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ある日、義理の甥っ子が訊いてきました。 「ねー、シノ。パフィン知ってる?」 「知らない。何それ?」 「鳥だよ。体は小さいのに、大きなオレンジ色のくちばしと足をもった鳥だよ。俺、鳴き真似できんだよ。」 「ほー、どんな感じ?」 「ウィいいいい〜ン。ウィいいいい〜ン。」 「は?何じゃい、その変な鳴き声。バイクのエンジン音みたい。鳥でしょ?」 「そうだよ、こうやって土の中で鳴くんだ。うそじゃないって。この前実際に聞いてきたんだから・・・。」 「どこで?」 「スコーマー・アイランド!!」  このエンジン音みたいに鳴く謎の鳥は、いったいどんな鳥なのか? スコーマー島って、どこ? 7歳のチビ男くんに、詳しく話を聞くが想像できず、こりゃ、百聞は一見に如かずだなっと思い、私のバディであるジルちゃんに次回の旅にどうかと提案してみました。大の鳥好きの彼女は二つ返事で了解。Deco Boco Walking、ついにスコーマー島があるウェールズに初上陸です。 [osmap markers="SM7249009379!red;スコーマー島" zoom="0"]スコーマー島  スコーマー島は、大西洋に面したウェールズ南西部にあるペンブルックシャーにあります。ペンブルックシャー海岸沿いは、独特の自然と歴史的建造物が点在する、英国で唯一沿海にある国立公園に指定されています。また、その海岸線は、ペンブルックシャー・コースト・パス(Pembrokeshire Coast Path)というナショナル・トレイルのひとつで、およそ300キロの道を歩くことができます。随所に泳ぐのに最適なビーチもあり、泳ぐの命のジルちゃんにはうってつけ。学校の夏休みが始まる1週間前のギリギリ7月初めに、B&B最後のひと部屋をゲットができ、もうコレは「行け!」と神様のお告げだと、凸凹コンビは、慣れない地へと車を走らせるのでした。  さて、改めてエンジン音を発するこの鳥は、北大西洋と北極海に生息する海鳥、パフィン(Puffin)ことニシツノメドリということがわかりました。ジルちゃんが住んでいるブリストルから車で3時間弱で行ける、我々にとって一番近い繁殖地が、ペンブルックシャーの海に浮かぶ、チビ男くんも熱く語っていたスコーマー島になります。この730エーカー(2.95km2)の小さな島には、天敵となるネズミや狐がいないため、ニシツノメドリ以外にも、冬季に過ごしたアフリカや南米から10,000km以上かけて渡っているマンクスミズナギドリ(Manx Shearwater)、細長い赤いくちばしが特徴のベニハシガラス(Chough)など鳥たちのコロニー(集団繁殖地)になっています。そのため南西ウェールズ・ワイルドライフ・トラスト(The Wildlife Trust of South & West Wales)が、厳重な管理を行なっています。 早朝のランティングチケット購入待ち。長蛇の列が  この海鳥たちの楽園の島。当然バードウォッチャーたちが英国国内からだけでなく世界中から集結します。(余談ですが、バードウォッチャーたちの熱量って、マジ半端ない。カモフラージュ服着て、機材もパパラッチ並み。私たちとは、気合が違います。)そのスコーマー島では、6月中旬から7月中旬が観察できるピークとなり、8月ごろには彼らは姿を消します。そのため、必然的に大勢の人たちが来るので、上陸するにもひと苦労です。島に上陸できる人数は、1日250人までと限定されていて、ランディング・チケットという時間指定された上陸許可券を朝イチでゲットしなくてはなりません。私たちもがんばって、朝6時半にチケット売り場に行き、2時間行列に並び、無事に券を購入できました。高校生時代に外タレのコンサートチケットを購入した時以来の、ドキドキ感。思わず二人でガッツポーズ! この小さな船にぎゅうぎゅう詰めになりながら、いざ島へ  一度B&Bに戻り、しっかり朝食を取ってから、午前11時半のボートに乗り込み、いざスコーマー島へ。もう、これ以上は望めないぐらいの晴天で、波も穏やか。今年最高の夏模様に、すでにボートの上で、テンションマックスのふたり。15分ほどすると、島の玄関となる入江に入ってきました。崖のいたるところに巣作りしている海鳥たちの鳴き声が、キーキーとサラウンドで響き渡る。親鳥たちは、エサを捕まえに次々と海中へダイブしていく。ご多忙の鳥さんたちのところに、人間の私たちがちょいとお邪魔しま〜すといった感じでした。  上陸後すぐには解放されず、トラストのレンジャーたちによるレクチャーを受けます。今暮らしている鳥たちや島の状況説明、注意事項、望遠鏡の貸し出しや最低限の水と食料の販売などがありました。2018年の調査を元に繁殖している鳥たちの数が、手書きで表示されたボードが立っててあります。「マンクスミズナギドリは、35万羽!? え、なにその数!!」どうやってカウントされたのか不思議に思うぐらいの数字です。またご親切に、今生息している動植物リストもありました。管理体制がしっかりしていてることを、実感します。 島の野生動物生息情報が示されたボード 散策前に、トラストのレンジャーによる説明を聞く [osmap gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/09/Deco-Boco-Skomer.gpx" color="green"]  レクチャー後、まずは島の全体をぐるっと反時計回りで見ていこうと、港がある東側から北へと早速歩き出します。夏の太陽の暑さを、肌でジリジリと感じますが、海風がそれを冷やしてくれるほどの、完璧なウォーキング日和。英国は、北海道よりに北に位置しますが、西岸海洋性気候で、暖流と偏西風により、期間は短いですが、夏はかなり暑くなります。また、海沿いは湿度も高く、歩くと汗ダラダラで、正直歩くのが辛くなります。ただ、スコーマー島は、崖を上ると平地で吹きっさらし。西を向けばケルト海が広がり、その向こうは大西洋です。今日のような天気は天国。ただ、雨風なら地獄絵になるだろうと、シダと短い芝に包まれた島を見て想像ができ、恐ろしくなります。晴れて本当によかった。  ここは、鳥たちの島。当然邪魔者の人間は、決めれれたフットパスしか歩けません。天敵のいないパラダイスに、人間が害を与えてはなりませんもんね。気をつけながら歩を進めます。時々、可愛らしいアケボノセンノウやギョリュウモドキ(ヒース)の花が海風に揺れて、手を振っているかのよう。お目当のニシツノメドリは、遠目に数えるほどしかまだ確認でませんが、それでもその可愛さに胸がキュンキュン。スコーマー島に滞在するニシツノメドリは、3万羽ちょっと。スカンジナビアあたりでは、エサとなる魚が減り、巣からかなり離れた場所まで採りにいき、新鮮な魚をヒナに与えることができず、数を減らしているそうです。そのためもあり、1959年この島は保護区に指定されました。いかにこの島が重要なのかが、わかります。 アケボノセンノウが風に揺れている  平坦な道を、北から西、そして南へと、気ままにスナックを食べたり、時にボーと景色を見渡しながら、ダラダラ歩いていきます。お天道様もてっぺんまで上がり、木陰がまったくない道を行くのは、さすがに暑さが勝り、ペースダウンしてくる。持参した水もどんどんなくなっていく。そんな道中、悲惨な鳥の死骸が目に付き、なんじゃこりゃ?と思いながら通り過ぎていくことが、多々ありました。あとで聞くとマンクスミズナギドリがカモメに襲われたあとだそうです。彼らは、冬の間過ごしたアルゼンチンや南アフリカからはるばるここまでやってきたのにもかかわらず、その哀れな姿に心が痛みます。しかも彼らは、長距離を飛ぶことに特化していて、うまく着地ができないそうです。嗚呼、なんということか・・・(涙。 見渡す限り、パフィンの群鳥 パフィンと会話するジルちゃん  3万羽いるニシツノメドリちゃんたちは、一体どこよっ!と思っていたその時、視界いっぱいに、ミニラグビーボールぐらいの大きさの物体がひゅーひゅーと飛び交っているではありませんか。その物体は、私たちが立っている崖の下に広がる海から、ポンポンと現れ、次の瞬間には、我々の足元近くに、ぴたっと飛び降りてきています。背中側が黒く、腹側が白い。目元に歌舞伎の隈取のような模様があり、全体のサイズに対して、大きく目立つオレンジ色の嘴。なんとも不恰好なニシツノメドリたちが現れました。小魚を嘴いっぱいに咥えながら、人間の存在を感じていないかのように、テクテクとペンギンのように歩きながら、地中にある小さな洞穴に入っていきます。そして、穴からでてきて、再び海へと飛び出していきます。ニシツノメドリの親鳥たちは、新鮮な魚をひなに与えるべく、フル活動中でした。 [embed]https://youtu.be/2W60XX6YFNs[/embed] 撮影する人間の姿を不思議そうに見ているパフィン  呆気にとられて見ていると、ウィいいいい〜ンというチェインソーのような不思議な音が、地面下から聞こえてきます。飛んでいる海鳥たちのピーピーと鳴く音とは明らかに違うもの。「どこかで、木を切っている?いやいや、木は生えていないよこの島。えっ、まさか、コレは・・・。」その音こそ、7歳のチビ男くんが言っていた、ニシツノメドリの鳴き声だったのです。ゆるキャラの姿とチェンソー音のミスマッチ。なんとも不思議な生き物に、ますます萌えてしまいます。鳥大好きジルちゃんは大興奮で、ずーとニシツノメドリたちに話しかけている怪しい人になっているし・・・。最後には、「カバンに入れて持って帰っていい?」と云い出す始末。とにかくキュートなニシツノメドリたちに囲まれた、渡り鳥たちのパラダイス。いつまでも、その癒し系キャラを眺めていたいと思ったふたりでした。かわいすぎるよ、君たち!! あの謎のエンジン音が穴ぐらから聞こえてくる 4th July 2019, Sat @ Skomer Island, Pembrokeshire, Wales トレイル情報: スコーマー島 www.welshwildlife.org/visit/skomer-island 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2022...

夏草や 兵どもが 夢の跡  言わずと知れた、松尾芭蕉の紀行作品「奥の細道」にでてくる平泉で詠んだ有名な句です。春が始まりかけた三月、英国のとある場所を訪ねた際、ふっとこの句が浮かび上がってきました。この句にまともに向き合ったのは、きっと中学の国語が最後かと・・・。全く違う季節、全く違うシチュエーションの中で、文学に疎い私の頭をよぎったのです。 特設テントが張られ、水仙祭り化としたウォーリー・プレイス  春先、クロッカスや水仙が咲き始める頃になると、ガーデニングのクライアントさんたちから、「シノ、ウォーリー・プレイスへは、行ったことある?あそこは、春の球根草花が綺麗で、特に水仙の群集は圧巻だよ。一度見に行ってみるといい。」と以前から言われていました。これはぜひ一度拝見せねばとタイミングを見計らっていると、ちょうどガイドウォークの開催情報が目に飛び込んできました。訪ねるだけではもったいない。説明していただけるなんて、一石二鳥、お買い得!主婦魂に火がついた私は、早速参加してみることにしました。  ウォーリー・プレイス(Warley Place)は、ロンドンを大きな円で囲んでいる首都高速環状線・M25が通っているエセックス州ブレントウッドにあり、ほぼロンドンと言ってもいいぐらいの栄えた場所に位置します。通勤ラッシュ時には車でごった返すこのエリアに、野生動物保護団体エセックス・ワイルドライフ・トラストの自然保護区として、地元の保存グループと共同で管理されています。 [osmap markers="TQ5838091022!red;ウォーリー・プレイス" zoom="3.50"][osmap_marker color=red] ウォーリー・プレイス  風はまだ若干冷たいが、柔らかい日差しが心地よい春の週末、これはお花見日和だと、早速片田舎にある自宅から都会へと車を飛ばし、ルンルン気分で入口に向かいました。エセックス・ワイルドライフ・トラストのテントが張られ、パーフレット、本、ハガキなどが売られ、ちょっとした水仙まつりといた様子。人々が次々に敷地内へと入っていきます。黄色の水仙たちがお出迎えのお辞儀をするかのように、頭を垂らして風に揺られいる姿が、すでに遠くからも見えます。まだどんより雲が残っている空の下、黄色の電灯が地を照らし、春のエネルギーが放出されているかのようです。春色に癒された訪問者たちも、どことなく笑顔が溢れ出しています。 廃墟となった豪邸跡。白黒写真の左に写っているガラス部屋だった部分 以前の姿を写真で確認。この建物以外にも、番小屋、小家屋、馬小屋、温室、冷床などがあったが、全て取り壊されている  ガイドウォークは、10名ぐらいの少人数でスタート。大きな敷地内をぐるっと一周するかたちで、1時間半ほど歩いていきました。そろそろ終わりになりそうなスノードロップ、クロッカスの花々もまだ咲いており、四月末ごろに花が咲くワイルドガーリックは、緑の葉をすでに伸ばし始めています。そして、視野に入りきらないほどの水仙たちが一面を覆い尽くしていました。今まで見たこともない、とんでもない数です。なぜこんなに多くの水仙がここだけ生息しているのか、不思議に思いながら歩き続けていると、突如大きな屋敷だったであろう崩れかけた廃墟が現れます。事情をよく把握せず、春の陽気に誘われて、ただ水仙の群生地見たさに参加した私には、かなりのインパクトで、びっくりしました。しかし、なぜだかこの廃墟と黄金に輝く水仙のコントラストが、とても美しく心を奪われます。まるで、フランシス・ホジソン・バーネットの『秘密の花園』のワンシーンのよう。そこには、さっきまで感じていた心踊る爽やかな春の空気はなく、ひやっと冷たい空気に、どことなく寂しさが漂っていました。 今では、動植物が新たな家主となっている  エセックス・ワイルドライフ・トラストが管理している保護区は、森、草原、湿地帯など、昔から人々が自然資源を得るために上手に管理して来た土地を買取し、野生動植物の住みかとして保護していくのが通常です。しかし、このウォーリー・プレイスは、全く違う歴史があります。そもそもここは、マナーハウス・ウォーリー(The Manor of Warley)として、代々地位のある人たちが暮らした場所だったそうです。しかし1934年、最後に住んでいたエレン・アン・ウィルモット女史の死後、廃墟となり、1938年には建物の崩壊が危ぶまれ取り壊しになりました。その後誰も住ことなく、この土地のオーナーがエセックス・ワイルドライフ・トラストと地元管理グループにリースし、自然保護区として管理する形で現在にいたります。 エレン・アン・ウィルモット女史。一時期、ここは彼女の帝国だった。© R G Berkley  最後の家主であったウィルモット女史は生前、園芸家、そして植物コレクターとして名を馳せていました。プラントハンターに依頼して世界中から珍しい植物を取り寄せ、甥っ子姪っ子たちが遊びにくるたびに球根をそこらへ投げ込ませ、常駐させている100人ほどのガーデナーたちに、次々と植えさせていきました。また、自分の山草コレクションを飾るため、ヨークシャーから取り寄せた巨大な石で峡谷を作らせたり、電気が普及していない時代に温度調節可能な温室と冷床で、園芸種の品種改良や英国では見ない植物を栽培したりと、持てる財産と時間をすべて園芸に注ぎ込みました。そのため、結婚もせず、晩年には財が底をつき、多額の借金を抱えたまま、この世を去ったようです。ガーデニングの端くれとして、これだけの設備とお金をかけた庭を当時私が見せられたら、圧倒されていたことでしょう。まさに、ガーデナードリームの地だった。それが、今では泡のように消え去り、彼女が植えさせた木々や花たちだけが、その当時を思い出させるように、春になると蘇ってくるのです。 ここを整備しているボランディアによるガイド・ウォーク。自然だけでなく、価値ある建築物跡として管理していくことが大切なようだ 立派な冷床があった一角は、スノードロップに覆われていた。積み上げられたレンガがかすかに面影を残す  生い茂った夏草を見て、奥州藤原氏の栄華の儚さを思い、芭蕉がしたためた平泉での句。この名句がもつ無常観と虚しさが、ここウォーリー・プレイスにもありした。お抱えガーデナーたちという兵どもたちが、ウィルモット女史の理想の庭園のためだけに、汗水垂らし戦い続けた。しかし夢の跡なってしまった今は、皮肉にも自然が取って代わり、ここを支配しているのです。  水仙の花畑から、霞んだ空の向こうに、ロンドンの高層ビルをかすかに見渡すことができます。まるで自然が抱きかかえるかのように、この地を包み込み、都会の喧騒から、そして時の流れから逃れ、秘密の隠れ家として、ひっそりと存在しているウォーリー・プレス。再生の季節である春。湧き上がる新たな生命力と相反して、朽ちていく夢の庭園。水仙が輝ければ輝くほど、残酷にも盛者必衰のことわりをあらわしています。鳥のさえずりが聞こえてくる中、ウィルモット女史の亡霊が、今もさ迷い続けているのです。 11th March 2017, Sat @ Warley Place, Essex エセックス・ワイルドライフ・トラスト自然保護区情報: ウォーリー・プレイス オフィシャルサイト 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

国の遺産相続、ややこしや  「遺産相続」と聞いただけで、ややこしや、ややこしや。トラブルの火種、業と業のぶつかり合い、ドロドロした人間模様。サスペンスドラマやワイドショーにもってこいの題材であります。他人事として見ているぶんには楽しいですが、当事者となると、えらいこっちゃ!これは国の遺産レベルでも同じ。次世代に残そうとする者同士、または受け継ぐ者同士でごちゃごちゃと揉めることは、よくあることのようです。この場を守っていきたい熱い気持ちは同じなのに、その方法論が全く違うため、地元民を巻き込んで政治論争へと発展。さらにややこしいやなのです。 ドライストーンウォール(Dry Stone Wall)と呼ばれる石積みの壁に囲まれた牧草地。湖水地方の風景には欠かせないもの  今回取り上げる国の遺産の舞台は、英国のカントリーサイドの代名詞的存在であり、日本人観光客にも大人気のThe Lake District ー 湖水地方です。氷河によって形成された美しい山と湖、独特の石造りの家々、放牧された牛や羊たち。それらが醸し出す牧歌的でノスタルジックな魅力あるこのリゾート地が、なぜか論争の場となっています。それは、2017年ユネスコ世界遺産への登録という、ある人々には大きな希望、ある人々には嬉しくない遺産相続の形となったからです。そんな熱い現場へ、登録直後早速行ってきました。 なぜ、湖水地方は世界文化遺産? [osmap markers="SD4138598631!red;湖水地方" zoom="0"] [osmap_marker color=red] イングランド北西部 湖水地方 ウィンダミア  湖水地方が世界遺産に登録されたというニュースを聞いた時、「なんで今さら世界遺産なんだろう」というのが、正直な私の感想でした。18世紀産業革命初期から今に至るまで、この風光明媚な地は、人々を魅了続けてきました。1951年に国立公園に指定されてからは、さらにその勢いを増し、2017年度の観光客数は、1917万人*1にまで上り、2018年は、2000万までいくとされています。2016年に訪日外国人観光客が2000万人突破したことがニュースになっていましたが、それとほぼ同じぐらいの数が、限られた地域を毎年訪れていることになります。そのためハイシーズンに宿を予約するのは困難で、しかも高い。車の渋滞や駐車場、環境への負担やゴミの問題なども深刻で、地元民の生活への影響が懸念されています。 英ロマン派詩人、ウィリアム・ワーズワース。偉大な詩人、環境保護思想の原点を生み出した人物として、欧米では評価されている。ワーズワース博物館にて  多くの人たちが訪れるということは、想像以上のインパクトを、正負両方面から受けることになります。18世紀から地元では、この正負のバランスをどう保ち、この場を守っていくべきか、常に議論されてきました。湖水地方出身で、英国を代表するロマン派詩人、ウィリアム・ワーズワースは、1835年に出版された"A Guide through the District of the Lakes in the North of England "(湖水地方案内)*2の中で、湖水地方のことを、"a sort of national property, in which every man has a right and interest who has an eye to perceive and a heart to enjoy" ー 見る目と楽しむ心を備えたすべての人が権利と関心を持つ、一種の国民的財産である(小田友弥訳、2010)。ワーズワースは、時代の流れや外からの影響には逆らえずとも、国民的財産であるこの地が持つ美を損なわないよう、みなが努力する必要があると説いています。この一節は、今でも英国の環境保護思想の原点とされており、そこから自然・文化景観保全の概念、ナショナル・トラスト運動、国立公園構想が派生し、世界へと広がっていきました。この国民的財産の考えが巡り巡って、1972年の世界遺産条約に繋がったと言えなくもないわけです。そんな本家本元が、なぜユネスコ世界遺産に登録されることに、そんなに一生懸命になるのか。過去二度失敗し、三度目の正直の今回、ようやく文化遺産として獲得したこのステイタスに何のメリットがあるのか、不明でした。 その名の通り、湖が多く点在しているため、ハイキングやサイクリングだけでなく、ウォータースポーツも人気 グラスミアにあるダブ・コテージ。ワーズワースの代表作『水仙』は、ここで書かれた  そんな疑問を持ちながら、9月末の秋、湖水地方観光ホットスポットのひとつであるウィンダミアの駅に降り立ちました。湖水地方は、「景観設計の発展に重要な影響を与えた、価値感の交流 (登録基準 ii)」、「あるひとつの文化を特徴づけるような土地利用形態 (登録基準 v)」、「顕著な普遍的価値を有する芸術作品、文学的作品 (登録基準 vi)」の三つの基準を満たし、世界文化遺産として登録されました。ざっくり言うと、1)18世紀から続く環境保護思想、2)1000年続く自然と調和する畜産業、3)湖水地方の自然賛美から生まれたロマン主義、この三点の伝統文化が世界遺産として今後保護されるべきと認められたということです。この三点がどのようなものなのか、少しでもヒントが得られればと思い、まずは、ウィリアム・ワーズワースが住んでいたダヴ・コテージ、そして絵本『ピーターラビット』の生みの親であり、湖水地方環境保護活動家でもあったビアトリクス・ポターが晩年住んでいた、ヒルトップに行ってきました。世界中からの観光客で溢れる名所を、なぜわざわざ訪ねたか。湖水地方を深く愛した二人が、それぞれの創作活動する中で、湖水地方をどう捉え、どのようにこの国民的財産(遺産)を残していきたいと考えていたのか、少しでも感じ取れるかもしれないと考えたからです。 二人のレジェンドを訪ねて、答えを探してみた 大雨の中のヒル・トップ。それでも、多くの人たちが訪れていた  天気はあいにくの雨。ハイシーズン最後の週末にもかかわらず、ダブ・コテージ、ヒル・トップ共に人が集まっていて、見学待ちをすることに。ハイシーズン真っ最中だったら、一体どれだけ待つことになるのだろう。考えただけで、ぞっとします。ダブ・コテージは、ワーズワースの作品はもちろん、彼と交流があったロマン派の作家たちの作品保管と研究をしているチャリティー団体、ワーズワース・トラストが、ヒル・トップは、湖水地方で誕生し、ポターも支援者であった英国最大のチャリティー団体、ナショナル・トラストが管理しています。家内のガイドはすべてボランティアが行なっていましたが、皆プロ意識が強く、ジョークを交えながらも二人それぞれの人物の興味深い話を聞かせてくれました。学校の教科書や絵本でしか触れていない、遠くにいるレジェントたちが、私たちと同じように仲間と食べたり、飲んだり、散歩したり、自然を愛でたりしながら、インスピレーションの宝庫であるこの地で創作活動していたことを聞くと、存在がとてもリアルに思えてくるから不思議です。難しいことは理解できませんが、それでも二人の原稿や原画を見ていると、この土地への愛と守りたいという強い気持ちからくる使命感が溢れ出ていました。 決して標高は高くないが、崇高感がある湖水地方の山々  そんな二人の面影を感じ取りながら、家の周辺を3時間ほどぶらぶら歩いていると、なんだか彼らと繋がっているような気分になってきます。雨の中でも湖水地方は、幻想的な空気を織りなし、紅葉した落葉樹が、豊かな色彩を奏でていました。服も靴もびっしょり濡れて不快に感じる体は、この土地が持つ魔力に麻痺させられているのか、ずっと歩いていたい気持ちが抑えられず、足を止めることを忘れていました。確かに"Picturesque Scenery" 「絵になる風景」が、そこにはありました。何気なく感じているこのPicturesque (ピクチャレスク=絵のような)という審美上の理念は、ここで開花したロマン主義が残してくれた遺産です。 放羊は、畜産業?それとも、観光産業?  空、山、緑、水がある湖水地方の風景は、柔らかさと荒々しさが混在していて、どことなく日本の自然美と通ずるものがあります。今まで訪ねた英国の他の地域にはない親しみを感じ、とても新鮮です。いつまでもボーと見ていられる飽きのこない世界。ただ、日本ではお目見えしないものが、ここにはあります。ドライストーンウォール(英国式伝統石積み)で囲まれた牧草地。そこに、牛や羊が放牧されている光景です。英国の典型的な田舎の風景で、日本人が里山に対する郷愁と似たものが、ここにはあります。世界遺産でも、この地方で代々受け継がれてきた、山を生かした畜産業が評価のひとつとされました。ですが、これが問題だと指摘する方々がいます。畜産業なのに、畜産業の体をなしていない。産業としてすでに廃れていて、観光イメージ保持のためだけに、国やEUから援助を受けながら放牧を続けていることが、なぜ世界遺産に値するのか疑問の声が上がったのです。 放羊は、湖水地方になくてはならない存在と考える人が多いようだが、維持するには苦労が尽きない(注:写真の羊は、スワリデールという別の種類。ハードウィックは、撮り逃した。残念!!)  その象徴となるのが、湖水地方原種の羊、ハードウィック・シープ(Herdwick Sheep)です。この地方にしか生息しない希少種で、絶滅寸前であったところを、印税などで財を成したビアトリクス・ポターが、ナショナル・トラスト創立者のひとり、ローンスリー司祭と共に、この羊の保護に力を入れていきました。ハードウィック・シープは、湖水地方の厳しい自然の中でも生き延びることができる性質を持っていますが、逆に成熟するのに時間がかかり、羊毛も固く、激しい価格競争内では採算がとれず、農場から姿を消していきました。それでもこの希少種は、湖水地方の環境にはなくてはならない存在であると考え、ポターとローンスリー司祭の意思を継ぎ、ナショナル・トラストが後ろ盾となり、地元農家に協力する形で、保護活動を進めてきました。その後も、ナショナル・トラストやEUからの助成金を受けながら、グローバル経済、口蹄疫問題などをなんとか乗り越え、飼育されているのが現状です。ここの土地は耕作には向かず、そのために牧畜が発展してきましたが、このハードウィックをはじめ羊を飼う目的が、本来の製品価値より、観光のための景観保護という付加価値の要素がどんどん上回っていったのです。そして最後のひと押しが、世界文化遺産登録だったようです。 迷える子羊、湖水地方  私なりに見たり聞いたりしていくうちに、もしかして、今の湖水地方は、大きな壁にぶち当たっているのかも・・・? 彼らには、自然と人間の関係を時代の流れに押されながらも、より良いバランスを模索してきた豊富な経験とプライドがあります。そんな彼らが、新たな時代の価値観の前で、どちらに舵を切るべきか、もがき続けている。客を増やしたい。経済を活性化させたい。でも、観光資源は破壊したくない。新たな産業を発掘したい。でも、従来の農業も守りたい。便利な暮らしがほしい。でも、自然美を失いたくない。いろいろ欲張りすぎて、前に進まない。そんなどっちつかずの状態が続いている。素人の勘違いかもしれませんが、私にはそう映ります。 ワーズワースは、湖水地方の美を損なうカラマツの大規模植林を嫌っていた。今は、それに代わり北米原産シトカトウヒの植林が行われている。彼から厳しい声が聞こえてきそう  上にあげた羊の例ひとつとっても、そうです。エコロジーへの関心が高まっている今日、放牧を湖水地方の景観のひとつとして、助成金にどっぷり浸かりながら継続していくべきなのか。生産性のない家畜の数を減らし、森林を育てていくことが自然を守ることなのか、世界遺産登録後の現時点でも、議論は続いてます。保守系の新聞が、「英国は農業国だった歴史が長い。湖水地方の畜産業を保護するのに、何の疑問もない」と言えば、リベラル系の新聞が、「世界遺産登録は、放羊を推奨し、湖水地方をビアトリクス・ポターのテーマパークにしようとしている」と意見がぶつかり合い、イングランドの南北経済格差、EU離脱問題まで話が広がっていきます。  また、国民のための自然とレクリエーションの場としての国立公園の位置づけと、自然の中から発展した独自の文化を保護する世界文化遺産の間では、微妙にヴィジョンが異なります。観光やレクリエーションの要素を盛り込みながら、同時に環境も文化も守る。いい塩梅をどうやって保つのか具体的に見えてこないですし、二つの方向性内で解釈の食い違いもあるようです。他にも、観光重視の美しいカントリーサイドに徹っしていくのか。地元民が受ける観光公害や利便性が後回しになるジレンマをどう対処していくのか。緊縮財政やEU離脱による助成金削減をどう補うのか。全国でひとり当たりの年収が低い現状をどう打破していくのか。舞台裏では多くの疑問と意見が飛び交い続けています。 ロマン派の画家により、湖水地方の「絵になる風景」が多く描かれた  今回の世界遺産登録は、そんな多くの疑問と意見を消化しきれないまま、一部の力ある人たちで見切り発車させたのではないのかと、勘ぐってしまいます。いずれにせよ、世界遺産になったことは、ひとつのきっかけであり、この地域社会が生き残っていけるか、これからの方向付けが勝負になるように感じます。自然の中で育まれてきた文化が世界的に評価された。しかし、自然と文化が時には対峙してしまうこともあり、うまく調和しながらこの地の魅力を保つことは、難題です。きっと世界遺産に登録された地域どこもが抱える問題なのかもしれません。現地が抱える理想と現実の間で、地域住民や常連客の声を拾い、話し合いを十分に重ねることで、迷いや戸惑いが徐々に消えていき、10年、20年後には壁を乗り越え、進むべき道が示さること期待しながら、湖水地方をあとにしました。その時はきっと、世界にまた新たな波を届けてくれることでしょう。  ウィリアム・ワーズワースやビアトリクス・ポターは、今回の世界遺産登録をどう思うのでしょう。彼らの思う理想の遺産相続とは・・・。今回の訪問では、私の勉強不足もあり、結局答えを見出せませんでした。今後の湖水地方の動きに注目しながら、宿題とさせていただきます。 参照: *1 Tourism facts and figures, Lake District National Park *2 William Wordsworth, A...

 花鳥風月を気にし始めたら、それは老いてきた証拠とよく聞きます。私も気がついたら、周りにある自然をボーと眺めながら、季節の移り変わりに心動かされるような人間になっていました。大都会・東京で仕事と遊びに明け暮れ、お天道様を拝むことがほとんどない生活をしていた私。どうしたのでしょう。そのギャップに私自身が一番驚いているぐらいです。そんな少々老いてきた私が今気になっているのが、花鳥風月の「鳥」です。かわいらしさ、美しさはもちろんなのですが、今いる鳥は、恐竜の子孫、つまり恐竜そのものだという話を聞いて、私の中で注目度がさらにアップしました。その今も生き続けている「恐竜さん」がどんなものなのか、まずは見てみようとバードウォッチングのまねごとをして、双眼鏡をのぞいて見るのですが・・・、あれ、なんで?鳥が見つからない。 フル装備で、大きな単眼鏡と望遠カメラを抱え、湿地帯にくるバードウォッチャーたち  19世紀に英国から発祥したバードウォッチングは、今でもこの国のお家芸のひとつと言っても過言ではない、とてもポピュラーで身近な遊びのひとつです。私の住んでいるエセックス州は、湿地帯が多く、バードウォッチャーに大変人気なエリア。特に冬は渡り鳥たちが多く見られ、天気の良い日には、ハンティングウェアでカモフラーシュし、どデカい双眼鏡、または単眼鏡で、鳥たちを観察し、撮影している熱心なバードウォッチャーをよく見かけます。約300万人のバードウォッチャーが、この国には存在すると言われていて、それを象徴するのが、世界的にも有名な自然保護団体、王立鳥類保護協会(RSPB - Royal Society for the Protection of Birds)です。1889年に発足して以来、野鳥の保護とそれを取り巻く自然環境保全を促進してきた長い実績があり、会員メンバーが100万人以上の世界最大の野生動物保護団体です(RSPB HPより)。 真冬は、たくさんの渡り鳥が水辺に集まる。寒さより、野鳥観察  そのRSPBが1979年から毎年冬に行ってきた一大イベントが、Big Garden Birdwatch。約50万人のイベント参加者全員が、ある指定された週末一斉に、自宅で見れる野鳥をカウントし、その結果をRSPBに報告。その後団体によって集計され、英国に生息する野鳥の数とその変動を把握する貴重なデータとなります。今年は、1月27日(土)、28日(日)、29日(月)の三日間行われ、そのうちの日中1時間を自由に選びカウントします。庭がない人は、近くの公園、自然保護区、会社の敷地など好きなところを選ぶこともできます。家の窓から観察するのもよし、外でじっと観察するのもよし。集計結果は、指定された報告書に記入し郵送する、もしくはネット上で報告する2パターンのどちらかを選べます。 Big Garden Birdwatchへのカウントダウンを知らせる投稿。フェイスブックのページより © RSPB Essex  これはいい機会だと、私も早速自宅の庭に訪れる鳥たちを、双眼鏡片手にカウントにトライしてみました。ひとり庭の一角に構え、コーヒーを飲みながら、ハンターのように存在を殺し(ているつもり)、じっと鳥たちが来るのを待ちます。「ピヨピヨピョ〜」、「チュンチュンチュン」。2、3種類の鳥の鳴き声があちらこちらから聞こえてきますが、残念ながら鳴き声だけで、鳥の種類を確定できる知識は私にはありません。双眼鏡で「どこにいるの?」と木々の枝をくまなく見ていきますが、なかなか鳥そのものが見つからず、ひと苦労。「あ、いた!」と思っても、よく見たら木にぶら下がった萎れたリンゴだったり。これでは、カウントどころではありません。どうやら思い描いていた以上に、目が慣れ、コツを得るまでに時間と経験が必要なようです。よく考えたら私の主人は、子供の頃からハンティングをしていたからでしょうか、どこへ行こうと野生動物を見つけるのが得意で、毎回何気なしに指をさしながら、「ほら、あそこ」と教えてくれます。しかし、コンクリートジャングルのネオンばかり見てきた私は「どこ、どこ?」と聞いても、まだどこにいるのかわからないほど、ポイントずれずれです。バードウォッチングは、もともとハンティングから、野鳥を殺さず見て楽しむ遊びへと進化させたものです。つまり基本は獲物を見つけるのと同じということなんですね。 なかなか鳥の姿を見つけられず、カウントどころではない。それでも、ひたすら探し続ける  そんなバードウォッチング音痴の私ですが、めげずに探し続けました。カウントより、まずは鳥を見つけ出すこと。肉眼と双眼鏡両方であっちかな、こっちかなと見て回ります。ようやく開始して30分後くらい、木の上から美し歌声を響かせているヨーロッパコマドリを発見。誇らしげにジャズの即興ソロように歌い続けている姿を双眼鏡越しにキャッチ。この鳥は、12月中旬の寒さが厳しい時期から繁殖期の囀りを始めるそうです。きっと見たのはオスで、アピールに必死だったのか、かなり長い時間パフォーマンスを披露していました。次に登場したのは、鮮やかな黄色のボディ、その真ん中に顔からすっと黒いラインが入っている戦隊ヒーローみたいな模様をしたシジュウカラ。日本にいるシジュウカラとは、亜種が違い見た目が少し違います。警戒しているのか、せっかちなのか、忍者のようにぴょんぴょんと枝々を跳ねながら、「ティーキティーキ」とサイレン音のような鳴き声をだします。仲間にサインを送っているのかも。 ウェブでは、1時間のカウントダウン・タイマーとそれぞれの鳥のボックスに数値を記入できるようにしてある。とても便利 © RSPB  寒さが気にならないほど夢中になり、あっという間に1時間が経ちカウント終了。その後もハト、カラスなど合計5匹を目で確認できました。きっともっといたはずなのですが、残念ながら姿が見つからず。その後RSPBのウェブを通して、カウントした野鳥を報告し終了。とても気楽に参加できるイベントで、うまくカウントはできませんでしたが、それでもバードウォッチングを体験し、野鳥生態調査に参加できたことは、とても面白かったです。 私のカウント結果が、パイグラフで表示される。もっとカウントできたら・・・© RSPB 全体の途中結果と去年の集計結果もチェックできる © RSPB  野鳥観察を通して、自分の周りで一体何が行われているのかを知る。普段どこかで接点があるにもかかわらず、私たちが見過ごしている世界を意識することで、新たな視点を手に入れたように感じます。一番身近な自然と向き合い、意識を集中することは、少し瞑想に似たような、自分の存在や位置を再確認する行為なのではないかと思いました。何かとせわしない現代社会に生きる私たち。たまには立ち止まり、360度見渡してみる。野鳥たちがガイドとなり、未知なる世界へと連れて行ってくれる。バードウォッチングの魅了は、かなり深いようです。 参考資料: RSPB  ww2.rspb.org.uk 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

 「2017年総選挙、与党の保守党は過半数を獲得できず、宙ぶらりんの「ハング・パーラメント」。求心力を弱めたメイ首相、EU離脱交渉がますます困難に。」  6月8日(木)、英国下院議会・解散総選挙が行われた翌日、英国国内に激震が走りました。日本を含む世界へもこのニュースは流れ、去年行われたEU離脱を問う国民投票以来の注目を浴びました。市民権保持者ではない私には選挙権がないため、いち住民として、またある意味傍観者として、ことの成り行きを見守ってきました。そんな中、総選挙に絡んで、チャリティー団体の動きが活発になり、ちょっと気になりました。SNS上には、景観・自然保護団体、スポーツ・レクリエーション推進団体が、国政選挙に向けて、どんなアピールや政策提言ができるのか、団体が関心を寄せている諸問題を各党がどう解決していこうとしているかなど、連日フィードに投稿されていきました。 選挙運動期間中、連日私のフェイスブックのフィードには、チャリティー団体から選挙関連の投稿が・・・。© CPRE  私の勝手な思い込みですが、チャリティー(慈善団体)やNPO団体と聞くと、政治とは別枠、中立な立場で国がカバーできない部分を補い、市民のために活動をしているイメージがあったのですが、どうやらそうでもないようです。雇用、医療、難民、貧困、差別など国民ひとりひとりに直接関わることで、各党のマニフェストの焦点となる分野ならともかく、ウォーキング、サイクリング、乗馬などの、自然、スポーツ、レクリエーション、観光といった遊びは、生活に絶対になくてはならないものとは言い切れない(もちろん、必要だと思う方も多々いらっしゃいますが・・・)、政治とは別ものでは?これらの遊びは、もとは英国貴族から始まっており、生活(または心)に余裕がある人々が考えることなんだと、どこかで思っていました。地方や地域ベースだけでなく、国政レベルまでキャンペーンを展開するのは、やはりチャリティー大国ならではのことなのでしょうか。欧州でのチャリティーは、キリスト教の教えに基づく教会から起きた活動が元のようで、政治に関与することに、政教分離ではないけれど、なんとなく違和感があるのですが、国教がある英国は、日本とは状況が違うのかもしれません。毎日フィードに、絶え間なくアップされる投稿に 「こうゆうこと、するんだ・・・」とちょっと戸惑っていました。例えば、各団体の主張は、こんな感じです。 The Wildlife Trust(野生動物保護団体)  自然を保護することは、自然の一部である人間を保護することである。我々は多くの野生動植物を守り、自然をもっと身近なものとするべきと考える。環境保護に関する規制は、現在EUベースで行われており、離脱後、独自の環境保護法を制定し、世界をリードする目標の高いものにする必要がある。また、海上の自然保護区をいち早く定めるべき。  自分たちの選挙区の候補たちに、自然保護がどれだけ大切なのか、どのような保護活動を考えいるのか、話を聞きに行くよう勧める。理事長によるビデオメッセージも紹介。 ザ・ワイルドライフ・トラストのウェブサイトより。政策提言と理事長からのビデオメッセージが掲載されている。© The Wildlife Trust Sustrans(サイクリング推進団体)  我々は、よりよいサイクリング環境を作るために、他のサイクリング、ウォーキング推進団体と組んで、それぞれの政党に、3つの提言をする。 a)新しい大気汚染防止法の制定。毎年約4万人が大気汚染により死亡しており、全国の道路80%は、基準値をはるかに超える汚染度である。ディーゼル車の排気ガス規制、サイクリングやウォーキングを推進、排出ゼロへシフトできるような仕組みを強化するべき。特に離脱後も、継続してこれらの問題を解決できるような法整備が必要。 b)サイクリストや歩行者が安全な道を利用できるよう、道路整備の予算を、主に高速道路へ使うのではなく、地方道に使うべき。一マイルにつき、2万7千ポンドを投資するれば、イングランドの97%の地方道が整備される。(*高速道路は、一マイルにつき、110万ポンド。イングランド全体の3%の道しか整備されない)。 c)サイクリングやウォーキングを推進するために、予算をもっと割くべき。それにより、国民の健康向上、公共交通費の値下げ、商店街の活性化、大気汚染減少などの効果が見込まれ、最終的に大きな財政削減対策になりえる。 サストランズのウェブサイトより。車ではなく、持続可能な交通手段の利用を推進する団体。彼らの政府への要望は、かなり野心的。© sustrans Living Streets(街における歩行者を守る団体)  上記のSustransと組んで、キャンペーン活動をしている。3つの提言を、各政党がどのようにマニフェスト上で提言しているのか、比較したリストを公開。また、政権を握った政党が、きちんと提言通りに3つのポイントを実行するか、常に監視していこうと訴える。 リビンク・ストリートのウェブサイトより。サストランズと共同キャンペーンを展開中。それぞれの政党は、彼らの関心事をマニフェスト上で、どう提示しているのか、比較している © Living Streets CPRE – Campaign to Protect Rural England(イングランド地方保護団体)  総選挙に向けた団体独自のマニフェスト ”Stand up for the Countryside” を発表。 CPRE のマニフェスト。各政党が発表する前に、すでにリリースされていた © CPRE  美しい田舎を守り、よりよいものにするということは、地方経済に大きく貢献することであり、人々の生活向上につながり、個人や地域のアイデンティティを確立するものである。これらのことを次世代に残すべき以下の提言をする。 1)緑地帯、国立公園、AONB(英国版国定公園)をより積極的に守る。特に近年の住宅開拓からこれらを守る必要がある。 2)財政面だけで農業、環境をサポートするのではなく、地産地消を推進することで、安全な食を国内で生産し、美しい景観を残し、レクリエーションの機会を増やし、地方経済を潤す、新たな補助金システムが必要。 3)財政を主要道中心とする公共事業ばかりに投資するのではなく、持続可能な社会を形成するために、鉄道やバスなどの公共交通機関の充実、サイクリングやウォーキングによる移動を可能にする環境作りが必要。 4)ゴミ処理による公害対策の強化。リサイクル環境をさらに良くし、美しい自然を守る。 5)EU離脱後も、現EU環境法を継続できるよう、そのまま国内法へ移行し、新たに強固な環境法を制定するべき。 The Ramblers:(ウォーキング推進・環境保護団体) ランブラーズのマニフェスト。チャリティー団体が、政党顔負けのマニフェストを制作 © Ramblers  総選挙に向けた団体独自のマニフェスト”Manifesto for a Walking Britain”を発表。 1)EU離脱に伴い、政府は農産業への投資を保証し、カントリーサイドへのアクセスを改善するべき。アクセス権(通行権含む)があるエリアを規定通りに管理している農家へは報酬を与え、逆に満たない農家へは、補助金を減らすシステムを提案。 2)国民の健康問題は、ますます深刻になり、財政面でも大きな負担となっている。歩くことは、人が心身ともに健康になる最適の方法である。それを実行するために、予算を確保し、歩ける環境整備と医療機関と連携ができるシステムを構築するべき。 3)都市は、車移動をベースにデザインされており、自転車や歩行者がより安全で、緑を楽しめるような環境にするべきである。次期政権には、国民すべてが、自宅から徒歩10分以内に緑地へ辿り着けるような環境作りを求める。 4)ナショナル・トレイル存続の保証。前政権は、2020年までにイングランドすべての海岸線を歩けるようトレイル整備への予算投入を約束。次期政権でも継続されるよう保証が必要。また、他のナショナル・トレイルが、長期存続できるような保全・管理体制を求む。  上記のマニフェスト発表以外にも、”General Election 2017 Hustings Guide”として、選挙運動中の候補者に、どのように話をしに行くのか、どこで候補者による集会が開催されているのか、実際の集会でどのようなことを聞いたらいいのか、選挙後当選した国家議員をグルーブ・ウォーキングにどう招待するのかなど、具体的なアドバイスをしている。 車、自転車、歩行者が、道をどう安全に共用できるのか、問われている  ざっと、ランぶら歩きする環境を保護している代表的な団体が、選挙中提示した内容です。かなり積極的で、限られた国家予算をどれだけ自分たちの活動目的に役立てるか、法を制定できるか、非常に政治的な面が見えてきます。ただ、倫理的な気持ちベースでアピールするのではなく、多くのデータに基づいた政策提言であり、自分たちの利益ではなく、政府や国民にとっての利益のためにというスタンスは、絶対に外してはいません。また、具体的にどこの政党、候補者を支持しているということはありません。あくまでも団体のポリシーを表明し、それぞれの政党の考えを比較し、その情報を国民に公開することで、判断基準のひとつにしてもらおうとしています。もちろん、EUの厳しい規制に不満を持つ農家を筆頭にこれらの提言に反対する人々もいますし、アウトドア愛好家の中でも、政治色が強すぎるキャンペーンを嫌う人達もいます。ただ、環境を守るということは、自分の周りだけの問題ではなく、国全体、または欧州、果ては地球全体で考え、取り組まなくてはならない。自然現象に国境はない。その考えをベースに全EU加盟国が今まで協力して行ってきた環境保護が、英国EU離脱により、大きく変化するかもしれない。行き先の見えない不安が、一層これらの団体の声が上がる理由かと感じます。 ロンドンでは、オリンピックを機に貸自転車をあらゆる場所に設置した  自然保護やレクリエーションを楽しむために、政治の場面でも、イケイケで押し捲る、ガンガンプレッシャーをかけて、自分たちの目的を達成するアグレッシブさは、私には新鮮に映ると共に、どことなく感覚で理解できない部分があります。のどかな美しい田舎、森林浴でやさしい癒し、豊かな自然の恵みといった日本人が持つ、のんびりソフトな静のイメージからは想像しにくいものなのかもしれません。ただこの行動は、英国人(欧州人)特有の自然観からくるものと片付けられず、19世紀に起こった産業革命により、ほとんどの自然と多くの歴史的建造物を失い、公害による健康への悪影響で苦しんできた経験があるからこそ、ここまでのモチベーションを保てるのではと感じます。何かを失った人たちが持つ強い気持ちは、石のように硬い。今回は、ちょっと違う角度から英国政治を追う、私にとってそんな総選挙になりました。 選挙期間中のランブラーズ・ウェブサイト、2017年総選挙ページより © Ramblers 参考資料(総選挙関連ウェブサイトページ): The Wildlife Trust www.wildlifetrusts.org/GE2017 Sustrans www.sustrans.org.uk/blog/general-election-2017-sustrans-cycling-and-walking-manifesto-asks Living Streets www.livingstreets.org.uk/what-you-can-do/blog/general-election-where-the-parties-stand-on-walking CPRE www.cpre.org.uk/local-group-resources/item/4595-general-election-resources-for-branches The Ramblers www.ramblers.org.uk/policy/vote-for-walking-manifesto.aspx 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

 森や草原を歩いていると、多くの野生動植物を目にし、時の移り変わりを感じることができます。水仙の花が春の訪れを伝え、ツバメのスイスイ飛ぶ姿が夏を運び、リスがナッツを土に埋め出すと秋が近く、霜で真っ白になった木々が冬の静けさを演出。自然を観察しながら歩く、これがランぶら歩きの醍醐味のひとつではないでしょうか。そんな野生動植物を保護しているチャリティー団体、ザ・ワイルドライフ・トラスト(The Wildlife Trusts)が、今月2017年6月から全国一斉に、30 Days Wildキャンペーンをまる一ヶ月実施します。ザ・ワイルドライフ・トラストは、英国内にある2300ヶ所の自然保護区を所有、または、共同管理し、保護活動を展開しています。うちの近所にもエセックス・ワイルドライフ・トラスト(Essex Wildlife Trust)管理下の自然保護区があり、よくランぶら歩きしに行きます。 30 Days Wildキャンペーンパック申し込みウェブサイトより © The Wildlife Trusts 野花の種を無料配布  トラストはここ最近、Living Landscapeキャンペーンを展開。これは、トラストや他の団体が持つ保護区に現存する野生生物を守るだけでは、 自然保護としては不十分であり、彼らが数を増やせる環境を広げることで、生物多様性の世界を実現しようという目的で始まりました。具体的には、自宅の庭や校庭に野生動物が住めるような工夫、例えば庭の囲いは垣根にする、鳥たちが食す植物を植える、害虫を駆除してくれる虫たちの巣箱を庭に設置する。そして自然観察する。つまり、自宅で自然保護区を作ってしまおうというものです。そして今回の30 Days Wildキャンペーンは、Living Landscapeキャンペーンの中から派生した、自然体験強化キャンペーンで、”Random Acts of Wildness”のスローガンのもと、自然に触れる何かしらのことを毎日続けて、それを一ヶ月間記録に残そうというものです。野生動物が好む餌を置いたり、バードウォッチングしたりするだけでなく、ランチを外で食べたり、夫婦で庭でワインを楽しんだりと一日ほんの少しの時間でも自然と向き合う。人々に日頃から自然に馴れ親しんでもらい、野生動物に目を向ける習慣を身につけてもらうことが、目的のようです。  先日、エセックス・ワイルドライフ・トラストから、30 Days Wild Packが届きました。中身は、一ヶ月のカレンダー、シール、野花のタネ、キャンペーン活動の提案など。それぞれのグッズは、遊び心満載のワクワクさせるデザインで、子供はもちろん、大人も童心に帰って、自然の中へ飛び出していきたくなります。余談ですが、英国のチャリティー団体は、かなりデザインやPRにこだわっていて、よく研究されています。有名な広告代理店が関わっていることもあるようで、それだけ世間に上手にアピールすることが、活動を理解してもらい、会員を増やす結果になることを知っているのでしょう。シンプル&スマートで、親しみのある、インパクトが強い、エキサイティングなデザインが、施されている。とても真面目で、時には深刻なテーマで取り組んでいる団体もいますが、それとは裏腹にヴィジュアルは、キャッチーでクールな興味の引くものが多いです。 キャンペーン中に何ができるか、トラスト側から沢山のアイデアが提示されている。30 Days Wildキャンペーン・ウェブサイトより © The Wildlife Trusts スマートフォンでアプリを使い、参加もできる  今回はSNSも駆使し、#30dayswildのダグをつけて、お互いの活動を報告し合うことも、キャンペーンの目玉のひとつとなっています。専用のアプリをダウンロードすることもできます。さて、私は明日から、どんな野生動物に会え、彼らに何ができるのでしょうか。Go Wild!! 参考資料: ザ・ワイルドライフ・トラスト www.wildlifetrusts.org 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021 ...

 社会に向けて、自分たちの主張を通す手段として、デモ行進という表現方法が英国(欧州)にはあり、歩く行為が個々の内面を体現することになりえることがあります。表現の自由、参政権、抗議デモは、この国では人が人であるための権利として法律で保証されていますが、それは長い間、多くの人たちが血と涙を流しながらも訴え続け、ようやく勝ち取ってきた権利です。 子供達のために、お母さんたちもデモ行進に参加。Unite for Europeのデモ行進にて  ここ最近では、女性中心に起こる運動が注目を浴びていて、米国トランプ大統領就任式翌日に、女性たちによる抗議デモが世界規模で起こり、全世界で数百万人に上ったことがニュースになりました。英国でもロンドンを中心に各地で、女性たちがピンク色に着飾り、ユーモアに、そして平和に包まれながら歩く姿の写真が、SNS上で飛び交っていました。また、毎年3月8日の「国際女性デー」に因んで開催される行進では、年を追うごとに盛り上がりを増しています。2015年には、英国で女性参政権を求めて戦った人々を描いた映画「未来を花束にして(原題 : Suffragette)が上映され、その関連の企画展がロンドン博物館で開催。映画共々好評を得ていました。劇中では、活動仲間の女性の死を悼み、「神が勝利を与えてくださるまで、戦い続ける」と書かれた大きなバナーを掲げながら、白いドレスに黒い腕章、そして花のリースを持つ女性たちが行進するシーンもでてきます。そんな彼女たちの活躍もあり、1928年に、21歳以上すべての女性に選挙権が与えられました。権利とは国民ひとりひとりが唯一平等に持てるもの。ただ、その権利は上から与えられるのではなく、自分たちで勝ち取っていくことなんだと、これらを通して学んだことです。一歩、また一歩と進んでいく、そのアクションに大きな意味があることを、私は英国で初めて認識しました。= ピーク・ディストリクト北部は、別名ダークピークと呼ばれ、グリットストーンとムーアランドが続く  そして、1928年の女性参政権獲得から4年後、1932年4月、また別の権利を巡って、世の中を騒がす事件が起こります。舞台は、打って変わって大都市から、英国のへそにあたるピーク・ディストリクト国立公園北部にあるヒースで埋め尽くされた荒涼とした高原。キンダー・スカウト(Kinder Scout)と呼ばれるこの一帯で一番標高が高いムーアランド(低木のみの荒野)に、400人ほどの若者を中心としたランブラーたちが結集していました。 キンダー・スカウトは、ランブラーの聖地となり、今でも多くの人々が歩きに来る [osmap markers="SK1226185562!red;キンダー・スカウト" zoom="0"][osmap_marker color=red] ピーク・ディストリクト国立公園 キンダー・スカウト  19世紀ごろに起こった産業革命で、英国の人々の生活は一転。工業都市に人口が集中。都市部の労働環境と住宅事情は悪化。公害問題もあり、人々の健康が損なわれました。その反動で、労働で賃金を得た人々は、休みを利用して、健康改善や気分転換のため、革命後急激に発展した鉄道を利用して、自然豊かな地に出かけることが、一大ブームになりました。 ここピーク・ディストリクトは、イングランドの背骨と呼ばれるペナイン山脈が南北にはしり、二大工業都市、東のシェフィールドと西のマンチェスターに挟まれる位置にあります。そのため毎週日曜日になると、日頃過酷な労働を強いられている若者たちが、汽車に揺られこの地域に歩きにどっと押し寄せてくる現象が続き、20世紀初頭には、数千人単位に膨れ上がっていたそうです。ただ、ここ一帯は、有名な雷鳥の猟場で、有力者が個人で所有している土地がほとんどでした。ゲームキーパー(Gamekeeper:この場合のgameは、狩りの獲物のこと)と呼ばれる猟場番人を雇い、一般の人々が入れないよう遮断された地でした。ほんの一部の歩くことが許されたエリアが、人でごった返すことに限界を感じ始めたランブラーたちは、広範囲で散策したい気持ちを徐々に強めていきました。大昔から人々が通行のために使っていたフットパス(歩道)を歩かせてほしいと、100年以上嘆願し続けてきましたが、土地所有者たちは、多くの労働者が自分の土地に入り込むことをよしとせず、却下し続けてきました。ランブラーたちと土地所有たち間の軋轢は、徐々にエスカレートしていきます。 今でも週末になると、多くの人々が電車に揺られ、サイクリングやウォーキングにやってくる ナショナル・トレイル第一号のペナイン・ウェイは、ここからスタートする  しびれを切らしたハイカーたちが、キンダー・スカウトへ集団強行侵入を、1932年4月24日に決行したのです。歩いている途中、この土地の所有者であるデボンシャー公爵に雇われたいたゲームキーパーたちと揉め、ハイカー数十名が逮捕・投獄されました。このニュースは、たちまちメディアを通して全国へ伝えられ、「労働者の権利」の象徴として多くの同情と支持を得ました。その後通行権を求める運動が全国へと広がり、法案提出へと一気に勢いを増し、ついに第二次世界大戦直後の1949年、「国立公園設置と地方へのアクセスを定める法(The National Parks and Access to the Countryside Act)」が国会で可決され、通行権が、正式に法律に組み込まれ、全国のフットパスを自由に歩く権利を獲得。と同時に、ピーク・ディストリクトが英国国立公園第一号に認定されました。 キンダー・スカウト集団強行侵入記念式典の様子  キンダー・スカウトへ集団強行侵入から85年経った2017年4月、地元のキンダー・ビジター・センターを中心に、ピーク・ディストリクトで活動するナショナル・トラスト、ダービーシャー・ワイルドライフ・トラスト、ランブラーズ、英国山岳協議会(The British Mountaineering Council)、英国山岳レスキュー協会(Mountain Rescue in the UK)そして、ピーク・ディストリクト国立公園管理局(Peak District National Park)が一斉に集まり、記念式典を開催。私も、ちょっと覗いてきました。通行権を獲得するために長年戦い続けた先人たちを称え、今後彼らの努力を無駄にしないよう、この国立公園をどのように次世代に継承していくのか、それぞれの団体が話をしてくれました。継続する難しさはどこも同じようで、特に費用の確保が年々大き課題になっているようです。そこへさらにEU離脱となると、今までEUから受けていた補助金や環境負担軽減の規制がどうなるのかわからず、みなさん不安は隠せないようです。 各団体がパネルで保護活動内容を説明  それでも、諸先輩たちの逞しい行動力に勇気付けられ、前へ進もうと努力している姿は、彼らが誇りに思っている英国の歩く文化の重みを感じます。EU離脱問題で、「英国らしさを取り戻すんた!」と頻繁に聞きますが、私にはこの歩く文化の中にこそ真の”Britishness(英国らしさ)”があるように思います。それがまさに今、次へと受け継がれていこうとしています。たとえそれが険しい道でも・・・。 22nd April 2017, Sat @ Edale Village Hall 参考資料: キンダー・スカウト集団侵入を今に伝える、キンダー・ビジター・センター www.kindertrespass.com ナショナル・トラスト キンダー・スカウト www.nationaltrust.org.uk/kinder-edale-and-the-dark-peak 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021 ...

 「私たちみたいな物好きが、結構いるんだ。」氷点下まで下がった冬の晴れた朝、駐車場に到着した友人と私は、寒さに震えながら驚いていました。  年が明けて、ガーデニング仲間から連絡があり、久しぶり会うことになりました。冬は、天気の都合でガーデニング仕事は、やれることが限られ、暇な時間が多くなります。そんな時は、普段できない家のことをしようと張り切るのですが、二、三週間すると家に籠っていることが段々苦痛になってきます。そんなころ、同じようにイライラし始めてきた仲間からの連絡。みなで散々「冬の屋外作業は最悪!」とブツブツ文句を言っていたのに・・・、職業病ですかね。 [osmap markers="TQ6625187435!red;ラングドン自然保護区" zoom="0"] [osmap_marker color=red] イングランド東部 ラングドン自然保護区  どこか歩きに行きたいということで、彼女が昔働いていたラングドン自然保護区(Langdon Nature Reserve)へ行くことになりました。ラングドン自然保護区は、野生動物保護団体であるエセックス・ワイルドライフ・トラスト(Essex Wildlife Trust)が管理している地域です。ロンドン市内から東に約51キロ、バジルドン(Basildon)という第二次世界大戦後にできた大きなニュー・タウンがあり、その端すれすれの461エイカー(約56万坪)を保護区として、団体が所有しています。  車で到着すると、寒さ厳しい平日の朝にも関わらず、すでに車7、8台が駐車され、予想以上に訪れているひとたちがおり、びっくりして思わず友人と顔を見合わせてしまいました。普段は、冬の湿気(英国は、基本冬が湿気が高く、夏が乾燥してます)のためにぬかるんでいるであろう道も、石のようにカチカチに凍結し、吐く息が白い煙となって舞い上がるほどの冷え込みの中、友人の犬二匹を引き連れて、歩き始めました。斜めから降り注ぐ朝日が眩しく、大地からの冷気と共に、体を完全に眠気から覚させてくれます。  産業革命で損なわれた自然を取り戻そうと、19世紀後半から自然保護運動が英国で盛んになり、そこで生まれたチャリティ団体のひとつであるワイルドライフ・トラスト。銀行家であり動物学者であったチャールズ・ロスチャイルドが、自然破壊と大衆に広まったスポーツハンティングによる乱獲によって激減した野生動物を守るために、1912年に設立した団体が始まりとなります。その後1957年に各地で独自に設立されていた野生動物保護団体が結集し、全国規模での連盟を組む動きとなり、自然保護チャリティ団体トップのひとつにまで成長しました。現在は、ワイルドライフ・トラスト(正式名は、The Royal Society of Wildlife Trusts。チャールズ皇太子がパトロン。)として全国レベルの活動やキャンペーンを取りまとめ、その傘下に47の地方保護団体が存在し、各地域の保護活動を行なう、二段階組織となっています。47団体の財布は、それぞれ別になっており、活動内容も地域により微妙に異なりますが、野生動物を守るための環境作りという信念を共有し、ロゴやPRでのデザインを統一することによって、連帯感を強く打ち出しています。会員登録数は、現在80万人。 看板右上にあるのが、アナグマを使ったトラスト全国共通ロゴ  ここラングドン自然保護区も、住宅街脇にあるとはいえ、野生動物が住みやすく、それでいて訪れる人々が自然を楽しめるよう、保全とレクリエーションのバランスをうまく考えて管理しているのが、歩き始めてからすぐわかり、ワイルドライフ・トラストの信念が窺えます。友人のガイドのもと、丘の麓から、斜面を登りながら上へとゆっくり歩いて行く中、森に響き渡る野鳥の鳴き声に耳を傾け、半分凍った池にいる水鳥が羽を膨らませ肩を寄せ合う姿に同情しつつも笑い、野生動物の餌となる虫が好む草花を植えてある庭に興味惹かれと、なかなかバラエティに富んでおり、飽きることがありません。 ワンコたちも、散歩でリフレッシュ  このラングドン自然保護区を所有しているエセックス・ワイルドライフ・トラストは、エセックス州内の自然保護区87ヶ所、自然公園2ヶ所、ビジター・センター11ヶ所を所有・運営・管理していて、ワイルドライフ・トラスト47地方団体の中でも、規模が大きく、今一番勢いがある団体のひとつです。つい最近も新たなビジター・センターがオープンしました。人口が集中し、地価が上がったロンドンからエセックスに移り住む人々、特に小さなお子さんがいる家族が、子供たちと一緒に安全でお金をかけずに楽しめる場所として、エセックス・ワイルドライフ・トラストの保護区を訪れているようです。都会にいた人たちは、身近にある自然のありがたさを、飢えていた分よくわかっているので、熱心な支持者になってくれているように見受けられます。そんな子供たちを持つ家族や学校をさらに呼び込もうと、2016年に作者のビアトリクス・ポター誕生150周記念の一環で、ピーターラビット™・ウッドランド・トレイル(The Peter Rabbit™ Woodland Trail)と題し、 ピーターラビットに登場するキャラクターの木彫が、ラングドン敷地内のところどころに設置され、子供達に訪ねてもらうトレイルがイースター(復活祭)にお披露目となりました。湖水地方に行かずともピーターに会えるということで、人気となっています。またビジターセンターには、ピーターラビット関連商品がたくさん陳列されていました。きっと契約上でのお約束なのでしょう。  友人と世間話をしながら歩いていると、向こうから、ヘッドフォンで音楽を聴きながら、腕には何かを計測するものを装着し、ペットボトルを腰に巻きつけてランニングしている女性が、「おはようございます」と言って走り去っていく。そうかと思えば、車椅子に乗った男性が、二匹の犬を連れて散歩しながら、「今日は寒いけど、清々しい天気ですね」と笑顔で挨拶してくる。きゃっ、きゃっと声がするなと思ったら、自然学習の一環で訪れているのであろう20人ぐらいの小学生たちに、引率の先生が「こっちに行きますよ」と叫んでいる姿が見えました。  エセックス・ワイルドライフ・トラストの自然保護区は、どこもそうなのですが、利用者に対して、特に保護理念を押し付ける感もなく、歩道には必要最低限の情報しか提供せず(その分、入り口やビジターセンターではしっかり保護区の説明がされているが)、しかし、さりげない工夫が随所にほどこされており、訪れた人々も気楽に、自分たちのスタイルで利用できる。だから、野生動物観察、自然授業、ランニングなどのスポーツ、犬の散歩など、年齢も、タイプも全く違う人々が、それぞれの目的でこの場を楽しんでいる姿があり、歩いている私も野生動物観察だけでなく、人間観察もできてなかなか面白いです。 歩道が整備されているので、車椅子でも楽々  「私が勤めている時に、この保護区で、アゲハチョウ目撃情報が入ってきて、一時大騒ぎになったことがあったの」と蝶のために萌芽更新で伐採された木々を横目に、友人が話し始めました。「私は、そんなの英国で絶対にありえないと言っていたけれど、温暖化だの、気候変動で動植物が北上している話などがあって、もしかして・・・って、みな思い始めていたの。正式に公表しようと動き出した矢先、実は近所の住宅街でアゲハチョウをお土産にどこかから持って帰ってきて、外に放したひとがいたことがわかったのよ。アゲハチョウが、ここで生き残れるはずがないじゃない。お騒がせな話よ。信じられない」と彼女の笑い声が森中に響き渡りました。エセックス・ワイルドライフ・トラスト存続のためには、保護区での活動や会員に対する教育向上はもちろん大切ですが、それと同時に敷地周辺の地域住民や地方行政の理解を深めていくことがさらに大事なんだなと教えられました。きっとそんなこともあり、ビジターセンターで購入した案内書の説明文中に、”A large amount of the reserve is surrounded by houses. This brings many unnecessary pressures on the reserve.(この自然保護区は、ほぼ住宅に囲まれていて、不必要な弊害を受けています。)”と書かざるおえなかったのかなと彼らの苦労を感じます。 プラットランド最後に残った家  ラングドン自然保護区には、自然以外にも、ちょっとユニークな歴史があります。ここはもともと、農地でした。ところが1900年代に入り、硬い粘土質の土地を耕す労力と安い輸入食品による生産力の低下により、このあたりの農地が徐々に売りに出されました。そして1930年代ごろから、田舎の空気を吸いたいロンドン住民がプロットランド(Plotlands)と呼ばれる小さな土地を買い始め、簡易コテージやバンガロー、物置小屋などを建て始め、週末や休日をここで過ごすようになりました。全盛期には、200件ほどの建物や庭があったそうです。第二次世界大戦に突入すると、人々は難を逃れここに疎開し、本格的に住み始めるようになりました。しかし大戦後は、ニュータウン開発でほとんどの土地が取り込まれ、プロットランド最後のコテージも、1980年代に住み手がいなくなり、エセックス・ワイルドライフ・トラストに寄贈されました。保護区内には、プロットランドであった時代の旧跡も随所に残されており、活気に溢れていた時代を語り継いでいます。 霞んでいなければ、ロンドンが見える  丘に上がると、ところどころで展望が開け、なだらかな大地が続いていくのが見えました。友人が目の前を指差して「この先にロンドンの中心街が、霞んでいなければ、はっきりと見えるの。聞いた話によると、ここに疎開してきた人たちは、この丘の上で、ドイツ軍の空爆によって焼かれていくロンドンを、ただただ見つめていたそうよ。」野生動物のパラダイスから、地獄絵へと一転。戦争が急に身近に感じられ背筋がゾクッとしました。この大空襲のように悲惨な戦争をヨーロッパで二度と起こさないために、欧州連合(EU)ができた経緯があります。しかし、そのEUから英国は今離脱しようとしている。複雑な思いで、遠くに見えるであろうロンドンを眺めていました。人々の生活を激変させてしまうような歴史的出来事について、何かの記念碑が立っているわけでも、どこかに記録されているわけでもない、ひょっと訪ねた土地で、ごく普通の一般市民から話を聞く。これほどリアルで強烈なものはありませんでした。  今回は、気分転換のために、たまたま訪れたラングドン自然保護区。しかし思いもよらず、いろいろな話を通して、環境保護とは何ぞや?と改めて考えさせられる機会となりました。まずは人々の暮らしが守られて初めて、野生動物や自然について考えられるということは、確かだと思われます。 19th January 2017, Thurs @ Langdon Nature Reserve, Essex 参考資料: エセックス・ワイルドライフ・トラスト www.essexwt.org.uk 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

The Bard of Avon エイヴォンの詩人。  これは、英国を象徴する超有名人のニックネーム、その人物を表す隠語です。場合によっては、The Bardだけで呼ばれることもあります。このザ・詩人さん、詩はもちろん、劇作家として演劇・文学に多大なる影響を与え、彼のお芝居は世界中で上演されており、今もなお第一線で活躍していると言っても過言ではありません。また、英語という言語の可能性を広げた功績は大きく、英語圏の方にとっては、言葉の神のような存在です。そのため、彼の故郷であるストラトフォード・アポン・エイヴォン(Stratford upon Avon)には、世界中から巡礼に訪れる方々が、年間50万人以上に登るそうです。 [osmap markers="SP1963755124!red;ストラトフォード・アポン・エイヴォン" zoom="0"][osmap_marker color=red] ストラトフォード・アポン・エイヴォン  その人物、エイヴォンの詩人こと、ウィリアム・シェイクスピア。今年2016年は、彼の没後400年記念の年で、各地で上演やイベントが一年通して行われています。 お恥ずかしい話ですが、私は大学時代にシェイクスピアの授業を受け、とにかく彼の古典英語、特に詩がわからず、泣く泣く勉強した思い出があり、未だにシェイクスピア=小難しいイメージから抜け出せずにいます。ただ、英国に暮らしていると、新聞や雑誌の記事、テレビ報道、身近なところでは、結婚式スピーチなどで彼の言葉が引用されているのをよく見聞し、そのたびに彼の存在の大きさを感じさせられています。  そんなシェイクスピアのシェの字もわかっていない私が、観光客魂丸出しで、冷やかし半分、シェイクスピア誕生記念パレード&式典が行われた4月最終週末に、ストラトフォード・アポン・エイヴォンを訪れました。ただ、単なる観光ではつまらんと、私なりの巡礼方法で、お参りさせていただきました。それは、Shakespeare's Walking Weekという、地元ランブラーズ・グループによるイベントに参加し、歩きで彼の故郷を知るということです。ストラトフォード・アポン・エイヴォンは、英国中部地方都市・バーミングハムから、少し南下したところにある、エイヴォン川沿いの小さな町です。静かな田舎に、突如大勢の人たちで溢れかえるスポット出現。町中を歩いていても、英語だけでなく、世界中の言葉が飛び交っていました。記念行事があったためか、とにかくシェイクスピアに対する熱がすごい。彼の作品を理解できない私でも、人々の彼に対する深い尊敬の念は、肌でひしひしと感じられました。 Shakespeare's Walking Weekへ参加  そんな熱気に包まれた町の広場の一角に、ランブラーズのロゴがプリントされた反射チョッキを着た人たちが現れました。ストラトフォード・アポン・エイヴォンのランブラーズ・グループ(the Stratford-upon-Avon Group of the Ramblers)のみなさんです。ランブラーズ(Rambers)とは、英国におけるレクリエーション・ウォーキングとその環境保全活動をしているチャリテイー団体です。全国各地にウォーキング・グループがあり、自由に参加することができます。ストラトフォードのグループは、地元のウォーキング・ガイドブックを制作して観光案内所で販売したり、整備ボランティアを結成してフットパスをメンテしたりと、かなり精力的に活動しているグループで、この記念すべき年に、Shakespeare's Walking Weekを企画したそうです。「普通なら、Walking Festivalと打ち出すところだけれど、そんな大げさなものではないから、あえてWeekにしたの。みんなで、一年前から準備してきたんだけれど、それはまるで誰かの結婚式を準備するみたいだった。ささやかだけれど、私たちなりの方法で、この記念すべき年を祝いたかったのよ。」イベント・リーダーのスーザンさんが話してくれました。実際に参加してわかったのですが、役所、観光局、シェイクスピア関連団体が関与しているわけでなく、純粋に彼らだけで計画した、手作り感満載のウォーキング・イベント。一週間シェイクスピアゆかりの地12コースを歩く、こじんまりとしたものです。コースは、7、8キロ程度の短いものが中心で、中には車椅子で参加できるものも用意されており、気軽に参加してもらいたい彼らの思いが垣間見えます。現グループ所属メンバーは、300人ほどいるそうですが、実際に歩ける人は半分ほど。つまり高齢者が多いということです。そのため、このような機会が新しいメンバーを増やすきっかけになればと考えているようでした。 シェイクスピアが参加?!  30人前後の参加者が集まり、道に溢れている大勢の人たちをかき分けるように、ウォーキングはスタートしました。地元や近郊からの参加もあれば、アメリカ、アジア、中東からの観光客も一緒に混じり、中高年から若いカップル、学生仲間、ひとり旅の女性など、さまざまな人がいる光景は、ここストラトフォードならではだと思います。町を一歩出ると、今までの喧騒がうそのように、静かで穏やかな田園風景が広がっていて、まるで時空を越えたかのよう。緑の麦畑と黄色い菜の花畑のコントラストが永遠に続く大地の真ん中を、エイヴォン川がゆっくり蛇行し、ストラトフォードの町を通過していきます。シェイクスピアが眠る教会の尖塔が、天を指差すような鋭さで輝きを放っていて、その奥には、日本でも人気があるコッツウォルズ地方が見えていました。ストラトフォードの町中には、チューダー様式の建物が多く残されおり、シェイクスピアが生きた時代を体感でき、訪れた人たちを楽しませています。ただ私には、それらの建物より、むしろ丘の上から町とその周辺の景色を、地元の人たちと一望に収めたときのほうが、シェイクスピアの世界をリアルに感じられました。  散策しながらその土地を楽しむ。地元の人たちと歩を共にし、同じ時間を共有することで、その場だけが持つ独特のエネルギーと空気感をじっくり味わう。そこで生活している人々の話を通して、その地が刻んできた歴史や生活を知る。そうすることで、真の姿が見えてくる。歩く旅だけが持つ醍醐味のように思います。きっと英国人たちは、とうの昔にそのことに気がついていたのでしょうね。同じような歩くイベントが、UK各地で盛んに行われているのも、うなずけます。ストラトフォードという町は、シェイクスピアというひとりの天才によって成り立っているように思っていましたが、そこにある長い年月と共にできてきた自然と人々の暮らしが、彼の才能を開花させ、多くのすばらしい作品を残してくれたんだと、歩いていて初めて実感しました。そう思うと苦手意識の強かったシェイクスピアも、ぐっと身近に感じられ、自然に情が湧いてきます。「一度彼の演劇、観に行ってみようかな」とふと思う自分がそこにいました。 シェイクスピアも、この道を歩いたのかもしれない 23rd April 2016, Sat @ Anne Hathaway's Cottage & Hansell Farm, Stratford upon Avon 参考資料: ストラトフォード・アポン・エイヴォン ランブラーズ www.stratfordramblers.com 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

 英国の長い冬が明け、暖かさを感じ始める頃、牛舎に閉じ込められていた牛たちが野に放されます。牧草地を猛ダッシュで駆け回りながら、キャッキャッとはしゃぐように、飛んで跳ねる姿は、それはもう、なんとも愛くるしい。でもこの時期、はしゃいでいるのは、牛だけではなく、人間も同じ。 青い花の海が広がる、春の訪れ  英国は、日本よりはるか北にあるのにもかかわらず、冬はそれほど厳しくはありません。ただ日照時間が短く、どんより雲と長雨でぬかるんだ大地に挟まれて、何とも憂鬱な気分になります。 ですので、イースターあたりになると、家に引きこもっていた人々が、一気に外へと飛び出していきます。太陽が少しでも照り出しそうものなら、薄着とサンダルで出歩き、公園の芝生で日光浴をし、パブの外でビールを飲む。中には、ビキニ姿になって日焼けしようとする人までいます。冷静沈着で理性ある態度が良しとされる英国人ですが、心の中では浮き足立って、ソワソワ、ワクワクし、今にも弾けそうになっているのが透けてみえるのが、これまたなんとも愛くるしいのです。  そんな彼ら同様私も家を飛び出して、イングリッシュ・ブルーベルを見に、友人と近所の森へ出かけて行きました。4月末ごろから5月始めにかけて英国南部では、ヒヤシンス科であるブルーベルが開花し、澄んだ青紫色のカーペットが森の中に広がります。まさにその名の通り、ベル状の青い花が頭を垂れるように咲き、日本の春が桜なら、ブルーベルは英国において春の季語になる象徴的な花です。 [osmap markers="TL9454828076!red;イングランド東部 ウエスト・バーゴルト" zoom="0"] [osmap_marker color=red] イングランド東部 ウエスト・バーゴルト  エセックス州ウエスト・バーゴルト(West Bergholt)にあるブルーベルの森で有名なヒルハウス・ウッド(Hillhouse Wood)に行ってみると、静かな小さな村に突如多くの人たちが次々と現れ、森周辺だけ車が道脇いっぱいに駐車されていました。以前全国紙で取り上げられたこともあり、知る人ぞ知る人気の森のようです。まだ新緑が生えてきていない木々の間からこぼれる淡い太陽の光を受けて、キラキラ輝く花たちが足元から広がっている森は、まるで水辺に立っているかのようです。その中を、なんとなしにブラブラとみんなが歩いています。犬を連れて歩いている老夫婦、昼食前の腹ごしらえも兼ねて森を散策している親子3代。きっとこのあとは、パブでサンデーランチを楽しむのでしょう。イヤフォンをふたりでシェアし、音楽を聞きながら歩いている若者カップル。おしゃべりが止まらない女友達。乳母車を押しながら静かに花を楽しむ夫婦。サイクリングの途中で寄ったであろう家族。森を探検する父と息子。週末のひと時、それぞれが自分たちのスタイルで歩くことを楽しんでいる、英国でしか見ることができない光景に思います。 親子でどこへ行くのかな?  日本ではお花見に代表されるように、花を愛でながら宴会やお茶をするのが人気ですが、英国では、花や野生動物、森全体で感じる雰囲気、そしてそこから見渡せる美しい田園風景を、あてもなく歩いて楽しみながら愛でるスタイルが主流です。このような歩きをイギリスではレクリエーション・ウォーク(Recreational Walk)と言います。まさに、Re(再度)creational(創造するような)、身も心も心機一転、リフレッシュするために公園、森、田園、丘、川、海沿いなどをただ歩く。お金もかからず、健康にも良いという点においても、質素な英国人好みなのかもしれません。ただ彼らがすごいのは、そのブラブラ歩きをしたいがために、全国網の目のようにある歩道・フットパス(Footpath)をきちんと整備し、管理していることです。またその道を歩くことを保証するために通行権(Right of Way)を法律で定めています。しかもこの法律を通すまで、ああでもない、こうでもないと話し合いが行われ続けてざっと200年。ここまでの徹底ぶりとしつこさには、脱帽してしまいます。そこまでしても歩きたがる英国人の心理とは・・・?どうやら一筋縄ではいかない深いものがそこには潜んでいるように思います。 いくつになってもラブラブ♡  このヒルハウス・ウッドにも、もちろんフットパスが通っていますので、道伝いに歩くことができます。またここはAccess Landにも指定されている森のため、フットパスから外れて、自由に歩き回れる散策権もあるエリアで、好き勝手に歩くことも可能です。とはいえ、最低限のマナーはみなさん守っていました。今後もずっとブルーベルを楽しみたいですもんね。そしてそれらの道を含めたこの森を、森林保護チャリティー団体・森林トラスト(Woodland Trust)と村のボランディアグルーブ・Friends of Hillhouse Wood が管理し、メンテしています。こういった地道な努力に支えられて、英国の歩く文化は発展し、今日も多くの人が訪れることのできる森として存在することを可能にしているんだなと感心しながら、笑顔で歩く人々の姿を私は愛でていました。 17th April 2016, Sun @ Hillhouse wood, West Bergholt, Essex 参考資料: 森林トラスト www.woodlandtrust.org.uk 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

 先日、ヨークで行われたチャリティー団体・ザ・ランブラーズ(The Ramblers)のイベント、Ramblers Members Day (ランブラーズ・メンバーの会)に参加してきました。その時の様子を簡単にまとめてみたいと思います。 イベントブログラム Ramblers Members Day 開催地: ヨーク大学講堂内 日時: 2016年4月2日(土) 参加者人数:約150人ほど イベント内容: 9:00 受付開始 9:30 ザ・ランブラーズ会長グラハム氏と理事長サウスワース氏挨拶 10:00ー12:00 ワークショップ 2つのワークショップに参加 11:00ー13:30 昼食 12:00ー13:50 各ブースでの展示会 14:00ー15:45 公開インタビューノース・ヨーク・モアーズ国立公園運営委員会会長ウィルソン氏エキスパートに質問コーナーノース・ヨーク・モアーズ国立公園運営委員会会長ウィルソン氏英国赤十字ビーチ氏登山家ヒンケス氏Memory Map(デジダル地図)バドミントン氏Cotswold Outdoor(アウトドア洋品店)カーンズ氏ボランティア大賞授賞式 16:00 ウォーキング(1時間、1時間半のコース4つの中から選択) 参加してみて ランブラーズ理事長サウスワース氏  今回は、実際にフットパスを歩いている会員向けイベントで、ランブラーズの理念や活動を理解してもらい、さらに快適な歩きを楽しめるよう、ウォーキング技術のアドバイスやボランディア活動への勧誘などを目的としたものでした。全員参加の講堂での講演や報告会以外にも、理事会メンバー、会員、そしてアウトドア業界人が、直接情報・意見交換できる場として、ワークショップやブース展示会などが設けられていました。  まず、驚いたのは、予定通りにすべてうまく進行していったことです。普通このようなイベントは、時間が押してしまいがちです。ただ、そこは設立してから80年以上の歴史ある全国区のチャリティー団体だけあり、イベント運営やボランティアの使い方に慣れているようで、すべてスムーズでした。今回の会は、ランブラーズとしては初めての試みで、参加者も主催者側にも静かなる熱気を感じました。会員は中高年がメインなので、ヒートアップすることはありませんでしたが、それでもワークショップや質問コーナーでは、それぞれの意見やアイデアが積極的に述べられていました。ちなみに、参加者の多くは中流階級の白人中高年がほとんどで、白人以外では、私含め3人ほどでした。ヨークは、ほぼイギリスの中央にありますので、地元周辺の方々が参加者の過半数を占め、遠くてもそこから2、3時間内で来れる方々が来場していたようです。参加費は無料。受付後には、大会のプログラムと共に、協会のグッズや防水スプレーなどのサンプルが入ったバックをいただきました。会場にはコーヒー、紅茶、水と茶菓子が常備されて、昼食は会場の学食できちんとした料理、そしてケーキまで用意されていました。下世話な話ですが、協会の財政力は、それなりにあるよう見受けられました。 [embed]https://youtu.be/5sSTRRbzECo[/embed] © Ramblers GB 会場で上映されたランブラーズ最新プロモ映像  実際に大会がどのような感じであったかお伝えするために、参加したワークショップ2つ、訪れたブース、公開インタビューについて、具体的に説明していきたいと思います。午前中にあったワークショップは、1時間が2本立てで行われ、5テーマの中から2つを選択できました。その5テーマは以下の通りです。 通行権とランブラーズの関わり ランブラーズのキャンペーン活動、昔と今 読図入門 ランブラーズのグループウォーキングとは ウォーキングでの応急法 通行権と当団体の関わりについて、説明  私はランブラーズのことをよく知りたいと思い「通行権とランブラーズの関わり」と「ランブラーズのキャンペーン活動、昔と今」を受講しました。まず通行権の会では、プロジェクターを使って通行権の歴史と規定内容を紹介。またランブラーズがどのようにその過程で携わってきたのか、説明を受けました。ざっと内容を書きますと、 通行権を獲得するまでの歴史を簡単に解説 通行権獲得後のその他の法整備(国立公園制定、散策権、海洋・海岸アクセス法など) ランブラーズの関わり方 訴訟、全国区規模のキャンペーン展開 各地での活動内容(フットパスの不具合を報告・フットパス実地調査・予算確保・歩く環境により良い政策のためのキャンペーン活動・フットパス整備・フットパス設置と保全・【フットパスの存続を脅かす可能性のある】土地開発問題への関与・Definitive MapとOS Map上にフットパス表示を求める活動) 通行権とは何か? 法内容を説明 フットパスを含む通行権のある道の説明と標識 柵や踏み越し台の設置 農場でのフットパス保全(農作作業・家畜による障害にどう対応するか) 自転車、乗馬利用者との共有 不法侵入の定義とは 散策法とは何か 海洋・海岸アクセス法とは何か(2020年までにイングランドの海岸線をすべて歩くことができるようになる。ウェールズは、すべに2012年に開通済み【世界初】) Pathwatch活動について(フットパスがどのような状態にあるのか、オンライン上で文字や写真で近況報告し合う、会員参加型の調査・保全活動。イングランド全土45%まで登録済み) 1時間ですべてを網羅するのは大変そうでしたが、政策担当者が一生懸命説明していました。ランブラーズの存在意義が少し理解できたように思います。  次は、ワークショップ「ランブラーズのキャンペーン活動、昔と今」に参加しました。通行権は19世紀末ごろから主に労働者階級の人たちが、長年にわたり請求してきた過程があります。各地で発生した活動は徐々に規模を大きくしながら団結し、その中からランブラーズが誕生しました。その経緯もあり、同団体はフットパスなどの歩く環境に関係する政治・政策活動に積極的に関与しており、ほかの主なチャリティー団体同様、大規模なキャンペーン活動を盛んに行っています。このワークショップでは、今までを振り返り、そして今行われているキャンペーンをどのように進めるべきか、隣の人と話し合いをしてから、各グループの意見を発表し、全体で意見交換を行いました。話し合いの議題は2点。 ①今までの協会の活動の中で、一番社会に貢献したことは?  ②将来、協会はどのような問題に直面するだろうか?  私は、以前エセックスに住んでいて、退職後はヨーク郊外に住んでいる男性と話し合いました。ロンドン近郊のエセックスと北部の田舎であるヨーク地方では、多少環境の違いがあり、興味深かったです。例えばエセックスでは、ロンドン地価高騰でエセックスに移り住む人々が増えた関係で、新興住宅地が多く建設され、フットパスや自然保護区の保全への影響が懸念されています。一方ヨーク地方は、英国の主な工業地帯のひとつですが農場も多く、農作業後にフットパスが穀物で通れなかったり、きちんと整備されないことが多発しているそうです。地方自治体に通報しても、農協の政治力と財政危機で対応してもらえていないとのこと。ほかのグルーブからの意見を聞いていても、ここ7~8年の財政削減による影響は各地に現れてきているようで、大きな悩みのひとつのようです。ただ、自治体や土地所有者に文句や圧力をかけてもしかたがない。みな状況は同じで、誰かを責めても始まらない。ほかに解決策はないか模索する必要があるとの意見もありました。  例えば、歩くツーリズムと地元観光業の発展、市民の健康問題の解決策として、ウォーキングとフットパスの重要性を感情的にではなく、しっかりとデータで示し、どれだけメリットがあるかを訴えべきだと主張していました。また、英国乗馬協会などのチャリティーで、ランブラーズ協会よりももっと積極的に道のデータ収集や整備をしている団体から学ぶべきだという声も。道の整備は、できるならボランティアの力を借り、自治体に頼らなくてもできるようにしていくべきだ。また、州や市レベルではなく、教会区(一番小さい地方行政区。日本でいう町内会規模)に話をした方がいいのではという意見も出てきました。ただ、その一方で近年の英国では、安全衛生法が厳しくなり、保険の問題や使う作業用具の調達などの負担、土地所有者との揉め事を回避したいこともあり、ボランティアが道整備をするのを、地域によっては自治体が渋る傾向があるのも事実だそうです。お互いの気持ちと利益がうまく重なり、ウィン・ウィンの関係ができないだろうかと思いました。あともうひとつ興味深かったのは、協会の会員があまりにも白人の高齢者ばかりで、今後協会が存続していけるのだろうかと、問題提起された方がいらっしゃいました。マイノリティや若者などにも、もっとアピールする必要があるようです。余談ですが、実際に来場していた会員の中で、スタッフ以外では、40代の私が一番若いのでは(しかも、東洋人)と思うほどでした。 「ランブラーズ協会のキャンペーン活動、昔と今」ワークショップの様子  昼食時と同時に開催されたブースでの展示会は、ランブラース協会各部門、季刊誌編集部、そして各地域担当者や、アウトドア・ギア専門販売店、赤十字、ツアー会社、GPSやデジタル地図のサービス提供会社など、全部で13ブースの小規模なものでした。私は、主に協会がNHS(英国国民健康保険)の指導のもと行っているWalking for Healthの担当者と協会の季刊誌”Walk”編集部の人たちと話をしました。  Walking for Healthの活動は、健康に問題がある人、運動不足な人、リハビリが必要な人、身体的に制限がある人、一人暮らしの老人、新生児を持つ母親など、何かしらのサポートが必要な方々に、歩くことで健康になってもらおうと、定期的に開催されるグループ・ウォーキングのことです。地方自治体と各地域の健康保険機関の指導のもと、癌患者支援団体マクミラン(英国最大規模のチャリティー団体のひとつ)からの資金で、ランブラーズがウォーキング実施をサポートしています。  ここ最近、歩くことが心身ともに健康になる一番の方法であるというデータも多々発表され、医療費削減、社会保障問題の解決にも繋がっていくのではないかと、大変注目されている活動です。例えば、健康歩き事業に1ポンド投資すると、国民保険は7.18ポンド削減できるというデータを、Natural England(イングラントとウェールズ内の自然・景観保全活動を仕切っている政府外公共機関)が発表しています。とはいえ、フットパスが全国にある英国においても、何かきっかけがないとなかなか地元の人は歩かないようで、いかにそのような方々を外へ連れ出し、仲間と一緒に歩いてもらうか。健康状態は人それぞれゆえ、いかに上手くその人に合ったウォーキング・ブログラムを提供できるか。そして、歩き始めた人たちに、今後いかに継続してもらうか。グレードアップした人たちが、次に行ける場をどのように提供していくのか。まだ課題は多くあるようですが、少なくとも参加した人たちからは、良い反応が出てきているようです。  特に精神的な面での影響が大きいようで、歩く行為そのものだけでなく、人と会い話ができることが心のケアに大きく貢献しているようですし、単純に楽しめるということが、継続に繋がっているようです。老人、母親、不登校児、身体障害者など孤独になりがちな人たちは、同じ境遇の方々に会うことや逆にまったく違う環境・世代の方々と会うことで良い刺激を受けている。そのあたり十分配慮しつつも、自主性や自尊心を大切にし、強制的にならぬよう、うまいさじ加減が必要のようです。今後は、医療現場でも”prescriptions from illness to wellbeing” ー 従来の治療のための医薬品処方箋から健康で幸福になるための運動の処方箋(緑の処方箋)を、直接患者に渡してもらう。医療とウォーキング活動の連携の向上により、さらに参加しやすいシステムを構築し、参加者(患者)に理解を深めてもらおうと、今年一部の地域で実験的に実施されているようです。  また国は、都市のさらなる緑地化推進や国立公園を地元地域住民の健康改善に役立てる構想を打ち出しており、緑の処方箋を、ただ歩くことからバードウォッチングなどのアクティビティやこれらの地域の整備ボランディアとして参加を推進するなど、もっと幅を広げていこうという動きが、ランブラーズ協会や自然保護団体のサポートのもと、活発化してきているようです。それによって地域の医療負担が減り、財政難でカットされた環境保全活動費への新たな解決策となるのではと期待されています。 [embed]https://youtu.be/_H73kKHc4V8[/embed] キャンペーン映像  次は、協会の季刊誌”Walk”編集部担当者と話をしてきました。この季刊誌は、作りは一般誌レベルのクオリティーで、会員には毎回無料で送られてくる(もしくは、デジダル版にアクセスできる)ものですが、普通に本屋でも購入することができます。ここでもこの協会の「力」がうかがえるように思います。ブースでは、クイズとアンケートが行われており、アンケートには「今後どこへ行きたいか」「今後取り上げて欲しいギアはあるか」といった項目があり、私はそれぞれ「日本」と「ミズノのブレスサーモ」と書いてきました。大きなボードにも同じ質問「今後どこへ行きたいか」が表示され、自由に書き込めるようになっていました。みなの答えは、やはり英国国内とヨーロッパが多く、その他の地域では、ネパール、ニュージーランド、中国、アメリカ、カナダと書かれていました。私も負けじと、日本と書いておきました。いつか海外の方々に、日本へ歩きに行きたいと思わせるようにできるといいなと思います。  編集部の方に直接話を聞いた際にも、日本のトレイルをアピールしてきました。”Walk”では毎号、海外トレイルやハイキング特集”Global walk”というコーナーが掲載されています。どうやら海外のハイキング専門旅行会社の協力で、毎回特集が組まれているようです。欧米、南米、アフリカといった比較的英国から地理的に近い地域を今までは取り上げてきましたが、新たなエリアを開拓したい様子でした。熊野古道などの歴史ある巡礼の道や英国でも大変ショッキングなニュースであった東日本大震災地域で整備しているみちのく潮風トレイルの話から入り、日本ロングトレイル協会加入トレイルについても、できるだけアピールしてまいりました。ついでに韓国の済州島オルレまで話をしました。 ウィルソン氏が、事前に受付けた質問に答える形で、対談が進んでいった  午後に開催された公開インタビューには、ゲストのノース・ヨーク・モアーズ国立公園運営委員会会長ウィルソン氏が登場しました。ウィルソン氏は、第3セクターでキャリアをスタートさせ、国立公園運営以外にも、Natural Englandの評議員、多くの自然保護や持続可能な開発に携わってきた経歴をお持ちの方でした。実家が農家ということもあり、ヨーク地方の農業団体とも強い信頼関係があるようです。ノース・ヨーク・モアーズ国立公園(North York Moors National Park)は、正直申し上げてピーク・ティストリクトや湖水地方などのように、誰でも知っているメジャーな国立公園ではありません。ヨーク地方には、もうひとつヨークシャー・デイルズ国立公園があります。英国独特の美しい田園風景が見られるヨーク地方を代表する地域で、ナショナル・トレイル第1号のペナンウェイで通過できることもあり、こちらの方が有名で、ノース・ヨーク・モアーズは陰に隠れぎみです。認知度を上げ、地元経済を活性化させるためにも、広報活動に力を入れいます。努力が実り、来園者は増え、1997年Customer Service Excellence®(特殊法人顧客サービス適格認定機関)にも認定され、今も保持しているそうです。  ただ、この公園では去年夏に大きな決断を迫られました。公園指定地域内にある炭酸カリウムの採掘計画案が自治体に提出され、地元住民や保護団体なども含め長い話し合いが行われてきました。運営委員会は去年夏に評議員会内で投票を行い、僅差で計画案受け入れが最終可決され大きな話題となりました。実は、ほかの国立公園でも今議論が盛んになっているのが、公園内におけるシェールガス採掘問題です。政府はシェールガス開発を推進したい考えで、地元住民と今後具体的に話し合いが行われる様子です。ウィルソン氏は、国立公園に住む人間の心情としては、観光客が増えたり、採掘事業の受け入れに喜べない部分もあるが、地元経済を守るためには、時として承諾しなくてはならない現実がそこにあるとおっしゃっていました。勝手な憶測ですが、ウィルソン氏はもともと農家出身ということもあり、自然と人の営みの関係を非常に現実的に見ていらっしゃるように思いました。英国でも自然、エコといったワードの持つ美しいイメージが大きくなりすぎて、そこへ金儲けや資源といった話になるとアレルギー反応を起こす方も多いようですが、やはり地元の人たちにとって何が一番いことなのか、それが重要なことに感じました。炭酸カリウムの採掘事業は、なるべく環境や観光業にダメージを与えないよう配慮された計画案だそうで、今後住民がどのように対処していくのか、見守りたいと思います。 ランブラーズのイベント、ウォーキングなしでは、終われない  長々と書きましたが、以上イベントの報告となります。少しでも会場の雰囲気が伝わればなと思います。イベントの最後は、ランブラーズ協会が歩かないでどうするということで、ウォーキングで締めとなりました。私は時間の関係で大学構内を回る短いコースに参加したため、さほど歩いてはいませんが、会員の方々と話をする良い機会となりました。  今回参加して学んだことは、日本の地方や自然保護活動が抱えている問題は、英国でも同じように壁にぶつかっていることを確認できたことが一点。ただ、そこはさすが議会制民主主義発祥の地だけあり、とにかく時間がかかっても話し合いを重ねていく、多くの人々にアピールしていくしかないといった気持ちが感じられました。そして新たに注目されているボランディアの力や緑の処方箋。地元住民の協力で道を整備していくだけでなく、彼らに頻繁に歩いてもらうことが、道を保持していける秘訣のように思います。今後どのように発展していくのか、常に観察していきたいと思います。  最後に、今回ランブラーズの活躍と影響力を改めて感じ、考えてみました。英国における歩く文化を大きく発展させ、フットパスという壮大なシステムを作り上げてこれたのは、彼らの貢献が大きいのは間違いありません。ただ、もともとレクリエーションウォーキングを重要視する知識人と労働者階級から出てきた団体ゆえでしょうか、未だに土地所有者や保守的な人たちにに対しての嫌悪感があり、どうしてもリベラルな政治活動をする傾向があるようです。今回の会でも、言葉の端々にその雰囲気が感じ取れました。私個人でウォーキング好きな人々に取材していても、ランブラーズは政治色が強くて苦手という方たちは、意外に多かったです。私としては、当団体とは違う立場にいる方々にも、ぜひ話をもっと聞いてみたいと思いました。大会は盛りだくさんで、最後は頭がパンク状態でしたが、それでも参加して良かったと思います。やはり生の声を聞くことは貴重で、自分の見方がさらに広がって良い刺激となり、いろいろ考え直させられる機会となりました。特に団体運営サイドだけでなく、会員の方々にいろいろと話を聞けたのが大変貴重でした。次回も開催されるようなら、また参加してみたいと思います。 2nd February 2016, Saturday @ University of York 【安藤百福記念 自然体験活動指導者養成センター紀要「人と自然」第6号2015年度に掲載されたレポート「イギリス・ウォーキング環境保全の現状 ー 英国フットパスの新たな試み」(38から44ページ目)は、この記事を一部に加えて書かせていただきました。】 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 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© Blackwater Forget Me Not Walk 2014  9月20日(土)に、私が住んでいるエセックス州、モルドンで開催されたチャリティー・ウォークに、私の在英10周年記念として参加しました。たまたま買い物に行ったスーパーの掲示板で見かけたポスターが目に止まり、地元のイベントというこで、ちょっとトライしてみようかなと思い、エントリーしたのがきっかけです。英国白血病・リンパ腫研究所(LEUKAEMIA & LYMPHOMA RESEARCH)が行なっている”Forget Me Not Walk”と呼ばれるイベントで、30キロのウォーキングにチャレンジし、何事もなく参加者の方々と共に楽しみながら、完歩しました。当日朝から雷雨で、一時はどうなることかと心配しましたが、いざ歩き始めると、雨は上がり、想像以上に快適なスタートとなりました。コースは、地元モルドンの北側を30キロをぐるっと一周するもので、スタート地点がゴールとなります。マラソン・チャレンジと題していたので、てっきりタイムや順位が記録されるのかと思いきや、「では、ぼちぼち歩き始めましょうかね」といったノリでみながゾロゾロと歩き出し、ちょっと驚きました。どうやら、決められた距離を歩ききることが「挑戦」ということだったようです。  今イベントは、白血病で若い息子さんを失ったリーブ夫妻が英国白血病・リンパ腫研究所と協力して、息子さんの思いを忘れないために企画したものです。イベント参加条件は、エントリー代を支払いこと(今回は、£10)とチャレンジ参加者全員、自分についてくれるスポンサーを自分で募り、そのスポンサー代を団体に寄付することでした。イベントによっては、最低限の募金額が設定される場合がありますが、今回は特になく、できる範囲でがんばるというスタンスでした。英国は、チャリティー大国です。福祉国家の英国と言われていますが、国からの支援には限りがあり、チャリティー団体が大きな役割を担っているため、人々にとって身近な存在です。ボランティア活動、チャリティー・イベントは、頻繁に行われています。募金活動も思考をこらして、今回のウォーキング・チャレンジのように、参加者が楽しみながら寄付を募る企画が多くあります。 [osmap gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/10/Charity-Walk-in-Maldon-new.gpx" markers="TL8553011250!red;出発終着点:グレート・トットナム"] [osmap_marker color=red] 出発終着点: イングランド東部 グレート・トットナム  その中で、私が今イベントに参加したいと思った理由は、地元の人が行うイベントだったからです。募金先もあまり大きな団体でなく、白血病・リンパ腫のための治療改善と患者サポートと目的もはっきりしてい ました。大規模なイベントになるとチャリティー・イベント専門企画会社が入り、どうしても商業化された感が強く、私としてはスポンサーを募ることに抵抗があります。今回は、モルドンに住むご夫妻と彼らのご近所さんや友人・知人がボランティアとなって開催されたこぢんまりとしたもので、終始のんびりとアットホームな雰囲気が漂っていました。私のように、祖国を離れてた根無し草の人間としては、住んでいる地域の方々との交流は大きな意味があり、私自身いつもこだわっている点です。 イベント主催者リーブ氏の挨拶からスタート  歩き始め最初の一時間は、いくつもの田園を通り抜けて行きました。このあたりでは、麦、ライ麦、菜の花、亜麻仁、ムラサキウマゴヤシなどが栽培されています。収穫はすでに終り、少し寂しい風景ではありましたが、道中出会った馬、羊、牛、あひる、孔雀たちに、癒されました。気温が上昇し、蒸し暑くなり始め、参加者みんなが着ていたジャケットを脱ぎ始めると、今チャリテ ィー団体のTシャツがお目見え。のどかな田舎道が突如パッと眩しいぐらいの赤色に染まりました。不思議な光景でしたが、宣伝効果は抜群と言えそうです。英国には、フットパスといわれる歩道が、全国に網の目のように数多く存在しています。このフットパス、正式名を Public Footpathといい、人々がまだ歩くことでしか移動できなかった時代に使用していた歩道を、今日レクリエーション目的のために保存しているれっきとした公道です。またPublic Right of Way (PRoW)という名で、誰でもこの公道を歩く権利が法律で認められています。つまり、ひとたびフットパスと認められれば、住宅地であろうが、農地であろうが、ゴルフ場であろうが、歩くことができる。日本ではちょっと考えにくいユニークなシステムであります。ちなみに今回のコースの七割は、フットパスを歩きました。 赤の騎士団、 モルドンの田舎道をゆく 満潮の川を見ながら、土手道を歩いていく  チェックポイントで一息してから、いよいよ前半のハイライトである川沿いを歩くフットパスにでてきました。タイミングよく満潮で、朝の嵐が信じられないような穏やかさが、モルドン独特の朴訥とした風景をさらに美しく演出していました。エセックス州は、平地の州と言われていて、高低差がほとんどありません。 モルドンあたりは特に湿地帯のため、海抜がマイナスの土地も多々あります。ブラックウォーターと呼ばれている河口付近は塩水で、その昔人々はseawallと呼ばれる盛土を手作業で設置し、満潮で浸水しないよう塞き止め、川沿いの土地を農地として使えるよう年月をかけて塩抜きしていきました。その努力の結晶である土手道を歩く、一歩一歩踏みしめるように力が入りました。 昔ながらの帆船が、静かに海へと向う  河口と運河の合流地点に、第二チェックポイントがあり、そこで昼食。サンドウィッチ、スナック、ケーキ、果物、エネルギードリンクなどすべてボランティアの方々が用意され、手際よく給仕してくださいました。きっとみなさんスポーツ ・チャリティー・イベントに慣れていらっしゃる方々なんだと思います。軽く食事をしてから、今度は、運河沿いを歩き始めました。英国には産業革命時代に多くの運河が建設されました。今は、船遊び、釣り、そして運河脇を歩くといったレジャー目的で使われ、国の遺産として大切に保管されています。また、川や運河に停泊しているボートを正式な住居として生活されている方々もいらっしゃいます。私の知人数人もボート暮らしですが、外はどこから見てもボート、でも一旦中に入ると普通の家とまったく変わらず。中には、室内ミニサッカー場を子供のために作ったひともいます。 この日は、釣り人たちが、まるで修行僧が座禅を組んでいるかのように、静かに運河の水面を見つめながら座っていました。 しっかり食べて、後半戦へ  今回のチャレンジや地元のグループ・ウォーキングに参加して面白いなと感じたのが、みなさんの歩くスタイルです。 みなさん歩きながらよく喋ります。老若男女隔たりなく、話している内容もアウトドアや自然と何の関係もないものも多 くて、びっくりしました。地元だからかもしれませんが、景色もそんなに見ていない。中には歌いながら歩いている方や愛犬を連れている方もいらっしゃいました。もちろん歩くことだけに専念しているひとも、静かに歩くことを楽しんでいるひともいらっしゃいましたが、どうやら歩く(散歩) = 社交の場という風習が、英国にはあるように感じられます。何かに懸命に挑戦している雰囲気はなく、このリラックスした感じが実はこのイベントの醍醐味で、今回で4回目の開催を迎えることができたポイントなのかもしれません。 全長約22キロある運河脇を歩きながら、内陸部へと進む  運河を離れた後、今度は鉄道廃線跡を3.5キロほど歩きました。モルドンと近くにある都市とを繋ぎ、地元のために118 年間走り続けてきた鉄道は、車社会化した1966 年に廃線となりました。今は、線路があったであろう築堤はトレイルとして保存され、両脇に生えている木々が長い緑のアーケードを作り出していました。車窓から見えるモルドンの風景はどうだったんだろうか、想像してしまいます。 真っ直ぐに伸びる廃線跡を歩く  最後のチェックポイントを通過し、リンゴ園が広がる丘を登り始めました。ひと昔前までこのあたりは、リンゴ園がそこかしこにあったそうです。1973年に英国が ECC(欧州経済共同体)に加盟後、国外からリンゴが輸入され始め、価格競争に負けた地元の生産者たちは、多くのリンゴの木を処分せざるおえなくなりました。残されたリンゴの木々には、何とも言えない喪失感が漂っています。日本人としてひと事ではなく、生き証人を見た思いです。歩くことでしか発見できない小さな村の物語や歴史がそこにあり、それが世界の大きな動きに繋がる。昔世界史の教科書に記述されていたことが、現実として目の前で見ることができた瞬間でした。  丘を登りきり、静かな家並みを通りぬけ、出発点であったパブに戻ってきてゴ ール。5時間半で、チャレンジを終了しました。完歩記念にメダルをいただきました。スポーツの大会は、中学校のマラソン大会以来でしたので、多少緊張していましたが、終わってみると心地よい疲労と達成感を味わいました。パブがゴールというのも実によく考えられていて、用意された軽食と祝福の一杯をみなさんそれぞれ楽しんでおられました。ひと仕事終えた後の一杯は、やっぱり旨い!! りんご園を通過  今回のチャレンジで、30kmに挑戦した人たちは40名、ショートコースの20kmは31名、合計参加者数71名でした。ある方は、病で失った家族や友人のために、ある方は、病からの復帰を祝うために。それぞれの目的、思いで歩かれていました。最近白血病を克服し、今チャレンジで最後まで歩ききるという強い意志で参加していた女性は、大奮闘した結果、最終グループの仲間と共にゴール。みなから祝福の喝采を受けていたのが印象的でした。家族、友人のみなさまのご協力のもと、私が集めたスポンサー代、最終金額は、£408.41(約7万1413円)となり、無事に全額英国白血病・リンパ腫研究所へ寄付されました。心から謝意を表するとともに、リーブ夫妻からも、みなさんのご厚意に対しての感謝、そして寄付金が有効に活用されるようしっかり見守っていくとのメッセージをいただきました。 多くのスポンサーに、感謝します。みなさんの応援が、力となりました 地元紙にイベントの記事が掲載された © Maldon and Burnham Standard, September 25, 2014  今回の経験で私が学んだことは沢山ありますが、一番の大きな発見は、人間たまには人様のために何かをする。その体験は、己をよく知ることにもなる、ということです。私のように世の中にために役立つ頭脳や才能も無く、子供を産んで育てて次世代社会へ貢献しているわけでもない人間としては、自分の時間を他人のために使うことは、大変有効に思いました。たとえ小さなことでも、偽善的で自己満足な行為でも、混沌とした世の中で人間が持っている可能性や希望を感じることができるよい機会だと思います。さらに、今回は歩くという行動を改めて認識しました。人類の一番の進化は、二足歩行をしたということではないでしょうか。しかし、利便性優先の現代社会で二足歩行をしなくなってきている私たちは、何か大きなものを失いつつあるのかもしれません。歩くことでしか見えてこない世界があるように感じます。 人生初のメダル獲得、嬉しい  多くの方々に支えられた英国生活10年。おかげさまで、チャレンジによってよい節目をつけることができました。モルドンの魅力も再確認することができ、ここに住むチャンスに恵まれてよかったと改めて感じています。最後に、主催者のリーブさんに、「なぜ、このウォーキング・イベントを企画したんですか」とゴール後質問してみました。すると彼はこう答えました。「人は、楽しいことにはお金を出してくれるんです。」う〜ん、なるほど。楽しみながら、目的を達成させる。英国のチャリティー社会、まだまだ学ぶことが多くありそうです。みなさまも、たまには歩いて遠出してみてはいかがでしょうか。きっと面白い発見があると思います。 20th September 2014, Sat @ Maldon, Essex 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...