女隔たりなく、話している内容もアウトドアや自然と何の関係もないものも多 くて、びっくりしました。地元だからかもしれませんが、景色もそんなに見ていない。中には歌いながら歩いている方や愛犬を連れている方もいらっしゃいました。もちろん歩くことだけに専念しているひとも、静かに歩くことを楽しんでいるひともいらっしゃいましたが、どうやら歩く(散歩) = 社交の場という風習が、英国にはあるように感じられます。何かに懸命に挑戦している雰囲気はなく、このリラックスした感じが実はこのイベントの醍醐味で、今回で4回目の開催を迎えることができたポイントなのかもしれません。 全長約22キロある運河脇を歩きながら、内陸部へと進む  運河を離れた後、今度は鉄道廃線跡を3.5キロほど歩きました。モルドンと近くにある都市とを繋ぎ、地元のために118 年間走り続けてきた鉄道は、車社会化した1966 年に廃線となりました。今は、線路があったであろう築堤はトレイルとして保存され、両脇に生えている木々が長い緑のアーケードを作り出していました。車窓から見えるモルドンの風景はどうだったんだろうか、想像してしまいます。 真っ直ぐに伸びる廃線跡を歩く  最後のチェックポイントを通過し、リンゴ園が広がる丘を登り始めました。ひと昔前までこのあたりは、リンゴ園がそこかしこにあったそうです。1973年に英国が ECC(欧州経済共同体)に加盟後、国外からリンゴが輸入され始め、価格競争に負けた地元の生産者たちは、多くのリンゴの木を処分せざるおえなくなりました。残されたリンゴの木々には、何とも言えない喪失感が漂っています。日本人としてひと事ではなく、生き証人を見た思いです。歩くことでしか発見できない小さな村の物語や歴史がそこにあり、それが世界の大きな動きに繋がる。昔世界史の教科書に記述されていたことが、現実として目の前で見ることができた瞬間でした。  丘を登りきり、静かな家並みを通りぬけ、出発点であったパブに戻ってきてゴ ール。5時間半で、チャレンジを終了しました。完歩記念にメダルをいただきました。スポーツの大会は、中学校のマラソン大会以来でしたので、多少緊張していましたが、終わってみると心地よい疲労と達成感を味わいました。パブがゴールというのも実によく考えられていて、用意された軽食と祝福の一杯をみなさんそれぞれ楽しんでおられました。ひと仕事終えた後の一杯は、やっぱり旨い!! りんご園を通過  今回のチャレンジで、30kmに挑戦した人たちは40名、ショートコースの20kmは31名、合計参加者数71名でした。ある方は、病で失った家族や友人のために、ある方は、病からの復帰を祝うために。それぞれの目的、思いで歩かれていました。最近白血病を克服し、今チャレンジで最後まで歩ききるという強い意志で参加していた女性は、大奮闘した結果、最終グループの仲間と共にゴール。みなから祝福の喝采を受けていたのが印象的でした。家族、友人のみなさまのご協力のもと、私が集めたスポンサー代、最終金額は、£408.41(約7万1413円)となり、無事に全額英国白血病・リンパ腫研究所へ寄付されました。心から謝意を表するとともに、リーブ夫妻からも、みなさんのご厚意に対しての感謝、そして寄付金が有効に活用されるようしっかり見守っていくとのメッセージをいただきました。 多くのスポンサーに、感謝します。みなさんの応援が、力となりました 地元紙にイベントの記事が掲載された © Maldon and Burnham Standard, September 25, 2014  今回の経験で私が学んだことは沢山ありますが、一番の大きな発見は、人間たまには人様のために何かをする。その体験は、己をよく知ることにもなる、ということです。私のように世の中にために役立つ頭脳や才能も無く、子供を産んで育てて次世代社会へ貢献しているわけでもない人間としては、自分の時間を他人のために使うことは、大変有効に思いました。たとえ小さなことでも、偽善的で自己満足な行為でも、混沌とした世の中で人間が持っている可能性や希望を感じることができるよい機会だと思います。さらに、今回は歩くという行動を改めて認識しました。人類の一番の進化は、二足歩行をしたということではないでしょうか。しかし、利便性優先の現代社会で二足歩行をしなくなってきている私たちは、何か大きなものを失いつつあるのかもしれません。歩くことでしか見えてこない世界があるように感じます。 人生初のメダル獲得、嬉しい  多くの方々に支えられた英国生活10年。おかげさまで、チャレンジによってよい節目をつけることができました。モルドンの魅力も再確認することができ、ここに住むチャンスに恵まれてよかったと改めて感じています。最後に、主催者のリーブさんに、「なぜ、このウォーキング・イベントを企画したんですか」とゴール後質問してみました。すると彼はこう答えました。「人は、楽しいことにはお金を出してくれるんです。」う〜ん、なるほど。楽しみながら、目的を達成させる。英国のチャリティー社会、まだまだ学ぶことが多くありそうです。みなさまも、たまには歩いて遠出してみてはいかがでしょうか。きっと面白い発見があると思います。 20th September 2014, Sat @ Maldon, Essex 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...