国立公園 Tag

ある日、義理の甥っ子が訊いてきました。 「ねー、シノ。パフィン知ってる?」 「知らない。何それ?」 「鳥だよ。体は小さいのに、大きなオレンジ色のくちばしと足をもった鳥だよ。俺、鳴き真似できんだよ。」 「ほー、どんな感じ?」 「ウィいいいい〜ン。ウィいいいい〜ン。」 「は?何じゃい、その変な鳴き声。バイクのエンジン音みたい。鳥でしょ?」 「そうだよ、こうやって土の中で鳴くんだ。うそじゃないって。この前実際に聞いてきたんだから・・・。」 「どこで?」 「スコーマー・アイランド!!」  このエンジン音みたいに鳴く謎の鳥は、いったいどんな鳥なのか? スコーマー島って、どこ? 7歳のチビ男くんに、詳しく話を聞くが想像できず、こりゃ、百聞は一見に如かずだなっと思い、私のバディであるジルちゃんに次回の旅にどうかと提案してみました。大の鳥好きの彼女は二つ返事で了解。Deco Boco Walking、ついにスコーマー島があるウェールズに初上陸です。 [osmap markers="SM7249009379!red;スコーマー島" zoom="0"]スコーマー島  スコーマー島は、大西洋に面したウェールズ南西部にあるペンブルックシャーにあります。ペンブルックシャー海岸沿いは、独特の自然と歴史的建造物が点在する、英国で唯一沿海にある国立公園に指定されています。また、その海岸線は、ペンブルックシャー・コースト・パス(Pembrokeshire Coast Path)というナショナル・トレイルのひとつで、およそ300キロの道を歩くことができます。随所に泳ぐのに最適なビーチもあり、泳ぐの命のジルちゃんにはうってつけ。学校の夏休みが始まる1週間前のギリギリ7月初めに、B&B最後のひと部屋をゲットができ、もうコレは「行け!」と神様のお告げだと、凸凹コンビは、慣れない地へと車を走らせるのでした。  さて、改めてエンジン音を発するこの鳥は、北大西洋と北極海に生息する海鳥、パフィン(Puffin)ことニシツノメドリということがわかりました。ジルちゃんが住んでいるブリストルから車で3時間弱で行ける、我々にとって一番近い繁殖地が、ペンブルックシャーの海に浮かぶ、チビ男くんも熱く語っていたスコーマー島になります。この730エーカー(2.95km2)の小さな島には、天敵となるネズミや狐がいないため、ニシツノメドリ以外にも、冬季に過ごしたアフリカや南米から10,000km以上かけて渡っているマンクスミズナギドリ(Manx Shearwater)、細長い赤いくちばしが特徴のベニハシガラス(Chough)など鳥たちのコロニー(集団繁殖地)になっています。そのため南西ウェールズ・ワイルドライフ・トラスト(The Wildlife Trust of South & West Wales)が、厳重な管理を行なっています。 早朝のランティングチケット購入待ち。長蛇の列が  この海鳥たちの楽園の島。当然バードウォッチャーたちが英国国内からだけでなく世界中から集結します。(余談ですが、バードウォッチャーたちの熱量って、マジ半端ない。カモフラージュ服着て、機材もパパラッチ並み。私たちとは、気合が違います。)そのスコーマー島では、6月中旬から7月中旬が観察できるピークとなり、8月ごろには彼らは姿を消します。そのため、必然的に大勢の人たちが来るので、上陸するにもひと苦労です。島に上陸できる人数は、1日250人までと限定されていて、ランディング・チケットという時間指定された上陸許可券を朝イチでゲットしなくてはなりません。私たちもがんばって、朝6時半にチケット売り場に行き、2時間行列に並び、無事に券を購入できました。高校生時代に外タレのコンサートチケットを購入した時以来の、ドキドキ感。思わず二人でガッツポーズ! この小さな船にぎゅうぎゅう詰めになりながら、いざ島へ  一度B&Bに戻り、しっかり朝食を取ってから、午前11時半のボートに乗り込み、いざスコーマー島へ。もう、これ以上は望めないぐらいの晴天で、波も穏やか。今年最高の夏模様に、すでにボートの上で、テンションマックスのふたり。15分ほどすると、島の玄関となる入江に入ってきました。崖のいたるところに巣作りしている海鳥たちの鳴き声が、キーキーとサラウンドで響き渡る。親鳥たちは、エサを捕まえに次々と海中へダイブしていく。ご多忙の鳥さんたちのところに、人間の私たちがちょいとお邪魔しま〜すといった感じでした。  上陸後すぐには解放されず、トラストのレンジャーたちによるレクチャーを受けます。今暮らしている鳥たちや島の状況説明、注意事項、望遠鏡の貸し出しや最低限の水と食料の販売などがありました。2018年の調査を元に繁殖している鳥たちの数が、手書きで表示されたボードが立っててあります。「マンクスミズナギドリは、35万羽!? え、なにその数!!」どうやってカウントされたのか不思議に思うぐらいの数字です。またご親切に、今生息している動植物リストもありました。管理体制がしっかりしていてることを、実感します。 島の野生動物生息情報が示されたボード 散策前に、トラストのレンジャーによる説明を聞く [osmap gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/09/Deco-Boco-Skomer.gpx" color="green"]  レクチャー後、まずは島の全体をぐるっと反時計回りで見ていこうと、港がある東側から北へと早速歩き出します。夏の太陽の暑さを、肌でジリジリと感じますが、海風がそれを冷やしてくれるほどの、完璧なウォーキング日和。英国は、北海道よりに北に位置しますが、西岸海洋性気候で、暖流と偏西風により、期間は短いですが、夏はかなり暑くなります。また、海沿いは湿度も高く、歩くと汗ダラダラで、正直歩くのが辛くなります。ただ、スコーマー島は、崖を上ると平地で吹きっさらし。西を向けばケルト海が広がり、その向こうは大西洋です。今日のような天気は天国。ただ、雨風なら地獄絵になるだろうと、シダと短い芝に包まれた島を見て想像ができ、恐ろしくなります。晴れて本当によかった。  ここは、鳥たちの島。当然邪魔者の人間は、決めれれたフットパスしか歩けません。天敵のいないパラダイスに、人間が害を与えてはなりませんもんね。気をつけながら歩を進めます。時々、可愛らしいアケボノセンノウやギョリュウモドキ(ヒース)の花が海風に揺れて、手を振っているかのよう。お目当のニシツノメドリは、遠目に数えるほどしかまだ確認でませんが、それでもその可愛さに胸がキュンキュン。スコーマー島に滞在するニシツノメドリは、3万羽ちょっと。スカンジナビアあたりでは、エサとなる魚が減り、巣からかなり離れた場所まで採りにいき、新鮮な魚をヒナに与えることができず、数を減らしているそうです。そのためもあり、1959年この島は保護区に指定されました。いかにこの島が重要なのかが、わかります。 アケボノセンノウが風に揺れている  平坦な道を、北から西、そして南へと、気ままにスナックを食べたり、時にボーと景色を見渡しながら、ダラダラ歩いていきます。お天道様もてっぺんまで上がり、木陰がまったくない道を行くのは、さすがに暑さが勝り、ペースダウンしてくる。持参した水もどんどんなくなっていく。そんな道中、悲惨な鳥の死骸が目に付き、なんじゃこりゃ?と思いながら通り過ぎていくことが、多々ありました。あとで聞くとマンクスミズナギドリがカモメに襲われたあとだそうです。彼らは、冬の間過ごしたアルゼンチンや南アフリカからはるばるここまでやってきたのにもかかわらず、その哀れな姿に心が痛みます。しかも彼らは、長距離を飛ぶことに特化していて、うまく着地ができないそうです。嗚呼、なんということか・・・(涙。 見渡す限り、パフィンの群鳥 パフィンと会話するジルちゃん  3万羽いるニシツノメドリちゃんたちは、一体どこよっ!と思っていたその時、視界いっぱいに、ミニラグビーボールぐらいの大きさの物体がひゅーひゅーと飛び交っているではありませんか。その物体は、私たちが立っている崖の下に広がる海から、ポンポンと現れ、次の瞬間には、我々の足元近くに、ぴたっと飛び降りてきています。背中側が黒く、腹側が白い。目元に歌舞伎の隈取のような模様があり、全体のサイズに対して、大きく目立つオレンジ色の嘴。なんとも不恰好なニシツノメドリたちが現れました。小魚を嘴いっぱいに咥えながら、人間の存在を感じていないかのように、テクテクとペンギンのように歩きながら、地中にある小さな洞穴に入っていきます。そして、穴からでてきて、再び海へと飛び出していきます。ニシツノメドリの親鳥たちは、新鮮な魚をひなに与えるべく、フル活動中でした。 [embed]https://youtu.be/2W60XX6YFNs[/embed] 撮影する人間の姿を不思議そうに見ているパフィン  呆気にとられて見ていると、ウィいいいい〜ンというチェインソーのような不思議な音が、地面下から聞こえてきます。飛んでいる海鳥たちのピーピーと鳴く音とは明らかに違うもの。「どこかで、木を切っている?いやいや、木は生えていないよこの島。えっ、まさか、コレは・・・。」その音こそ、7歳のチビ男くんが言っていた、ニシツノメドリの鳴き声だったのです。ゆるキャラの姿とチェンソー音のミスマッチ。なんとも不思議な生き物に、ますます萌えてしまいます。鳥大好きジルちゃんは大興奮で、ずーとニシツノメドリたちに話しかけている怪しい人になっているし・・・。最後には、「カバンに入れて持って帰っていい?」と云い出す始末。とにかくキュートなニシツノメドリたちに囲まれた、渡り鳥たちのパラダイス。いつまでも、その癒し系キャラを眺めていたいと思ったふたりでした。かわいすぎるよ、君たち!! あの謎のエンジン音が穴ぐらから聞こえてくる 4th July 2019, Sat @ Skomer Island, Pembrokeshire, Wales トレイル情報: スコーマー島 www.welshwildlife.org/visit/skomer-island 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2022...

路線バスを観光客に利用してもらおうと、二階をオープンにしたり、看板で情報をわかりやすく表示したりと、一生懸命工夫している様子がうかがえる *一日目は、こちら >>  二日目: 今日も長崎・・・、いやいや湖水地方は、雨だった〜♪ あちゃー、朝から本降りです。のちのち晴れる様子もないぶ厚い雨雲。今日も濡れるぞー!!と覚悟を決めて、B&Bを出ました。二日目は、湖水地方のもうひとつのシンボル的存在であり、英国を代表するロマン派詩人、ウィリアム・ワーズワースが暮らしていた家、ダヴ・コテージを訪ね、その周辺を歩きます。まずは、ウィンダミアからライダルという村へ、バスで北に向かいました。湖水地方は、マイカーで訪れる人が多く、自然環境や地元住民の生活への負担が懸念され続けてきました。2017年世界遺産登録をきっかけに、公共交通機関をさらに利用しやすくしようと努力を重ねています。その結果でしょうか、英国の田舎には珍しく、バスの本数はそれなりにあり、ストレスなく移動できました。運転手さんが、ヘッドマイクを装着し、運転しながら湖水地方の案内をしてくれていましたが、まだちょっと慣れていない様子。世界遺産のために頑張る彼らが微笑ましいです。ただごめん!訛りが強くって、聞き取りずらいよ〜、運ちゃん。 [osmap centre="NY3463906653" zoom="7.00" gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/11/Lake-District-_-Rydal-to-Grasmere.gpx" markers="NY3646806153!red;出発終着点: ライダル"] [osmap_marker color=red] ライダル  30分弱で、ライダルに到着。ここから、ライダル湖とグラスミア湖を左に見ながら、ぐるっと一周するコースをいきます。その途中にある村グラスミアに、ダヴ・コテージがあり、休憩がてら立ち寄る予定。バス通りから山側に一歩奥に入ったところにフットパスがあり、まずはライダル村の住宅エリアを抜けていきます。すると左側にライダル湖が姿を現しました。小さな山に囲まれ、その谷間に水が流れ落ちてできた小さな湖。山々には、オークなどの落葉樹の大木たちが、湖へ手を差し伸べるかのように枝を伸ばし、霧が葉の間を穏やかな川の流れのようにすり抜けていきます。昨日訪れた開放感のあるウィンダミア湖とは対照的で、ライダル湖とグラスミア湖周辺はとても可愛らしく、全体的にキュッとコンパクト。いつもは、くっちゃべり続けるふたりですが、今日は黙々と進んでいきます。カッパから伝わる雨音と濡れた大地をブーツが蹴る音だけが聞こえ、瞑想をしているときの気持ち良さが、歩きながら湧いてきました。母親の胎内にいるような、包み込む優しさが漂い、湿気った空気と共にスーと体に入ってきます。雨を通して、この地と同化したような感覚がありました。 ライダル一周コース  以前は外へ出る時、晴れ以外はハズレの日と思っていましたが、英国に住み始めてからは、今回のような雨でしか体験できない味わい深さがあることを知りました。それに、英国では、雨ぐらいで、外で遊ぶことをやめたりしません。歩くし、自転車漕ぐし、魚釣りもします。今日も雨がしっかり降っているのに、マウンテンバイクで通り過ぎていく若者たち、犬と散歩する人たち、そして私たちのように、散策するものたちで、フットパスはそれなりに賑わっていました。レバノンに長く住んでいた友人が、久しぶりに英国に帰国した際に、雨がどれだけ恋しかったか話していたことを、ふっと思い出しました。雨が続くと、みなブーブー文句を言いますが、場所が変われば、雨模様は貴重なんですよね。 1822年に出版された『湖水地方案内』の原本。本物を見ると、ワーズワースに会えたように思えるから不思議。もちろん、代表作である詩『水仙』が掲載された詩集の原本も見れる  一時間半ほどで、ダヴ・コテージ前に到着しました。さて、中を見学に行こうとする私に、ジルちゃんが難色を示します。もっと歩きたいと言うのです。「来る前に何度もコース説明したじゃん。この後も歩くんだよ。」ともう一度確認するも、「湖水地方までわざわざ来たからには、観光じゃなくて歩きたい。」と平行線。こりゃ、ダメだと思い、地図を広げられるカフェで一服するため、一度コテージから去りました。ワーズワース参りしないで、湖水地方もへったくれもあるかい!とちょっとイラっときていた私ですが、最近仕事や執筆活動で問題が山積し、ストレスマックスのジルちゃんの気持ちもわからなくも・・・。正直別のコースを考えていなかったし、雨もまだ降っているので、コースを変えずに納得してもらえないかと、なんとかなだめる私。ずぶ濡れの服を乾かすがてら、ダヴ・コテージを見学することを、ようやく承諾してもらいました。 早速コテージに戻り、まずは隣接している展示場で、コテージ内見学の順番待ち。ワーズワースの肖像画や当時出版された詩集本などを見て回りました。ロマン派詩人として、彼の英文学への功績はもちろん言うまでもないですが、私個人としては、今日の環境保護運動の先駆者としての尊敬の念が強く、ガラスケース内に1822年に出版された『湖水地方案内』の原本を見たときは、感無量でした。この本の中で、彼は湖水地方を、“a sort of national property, in which every man has a right and interest who has an eye to perceive and a heart to enjoy”ー見る目と楽しむ心を備えたすべての人が権利と関心を持つ、一種の国民的財産である(小田友弥訳、2010)と述べました。この考え方から、国立公園やナショナル・トラストなどが誕生し、今日議論されている環境問題や持続可能性などへと繋がっていくのです。日常で普通に使われるようになった「エコ」という言葉も、もしかしたら、ワーズワースがいなければ、世界中に認識されてることがなかったかもしれません。数ヶ月前に登録された世界遺産を機に、彼の環境思想は、学者たちの中で、再評価ブームがきているようです。約200年前に、新たな自然に対する視点が議論され、それが今私たちが当たり前のように感じ取っていることが、すごいことだなと感動していると、メモ帳片手に、真剣に展示物に見入るジルちゃんが・・・。なんじゃい、結構楽しんでるじゃねーか。 一生懸命メモしながら展示に見入るジルちゃん。文句言ってたの、どこのだれよ  ついに、コテージ内を見れる順番がきました。ワーズワースと彼の家族、そして訪ねてきたロマン派の詩人たちについて、丁寧にガイドさんが説明してくれました。彼らの生活した跡が若干残っている空間で、彼らが歩き、遊び、食事し、創作し、旅行し、恋愛し、時に失敗し、そして、湖水地方の自然を愛していたんだな。偉大な詩人も私たち同様、人生を謳歌していたことがわかり、「なーんだ。私たちとそう変わらないじゃん。友達になれそう。」とふたりで笑っていました。このガイドツアーを通して、私には、ひとつの発見がありました。ウィリアム・ワーズワースの妹、ドロシー・ワーズワースです。彼女についての記録は少なく、肖像画もないので、どんな人だったよくわからないそうです。ただ、彼女は詩人の兄の片腕として、一緒によく行動をし、歩きにも行っていたことが、唯一残された記録である彼女の日記から読み取れます。まだ女性の地位が低い時代に、ドロシーはよく湖水地方内をひとりで散策をしていたそうです。彼女もまた女性ウォーカーという新たなムーブメントを起こしたひとであり、私たちふたりにとっては、ウォーキングの女神と言えるのではないでしょうか。といくことで、最後記念に私はドロシーが書いた日記本"The Grasmere and Alfoxden Journals"をゲット。なんとジルちゃんは、ワーズワースの詩集をちゃっかり購入していました(その後、ジルちゃん宅のトイレでこの本に再会しました)。ホレ、みたことか。すっかりハマってんじゃん!  さて、後半戦。雨は我々の望みとは裏腹に、止むことなくシトシトと降り続けています。もう天気には期待せず、あとは歩いて出発点に戻るのみとグラスミアの目抜き通りを抜けて、大きくUターンするように、来た道とは反対側の湖の辺りを歩き始めました。雨が服にも靴にも染み込んで、二人のメガネも汗と混じって曇り、不快感を通り越して諦めの境地。二人の距離も少しづつ離れ、会話もなくなり、ただただ修行僧のように黙々と歩を進めていきます。でも、不思議と嫌な気持ちにはなりません。ジルちゃんも当初の目的である歩きができて、満足そう。やっぱり、ここは湖水地方。一年の2/3が雨天。降水量は半端ないのだ。しかし、出発点のライダルに戻って来たときには、さすがにクタクタになっていました。さっさと宿に戻り、服を着替え、夕食にタイ料理を食べ、昔ながらの映画館でまったりして、体に温もりを戻していきました。なんだか、学生時代に戻った夜でした。 ワーズワース以外にも、詩人のコールリッジ、画家のタナーなどが多くの芸術家たちがこの辺りに滞在していた  翌朝、カーテンを開けると、外は眩しいほどピーカンでした。体も心もすっかり洗い流された二人。「帰る日に晴れやがって。待ってろよ、また来るからな!!」と捨て台詞を吐いて、一筋縄ではいかない湖水地方をあとにしました。 30th September 2017, Sat @ Hilltop & Moss Eccles Tarn & Belle Grange, Lake District, Cumbria 参照: *1 湖水地方案内、ウィリアム・ワーズワス著 小田友弥訳(法政大学出版局 2010) 観光&トレイル情報: 湖水地方国立公園 www.lakedistrict.gov.uk/home ダヴ・コテージ wordsworth.org.uk 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

 秋だよ、歩くよ、どこまでも。友人ジルちゃんとぶらぶら英国散策、Deco Boco Walking。今回はついに英国人ウォーカーたちの聖地、湖水地方にやってまいりました。日本人観光客にも人気のこの地は、年間2000万人近くの人々が訪れる英国を代表するリゾート地です。1951年に国立公園に指定を受け、2017年には30年越しの夢を叶え、ユネスコ世界遺産に登録され、今後さらにその勢いは増しそうです。 [osmap markers="SD4138598631!red;湖水地方" zoom="0"] [osmap_marker color=red] イングランド北西部 湖水地方 ウィンダミア  今回の拠点は、湖水地方南側の中心地、ウィンダミア。可愛らしい田舎町といった雰囲気で、ここに大勢の人々が来れるのかと驚くほどのコンパクトさです。駅周辺には、観光客向けの店が連なり、その奥にはB&B(朝食付き民宿)激戦区が続きます。どことなく、軽井沢や清里などの町並みを思い出させる、地元の人々の生活感が表に見えてこない空間がそこにはありました。今回は、初めての湖水地方ということで、コテコテの観光しながら、歩くことにしました。散歩レベルの歩きから始まった凸凹コンビが、まさか湖水地方へ上陸するとは…。高揚感が半端ない! [osmap centre="SD3932397227" zoom="6.00" gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/11/Lake-District-_-Windermere-Hill-Top-Walk.gpx" markers="SD4123898014!red;出発終着点: ウィンダミア"] [osmap_marker color=red] ウィンダミア 大雨でウィンダミア湖を渡るボートには、私たちふたりのみ  一日目:日本でも有名な湖水地方の代名詞ともいえる大ベストセラー児童書『ピーターラビット』。今回は、その生みの親であるビアトリクス・ポッターが暮らしていた家、ナショナル・トラスト所有のヒルトップを中心に歩きます。あいにくの雨。それでも我々の足を止めることはありません。ボウネス・オン・ウィンダミアから、ウィンダミア湖をボートで渡り、ファ・ソーリー(Far Sawrey)へ。そこからミニバスで、ヒルトップへと向かいます。朝から本降りで、ミニバスに乗ったときは、雨具も靴もびっしょり。服から滴る雫をどうすることもできずに、曲がりくねった道を進むバスに揺られ、小さな村ニア・ソーリー(Near Sawrey)に降り立ちました。 ビアトリクス・ポッターが住んでいた家、ヒルトップ。多くの観光客が訪れる名所 ヒルトップの階段の踊り場に展示してあった彼女の手紙からの引用。「雨続きで、我々のところも浸水しそうになってきていますが、とりあえず麦のタネを蒔きました。」今日のような大雨の中で書かれたのだろう。彼女と繋がった感じがする  さすがこの雨で客はいないだろうと思っていたら、ヒルトップには私たちのような物好きがたくさんいるいる。道中、だれも人を見なかったのに、ヒルトップには、ウジャウジャ人がいるのです。どっから湧いてきたんだ、このひとたち?どエライ人気。そのため、土砂降りの雨の中、外で順番待ちをすることに・・・。雨に打たれながら「これ、夏に来たら悪夢だよ、きっと」と頷き合うふたり。ようやく順番が回ってきて家に入れましたが、照明がない家の中はあまりにも暗く、よく見えない。ヘッドライトを照らして見ている人もいました。展示を見ながら私個人としては、ピーターラビットより、ロンドンのお嬢様で、絵が得意だったポッターが、この湖水地方へ移り住み、最終的にピーターラビットの大ヒットで得た土地すべてをナショナル・トラストに寄付したことのほうが、大変興味がありました。湖水地方内に多くあるトラスト所有地のまさに三分の一が、彼女からの寄贈によるものだそうです。「えらい、金持ちだったんだ〜」と彼女の財力の重さが、ピーターラビットの可愛らしいイメージを吹っ飛ばしてしまいました。そしてもうひとつ興味深かったのが、彼女は若い頃生物学に夢中でしたが、女性ゆえに講義を受けることも新説を発表することも許されなかったそうです。時代が違えば、有名な学者になっていただろう彼女の才能は、別の形で開花したのでした。 腹が空いては戦(歩き)はできぬ。困った時のパブ頼み  せっかくここまで来たのに、今のところドヨーンと暗くて寒い印象しかなく、雨が一向に収まる様子もないこの状況に、この後歩けるのか不安で、気持ちがしぼんでしまいました。ここは、凸凹ウォークのポリシーのひとつでもある、「困った時は、パブ」。早めの昼飯がてら一度暖をとる作戦に変更。ヒルトップ見学もそこそこに、隣接していたパブへ直行したのです。営業時間10分前にも関わらず、強引なふたりを快く招き入れてくれたパブで、暖炉の前にあったテーブルを確保。さっそく脱いだ雨具と靴と靴下を乾かし始めました。恥もへったくれもない、外国人観光客ふたり。スープと地元のカンブリアハムのサンドイッチをじっくり食し、温まった素足で床の上をパタパタと叩きながら、雨が弱まるのを待ちました。なんて至福の時間なんでしょ。ヒルトップ見学よりポッターの世界にどっぶり浸れたように思います。エネルギーをジャージし、歩く気分も上がってきたので、勇気を振り絞って外へGO。 忍者ジルちゃん。急遽沢登りへ変更!?  まずは、ポーターもよく絵を描きにいていたモス・エクル・ターン(Moss Eccles Tarn)という小湖があるところまで登っていきます。「雨が止んでラッキーじゃん」と思ったのもつかの間、地面に降り注いだ雨が溢れ出し、道が小川へと変貌していました。もうここまで来たのだから歩くぞ!!と貧乏性外国人たちの決意は硬く。池のような水溜りは、石垣を忍者のごとくはって通り抜け、水がザーザー流れる坂道は、石を橋代わりに右へ左へと渡りながら歩いていきました。それでもせっかく乾かした靴に水は入ってくる。「足が濡れてキショイよー」と叫ぶジルちゃん。友よ、自然の中を歩くということは、そうゆうものよ。ましてやここは湖水地方。降水量が多いから湖がこれだけできるのがよくわかるっしょ。これも致し方ない・・・。どっぷり湖水地方の洗礼を受けたふたりでした。 どこを見てもピクチャレスク。ポーターが惚れ込むのもわかる気がする  濡れた足の不快感とは反対に、雨上がりの湖水地方は、なんと絵になることでしょう。空、雲、山、森、草原、川、湖。人間が思い描く美しい自然の要素全てがそこにはあり、時間とともに、刻々と姿を変えていく。大自然の舞とでもいいましょうか。全く飽きがこない。多くの人々がこの地を愛してやまない理由がわかります。日本人の私でもノスタルジックな気分にさせられ、胸がキュンキュンしてきます。とてもロマンチックなのです。流れていた雲から徐々に青空が顔を出すようになってきました。英国の自然といえば、ヒースなどの低木が群生している高原地帯ムアランド(moorland)のイメージでしたが、湖水地方には、立派な落葉樹が多く生息していて、すごく印象的です。紅葉した落葉樹は、陽の光で黄金色にキラキラと輝きます。日本の紅葉のイメージと少し違い、哀愁もあるけれど、それ以上に突き抜けた明るさを感じるのは、なぜでしょう。  あっという間にMoss Eccles Tarnに到着。そこらじゅう水浸しの道を歩いて来たので、小湖を見ても、ふーんといった感じです。それじゃ、もっと歩いてみようと、先に進みます。目の前に広がる牧草地には、放牧された羊たちが天気など気にせず、草を毟るのに夢中です。ところどころでフサフサした大型犬が歩いていて「なんだ、ありゃ?」とふたりで不思議がっていました。のちにそれが湖水地方原種で、ポーターが多くを保護したハードウィック羊とわかったのです。あちゃ〜、もっとちゃんと見ておけばよかった。残念。 雨で濡れた石段がつるつる滑り、ふたりからブーイングの嵐  徐々に下降しながら、ウィンダミア湖へと出ていくコースをとりました。今まで私たちが歩いてきた数々のナショナルトレイルは、どんぐりマークを追って歩くので比較的簡単でしたが、湖水地方は標識が少なく簡単なルートでも地図を見ながらでないと、すぐに道を間違える危険があります。今までのように、最悪タクシーを呼べばいいじゃんとは、いきません。湖に戻ってくるまで、あっちか、こっちかと不安になりながらも、なんとか降っていきます。読図に自信のない私たちの頼りは、紙のOSマップだけでなく、スマフォにダンロードしておいたOSマップ。現在地を示してくれるので、とても助かりました。読図力アップを心に誓いつつ、ついつい機械に頼るぐーたらなふたりです。 ジルちゃん、ブナと交信中  針葉樹の森を「なんか、ここだけ暗くてカラーが違うなぁ〜」と思いながら抜け、完全に水が氾濫した道を「最悪ぅー!!」と叫びながら通り、丁寧に作られた石段の道を「誰だ、こんないらぬ仕事をしたバカは!」と、文句を言いながら、滑りそうになり、ようやく湖にたどり着きました。天気はすっかりよくなり、肌寒いけれど清々しい空気の中、湖の岸に沿って、今朝に降り立ったボート乗り場へと向かいました。天気が回復したためか、老若男女多くの人たちが夕方の散歩を楽しんでいました。湖水地方に来たらハイキングしなくてはならない・・・とは限らない。散歩してお茶してのんびりしてもいい。一日中本を読みながら、景色を眺めていてもいい。スケッチブックに絵を描くのもいい。サイクリングしてもいい。乗馬してもいい。トレランしてもいい。セーリングしてもいい。自分なりの流儀で遊び、この風光明媚を謳歌すればそれでいい。誰も干渉などしてこない。湖水地方出身で、ロマン派詩人、ウィリアム・ワーズワースは、湖水地方のことを、「見る目と楽しむ心を備えたすべての人が権利と関心を持つ、一種の国民的財産である」(小田友弥訳、2010)*1といいました。そんな雰囲気が、実際にここには満ち溢れていたのです。明日は、そのワーズワースが暮らした家を訪ねます。  二日目につづく  二日目は、こちら >> 30th September 2017, Sat @ Hilltop & Moss Eccles Tarn & Belle Grange, Lake District, Cumbria 参照: *1 湖水地方案内、ウィリアム・ワーズワス著 小田友弥訳(法政大学出版局 2010) 観光&トレイル情報: 湖水地方国立公園 www.lakedistrict.gov.uk/home ナショナル・トラスト ヒルトップ www.nationaltrust.org.uk/hill-top 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

国の遺産相続、ややこしや  「遺産相続」と聞いただけで、ややこしや、ややこしや。トラブルの火種、業と業のぶつかり合い、ドロドロした人間模様。サスペンスドラマやワイドショーにもってこいの題材であります。他人事として見ているぶんには楽しいですが、当事者となると、えらいこっちゃ!これは国の遺産レベルでも同じ。次世代に残そうとする者同士、または受け継ぐ者同士でごちゃごちゃと揉めることは、よくあることのようです。この場を守っていきたい熱い気持ちは同じなのに、その方法論が全く違うため、地元民を巻き込んで政治論争へと発展。さらにややこしいやなのです。 ドライストーンウォール(Dry Stone Wall)と呼ばれる石積みの壁に囲まれた牧草地。湖水地方の風景には欠かせないもの  今回取り上げる国の遺産の舞台は、英国のカントリーサイドの代名詞的存在であり、日本人観光客にも大人気のThe Lake District ー 湖水地方です。氷河によって形成された美しい山と湖、独特の石造りの家々、放牧された牛や羊たち。それらが醸し出す牧歌的でノスタルジックな魅力あるこのリゾート地が、なぜか論争の場となっています。それは、2017年ユネスコ世界遺産への登録という、ある人々には大きな希望、ある人々には嬉しくない遺産相続の形となったからです。そんな熱い現場へ、登録直後早速行ってきました。 なぜ、湖水地方は世界文化遺産? [osmap markers="SD4138598631!red;湖水地方" zoom="0"] [osmap_marker color=red] イングランド北西部 湖水地方 ウィンダミア  湖水地方が世界遺産に登録されたというニュースを聞いた時、「なんで今さら世界遺産なんだろう」というのが、正直な私の感想でした。18世紀産業革命初期から今に至るまで、この風光明媚な地は、人々を魅了続けてきました。1951年に国立公園に指定されてからは、さらにその勢いを増し、2017年度の観光客数は、1917万人*1にまで上り、2018年は、2000万までいくとされています。2016年に訪日外国人観光客が2000万人突破したことがニュースになっていましたが、それとほぼ同じぐらいの数が、限られた地域を毎年訪れていることになります。そのためハイシーズンに宿を予約するのは困難で、しかも高い。車の渋滞や駐車場、環境への負担やゴミの問題なども深刻で、地元民の生活への影響が懸念されています。 英ロマン派詩人、ウィリアム・ワーズワース。偉大な詩人、環境保護思想の原点を生み出した人物として、欧米では評価されている。ワーズワース博物館にて  多くの人たちが訪れるということは、想像以上のインパクトを、正負両方面から受けることになります。18世紀から地元では、この正負のバランスをどう保ち、この場を守っていくべきか、常に議論されてきました。湖水地方出身で、英国を代表するロマン派詩人、ウィリアム・ワーズワースは、1835年に出版された"A Guide through the District of the Lakes in the North of England "(湖水地方案内)*2の中で、湖水地方のことを、"a sort of national property, in which every man has a right and interest who has an eye to perceive and a heart to enjoy" ー 見る目と楽しむ心を備えたすべての人が権利と関心を持つ、一種の国民的財産である(小田友弥訳、2010)。ワーズワースは、時代の流れや外からの影響には逆らえずとも、国民的財産であるこの地が持つ美を損なわないよう、みなが努力する必要があると説いています。この一節は、今でも英国の環境保護思想の原点とされており、そこから自然・文化景観保全の概念、ナショナル・トラスト運動、国立公園構想が派生し、世界へと広がっていきました。この国民的財産の考えが巡り巡って、1972年の世界遺産条約に繋がったと言えなくもないわけです。そんな本家本元が、なぜユネスコ世界遺産に登録されることに、そんなに一生懸命になるのか。過去二度失敗し、三度目の正直の今回、ようやく文化遺産として獲得したこのステイタスに何のメリットがあるのか、不明でした。 その名の通り、湖が多く点在しているため、ハイキングやサイクリングだけでなく、ウォータースポーツも人気 グラスミアにあるダブ・コテージ。ワーズワースの代表作『水仙』は、ここで書かれた  そんな疑問を持ちながら、9月末の秋、湖水地方観光ホットスポットのひとつであるウィンダミアの駅に降り立ちました。湖水地方は、「景観設計の発展に重要な影響を与えた、価値感の交流 (登録基準 ii)」、「あるひとつの文化を特徴づけるような土地利用形態 (登録基準 v)」、「顕著な普遍的価値を有する芸術作品、文学的作品 (登録基準 vi)」の三つの基準を満たし、世界文化遺産として登録されました。ざっくり言うと、1)18世紀から続く環境保護思想、2)1000年続く自然と調和する畜産業、3)湖水地方の自然賛美から生まれたロマン主義、この三点の伝統文化が世界遺産として今後保護されるべきと認められたということです。この三点がどのようなものなのか、少しでもヒントが得られればと思い、まずは、ウィリアム・ワーズワースが住んでいたダヴ・コテージ、そして絵本『ピーターラビット』の生みの親であり、湖水地方環境保護活動家でもあったビアトリクス・ポターが晩年住んでいた、ヒルトップに行ってきました。世界中からの観光客で溢れる名所を、なぜわざわざ訪ねたか。湖水地方を深く愛した二人が、それぞれの創作活動する中で、湖水地方をどう捉え、どのようにこの国民的財産(遺産)を残していきたいと考えていたのか、少しでも感じ取れるかもしれないと考えたからです。 二人のレジェンドを訪ねて、答えを探してみた 大雨の中のヒル・トップ。それでも、多くの人たちが訪れていた  天気はあいにくの雨。ハイシーズン最後の週末にもかかわらず、ダブ・コテージ、ヒル・トップ共に人が集まっていて、見学待ちをすることに。ハイシーズン真っ最中だったら、一体どれだけ待つことになるのだろう。考えただけで、ぞっとします。ダブ・コテージは、ワーズワースの作品はもちろん、彼と交流があったロマン派の作家たちの作品保管と研究をしているチャリティー団体、ワーズワース・トラストが、ヒル・トップは、湖水地方で誕生し、ポターも支援者であった英国最大のチャリティー団体、ナショナル・トラストが管理しています。家内のガイドはすべてボランティアが行なっていましたが、皆プロ意識が強く、ジョークを交えながらも二人それぞれの人物の興味深い話を聞かせてくれました。学校の教科書や絵本でしか触れていない、遠くにいるレジェントたちが、私たちと同じように仲間と食べたり、飲んだり、散歩したり、自然を愛でたりしながら、インスピレーションの宝庫であるこの地で創作活動していたことを聞くと、存在がとてもリアルに思えてくるから不思議です。難しいことは理解できませんが、それでも二人の原稿や原画を見ていると、この土地への愛と守りたいという強い気持ちからくる使命感が溢れ出ていました。 決して標高は高くないが、崇高感がある湖水地方の山々  そんな二人の面影を感じ取りながら、家の周辺を3時間ほどぶらぶら歩いていると、なんだか彼らと繋がっているような気分になってきます。雨の中でも湖水地方は、幻想的な空気を織りなし、紅葉した落葉樹が、豊かな色彩を奏でていました。服も靴もびっしょり濡れて不快に感じる体は、この土地が持つ魔力に麻痺させられているのか、ずっと歩いていたい気持ちが抑えられず、足を止めることを忘れていました。確かに"Picturesque Scenery" 「絵になる風景」が、そこにはありました。何気なく感じているこのPicturesque (ピクチャレスク=絵のような)という審美上の理念は、ここで開花したロマン主義が残してくれた遺産です。 放羊は、畜産業?それとも、観光産業?  空、山、緑、水がある湖水地方の風景は、柔らかさと荒々しさが混在していて、どことなく日本の自然美と通ずるものがあります。今まで訪ねた英国の他の地域にはない親しみを感じ、とても新鮮です。いつまでもボーと見ていられる飽きのこない世界。ただ、日本ではお目見えしないものが、ここにはあります。ドライストーンウォール(英国式伝統石積み)で囲まれた牧草地。そこに、牛や羊が放牧されている光景です。英国の典型的な田舎の風景で、日本人が里山に対する郷愁と似たものが、ここにはあります。世界遺産でも、この地方で代々受け継がれてきた、山を生かした畜産業が評価のひとつとされました。ですが、これが問題だと指摘する方々がいます。畜産業なのに、畜産業の体をなしていない。産業としてすでに廃れていて、観光イメージ保持のためだけに、国やEUから援助を受けながら放牧を続けていることが、なぜ世界遺産に値するのか疑問の声が上がったのです。 放羊は、湖水地方になくてはならない存在と考える人が多いようだが、維持するには苦労が尽きない(注:写真の羊は、スワリデールという別の種類。ハードウィックは、撮り逃した。残念!!)  その象徴となるのが、湖水地方原種の羊、ハードウィック・シープ(Herdwick Sheep)です。この地方にしか生息しない希少種で、絶滅寸前であったところを、印税などで財を成したビアトリクス・ポターが、ナショナル・トラスト創立者のひとり、ローンスリー司祭と共に、この羊の保護に力を入れていきました。ハードウィック・シープは、湖水地方の厳しい自然の中でも生き延びることができる性質を持っていますが、逆に成熟するのに時間がかかり、羊毛も固く、激しい価格競争内では採算がとれず、農場から姿を消していきました。それでもこの希少種は、湖水地方の環境にはなくてはならない存在であると考え、ポターとローンスリー司祭の意思を継ぎ、ナショナル・トラストが後ろ盾となり、地元農家に協力する形で、保護活動を進めてきました。その後も、ナショナル・トラストやEUからの助成金を受けながら、グローバル経済、口蹄疫問題などをなんとか乗り越え、飼育されているのが現状です。ここの土地は耕作には向かず、そのために牧畜が発展してきましたが、このハードウィックをはじめ羊を飼う目的が、本来の製品価値より、観光のための景観保護という付加価値の要素がどんどん上回っていったのです。そして最後のひと押しが、世界文化遺産登録だったようです。 迷える子羊、湖水地方  私なりに見たり聞いたりしていくうちに、もしかして、今の湖水地方は、大きな壁にぶち当たっているのかも・・・? 彼らには、自然と人間の関係を時代の流れに押されながらも、より良いバランスを模索してきた豊富な経験とプライドがあります。そんな彼らが、新たな時代の価値観の前で、どちらに舵を切るべきか、もがき続けている。客を増やしたい。経済を活性化させたい。でも、観光資源は破壊したくない。新たな産業を発掘したい。でも、従来の農業も守りたい。便利な暮らしがほしい。でも、自然美を失いたくない。いろいろ欲張りすぎて、前に進まない。そんなどっちつかずの状態が続いている。素人の勘違いかもしれませんが、私にはそう映ります。 ワーズワースは、湖水地方の美を損なうカラマツの大規模植林を嫌っていた。今は、それに代わり北米原産シトカトウヒの植林が行われている。彼から厳しい声が聞こえてきそう  上にあげた羊の例ひとつとっても、そうです。エコロジーへの関心が高まっている今日、放牧を湖水地方の景観のひとつとして、助成金にどっぷり浸かりながら継続していくべきなのか。生産性のない家畜の数を減らし、森林を育てていくことが自然を守ることなのか、世界遺産登録後の現時点でも、議論は続いてます。保守系の新聞が、「英国は農業国だった歴史が長い。湖水地方の畜産業を保護するのに、何の疑問もない」と言えば、リベラル系の新聞が、「世界遺産登録は、放羊を推奨し、湖水地方をビアトリクス・ポターのテーマパークにしようとしている」と意見がぶつかり合い、イングランドの南北経済格差、EU離脱問題まで話が広がっていきます。  また、国民のための自然とレクリエーションの場としての国立公園の位置づけと、自然の中から発展した独自の文化を保護する世界文化遺産の間では、微妙にヴィジョンが異なります。観光やレクリエーションの要素を盛り込みながら、同時に環境も文化も守る。いい塩梅をどうやって保つのか具体的に見えてこないですし、二つの方向性内で解釈の食い違いもあるようです。他にも、観光重視の美しいカントリーサイドに徹っしていくのか。地元民が受ける観光公害や利便性が後回しになるジレンマをどう対処していくのか。緊縮財政やEU離脱による助成金削減をどう補うのか。全国でひとり当たりの年収が低い現状をどう打破していくのか。舞台裏では多くの疑問と意見が飛び交い続けています。 ロマン派の画家により、湖水地方の「絵になる風景」が多く描かれた  今回の世界遺産登録は、そんな多くの疑問と意見を消化しきれないまま、一部の力ある人たちで見切り発車させたのではないのかと、勘ぐってしまいます。いずれにせよ、世界遺産になったことは、ひとつのきっかけであり、この地域社会が生き残っていけるか、これからの方向付けが勝負になるように感じます。自然の中で育まれてきた文化が世界的に評価された。しかし、自然と文化が時には対峙してしまうこともあり、うまく調和しながらこの地の魅力を保つことは、難題です。きっと世界遺産に登録された地域どこもが抱える問題なのかもしれません。現地が抱える理想と現実の間で、地域住民や常連客の声を拾い、話し合いを十分に重ねることで、迷いや戸惑いが徐々に消えていき、10年、20年後には壁を乗り越え、進むべき道が示さること期待しながら、湖水地方をあとにしました。その時はきっと、世界にまた新たな波を届けてくれることでしょう。  ウィリアム・ワーズワースやビアトリクス・ポターは、今回の世界遺産登録をどう思うのでしょう。彼らの思う理想の遺産相続とは・・・。今回の訪問では、私の勉強不足もあり、結局答えを見出せませんでした。今後の湖水地方の動きに注目しながら、宿題とさせていただきます。 参照: *1 Tourism facts and figures, Lake District National Park *2 William Wordsworth, A...

 社会に向けて、自分たちの主張を通す手段として、デモ行進という表現方法が英国(欧州)にはあり、歩く行為が個々の内面を体現することになりえることがあります。表現の自由、参政権、抗議デモは、この国では人が人であるための権利として法律で保証されていますが、それは長い間、多くの人たちが血と涙を流しながらも訴え続け、ようやく勝ち取ってきた権利です。 子供達のために、お母さんたちもデモ行進に参加。Unite for Europeのデモ行進にて  ここ最近では、女性中心に起こる運動が注目を浴びていて、米国トランプ大統領就任式翌日に、女性たちによる抗議デモが世界規模で起こり、全世界で数百万人に上ったことがニュースになりました。英国でもロンドンを中心に各地で、女性たちがピンク色に着飾り、ユーモアに、そして平和に包まれながら歩く姿の写真が、SNS上で飛び交っていました。また、毎年3月8日の「国際女性デー」に因んで開催される行進では、年を追うごとに盛り上がりを増しています。2015年には、英国で女性参政権を求めて戦った人々を描いた映画「未来を花束にして(原題 : Suffragette)が上映され、その関連の企画展がロンドン博物館で開催。映画共々好評を得ていました。劇中では、活動仲間の女性の死を悼み、「神が勝利を与えてくださるまで、戦い続ける」と書かれた大きなバナーを掲げながら、白いドレスに黒い腕章、そして花のリースを持つ女性たちが行進するシーンもでてきます。そんな彼女たちの活躍もあり、1928年に、21歳以上すべての女性に選挙権が与えられました。権利とは国民ひとりひとりが唯一平等に持てるもの。ただ、その権利は上から与えられるのではなく、自分たちで勝ち取っていくことなんだと、これらを通して学んだことです。一歩、また一歩と進んでいく、そのアクションに大きな意味があることを、私は英国で初めて認識しました。= ピーク・ディストリクト北部は、別名ダークピークと呼ばれ、グリットストーンとムーアランドが続く  そして、1928年の女性参政権獲得から4年後、1932年4月、また別の権利を巡って、世の中を騒がす事件が起こります。舞台は、打って変わって大都市から、英国のへそにあたるピーク・ディストリクト国立公園北部にあるヒースで埋め尽くされた荒涼とした高原。キンダー・スカウト(Kinder Scout)と呼ばれるこの一帯で一番標高が高いムーアランド(低木のみの荒野)に、400人ほどの若者を中心としたランブラーたちが結集していました。 キンダー・スカウトは、ランブラーの聖地となり、今でも多くの人々が歩きに来る [osmap markers="SK1226185562!red;キンダー・スカウト" zoom="0"][osmap_marker color=red] ピーク・ディストリクト国立公園 キンダー・スカウト  19世紀ごろに起こった産業革命で、英国の人々の生活は一転。工業都市に人口が集中。都市部の労働環境と住宅事情は悪化。公害問題もあり、人々の健康が損なわれました。その反動で、労働で賃金を得た人々は、休みを利用して、健康改善や気分転換のため、革命後急激に発展した鉄道を利用して、自然豊かな地に出かけることが、一大ブームになりました。 ここピーク・ディストリクトは、イングランドの背骨と呼ばれるペナイン山脈が南北にはしり、二大工業都市、東のシェフィールドと西のマンチェスターに挟まれる位置にあります。そのため毎週日曜日になると、日頃過酷な労働を強いられている若者たちが、汽車に揺られこの地域に歩きにどっと押し寄せてくる現象が続き、20世紀初頭には、数千人単位に膨れ上がっていたそうです。ただ、ここ一帯は、有名な雷鳥の猟場で、有力者が個人で所有している土地がほとんどでした。ゲームキーパー(Gamekeeper:この場合のgameは、狩りの獲物のこと)と呼ばれる猟場番人を雇い、一般の人々が入れないよう遮断された地でした。ほんの一部の歩くことが許されたエリアが、人でごった返すことに限界を感じ始めたランブラーたちは、広範囲で散策したい気持ちを徐々に強めていきました。大昔から人々が通行のために使っていたフットパス(歩道)を歩かせてほしいと、100年以上嘆願し続けてきましたが、土地所有者たちは、多くの労働者が自分の土地に入り込むことをよしとせず、却下し続けてきました。ランブラーたちと土地所有たち間の軋轢は、徐々にエスカレートしていきます。 今でも週末になると、多くの人々が電車に揺られ、サイクリングやウォーキングにやってくる ナショナル・トレイル第一号のペナイン・ウェイは、ここからスタートする  しびれを切らしたハイカーたちが、キンダー・スカウトへ集団強行侵入を、1932年4月24日に決行したのです。歩いている途中、この土地の所有者であるデボンシャー公爵に雇われたいたゲームキーパーたちと揉め、ハイカー数十名が逮捕・投獄されました。このニュースは、たちまちメディアを通して全国へ伝えられ、「労働者の権利」の象徴として多くの同情と支持を得ました。その後通行権を求める運動が全国へと広がり、法案提出へと一気に勢いを増し、ついに第二次世界大戦直後の1949年、「国立公園設置と地方へのアクセスを定める法(The National Parks and Access to the Countryside Act)」が国会で可決され、通行権が、正式に法律に組み込まれ、全国のフットパスを自由に歩く権利を獲得。と同時に、ピーク・ディストリクトが英国国立公園第一号に認定されました。 キンダー・スカウト集団強行侵入記念式典の様子  キンダー・スカウトへ集団強行侵入から85年経った2017年4月、地元のキンダー・ビジター・センターを中心に、ピーク・ディストリクトで活動するナショナル・トラスト、ダービーシャー・ワイルドライフ・トラスト、ランブラーズ、英国山岳協議会(The British Mountaineering Council)、英国山岳レスキュー協会(Mountain Rescue in the UK)そして、ピーク・ディストリクト国立公園管理局(Peak District National Park)が一斉に集まり、記念式典を開催。私も、ちょっと覗いてきました。通行権を獲得するために長年戦い続けた先人たちを称え、今後彼らの努力を無駄にしないよう、この国立公園をどのように次世代に継承していくのか、それぞれの団体が話をしてくれました。継続する難しさはどこも同じようで、特に費用の確保が年々大き課題になっているようです。そこへさらにEU離脱となると、今までEUから受けていた補助金や環境負担軽減の規制がどうなるのかわからず、みなさん不安は隠せないようです。 各団体がパネルで保護活動内容を説明  それでも、諸先輩たちの逞しい行動力に勇気付けられ、前へ進もうと努力している姿は、彼らが誇りに思っている英国の歩く文化の重みを感じます。EU離脱問題で、「英国らしさを取り戻すんた!」と頻繁に聞きますが、私にはこの歩く文化の中にこそ真の”Britishness(英国らしさ)”があるように思います。それがまさに今、次へと受け継がれていこうとしています。たとえそれが険しい道でも・・・。 22nd April 2017, Sat @ Edale Village Hall 参考資料: キンダー・スカウト集団侵入を今に伝える、キンダー・ビジター・センター www.kindertrespass.com ナショナル・トラスト キンダー・スカウト www.nationaltrust.org.uk/kinder-edale-and-the-dark-peak 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021 ...