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 日本にいたころ、春から秋にかけて、山菜採りやキノコ狩りでの遭難事故のニュースをよく聞いた。山に入る理由は、登山がダントツの1位だが、山菜採りやキノコ狩りが2位にくる地域もあるようで、人気だ。ついつい夢中になってしまい、滑落、道迷いするケースが多いとか。気持ちはよく分かるが、くれぐれも安全第一で楽しんでほしい。 春になると、近所の丘一面をラムソンが埋め尽くす。ニラの代用品として、餃子の具に入れると美味  不思議なことに、英国ではこの手のニュースを聞いたことがない。もちろん、日本と英国では風土も地形も違うので、単純に比較するのは無理があるとは思う。ただ、これだけフォレジングが盛んなのに遭難があまりないのには、何か理由があるのだろうか。素人なりにちょっと考えてみる。 秋になると、フォレジング教室があちこちで開催され、大変人気である  まずは、歩ける道が見つけやすく、安全に利用できる環境が整っていること。英国には「フットパス」というレクリエーションのために整備された歩道が、網の目のようにあちこちに存在している。各フットパスには、黄色の矢印マークの標識があるため、私のようなおっちょこちょいでも道に迷いにくく、ほとんどの道は地元住民によってきちんと管理されているので、歩きやすい。私が普段、犬の散歩やフォレジングに利用しているのも、このフットパスだ。  さらに、フットパスと並行してあるのが「アクセスランド」の存在。アクセスランドでは、主に環境保護団体や林業委員会が所有している土地、そして村が管理しているCommon land(日本の入会地と似たシステム)を、自由に歩き回ることができる。フォレジングも、生態に負担をかけない程度に推奨されているのが嬉しい。シーズンになると、フォレジング情報やワークショップなども開催されていて、人気のようだ。  そして、上記の2つをすべて表記している「OSマップ」という強い味方がいる。Ordnance Survey(英国陸地測量部)が発行している地図で、Exploreシリーズと呼ばれている2万5000分の1地形図は、ウォーキングやサイクリングをする人間にとってはマストアイテム。これがあれば、ほとんど迷わない(ただし、基本どこを歩いても良いスコットランドに関しては、また別の話)。素人でも簡単に理解できるデザインで、読図に自信がない私のようなド素人でも安心して使えるので、とても便利だ。また、どこの本屋、観光案内所でも買えるのもありがたい。最近では、デジタル版も充実していて、スマフォのGPSで現在地を表示できたり、歩いたコースを記録できたりする。天下のGoogleマップさんでは、太刀打ちできない領分だ。私の場合は、紙版とデジタル版の両方を必ず持って歩きに行く。また、紙版は本棚にズラッと並べらた私のコレクションになっていて、新たな地図が加わるたびに、ニヤッとしてしまう。 OSマップ・Exploreシリーズ。スマフォ・アプリ版もあり。ナビゲーションには、両方を携帯するのが、ベスト  ということで、私が出した仮説は、上記のような歩く環境が整っているため、遭難が少ないのではないかということ。ただ、フォレジングには、もうひとつの身の危険がある。キノコの誤食事故。こちらは、英国でも時々ニュースになる。リスクが高いため、私はまだ手を出せないでいる。まずは、キノコ狩りが得意なお友達でも作ることから、始めようかと思う。 【この記事は、自然体験.comに連載された記事『英国カントリーサイドにて』を再編したものです。】 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2023...

 ウチには犬がいる。だから、散歩は毎日欠かせない。出かける際には、犬のフン用のビニール袋を片方に、そして、フォレジング用のビニール袋をもう片方に入れていく。私にとってのフォレジングは、散歩コースの延長線上にあるのだ。近くの森、草原、農場、公園、垣根、車道の脇など、常日ごろから観察し続け、春から秋にかけて、旬のものを一番状態の良いときに採取する。同じ場所で見つけることができる果実や野草もあれば、キノコなどはどこに出現するか分からない。毎年気候が違うため、狙って行ってもハズレることも多々あるが、ハズレても、それはそれでワクワクするものである。かなりギャンブル性があるのだ。 フォレジングのバイブル本 ”Food For Free”  フォレジング争奪戦は、何も人間だけがライバルではない。森に住む野生動物たちも、刻々と良きタイミングを見計らっている。シカやアナグマ、キツネ、リス、ウサギ、野鳥など、彼らの目利きに人間が勝てる見込みは、かなり低い。この前も、牧草地の垣根にヘーゼルナッツを見つけた。「おお、たくさんなってる。時間のある明日、摘みに来ようっと」と思って翌日行ってみると、見事に実が全部に消えていた。リスの仕業だ。やられた!  またあるときは、「今年は、果実が少ないな」とボヤいていたころ、朝起きて庭に出ると、そこにはでき立てホヤホヤの糞があった。明らかに愛犬のものとは違うそのブツには、果実のタネがぎっしりと詰まっている。プラムなどを食べたキツネが夜こっそり忍び込み、わざわざご丁寧にも挨拶代りにとマーキングしていったものだ。それを見つけた愛犬は、毛を逆立て、私も地団駄を踏む。「野郎ども、挑発してきおったわ。」 そのまま鼻息荒く、愛犬と森へズンズン入って行けば、シカやウサギの置き土産のダニに食われて帰って来るのが関の山なのだ。ライバル恐るべし。 西洋ツツジの真下に、ヘーゼルの木が生え始めた。リスがナッツを埋めたのだ  ただ、ふと考えてみると、私のフォレジングは遊び感覚のゲームのようなもの。タダに弱い主婦が躍起になるぐらいの程度だが、野生動物にとっては、これは生死を懸けたゲームなのだ。そして、その食を提供している木々は、彼らによって種子散布ができ、広範囲に自分たちの子孫を残せる。つまり、上記の植物たちは自分で移動できない代りに、野生動物たちが種の運び屋となるよう、お互いに協力できる体制を進化させてきた。それをZoochory(動物散布)と言う。動物散布にはいくつか方法があり、先ほどのリスなどは、土にナッツなどを埋めるScatter Hoarding(貯食型)、キツネや鳥などは、食して糞として散布するFrugivory(周食型)とされている。そのほかには、毛や鳥のくちばしなど体に付着させるAttachment(付着型)などがある。 リスによって食べられたナッツの殻が、そこらじゅうに落ちている  はてさて、その共同体の輪の中に、私のような人間は入っているのだろうか? 一応、Anthropochory(人為散布)というのがあり、これは動物散布付着型が、人間によって行われることである。しかし、私の自宅付近の生態に関して、私が運び屋としての役割がそれほど大きいとは思えない。服に着いた種子をつまんで捨てる程度のお役目。むしろ、野生動物たちの餌を横取りする、邪魔者なのかもしれない。そりゃ、キツネも糞を落としていきますわな。  英国では、フォレジングはひとつの食文化であり、社会に認められている。私有地であっても、持ち主の許可があり、個人消費目的であれば採取可能である。ただし、みなこうアドバイスする。「分をわきまえて、ほどほどに」と。 つづく *第三部は、こちら >>。 【この記事は、自然体験.comに連載された記事『英国カントリーサイドにて』を再編したものです。】 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2023...

 先日、新聞を読んでいたら、ある記事が目に留まった。デンマーク・コペンハーゲンにあるレストランNoma(ノーマ)が、今年10月にガストロノミー界のアカデミー賞と謳われている「世界ベストレストラン50」で、1位に輝いたという内容。グルメではない私は、本来ならスルーする記事ではあるが、袖見出しに、“Chef René Redzepi, famed for foraging techniques, claims first place for Copenhagen eatery.* ”(フォレジング技術で有名なシェフ、レネ・レゼピ氏が、コペンハーゲンのレストランで1位を獲得”)と書かれていた。「Foraging techniquesって、シェフ自らが森に入って食材を探すってこと?」 Giant Puffball(オニフスベ)が、草原に突如現れる。  「Foraging(フォレジング)」とは、自然界に自生する食材を採取する行為を意味し、日本で言う「野草摘み」や「キノコ狩り」などがそれに当たる。ただ、本来の意味は「食べ物などを探し回る、あさる」で、卑しい、さもしいニュアンスが込められている。英国人にそのことを問うと、「元来、ぶらぶら歩いて食料を調達することは、下衆のすること。身分のある人たちは、馬に乗るから」と教えてくれた。日本の紅葉狩りに「狩り」が付けられたのと、相通じるところがある。 日本のより少し小ぶりな英国の栗  では、なぜいま世界一の高級レストランが、フォレジングなのか。旬のもの、地のものを提供するレストランはどこにでもあるが、このレストランが面白いのは、シェフとスタッフ全員で森や海に行き、北欧の自然から得られる食材しか使わないという、徹底したこだわりがあるから。例えば、レモンは北欧にはないので、アリが放つ酸を柑橘類の代用品とするらしい。  その時、その場で採れた食材のみ使い、芸術的な品々に仕上げたものを提供し続け、美食とは無縁だった北欧の食文化に革命を巻き起こした。そこにある自然、時、土地を通して食のあり方、向き合い方を変え、世界ナンバーワンのレストランとなったそうだ。今世界で最も予約が取れないレストランのひとつで、デンマーク経済をも救ったとか。古いんだか新しいんだか、なんだかよく分からないが、自然回帰ブームがグルメ界でも起きているとは、実に面白い。  欧州人は、フォレジングが大好きだ。歴史も長く、それが許される環境も整っている。特に秋はキノコ、ナッツ、ベリーなどを探しに、みな躍起になる。ウチの近くでも、タッパーやビニール袋を持って、せっせと薮いちごやカラカサタケを採っている人をよく見かける。みな目をキラキラと輝かせ、童心に戻ったように、夢中になっている。タダで食材を得られるのはもちろんだが、ふらふらと歩き回りながら季節を感じ、そこでようやく見つけた自然の恵みを手にしたときの高揚感は、格別。だから、いつもより丁寧に調理し、食したときは、増し増しで美味い! 自分と自然と時が一本で繋がるようで、体の奥底に眠っている人間の本能が、刺激されるのかもしれない。これは癖になる。 一番人気のセイヨウヤブイチゴ。ジャムやサマーベリー・プディングなどに使われる  コロナ禍によるロックダウンやEU離脱で、一時的に食糧やガソリン不足が起こり、旅行や外食の機会が減った英国では、身近にある自然の中で遊び、自分の身の周りにある環境を見直す人々が急激に増えた。テレワークや仕事の時短で時間ができた人たちは、自宅で野菜を育て、自然酵母でパンや保存食を作り始めた。そんなアウトドアズの醍醐味を知ってしまった新参者もフォレジングに注目しているようで、今年は争奪戦になりそうだ。私もビニール袋を提げて、いざ参戦!。 つづく *第二部は、こちら >>。 【この記事は、自然体験.comに連載された記事『英国カントリーサイドにて』を再編したものです。】 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2023...

 私はありがたいことに、ここ一年ほど、世界のトレイルを直接肌で感じるチャンスを、与えられている。5年ほど前から、ガーデニング業の傍ら、英国のフットパスとトレイル、環境保護、自然教育などを趣味レベルだが自分なりに調べ、日本ロングトレイル協会を通じて、時々発信している。専門家ではない、英国に住む日本人主婦の私に、そのような機会を設けてくれた協会には、感謝しかない。その協会は、現在World Trails Networkという全世界のトレイル関係者が未来のトレイル文化発展のために活動する団体のメンバーになっている。私は、協会とWTN間の連絡係役を仰せつかり、世界のトレイルと日本のトレイルの橋渡しをしている。  ここ最近WTNメンバーたちから聞こえてくるのは、コロナ禍は世界各国のトレイル運営にも大きな影響を与え、トレイルのあり方を再考せざるおえなくなっているということだ。トレイル閉鎖、ロックダウンによる運営陣の人材と財政不足、スルーハイクやイベントの中止、保全の大幅な遅れ、新たなトレイル設立の延期など、厳しい状況は、日本だけでなく、世界中どこも同じようである。その一方で、野外活動が人気を博し、アウトドア商品の売れ行きが急上昇している。日本含め世界どこでも、デイハイカーが急増し、新規利用者や家族連れが大きな伸びを見せている。また、このご時世でsolitude(ソロ活動)が話題沸騰中である。そんな中、新たな問題も発生してきている。サウス・ウェスト・コースト・パスでも起こっているホットスポットが、米国アパラチアン・トレイル、カナダのオンタリオ・トレイルをはじめ、レバノン、ギリシャ、南アフリカなどのトレイルでも起きている。人気が集中した理由には、どうやらSNS上の投稿が、発端らしい。また、何の知識もない新規利用者に安全やマナーを教育することも急務となっている。  この新たな現象と問題は、トレイル運営陣のみで対応するのにはあまりにも急激に規模が大きくなりすぎている。そこでWTNは、今年6月11日から英国コンウォールで開催されたG7サミットの公式イベントとして、World Trails G7 Summitをオンライン上で開催し、諸問題解決の協力要請と高いポテンシャルを秘めているトレイルへの投資を、政府や関連機関に訴えることにした。G7とゲスト国合わせて全12カ国のトレイル代表が参加した中、大変名誉なことに日本代表のパネリストとして私が選ばれた。参加国それぞれ3分間のプレゼン時間を与えられた。日本のトレイルは、世界のトレイル専門家の間でもそれほど知られていない。そこで、1200年の歩く旅の歴史、八百万の神の国における自然保全、日本独自のトレイル風景など、しつこいほど「ニッポン」を強調し、他国と共にトレイルを盛り上げたい気持ちを3分間の短いプレゼンにまとめ上げた。手前味噌だが、大変好評で、日本のトレイルの存在を少しはアピールすることに貢献できたかもしれない。 World Trails G7 Summitでは、全12カ国のトレイル代表が参加 ©️World Trails Network  コロナ禍で予想をはるかに超えて、トレイルに注目が集まっている今、WTNとしては、この流れをしっかり握り、トレイル歩きが人々の旅や生活のスタンダートになるように推し進めていきたい意向のようだ。そして、さらに50年、100年先まで持続可能なトレイル作りを、自治体、地元民、利用者と共に実現していきたいと考えている。そのための策のひとつとして、世界同一記念日、World Trails Dayを立ち上げてようと動いている。また、これを機に子供達にトレイルの楽しさをもっと知ってもらい、ゆくゆくは次世代の育成と繋げていく狙いもあるようだ。歩くことが、アウトドアや観光からだけでなく、コロナ禍における健康、安全、社交など多方面から注目を浴びていることは、大きな希望となりえる。その大きな流れに日本も上手く乗りつつ、日本独自のトレイルを確立することで、世界に誇れる魅力溢れる財産を得られるように感じる。  トレイルだけではなく、他のアウトドア団体、自然保護団体も、このチャンスを逃すまいと動き出している。Re-wilding, Sustainability, Biodiversity, Green Spaceをスローガンに上げて、政府に、企業に、国民に、自分たちのミッションを達成させるために、この波に乗って、たたみかけようとしている。温暖化問題、生物多様性の保全を政府に働きかける市民団体Extinction Rebellionの動きもますます活発になっている。  今年の英国の初夏は、梅雨のような日々が続いている。自宅近くの森へ行くと、ブナの葉に雨が当たる音が、全方向から聞こえてくる。まるで、大合唱のようだ。その中に佇み、耳に傾け、「嗚呼、自然に生かされているんだな。」と改めて感じる。そのことを忘れずに、何をすべきか、今一度それぞれが考える時なんだと痛感している。 [embed]https://www.youtube.com/watch?v=-xZiSrkzT0o[/embed] セツダのプレゼン動画 ©️World Trails Network 【この記事は、自然体験.comに連載された記事『英国カントリーサイドにて』を再編したものです。】 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2022...

 悶々としているのは、私だけではなかった。パンデミックという今まで経験したことのない事態に、周りのひとたちもどう対応するべきか、何が正解なのか手探り状態で、非日常の日常をこなすことで精一杯のようだ。何に対して戦っているのかも分からず、先行き不透明な状態に陥る。ストレスはマックスにまで膨れ上がり、もう家で大人しくしていても頭がパンクしそうだ。そう思った人たちが、ウォーキングに、サイクリングに、ポンポン外へ飛び出していた。1日1回外での運動を許可されていた英国で、人々は制限をできる範囲内で拡大解釈し、工夫を凝らして、外出を楽しみ始めていた。気がつけば、私の住む静かな村には、いつもより人が増えている。明らかに今まで野外活動をするタイプではなかった人たちまで、フットパスを歩いていて、ちょっとした混雑が生じているではないか。ソーシャル・ディスタンスをそれほど気にしなくていいはずの野外で、人との距離に神経を遣う。「なんだ、これ?」 医療従事者たちへ子供達が描いた虹が、窓に飾られている光景をよく目にした  また、もうひとつ注目したことは、ロックダウン中、毎週木曜日夜8時になると、医療従事者たちに感謝の意を表す”Clap for Heroes”というキャンペーンが全国に広がっていたことだ。私の村でも皆それぞれの庭に出てきて、拍手したり、鍋やバケツを叩いたり、楽器を奏でたりして、「ありがとう」を伝えることが、ロックダウン生活の一部となった。このときが唯一人々が集まり、何かを一緒にすることができ、皆の心を和ませている。ネット環境が整っている現代、会えない人や行けない場所に繋がることはできるが、やはりそれはあくまでもバーチャル。直接ふれあうのとは、全然違うのである。そんなことを人々が再認識したのが、この”Clap for Heroes”だったように思う。皆の笑顔、そしてお互いを労う姿がとても印象的で、私もホッとして救われたのである。  20年春から初夏にかけて天気が安定してくると、自宅で過ごすことが多くなった人々は、普段できないガーデニングや家庭菜園、DIY、アート制作に勤しんだ。すると、それらに関連する品物の争奪戦が勃発し、店からもネットからも売り切れが続出する。コロナ禍とEU離脱による影響で、供給側は追加入荷が間に合わず、消費者は苛立ち、クレームが増え続けた。私も庭仕事で必要な培養土を探し回ったが、全て店から消えていた。店側も、政府の方針と需要と供給の落差に振り回されて疲弊していた。例えば園芸店では、第1回のロックダウンで店を強制閉鎖していたため、初春の人気植物を破棄せざるを得ず、大きな損害を出していた。その後の、この異常な品薄や品切れ状態。私の馴染みの園芸店スタッフも、「どう対応していいか分からないよ」と苦笑していた。しかし、人々が植物を育て、体を使って何かを創造しようとすること自体は、今後、面白い刺激を社会にもたらすような予感がした。ガーデニングは英国のお家芸である。アロットメント(市民農園)の制度は、1500年代後期からすでに存在している。今、再度彼らの中にあったDNAが目覚め、熱を帯び始めようだ。  20年7月ごろに、ロックダウンはほぼ解除された。待ってましたとばかりに、ロンドンなどの大都会からここ南西部に、人々がどどっと押し寄せてきた。週末になると、主要道路は大渋滞になり、名所付近では駐車場に車が止められず、外にまで溢れ出て道を塞ぎかねない状態になっていた。南西部海岸線沿いのトレイル「サウスウェスト・コースト・パス」には、眺めの良いポイントに人々が集中するホットスポットができ、行列ができる異様な光景が出現し、全国紙の一面にも載るほどのニュースになった。もう、ビーチもフットパスも芋洗状態。こんなことは、以前にはなかったことである。運営側や地方自治体は、動けるスタッフの人数を制限しているために、トイレや売店を開けることができす、対応が大幅に遅れた。また、利用者の安全確保も懸念材料となり、頭を抱えていた。利用者たちは、節度を持ち合わせていないわけでないが、それ以上に自然の中でリフレッシュしたい気持ちが強過ぎて、抑えることができないようだ。この様子を、観光業に頼っている地元民は「来て欲しいけど、来て欲しくない」と、複雑な思いを吐露していた。しかし、新規利用者獲得といった新たな可能性も生まれ、アウトドア業界や観光業に少し光が見えてきたように思う。あとはタイミングの問題か。「どうか、それまで業界の体力が保ってくれ!」 つづく *第三部は、こちら >>。 【この記事は、自然体験.comに連載された記事『英国カントリーサイドにて』を再編したものです。】 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2022...

 2020年春。新緑がようやく長い冬から目覚めた。小鳥たちが求愛の鳴き声を響かせ、ミツバチたちは、蜜を探して忙しく飛びまる。子羊たちが初々しく親を呼ぶことが聞こえてくる。いつもの生命力満ち溢れる、英国の春の訪れ。人間たちも、心なしか、ウキウキし始める。しかしそんな待ち望んだ春の中、私は清々しい空を見上げて、どうしようもない疎外感を感じた。ふっと、大きなため息がでる。  2020年始めに東アジアで広がり始めたCOVID-19は、あっという間に欧州にも広がり、英国政府も慌てて3月末から、ロックダウンを実施せざるおえなくなった。現在、英国の田舎サマセットに住んでいる私には、ちょっと買い物が不便になった程度で、日々の暮らしに、それほど大きな変化もなく過ごしていた。感染者数も都会に比べたら、そう多くなく、アジア人だからと何かいやな思いもすることもまったくない。確かに予定していた計画や旅行ができないことに、苛立ちはする。でも、それはみな同じ状況。見えない圧による閉塞感もあるけれど、それも想定内といえば、そうだ。にも関わらず、なぜこんなにも気持ちが落ちて、焦っているんだろうか。  ロックダウンが始まると、人々の活動が止まった。いつも聞こえる飛行機や車の騒音、近くの小学校から聞こえる子供達の声、誰かが作業をしている音。すべてがぴたっと止まった。異常なほどの静けさの中、五感に流れ込んでくるのは、春を謳歌している周りの自然の気配。普段なら癒されるはずなのに、今はその自然に対してイライラしている。人間は止まれと言われているのに、自然はそんなことは御構い無しに先へ先へと進んで行くからだ。自分は自然の中の一部だと認識していたはずなのに、突然大きな壁がドーンと立ちはだかり、取り残された気分だ。それが、どうしようもなく虚しい。「ねー、待ってよ。置いていかないで。」  ガーデニングを生業としている私には、自然とのふれあいは、生活の一部であり、いつも意識していることだ。しかしここにきて、思いっきり失恋したみたいだ。というか、ただの片思いだったのかもしれない。Wildlife Friendly, Re-wilding, Sustainability, Organicといった言葉に敏感に反応し、言葉にしてきた私に対して、「そんなことを求めてはいないよ。あんたなしでも、生きていけるんだ。」と自然に突きつけられたようで、失望を超えて、滑稽に思えてくる。癒しや豊かさを望んだ私のとんだ勘違いだったのか。よく考えたら、今回の大騒動を巻き起こしたウィルスにしたって、自然の一部なのだ。「こちらが自然に寄り添おうとしても、いつでも手厳しいな。ただえさえ、通常営業ができなくて、凹んでいるのに、この塩対応どうなのよ。もっとやさしくしてよー!!」空に向かってぼやいても、答えは返ってこなかった。ただの八つ当たりである。 つづく *第二部は、こちら >>。 [embed]https://www.youtube.com/watch?v=ez-B8j8VZcA[/embed] 2020年日本ロングトレイル協会 オンライン・シンポジウムに向けてのメッセージ 【この記事は、自然体験.comに連載された記事『英国カントリーサイドにて』を再編したものです。】 参考:2020年日本ロングトレイル協会 オンライン・シンポジウム ロングトレイルを歩こう 第1部「アフターコロナの歩き方」 ロングトレイルを歩こう 第2部「第8回ロングトレイルシンポジウム」 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2022...

歩くことが好きでたまらない英国人たち  ここ10年、世界中で「歩く」ことが再注目されています。デジタル革命により、価値観や生活スタイルが大きく変化する中、時間と情報に追われ続ける人々が、このもっともプリミティブでアナログな行為に、ある意味救いを求めているように見受けられます。この新たなムーブメント、実は昔にも同じようなことが起こっています。18世紀後半、産業革命の時代です。そして、そこから200年以上の月日をかけて現在にいたるまで「歩く」ことに並ならぬ情熱を持ち、一大文化までに発展させた国があります。それが、今私が住んでいる英国です。私は、たまたま英国人男性と結婚して、英国の田舎に住んで15年になります。住み始めてある日、「いつでもどこでも散歩している人が多いな」と気づき、「これは、なんなんだろう?」と疑問を持つようになり、日々観察してきました。今回は、いち日本人主婦の私が、彼らにとっての日常生活上でのウォーキング、「散歩文化」について、お伝えしたいと思います。  ここにひとつ、興味深いデータがあります。日本観光庁の2019年訪日外国人消費動向調査で、一般客一人当たり旅行支出を費目別にみると、中国の方々の買物代、5万3千円が最も高いです。ただ、 宿泊費は、英国がもっとも高く10万3千364円。飲食費、娯楽等のサービス費も、英国人が一番消費しています。訪問者数は、中国などのアジアに比べると圧倒的に少ないにもかからず、日本にかなりお金を落としてくれていっている、ありがたい国であることがわかります。では、彼らは日本でお金を使って何をしているのか。Experience=体験です。何かモノを買って得るのではなく、日本という東方のミステリアスな島国に滞在して、見て、聞いて、触って、食して、日本文化とは何か、日本人がどんな生活をしているのか、自分の体を通して理解を深めていこうとする体験型の旅です。それには、どんなスタイルの旅を彼らは好むのか・・・。すばり歩く旅です。  そんな英国には、大きく分けて2つのウォーキング文化があることを、ご存知でしょうか?ひとつは、日本でも慣れ親しみのあるアルピニズム。登山をメインとした、スポーツ要素満載の歩き。登頂、成功、制覇、踏破、達成という言葉が聞こえてくる、大きな目標、目的がある歩きです。もうひとつは、目的がまったくない野山歩き、ただ軽くその辺りをウォーキングするスタイル。つまり散歩です。とにかく彼らは、しょっちゅう散歩をしています。Sport England Active Livesによると、2019年、イングランドでは、週に2回以上、散歩するひとが1千9百60万人。人口比率でいうと35パーセント。この数字は、日常生活での歩きのみで、旅行や登山などの歩きは、含まれていません。しかも、去年一年で50万人増えたそうです。スコットランドでは、Sports Scotlandが2018年に調べたところ、人口の68パーセントが30分以上のレクリエーション歩きをしていると答えています。今ちょっとした散歩ブームです。世界の散歩人口の比較データがあるのかわかりませんが、英国は多分世界で一番散歩する国だと思われます。  では、その彼らの散歩、どんなものかといいますと、ガンガン歩きまくる・・・といったアルピニズム的なものとはまったく違い、ぷらぷら、ぶらぶら、ふらふら家の近くや旅行先で歩きます。散歩や散策をしていると日本語では言えるのですが、ちょっとニュアンスが違うように、私は感じます。彼らは、歩いてどこかへ行こうとか、歩くことで何かを得ようとか、はっきりとした目的はなく、彼らは、ただただ、街中や、自然の中を歩いているんです。頑張って歩こうとは一切思っていない。散歩に飽きたら、家に帰るし、途中で疲れたら、パブに寄って飲んでしまう。物見遊山という言葉が一番彼らの散歩スタイルに近いかもしれません。彼らは、歩くプロセスそのものを大切にしているようです。 英国を代表するナショナル・トレイルの一つ、サウス・ウエスト・コースト・パス  そのためでしょうか、英語で歩くを意味を指す単語、みなさんに馴染みのあるWalking Hiking Trekking以外に、Strolling, Roaming, Wandering, Ambling, Rambling, Scrambling, Stamping, Hillwalking, Fellwalking, Bushwalking, Tramping, Puttering, Sauntering, Mooching, Meandering, Moseying などなど、たくさんあります。意味は、それぞれ微妙に違いますが、ざっくり言うと歩くという意味になります。それだけ、彼らが歩くという行為に関心を寄せている。日常的な行為であり、意識を高く持っていることが、単語の数ひとつとっても、言えるのではないでしょうか。  そんな英国の散歩は、具体的にどんな感じか。まず、私の体験をお話しします。私が15年前に主人と結婚して英国に住み始めた頃、犬を飼いました。ジャックラッセルテリアという、小さい体にターボエンジンを兼ね備えた、エネルギッシュな犬です。そのため、毎日しっかり散歩に連れて行かなくてはならない。そこで、主人と一緒に散歩に行くようになったわけですが、私も日本で犬を飼っていたので、犬の散歩には慣れていました。ただ、毎日毎日主人と歩きに行くごとに、なんだか、今まで私が体験してきた犬の散歩とは、違うのです。まず、近所の原っぱ、農地、森、丘や川の岸辺など、毎日違うエリアへ家から車で行く。そこに到着するなり、日本で馴染みのかっこいいウォーキングブーツではなく、深緑のゴム製の長靴に履きかえる。そして犬をリードから放ち、犬も人間も歩きたい方向に勝手に歩いて行くのです。例えば、日本人の私は躊躇してしまう、膝ぐらいまで伸びた麦畑のど真ん中を、突っ切っていったり、放牧されている羊がいる中を平気で歩いたり。時には、人様の庭に入って行ったりするのです。これには、驚きました。しかも、長靴は、夏には、蒸れるし、冬になるとは、泥だらけになるし、歩きにくい。さらに、仕事がどんなに忙しくても、一回に最低45分、長い時は2時間ぐらい犬の散歩に、毎日行きます。天気もまったく気にしない。「今日は、寒いし雨も強そうだよ」と長い散歩やめようと提案する私に、「へっ、それがどうしたの?」とかまわず、主人はどんどん歩いていってしまう。「このダサくて、チープな散歩は、なんなんだ?」と。ヨーロッパでは、もっとオシャレに犬と歩くイメージがあった私ですから、戸惑いました。「へんなひとと、結婚したんだ」と思っていたら、彼の家族も全く同じことをしている。「今日はどこかへ飛ばされるぐらい、すごい風ねぇ」とか、「暑くて、汗だくになりそう」といいながら、義理の両親も、毎日ぶらぶら歩きに出かける。そんなこと言うなら、行かなきゃないいのにと、鬼嫁の私は思うのですが・・・。「変わった家族なんだな」と納得しようとしていたとき、ふっと気づいたら、そうゆう変人たちが、大勢外を歩いていたんです。これは、ただごとではないぞと思いました。そこから、英国のウォーキング文化に興味を持ち始めたのです。 歩く行為が文化へと発展する  この文化がどこからきたのか、多くの研究者が語っていますが、私は、やはり彼らが狩猟民族であることが、大きいのではないかと考えます。英国人は、中世からハンティング、シューティング、フィッシングといった野外で遊ぶことを楽しんできました。特に王族、貴族がこれらをレクリエーションとして、発展させてきた。散歩も昔は、お金と時間が有り余っている上流階級のすることでした。英国において、スポーツと言う言葉の概念は、この「遊び」からきている。日本では、わざわざアウトドアスポーツといいますが、彼らの感覚としては、スポーツのベースには、「野外でアクティビティをする。思いっきり遊ぶ。」楽しいイメージが根本にあるように思います。そして、18世紀末ごろに起こった産業革命により、その野外活動が一気に一般に広がり、労働者階級のひとたちも、過酷な仕事や生活環境からリフレッシュしたいと強い思いを持ち始め、自然のある場へと足を運び、それが一大ブームになっていきました。彼らにとって、歩くことが、ただの交通手段から、レクリエーションになったわけです。そしてスポーツの概念もコンペティション、フィットネスといった要素が加わったことで、歩く文化が、ひとつは、アルピニズムへと発展していった。その一方で、昔貴族がおこなっていた、ぶらぶら歩く散歩も、気軽に自然と触れ合えるということで、同時に独自の発展をしてきて、今にいたる。英国の面白いところは、両方を究極までに発展させたことです。これは、他のヨーロッパではない特徴です。  ただ、「歩るいてリフレッシュしたい」というマインドだけでは、散歩文化は発展しません。歩ける場所が必要となります。彼らは、行動に出ます。それが、今まで通勤、通学などで使用していた歩行者専用道路フットパスを、レクリエーション用途に使えるようシステムを変えようと努力します。そして、戦後まもなくPublic Right of Way通行権を法で保証し、全国で登録されているフットパスを守れるようにしたのです。現在、このフットパスが、英国全国津々浦々、毛細血管のようにあります。イングランドとウェールズにある全フットパスを合わせると、約22万キロ。 スコットランドは、約1万6600キロ。まだ登録が完了していない歩道もありますので、今後さらに伸びると思われます。合計すると、だいたい地球を、軽く6周できるぐらいの距離になります。  今日では、先人のおかげで、地元の人々が、それぞれのスタイルで、フットパスを利用しているわけです。そのフットパスを繋げて、長距離トレイル(彼らはレクリエーショントレイルと呼びます)を作り、内外から人々が歩きにきています。ただ、あくまでも、すべてフットパスがベースになっている。長距離トレイルをわざわざ作ってはいません。そして、そのフットパスを地元の人が歩くからこそ、フットパスが残り続ける。長距離トレイルは、それの延長線上に存在しているだけなのです。必要とあれば、地元の人々で道のメンテナンスをする。イギリスはチャリティー大国ですから、彼らの力も借りる。ただ、ベースにあるのは、人がコンスタントに歩かなければ、どんなにりっぱな道でも、消えていくということです。メンテだけでは、だめなようです。 家族全員で散歩する姿は、英国でよく見る光景  さらに、限定されてはいますが、道によっては、トレランを含めたランナー、サイクリスト、乗馬、車いす、ベビーカーなども通ることができます。みんなで、道をシェアし、アウトドアの楽しみを共有しあっているわけです。そのあたりは、みな平等にと考える、英国らしさがあります。例えば冬、馬が通過したあとの道は、凸凹になり、ぬかるみ、馬糞が落ちています。でも、誰も文句は言いません。犬のフンは、家畜や野生動物の健康への悪影響を考え、きちんと持ち帰るよう、厳しく取り締まっていますが、馬糞は害がないので、いいそうです。田舎では、車道にも落ちていますが、誰も気にしない。放牧地も同じです。牛や羊の糞がそこら中にありますが、みな平気で歩いている。靴に付けば、あとで洗い流せばいい、もしくは、その靴を外においておく。その点では、おおらかなんです。田舎のパブでも長靴姿は、普通です。ただし、長靴オッケーのパブも、泥はきちんと落としてから。その辺のエチケットはあるようです。  そんな彼らの歩く格好も、まちまち。アウトドアギアやハンティングブランドの服で、ビシッと決めた人もいれば、その辺のスーパーで買ってきた長靴とウェアで歩く人もいます。背負ってるリュックも何かの景品で当たったかのような、ヨレヨレなものだったりもします。私の住んでいるところは、ヒッピーも多いので、裸足で歩いているひとも見かけます。ハロウィンやクリスマス近くだと、仮装して歩いているひともいます。千差万別。なんでもあり。こだわりがない。そして、法律で定められた歩く上での最低限のルールさえ守っていれば、誰も何も言わないし、気にしない。むしろお互いを干渉し合わないよう、ある一定の距離を保っている。プライバシーを尊重するひとたちです。  また、英国人の犬好きは知られていると思いますが、犬も多種多様。世界中の犬種が集まっているのではないでしょうか。とにかく、彼らは昔からハンティングバディーとして、犬と共に生きてきましたら、犬の散歩で歩く人は多いです。人間も、犬ものびのび歩いていて、実に楽しそう。そして、そのままパブに犬も一緒に行ってしまうのです。私の家の近所に、丘の上にある眺めのよいパブがあります。夏の昼間は地元の人と観光客でいっぱいになります。大人たちに連れられた子供と犬たちでごった返しています。きっと散歩ついでに寄ったひと、これから歩く前にランチと思っているひとたちです。馬で来る人もいて、芝生で馬が休んでいる時もあります。日本人の私は、驚きと共に、すごく平和な時間がすぎていて、幸せな気持ちになります。特に、EU離脱問題で揺れている英国で、こうゆう光景を見ると、少し希望が見えてきます。 英国散歩を充実させるツール  このような自由な歩きを可能する重要なアイテムのひとつが、地図です。自由といっても、どこでも歩いていいわけではありません。先ほど述べたようにフットパスを歩くことが、原則です。そのフットパスがどこにあるのか一発でわかるのが、英国陸地測量部が出している地図、OS Mapです。一番メジャーなのがExploreシリーズの2万5千分の1地図で全国を網羅していて、全部で403冊あります。この地図に、緑の点線ですべてのフットパスが表示されているので、どこを歩いていいのか、すぐにわかります。最近はスマフォなどのデジタル版も充実していて、紙とスマフォを両方を使って出かける人が多いです。読図が得意でない私のような素人でも、簡単に道がわかります。この地図は、マストアイテムです。だからでしょうか、このOS Mapに馴れ親しんでいる彼らが、海外に歩きに行くと、ちゃんとした地図がないことをよく嘆いているのを聞きます。 犬は英国ウォーカーたちの良い仲間  それだけ歩くことにパッションを注ぐ国民性ですから、ウォーキングに関する情報も充実しています。ガイドブックやウォーキング専門雑誌はもちろん、一般紙の日曜版の中にあるトラベルセクションには、内外のウォーキング体験の記事や情報が、ほぼ毎週掲載されています。全国紙だけではなく、地方紙、または地方自治会や町内会で出版している〇〇お便り的な新聞まで、おすすめウォーキング情報とフットパスの整備状況が必ず載っています。そして、観光案内所に行けば、〇〇Walkという散歩レベルから本格的ハイキングコース案内がありますし、ガイドウォークも盛んです。宿泊するホテルやB&B(英国版民宿)には、宿泊施設ご利用案内のファイル内に、施設利用の際のルール等の記載とともに、必ず周辺のフットパス、お奨めウォーキング情報が入っています。そのため、地元民だけではなく、必ずそこを訪れた人々にも、歩いてもらえるのです。 森の地図と動植物の情報を読んでいる親子  はじめに英国人は、ぶらぶら歩いていると書きましたが、ただボーと歩いてるわけではありません。彼らは、地元に関することをよく知っていますし、大変興味を持っています。あの植物がどうしてそこに咲いているのか、なぜあの石が鎮座しているのか、この教会は誰が建てたのかなどなど・・・。お硬く言えば、 地学、自然科学・人文地理学、歴史学、文化人類学、生物学、エコロジー、園芸、芸術など、自分の住んでいる地域を熟知しています。特に、歩くことが好きな人々(きっとその方々が日本へ歩く旅に来られるターゲット)には、それが当たり前のようです。これは、子供の頃からの学校教育の影響もあると思います。そして、歩いている間にそういったものをよく観察する。つまり、ひとりひとりが、それぞれフィールドワークしている。そして、それらについて、家族、友人、近所の人々、時には初めて会ったひととよく話をしています。暮らし始めた頃、私は「つまんない話だな〜」と退屈していましたが、これがのちのち、どれほど英国人にとって重要なことなのか、私は理解していくのです。これを密かに「半径2キロ圏内トーク」と私は言っています。この彼らの大事な社交が道でも、バプでも、家でも、スーパーでも、年がら年中、行なわれているのです。そして、彼らが旅行先でも求めるものが、そのフィールドワークのような体験型歩きなのです。己を知っているから、他人を知ることができる。海外も含め、旅行先で、自分の住んでいる地元の「 半径2キロ圏内」と、今自分が立っている地の「 半径2キロ圏内」とどう違うのか、比較して楽しむ。いつも興味津々です。この記事を読んでいる人の中には、ガイドの方々もいらっしゃるかと思いますが、欧米人たちをガイドする場合、もちろん英語を話せればビジネスは広がっていきますが、さらに連れて行く先々の地形、地質、歴史、動植物、建築、風土、地場産業などの知識があると、彼らから絶大な信頼を寄せられること、間違いないです。彼らは、そのあたりを、ガイドに求めてくると思います。 日本のトレイル文化の可能性  英国には生活に根ざしたウォーキング文化、散歩が全国どこでも行われいる唯一の国といっても過言ではありません。同じ島国の日本とは、西と東とで大きな違いがありますが、コンパクト、歴史が長い、自然愛が強い、独自の文化が発展、大陸国に対するプライド、古いものを大切にする、国立公園のあり方など多くの共通点もあります。この生活に根ざしたウォーキングは、日本でも大いに参考になるのではないかと考え、今回この記事を書かせていただきました。  日本は、英国以上に、とても豊かな自然と文化があるユニークな国であり、トレイルにおいても、ポテンシャルはかなり高いです。最近日本では、散歩関連の書籍やテレビ番組が人気を博ていると聞きました。ただ、歩くブームも一時的なものではなく、日本独自のトレイル文化へと発展できるよう、みなで知恵を出し合う必要があると思います。それには、それそうの時間がかかることを覚悟しなくてはなりません。英国でも、200年はかかっています。そのため、代々継いでいく人たちを育てるのは、重要です。そして、国内外からのトレイル利用者から学び、ハイブリットな歩く文化作りが必要だと考えます。それには、まずトレイルを管理している人たち、地元の人たちが、それぞれのトレイルをよく知ること。サポートだけでなく、自分たちでトレイルを歩き続け、常に状況を把握し、そして何よりもトレイル愛を育てて欲しいです。そうすれば、自然とひとびとが歩きに来たくなるトレイルになると思います。  新型コロナウィルスで、今世界は混乱状況にあり、この原稿を書いている時点では、今年の東京オリンピックが開催できるのかは、まだわかりません。開催できたとしても、インバウンドの波は、予測していたものより、かなり穏やかなものになるかもしれません。ただ、日本のトレイルが消えるわけではありません。また、世界中の日本を歩きたいと思う気持ちは、変わることはありません。すこし予定より時間がかかるかもしれませんが、きっとみなさんが歩きに来るはずです。  そこかしこで自粛ムードが拡大し、閉塞感と先行き不透明感によるストレスで、せっかくの春を迎えるのに、悶々とした雰囲気が漂っています。こんな時こそ、お金をかけず、手軽にでき、ウィルス感染のリスクも低い「散歩」で、リフレッシュするのは、ひとつのアイデアかもしれません。まずは、自分たちの身近なところから、歩いてみませんか。歩くことが、トレイル作りの基本ですから・・・。 【この記事は、安藤百福記念 2019年度事業報告書に(35から42ページ目)『英国人の散歩に見る「歩く文化」〜いち日本人主婦が見た英国流ウォーキング〜』として掲載されました。】 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2022...

 突然ですが、みなさんは、自分の住んでいる土地のことをどれだけご存知ですか?地形、地名の由来、歴史、文化、名産品、生息する動植物のことなどを、訪ねてきた人たちと話すことは、ありますか? 友達、親戚は、どこに住んでいる?  私は、英国に住んで15年弱になります。それ以前の私は、友人や親戚を訪ねても、会って話をすることが目的で、彼らがどのような土地に住んでいるのか、まったく興味がありませんでした。せいぜい住所を調べて、自宅からどうたどり着けるか、名所や名店があれば、たまに行くぐらい。その程度の認識でしかありませんでした。しかし、英国に拠点を移してからは、ある意味自然に、でも半ば強制的に、自分が立っている土地について学ぶようになり、今ではそれが普通になりつつあります。どうしてそのように変化したのか振り返ってみると、確かに異国での生活に慣れるために必要な知識だった、中年になりネオンより自然に目がいくようになった、都会から田舎暮らしを始めたなど、たまたまタイミングが重なったと言えばそうです。しかし、なによりも私が知る英国社会では、自分が住んでいる地域を知っているのは当たり前、普通のことでしょっといった空気があり、それに私が感化されたことが一番の理由なのではないかと思います。 自分だけの地図作り  こちらに住み始めたころは、人を訪ねるたびに、自分の英語力不足もあり、話についていけず置いてけぼりをよく食らいました。みな食事をしながら、お互いの近況報告、政治経済、ゴジップの話と共に、自分の家から半径二キロ圏内の出来事をこと細かく話をしているのです。その土地の天気はこうだ、庭に何が咲いた、家庭菜園に何を植えた、どこそこの森に野生動物が現れた、向こうの丘で珍しい石を見つけた、あそこの教会が修理を始めた、村の誰々さんからこんな昔話を聞いた・・・などなど。この人たちは、何が面白くてこんな話をするんだろう。世界がめちゃくちゃ狭くて、つまんないなぁ〜と笑顔を見せながら思っていたのです。そして、食後に散歩へ行き、同じような話をずーとしながら、時には話題の現場を見せてくれたりします。なんで毎回毎回、同じようなところを飽きずに散歩し、同じような話題ばかり話すんだろう。こんな地味な遊びをする英国人って、倹約家・・・というより貧乏くさい。ハイテク大都会・東京から移り住んできた私は理解できず、ちょっとバカにしていました。しかし、あんなに熱心に話をしているし、聞くほうも楽しんでいるし、喜んで歩いてるし、なんだかよくわからないけれど、みな好きなんだろうなと感じてはいたのです。  その後、英国情報も私の脳にちょっとずつ蓄積されていき、アナログな田舎暮らしにも慣れはじめていきました。そんなある日、毎日行なっていた犬の散歩でのことです。情報溢れる都会とは違い、何の変化も刺激もないと思っていた田舎道で、昨日は蕾だった花が、今日は咲いていることに気づき驚きました。「あれ?毎日同じ道を歩いているのに、毎回変化があったんだ。」諸行無常を、私なりに知る体験でした。どうやら、ガーデニングの仕事の影響もあったのか、街の流行から目の前の動植物へと視点が移っていったのかな・・・。そんなこともあり、半径二キロ圏内トークを、徐々に理解できるようになりました。英国では、食事や散歩をしながら、自分が置かれている環境の話をすることで季節や変化を丁寧に紡ぎとる。つまりそれが彼らの社交なんだろうなと思います。以前は、遠い世界やトレンドばかりを追っていた私でした。しかし、自分の拠点ををまず知り、その知識を元に他の土地を訪ねる。そうすることで、自分だけの3D、場合によっては4Dの世界地図を脳内で組み立てていける面白さを、英国で教えてもらいました。そしてその地図は、トークだけでなく、自分の足で確かめることで初めて完成となるようです。 新たな土地の過去、現在、未来  今年(2018年)の夏に、片田舎のエセックス州から、ド田舎のサマセット州に引っ越しをしました。引越しを終えて、まず最初にしたことは、購入した家の元オーナー家族と我々夫婦ふたりプラス犬の全員で、案内を兼ねて村を一緒に散歩しました。家を売買した関係だけなはずなのに、106年前に建てられた家と彼らの家と村に対する思いを、引き継ぐ儀式のように、私には感じられました。最後に、地元のパブでお互いの未来へ乾杯しました。それは、私の新たな地図作りがスタート!!と、鐘が鳴った瞬間でもあります。今は、愛犬の散歩がてら村を散策しながら、どんな地質、地形なのか。ここの地理がどのように人間社会と結びついたのか。今見えている古い建物がどう建てられ、どうしてそこに建てたのか。どんな野生動植物が生息しているのか。時には、家族や友人たちと一緒に、半径二キロ圏内トークに花を咲かせながら、調査をしている毎日です。 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2022...

 「2017年総選挙、与党の保守党は過半数を獲得できず、宙ぶらりんの「ハング・パーラメント」。求心力を弱めたメイ首相、EU離脱交渉がますます困難に。」  6月8日(木)、英国下院議会・解散総選挙が行われた翌日、英国国内に激震が走りました。日本を含む世界へもこのニュースは流れ、去年行われたEU離脱を問う国民投票以来の注目を浴びました。市民権保持者ではない私には選挙権がないため、いち住民として、またある意味傍観者として、ことの成り行きを見守ってきました。そんな中、総選挙に絡んで、チャリティー団体の動きが活発になり、ちょっと気になりました。SNS上には、景観・自然保護団体、スポーツ・レクリエーション推進団体が、国政選挙に向けて、どんなアピールや政策提言ができるのか、団体が関心を寄せている諸問題を各党がどう解決していこうとしているかなど、連日フィードに投稿されていきました。 選挙運動期間中、連日私のフェイスブックのフィードには、チャリティー団体から選挙関連の投稿が・・・。© CPRE  私の勝手な思い込みですが、チャリティー(慈善団体)やNPO団体と聞くと、政治とは別枠、中立な立場で国がカバーできない部分を補い、市民のために活動をしているイメージがあったのですが、どうやらそうでもないようです。雇用、医療、難民、貧困、差別など国民ひとりひとりに直接関わることで、各党のマニフェストの焦点となる分野ならともかく、ウォーキング、サイクリング、乗馬などの、自然、スポーツ、レクリエーション、観光といった遊びは、生活に絶対になくてはならないものとは言い切れない(もちろん、必要だと思う方も多々いらっしゃいますが・・・)、政治とは別ものでは?これらの遊びは、もとは英国貴族から始まっており、生活(または心)に余裕がある人々が考えることなんだと、どこかで思っていました。地方や地域ベースだけでなく、国政レベルまでキャンペーンを展開するのは、やはりチャリティー大国ならではのことなのでしょうか。欧州でのチャリティーは、キリスト教の教えに基づく教会から起きた活動が元のようで、政治に関与することに、政教分離ではないけれど、なんとなく違和感があるのですが、国教がある英国は、日本とは状況が違うのかもしれません。毎日フィードに、絶え間なくアップされる投稿に 「こうゆうこと、するんだ・・・」とちょっと戸惑っていました。例えば、各団体の主張は、こんな感じです。 The Wildlife Trust(野生動物保護団体)  自然を保護することは、自然の一部である人間を保護することである。我々は多くの野生動植物を守り、自然をもっと身近なものとするべきと考える。環境保護に関する規制は、現在EUベースで行われており、離脱後、独自の環境保護法を制定し、世界をリードする目標の高いものにする必要がある。また、海上の自然保護区をいち早く定めるべき。  自分たちの選挙区の候補たちに、自然保護がどれだけ大切なのか、どのような保護活動を考えいるのか、話を聞きに行くよう勧める。理事長によるビデオメッセージも紹介。 ザ・ワイルドライフ・トラストのウェブサイトより。政策提言と理事長からのビデオメッセージが掲載されている。© The Wildlife Trust Sustrans(サイクリング推進団体)  我々は、よりよいサイクリング環境を作るために、他のサイクリング、ウォーキング推進団体と組んで、それぞれの政党に、3つの提言をする。 a)新しい大気汚染防止法の制定。毎年約4万人が大気汚染により死亡しており、全国の道路80%は、基準値をはるかに超える汚染度である。ディーゼル車の排気ガス規制、サイクリングやウォーキングを推進、排出ゼロへシフトできるような仕組みを強化するべき。特に離脱後も、継続してこれらの問題を解決できるような法整備が必要。 b)サイクリストや歩行者が安全な道を利用できるよう、道路整備の予算を、主に高速道路へ使うのではなく、地方道に使うべき。一マイルにつき、2万7千ポンドを投資するれば、イングランドの97%の地方道が整備される。(*高速道路は、一マイルにつき、110万ポンド。イングランド全体の3%の道しか整備されない)。 c)サイクリングやウォーキングを推進するために、予算をもっと割くべき。それにより、国民の健康向上、公共交通費の値下げ、商店街の活性化、大気汚染減少などの効果が見込まれ、最終的に大きな財政削減対策になりえる。 サストランズのウェブサイトより。車ではなく、持続可能な交通手段の利用を推進する団体。彼らの政府への要望は、かなり野心的。© sustrans Living Streets(街における歩行者を守る団体)  上記のSustransと組んで、キャンペーン活動をしている。3つの提言を、各政党がどのようにマニフェスト上で提言しているのか、比較したリストを公開。また、政権を握った政党が、きちんと提言通りに3つのポイントを実行するか、常に監視していこうと訴える。 リビンク・ストリートのウェブサイトより。サストランズと共同キャンペーンを展開中。それぞれの政党は、彼らの関心事をマニフェスト上で、どう提示しているのか、比較している © Living Streets CPRE – Campaign to Protect Rural England(イングランド地方保護団体)  総選挙に向けた団体独自のマニフェスト ”Stand up for the Countryside” を発表。 CPRE のマニフェスト。各政党が発表する前に、すでにリリースされていた © CPRE  美しい田舎を守り、よりよいものにするということは、地方経済に大きく貢献することであり、人々の生活向上につながり、個人や地域のアイデンティティを確立するものである。これらのことを次世代に残すべき以下の提言をする。 1)緑地帯、国立公園、AONB(英国版国定公園)をより積極的に守る。特に近年の住宅開拓からこれらを守る必要がある。 2)財政面だけで農業、環境をサポートするのではなく、地産地消を推進することで、安全な食を国内で生産し、美しい景観を残し、レクリエーションの機会を増やし、地方経済を潤す、新たな補助金システムが必要。 3)財政を主要道中心とする公共事業ばかりに投資するのではなく、持続可能な社会を形成するために、鉄道やバスなどの公共交通機関の充実、サイクリングやウォーキングによる移動を可能にする環境作りが必要。 4)ゴミ処理による公害対策の強化。リサイクル環境をさらに良くし、美しい自然を守る。 5)EU離脱後も、現EU環境法を継続できるよう、そのまま国内法へ移行し、新たに強固な環境法を制定するべき。 The Ramblers:(ウォーキング推進・環境保護団体) ランブラーズのマニフェスト。チャリティー団体が、政党顔負けのマニフェストを制作 © Ramblers  総選挙に向けた団体独自のマニフェスト”Manifesto for a Walking Britain”を発表。 1)EU離脱に伴い、政府は農産業への投資を保証し、カントリーサイドへのアクセスを改善するべき。アクセス権(通行権含む)があるエリアを規定通りに管理している農家へは報酬を与え、逆に満たない農家へは、補助金を減らすシステムを提案。 2)国民の健康問題は、ますます深刻になり、財政面でも大きな負担となっている。歩くことは、人が心身ともに健康になる最適の方法である。それを実行するために、予算を確保し、歩ける環境整備と医療機関と連携ができるシステムを構築するべき。 3)都市は、車移動をベースにデザインされており、自転車や歩行者がより安全で、緑を楽しめるような環境にするべきである。次期政権には、国民すべてが、自宅から徒歩10分以内に緑地へ辿り着けるような環境作りを求める。 4)ナショナル・トレイル存続の保証。前政権は、2020年までにイングランドすべての海岸線を歩けるようトレイル整備への予算投入を約束。次期政権でも継続されるよう保証が必要。また、他のナショナル・トレイルが、長期存続できるような保全・管理体制を求む。  上記のマニフェスト発表以外にも、”General Election 2017 Hustings Guide”として、選挙運動中の候補者に、どのように話をしに行くのか、どこで候補者による集会が開催されているのか、実際の集会でどのようなことを聞いたらいいのか、選挙後当選した国家議員をグルーブ・ウォーキングにどう招待するのかなど、具体的なアドバイスをしている。 車、自転車、歩行者が、道をどう安全に共用できるのか、問われている  ざっと、ランぶら歩きする環境を保護している代表的な団体が、選挙中提示した内容です。かなり積極的で、限られた国家予算をどれだけ自分たちの活動目的に役立てるか、法を制定できるか、非常に政治的な面が見えてきます。ただ、倫理的な気持ちベースでアピールするのではなく、多くのデータに基づいた政策提言であり、自分たちの利益ではなく、政府や国民にとっての利益のためにというスタンスは、絶対に外してはいません。また、具体的にどこの政党、候補者を支持しているということはありません。あくまでも団体のポリシーを表明し、それぞれの政党の考えを比較し、その情報を国民に公開することで、判断基準のひとつにしてもらおうとしています。もちろん、EUの厳しい規制に不満を持つ農家を筆頭にこれらの提言に反対する人々もいますし、アウトドア愛好家の中でも、政治色が強すぎるキャンペーンを嫌う人達もいます。ただ、環境を守るということは、自分の周りだけの問題ではなく、国全体、または欧州、果ては地球全体で考え、取り組まなくてはならない。自然現象に国境はない。その考えをベースに全EU加盟国が今まで協力して行ってきた環境保護が、英国EU離脱により、大きく変化するかもしれない。行き先の見えない不安が、一層これらの団体の声が上がる理由かと感じます。 ロンドンでは、オリンピックを機に貸自転車をあらゆる場所に設置した  自然保護やレクリエーションを楽しむために、政治の場面でも、イケイケで押し捲る、ガンガンプレッシャーをかけて、自分たちの目的を達成するアグレッシブさは、私には新鮮に映ると共に、どことなく感覚で理解できない部分があります。のどかな美しい田舎、森林浴でやさしい癒し、豊かな自然の恵みといった日本人が持つ、のんびりソフトな静のイメージからは想像しにくいものなのかもしれません。ただこの行動は、英国人(欧州人)特有の自然観からくるものと片付けられず、19世紀に起こった産業革命により、ほとんどの自然と多くの歴史的建造物を失い、公害による健康への悪影響で苦しんできた経験があるからこそ、ここまでのモチベーションを保てるのではと感じます。何かを失った人たちが持つ強い気持ちは、石のように硬い。今回は、ちょっと違う角度から英国政治を追う、私にとってそんな総選挙になりました。 選挙期間中のランブラーズ・ウェブサイト、2017年総選挙ページより © Ramblers 参考資料(総選挙関連ウェブサイトページ): The Wildlife Trust www.wildlifetrusts.org/GE2017 Sustrans www.sustrans.org.uk/blog/general-election-2017-sustrans-cycling-and-walking-manifesto-asks Living Streets www.livingstreets.org.uk/what-you-can-do/blog/general-election-where-the-parties-stand-on-walking CPRE www.cpre.org.uk/local-group-resources/item/4595-general-election-resources-for-branches The Ramblers www.ramblers.org.uk/policy/vote-for-walking-manifesto.aspx 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2022...

 社会に向けて、自分たちの主張を通す手段として、デモ行進という表現方法が英国(欧州)にはあり、歩く行為が個々の内面を体現することになりえることがあります。表現の自由、参政権、抗議デモは、この国では人が人であるための権利として法律で保証されていますが、それは長い間、多くの人たちが血と涙を流しながらも訴え続け、ようやく勝ち取ってきた権利です。 子供達のために、お母さんたちもデモ行進に参加。Unite for Europeのデモ行進にて  ここ最近では、女性中心に起こる運動が注目を浴びていて、米国トランプ大統領就任式翌日に、女性たちによる抗議デモが世界規模で起こり、全世界で数百万人に上ったことがニュースになりました。英国でもロンドンを中心に各地で、女性たちがピンク色に着飾り、ユーモアに、そして平和に包まれながら歩く姿の写真が、SNS上で飛び交っていました。また、毎年3月8日の「国際女性デー」に因んで開催される行進では、年を追うごとに盛り上がりを増しています。2015年には、英国で女性参政権を求めて戦った人々を描いた映画「未来を花束にして(原題 : Suffragette)が上映され、その関連の企画展がロンドン博物館で開催。映画共々好評を得ていました。劇中では、活動仲間の女性の死を悼み、「神が勝利を与えてくださるまで、戦い続ける」と書かれた大きなバナーを掲げながら、白いドレスに黒い腕章、そして花のリースを持つ女性たちが行進するシーンもでてきます。そんな彼女たちの活躍もあり、1928年に、21歳以上すべての女性に選挙権が与えられました。権利とは国民ひとりひとりが唯一平等に持てるもの。ただ、その権利は上から与えられるのではなく、自分たちで勝ち取っていくことなんだと、これらを通して学んだことです。一歩、また一歩と進んでいく、そのアクションに大きな意味があることを、私は英国で初めて認識しました。= ピーク・ディストリクト北部は、別名ダークピークと呼ばれ、グリットストーンとムーアランドが続く  そして、1928年の女性参政権獲得から4年後、1932年4月、また別の権利を巡って、世の中を騒がす事件が起こります。舞台は、打って変わって大都市から、英国のへそにあたるピーク・ディストリクト国立公園北部にあるヒースで埋め尽くされた荒涼とした高原。キンダー・スカウト(Kinder Scout)と呼ばれるこの一帯で一番標高が高いムーアランド(低木のみの荒野)に、400人ほどの若者を中心としたランブラーたちが結集していました。 キンダー・スカウトは、ランブラーの聖地となり、今でも多くの人々が歩きに来る [osmap markers="SK1226185562!red;キンダー・スカウト" zoom="0"][osmap_marker color=red] ピーク・ディストリクト国立公園 キンダー・スカウト  19世紀ごろに起こった産業革命で、英国の人々の生活は一転。工業都市に人口が集中。都市部の労働環境と住宅事情は悪化。公害問題もあり、人々の健康が損なわれました。その反動で、労働で賃金を得た人々は、休みを利用して、健康改善や気分転換のため、革命後急激に発展した鉄道を利用して、自然豊かな地に出かけることが、一大ブームになりました。 ここピーク・ディストリクトは、イングランドの背骨と呼ばれるペナイン山脈が南北にはしり、二大工業都市、東のシェフィールドと西のマンチェスターに挟まれる位置にあります。そのため毎週日曜日になると、日頃過酷な労働を強いられている若者たちが、汽車に揺られこの地域に歩きにどっと押し寄せてくる現象が続き、20世紀初頭には、数千人単位に膨れ上がっていたそうです。ただ、ここ一帯は、有名な雷鳥の猟場で、有力者が個人で所有している土地がほとんどでした。ゲームキーパー(Gamekeeper:この場合のgameは、狩りの獲物のこと)と呼ばれる猟場番人を雇い、一般の人々が入れないよう遮断された地でした。ほんの一部の歩くことが許されたエリアが、人でごった返すことに限界を感じ始めたランブラーたちは、広範囲で散策したい気持ちを徐々に強めていきました。大昔から人々が通行のために使っていたフットパス(歩道)を歩かせてほしいと、100年以上嘆願し続けてきましたが、土地所有者たちは、多くの労働者が自分の土地に入り込むことをよしとせず、却下し続けてきました。ランブラーたちと土地所有たち間の軋轢は、徐々にエスカレートしていきます。 今でも週末になると、多くの人々が電車に揺られ、サイクリングやウォーキングにやってくる ナショナル・トレイル第一号のペナイン・ウェイは、ここからスタートする  しびれを切らしたハイカーたちが、キンダー・スカウトへ集団強行侵入を、1932年4月24日に決行したのです。歩いている途中、この土地の所有者であるデボンシャー公爵に雇われたいたゲームキーパーたちと揉め、ハイカー数十名が逮捕・投獄されました。このニュースは、たちまちメディアを通して全国へ伝えられ、「労働者の権利」の象徴として多くの同情と支持を得ました。その後通行権を求める運動が全国へと広がり、法案提出へと一気に勢いを増し、ついに第二次世界大戦直後の1949年、「国立公園設置と地方へのアクセスを定める法(The National Parks and Access to the Countryside Act)」が国会で可決され、通行権が、正式に法律に組み込まれ、全国のフットパスを自由に歩く権利を獲得。と同時に、ピーク・ディストリクトが英国国立公園第一号に認定されました。 キンダー・スカウト集団強行侵入記念式典の様子  キンダー・スカウトへ集団強行侵入から85年経った2017年4月、地元のキンダー・ビジター・センターを中心に、ピーク・ディストリクトで活動するナショナル・トラスト、ダービーシャー・ワイルドライフ・トラスト、ランブラーズ、英国山岳協議会(The British Mountaineering Council)、英国山岳レスキュー協会(Mountain Rescue in the UK)そして、ピーク・ディストリクト国立公園管理局(Peak District National Park)が一斉に集まり、記念式典を開催。私も、ちょっと覗いてきました。通行権を獲得するために長年戦い続けた先人たちを称え、今後彼らの努力を無駄にしないよう、この国立公園をどのように次世代に継承していくのか、それぞれの団体が話をしてくれました。継続する難しさはどこも同じようで、特に費用の確保が年々大き課題になっているようです。そこへさらにEU離脱となると、今までEUから受けていた補助金や環境負担軽減の規制がどうなるのかわからず、みなさん不安は隠せないようです。 各団体がパネルで保護活動内容を説明  それでも、諸先輩たちの逞しい行動力に勇気付けられ、前へ進もうと努力している姿は、彼らが誇りに思っている英国の歩く文化の重みを感じます。EU離脱問題で、「英国らしさを取り戻すんた!」と頻繁に聞きますが、私にはこの歩く文化の中にこそ真の”Britishness(英国らしさ)”があるように思います。それがまさに今、次へと受け継がれていこうとしています。たとえそれが険しい道でも・・・。 22nd April 2017, Sat @ Edale Village Hall 参考資料: キンダー・スカウト集団侵入を今に伝える、キンダー・ビジター・センター www.kindertrespass.com ナショナル・トラスト キンダー・スカウト www.nationaltrust.org.uk/kinder-edale-and-the-dark-peak 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2022 ...

 公園を散歩したり、ウィンドーショッピングしながらぶらぶらしたり、自然の中でハイキングしたりと、ウォーキングという言葉には、のびのびリラックスした健康的なイメージがどこかあるのではないでしょうか。ただ、歩くという行為は、時に熱を帯びた過激なパフォーマンス手段と変貌する時があります。 子供が手作りのプラカードを掲げていた。なかなかのセンス  英国は今、ひとつの大きな壁にぶち当たっています。Brexit : EU離脱問題。2016年6月の国民投票により、英国はEUからの離脱を決定。2017年3月、正式に離脱宣言を欧州理事会に通告。ただ国内では未だ残留派も多く、国を二分する危機に直面。大きく揺れる中、6月に下院解散による総選挙が実施され、再度国民に離脱賛成・反対を問おうとしています(*これを書いているときは、総選挙2週間前です)。テロ事件も立て続けに起こり、国民の将来への不安は益々高まっています。この国の市民権を持っておらず選挙権がない私は、傍観者として行く末を見守っていますが、この問題を英国国民は、井戸端会議から国会まで、それぞれの視点から意見を述べ議論を盛んにしていて、「議会制民主主義が生まれた国なんだな」と感心してしまいます。どんなにアホな考えであっても、まったく同意できない意見であっても、誰しも意見を述べる権利、そしてそれに反論する権利が尊重されているのは、この国が階級社会であるゆえ、その壁を乗り越える手段のひとつとして、主張する権利が大切にされているユニークな社会なんだと思います。そして、時に個々の主張が塊となり、アクションを起こす。国を動かすデモンストレーションへと発展。庶民の表現手段として一般的なのが、歩くパフォーマンス、デモ行進です。 ロンドンで開催されたUnite for Europeのデモ行進。街頭がEUカラーの青色に染まる  3月25日、離脱宣言三日前、そして欧州連合が欧州経済共同体設立条約に調印したローマ条約60年周年のこの日、EU残留派による大規模なデモ"Unite for Europe"がロンドンで行われ、私も参加してきました。人生一度も政治的な活動をしたことがない私は、デモがどうゆうものなのか半ば興味本位で、そして選挙権がない私が唯一自分の意見を主張できる手段として、集合場所であったハイドパーク脇にあるパーク・レーンへ向かいました。この集会五日前には、ロンドン・ウェストミンスターでテロ事件があり、厳戒態勢の中デモ行進が行われようとしていました。このタイミングでのデモそのものにも疑問視する意見もあり、かなりピリピリした雰囲気。私も今まで、ぶらぶら歩くことでこんなに緊張した経験はなく、一歩一歩の重みを考えると胃がキリキリしていました。 青色コーディネートファッションの女性。手には花束が エルヴィス・プレスリーも天国からデモに参加?! テロで殉職した警官を偲んで、警備のパトカーには沢山の花が飾られていた  会場へ到着すると、各地から到着した大型バスから、地下鉄出口からEUカラーの青色のコスチュームに身を纏い、それぞれの主張が書かれたプラカードが掲げられ、何かを祝うお祭り、フェスのような賑やかさがあり、想像と違いカルチャーショックを受けました。それでもテロ直後ということで、派手さやおふざけはかなり自粛され、命を失った人々への哀悼の意を捧げるために、多くの人たちが花を持っていたことが印象に残ります。 車椅子にバナーを立て参加する女性  約一時間遅れでデモ行進がスタート。ある政党のロゴを掲げるグループ、小さい子供や乳母車に赤ちゃんを乗せて歩く家族、コスプレした人たち、大きなEUの旗を振る学生、車椅子のひと、ヨーロッパからの移民、スコットランドやウェールズの旗をマントのように羽織る人々、犬を連れて歩くリベラル中流階級の中高年夫婦、ひとり地味な格好で静かに参加している女性などの集団が、ロンドンの大通りを青の波にし、黄色い星たちが浮かぶ、まるで天の川とでもいいましょうか、ゆっくり流れ進んでいきました。バイドバークから、有名な高級ホテル・リッツ・ロンドンがあるグリーンパーク脇を抜けて、トラファルガー広場へ出てから、国会議事堂・ビックベンがあるウェストミンスターへの2マイル(約3.2キロ)の歩き。10万人(警察発表。BBCは5万人参加と報道。どうして差があるのかは、よくわかりません)のデモ行進がゆっくりと、シュプレヒコールを大合唱しながら、時にはバンドが音を奏で、参加者が歌にのせてEUに残りたいと叫び、歩を進めていきます。あるグループは、スターウォーズのオープニングテーマ曲に合わせて歌いながら、離脱反対を訴えていました。テーマは重いのに、なぜかみな笑顔で平和な行進が続きました。トラックの運ちゃんが、クラクションを鳴らして応援したり、道沿いの部屋からスピーカーを出してきてビートルズの”All You Need is Love”を爆音でかけ盛り上げた住民がいたり、いつもは車でぎゅうぎゅう詰めになっている車道を、人々が歩いていく非日常的光景に、みなのテンションもマックスとなります。 スコットランドの旗を巻いた男性。ウェールズの旗も見られた  デモ隊の中には、個性的なコスチュームやウィットに富んだスローガンとインパクトあるグラフィックによるプラカードが注目され、多くの人々にスマートフォンで写真を撮られるスターも誕生していました。どうやらSNSが広がった現代では、デモ行進 = 歩くストリート・アートといった要素もあるようです。ウェストミンスターでは、集会も開かれデモ参加者が次々に到着し、ステージ上の演説者に耳を傾けていました。事後報告によりますと、事故なく、けが人も出ず、無事にデモは終了した模様です。 自作グラフィックが彼らの主張をうまくアピールしている 将来を不安に思う親の肩に乗り、子供たちも沢山参加していた 街頭を進むデモ隊。ウェストミンスター宮殿が見えてきた  正直今回のデモ行進が政治にどれだけの影響を与えたのかは、わかりません。ひとによっては、ただ派手な格好でぶらぶら歩くお気楽な行進に、社会を変えるだけのインパクトはないと言う人たちも多くいます。効果はともかく、自分の主張を形にして公共へ発信していく。ネットなどによりアピールする場は多様化した今でも、大昔から行われている原始的方法のデモ行進は、やはり民主主義を生み出した英国(または欧州)の伝統文化なのだと、今回参加して思います。大勢で一緒に歩くことで生み出す力、平和的アピール方法でも、彼らの熱は十分に感じ取れました。逆に、ストリート・パフォーマンス・アートとして、ライブ感覚でSNSを通して全世界へ発信する、また短時間で写真集を発売するなど、デジタル社会だからできる要素も加わり、デモ行進自体も時代とともに変化してきているようです。道は、ただ人が歩いたり、車が走ったりする交通目的だけのものではなく、表現できる場でもあることを人々は、デモ行進を通して再確認し続けているのかもしれません。世界的に有名なストリート・アーティスト、バンクシーがこの国から生まれたのも、なんとなく理解できるような気がします。歩くことは、時に武器にもなりえる。道は、表現の自由を体現できる場にもなりえる。とても有意義な政治活動初心者入門体験となりました。 路上に"We♥︎EU"。きっと子供たちが書いたのでしょう。彼らの未来を感じた一瞬 *第二部は、こちら >>。 25th March 2017, Sat @ Central London 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2022...

 英国の長い冬が明け、暖かさを感じ始める頃、牛舎に閉じ込められていた牛たちが野に放されます。牧草地を猛ダッシュで駆け回りながら、キャッキャッとはしゃぐように、飛んで跳ねる姿は、それはもう、なんとも愛くるしい。でもこの時期、はしゃいでいるのは、牛だけではなく、人間も同じ。 青い花の海が広がる、春の訪れ  英国は、日本よりはるか北にあるのにもかかわらず、冬はそれほど厳しくはありません。ただ日照時間が短く、どんより雲と長雨でぬかるんだ大地に挟まれて、何とも憂鬱な気分になります。 ですので、イースターあたりになると、家に引きこもっていた人々が、一気に外へと飛び出していきます。太陽が少しでも照り出しそうものなら、薄着とサンダルで出歩き、公園の芝生で日光浴をし、パブの外でビールを飲む。中には、ビキニ姿になって日焼けしようとする人までいます。冷静沈着で理性ある態度が良しとされる英国人ですが、心の中では浮き足立って、ソワソワ、ワクワクし、今にも弾けそうになっているのが透けてみえるのが、これまたなんとも愛くるしいのです。  そんな彼ら同様私も家を飛び出して、イングリッシュ・ブルーベルを見に、友人と近所の森へ出かけて行きました。4月末ごろから5月始めにかけて英国南部では、ヒヤシンス科であるブルーベルが開花し、澄んだ青紫色のカーペットが森の中に広がります。まさにその名の通り、ベル状の青い花が頭を垂れるように咲き、日本の春が桜なら、ブルーベルは英国において春の季語になる象徴的な花です。 [osmap markers="TL9454828076!red;イングランド東部 ウエスト・バーゴルト" zoom="0"] [osmap_marker color=red] イングランド東部 ウエスト・バーゴルト  エセックス州ウエスト・バーゴルト(West Bergholt)にあるブルーベルの森で有名なヒルハウス・ウッド(Hillhouse Wood)に行ってみると、静かな小さな村に突如多くの人たちが次々と現れ、森周辺だけ車が道脇いっぱいに駐車されていました。以前全国紙で取り上げられたこともあり、知る人ぞ知る人気の森のようです。まだ新緑が生えてきていない木々の間からこぼれる淡い太陽の光を受けて、キラキラ輝く花たちが足元から広がっている森は、まるで水辺に立っているかのようです。その中を、なんとなしにブラブラとみんなが歩いています。犬を連れて歩いている老夫婦、昼食前の腹ごしらえも兼ねて森を散策している親子3代。きっとこのあとは、パブでサンデーランチを楽しむのでしょう。イヤフォンをふたりでシェアし、音楽を聞きながら歩いている若者カップル。おしゃべりが止まらない女友達。乳母車を押しながら静かに花を楽しむ夫婦。サイクリングの途中で寄ったであろう家族。森を探検する父と息子。週末のひと時、それぞれが自分たちのスタイルで歩くことを楽しんでいる、英国でしか見ることができない光景に思います。 親子でどこへ行くのかな?  日本ではお花見に代表されるように、花を愛でながら宴会やお茶をするのが人気ですが、英国では、花や野生動物、森全体で感じる雰囲気、そしてそこから見渡せる美しい田園風景を、あてもなく歩いて楽しみながら愛でるスタイルが主流です。このような歩きをイギリスではレクリエーション・ウォーク(Recreational Walk)と言います。まさに、Re(再度)creational(創造するような)、身も心も心機一転、リフレッシュするために公園、森、田園、丘、川、海沿いなどをただ歩く。お金もかからず、健康にも良いという点においても、質素な英国人好みなのかもしれません。ただ彼らがすごいのは、そのブラブラ歩きをしたいがために、全国網の目のようにある歩道・フットパス(Footpath)をきちんと整備し、管理していることです。またその道を歩くことを保証するために通行権(Right of Way)を法律で定めています。しかもこの法律を通すまで、ああでもない、こうでもないと話し合いが行われ続けてざっと200年。ここまでの徹底ぶりとしつこさには、脱帽してしまいます。そこまでしても歩きたがる英国人の心理とは・・・?どうやら一筋縄ではいかない深いものがそこには潜んでいるように思います。 いくつになってもラブラブ♡  このヒルハウス・ウッドにも、もちろんフットパスが通っていますので、道伝いに歩くことができます。またここはAccess Landにも指定されている森のため、フットパスから外れて、自由に歩き回れる散策権もあるエリアで、好き勝手に歩くことも可能です。とはいえ、最低限のマナーはみなさん守っていました。今後もずっとブルーベルを楽しみたいですもんね。そしてそれらの道を含めたこの森を、森林保護チャリティー団体・森林トラスト(Woodland Trust)と村のボランディアグルーブ・Friends of Hillhouse Wood が管理し、メンテしています。こういった地道な努力に支えられて、英国の歩く文化は発展し、今日も多くの人が訪れることのできる森として存在することを可能にしているんだなと感心しながら、笑顔で歩く人々の姿を私は愛でていました。 17th April 2016, Sun @ Hillhouse wood, West Bergholt, Essex 参考資料: 森林トラスト www.woodlandtrust.org.uk 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2022...

 先日、ヨークで行われたチャリティー団体・ザ・ランブラーズ(The Ramblers)のイベント、Ramblers Members Day (ランブラーズ・メンバーの会)に参加してきました。その時の様子を簡単にまとめてみたいと思います。 イベントブログラム Ramblers Members Day 開催地: ヨーク大学講堂内 日時: 2016年4月2日(土) 参加者人数:約150人ほど イベント内容: 9:00 受付開始 9:30 ザ・ランブラーズ会長グラハム氏と理事長サウスワース氏挨拶 10:00ー12:00 ワークショップ 2つのワークショップに参加 11:00ー13:30 昼食 12:00ー13:50 各ブースでの展示会 14:00ー15:45 公開インタビューノース・ヨーク・モアーズ国立公園運営委員会会長ウィルソン氏エキスパートに質問コーナーノース・ヨーク・モアーズ国立公園運営委員会会長ウィルソン氏英国赤十字ビーチ氏登山家ヒンケス氏Memory Map(デジダル地図)バドミントン氏Cotswold Outdoor(アウトドア洋品店)カーンズ氏ボランティア大賞授賞式 16:00 ウォーキング(1時間、1時間半のコース4つの中から選択) 参加してみて ランブラーズ理事長サウスワース氏  今回は、実際にフットパスを歩いている会員向けイベントで、ランブラーズの理念や活動を理解してもらい、さらに快適な歩きを楽しめるよう、ウォーキング技術のアドバイスやボランディア活動への勧誘などを目的としたものでした。全員参加の講堂での講演や報告会以外にも、理事会メンバー、会員、そしてアウトドア業界人が、直接情報・意見交換できる場として、ワークショップやブース展示会などが設けられていました。  まず、驚いたのは、予定通りにすべてうまく進行していったことです。普通このようなイベントは、時間が押してしまいがちです。ただ、そこは設立してから80年以上の歴史ある全国区のチャリティー団体だけあり、イベント運営やボランティアの使い方に慣れているようで、すべてスムーズでした。今回の会は、ランブラーズとしては初めての試みで、参加者も主催者側にも静かなる熱気を感じました。会員は中高年がメインなので、ヒートアップすることはありませんでしたが、それでもワークショップや質問コーナーでは、それぞれの意見やアイデアが積極的に述べられていました。ちなみに、参加者の多くは中流階級の白人中高年がほとんどで、白人以外では、私含め3人ほどでした。ヨークは、ほぼイギリスの中央にありますので、地元周辺の方々が参加者の過半数を占め、遠くてもそこから2、3時間内で来れる方々が来場していたようです。参加費は無料。受付後には、大会のプログラムと共に、協会のグッズや防水スプレーなどのサンプルが入ったバックをいただきました。会場にはコーヒー、紅茶、水と茶菓子が常備されて、昼食は会場の学食できちんとした料理、そしてケーキまで用意されていました。下世話な話ですが、協会の財政力は、それなりにあるよう見受けられました。 [embed]https://youtu.be/5sSTRRbzECo[/embed] © Ramblers GB 会場で上映されたランブラーズ最新プロモ映像  実際に大会がどのような感じであったかお伝えするために、参加したワークショップ2つ、訪れたブース、公開インタビューについて、具体的に説明していきたいと思います。午前中にあったワークショップは、1時間が2本立てで行われ、5テーマの中から2つを選択できました。その5テーマは以下の通りです。 通行権とランブラーズの関わり ランブラーズのキャンペーン活動、昔と今 読図入門 ランブラーズのグループウォーキングとは ウォーキングでの応急法 通行権と当団体の関わりについて、説明  私はランブラーズのことをよく知りたいと思い「通行権とランブラーズの関わり」と「ランブラーズのキャンペーン活動、昔と今」を受講しました。まず通行権の会では、プロジェクターを使って通行権の歴史と規定内容を紹介。またランブラーズがどのようにその過程で携わってきたのか、説明を受けました。ざっと内容を書きますと、 通行権を獲得するまでの歴史を簡単に解説 通行権獲得後のその他の法整備(国立公園制定、散策権、海洋・海岸アクセス法など) ランブラーズの関わり方 訴訟、全国区規模のキャンペーン展開 各地での活動内容(フットパスの不具合を報告・フットパス実地調査・予算確保・歩く環境により良い政策のためのキャンペーン活動・フットパス整備・フットパス設置と保全・【フットパスの存続を脅かす可能性のある】土地開発問題への関与・Definitive MapとOS Map上にフットパス表示を求める活動) 通行権とは何か? 法内容を説明 フットパスを含む通行権のある道の説明と標識 柵や踏み越し台の設置 農場でのフットパス保全(農作作業・家畜による障害にどう対応するか) 自転車、乗馬利用者との共有 不法侵入の定義とは 散策法とは何か 海洋・海岸アクセス法とは何か(2020年までにイングランドの海岸線をすべて歩くことができるようになる。ウェールズは、すべに2012年に開通済み【世界初】) Pathwatch活動について(フットパスがどのような状態にあるのか、オンライン上で文字や写真で近況報告し合う、会員参加型の調査・保全活動。イングランド全土45%まで登録済み) 1時間ですべてを網羅するのは大変そうでしたが、政策担当者が一生懸命説明していました。ランブラーズの存在意義が少し理解できたように思います。  次は、ワークショップ「ランブラーズのキャンペーン活動、昔と今」に参加しました。通行権は19世紀末ごろから主に労働者階級の人たちが、長年にわたり請求してきた過程があります。各地で発生した活動は徐々に規模を大きくしながら団結し、その中からランブラーズが誕生しました。その経緯もあり、同団体はフットパスなどの歩く環境に関係する政治・政策活動に積極的に関与しており、ほかの主なチャリティー団体同様、大規模なキャンペーン活動を盛んに行っています。このワークショップでは、今までを振り返り、そして今行われているキャンペーンをどのように進めるべきか、隣の人と話し合いをしてから、各グループの意見を発表し、全体で意見交換を行いました。話し合いの議題は2点。 ①今までの協会の活動の中で、一番社会に貢献したことは?  ②将来、協会はどのような問題に直面するだろうか?  私は、以前エセックスに住んでいて、退職後はヨーク郊外に住んでいる男性と話し合いました。ロンドン近郊のエセックスと北部の田舎であるヨーク地方では、多少環境の違いがあり、興味深かったです。例えばエセックスでは、ロンドン地価高騰でエセックスに移り住む人々が増えた関係で、新興住宅地が多く建設され、フットパスや自然保護区の保全への影響が懸念されています。一方ヨーク地方は、英国の主な工業地帯のひとつですが農場も多く、農作業後にフットパスが穀物で通れなかったり、きちんと整備されないことが多発しているそうです。地方自治体に通報しても、農協の政治力と財政危機で対応してもらえていないとのこと。ほかのグルーブからの意見を聞いていても、ここ7~8年の財政削減による影響は各地に現れてきているようで、大きな悩みのひとつのようです。ただ、自治体や土地所有者に文句や圧力をかけてもしかたがない。みな状況は同じで、誰かを責めても始まらない。ほかに解決策はないか模索する必要があるとの意見もありました。  例えば、歩くツーリズムと地元観光業の発展、市民の健康問題の解決策として、ウォーキングとフットパスの重要性を感情的にではなく、しっかりとデータで示し、どれだけメリットがあるかを訴えべきだと主張していました。また、英国乗馬協会などのチャリティーで、ランブラーズ協会よりももっと積極的に道のデータ収集や整備をしている団体から学ぶべきだという声も。道の整備は、できるならボランティアの力を借り、自治体に頼らなくてもできるようにしていくべきだ。また、州や市レベルではなく、教会区(一番小さい地方行政区。日本でいう町内会規模)に話をした方がいいのではという意見も出てきました。ただ、その一方で近年の英国では、安全衛生法が厳しくなり、保険の問題や使う作業用具の調達などの負担、土地所有者との揉め事を回避したいこともあり、ボランティアが道整備をするのを、地域によっては自治体が渋る傾向があるのも事実だそうです。お互いの気持ちと利益がうまく重なり、ウィン・ウィンの関係ができないだろうかと思いました。あともうひとつ興味深かったのは、協会の会員があまりにも白人の高齢者ばかりで、今後協会が存続していけるのだろうかと、問題提起された方がいらっしゃいました。マイノリティや若者などにも、もっとアピールする必要があるようです。余談ですが、実際に来場していた会員の中で、スタッフ以外では、40代の私が一番若いのでは(しかも、東洋人)と思うほどでした。 「ランブラーズ協会のキャンペーン活動、昔と今」ワークショップの様子  昼食時と同時に開催されたブースでの展示会は、ランブラース協会各部門、季刊誌編集部、そして各地域担当者や、アウトドア・ギア専門販売店、赤十字、ツアー会社、GPSやデジタル地図のサービス提供会社など、全部で13ブースの小規模なものでした。私は、主に協会がNHS(英国国民健康保険)の指導のもと行っているWalking for Healthの担当者と協会の季刊誌”Walk”編集部の人たちと話をしました。  Walking for Healthの活動は、健康に問題がある人、運動不足な人、リハビリが必要な人、身体的に制限がある人、一人暮らしの老人、新生児を持つ母親など、何かしらのサポートが必要な方々に、歩くことで健康になってもらおうと、定期的に開催されるグループ・ウォーキングのことです。地方自治体と各地域の健康保険機関の指導のもと、癌患者支援団体マクミラン(英国最大規模のチャリティー団体のひとつ)からの資金で、ランブラーズがウォーキング実施をサポートしています。  ここ最近、歩くことが心身ともに健康になる一番の方法であるというデータも多々発表され、医療費削減、社会保障問題の解決にも繋がっていくのではないかと、大変注目されている活動です。例えば、健康歩き事業に1ポンド投資すると、国民保険は7.18ポンド削減できるというデータを、Natural England(イングラントとウェールズ内の自然・景観保全活動を仕切っている政府外公共機関)が発表しています。とはいえ、フットパスが全国にある英国においても、何かきっかけがないとなかなか地元の人は歩かないようで、いかにそのような方々を外へ連れ出し、仲間と一緒に歩いてもらうか。健康状態は人それぞれゆえ、いかに上手くその人に合ったウォーキング・ブログラムを提供できるか。そして、歩き始めた人たちに、今後いかに継続してもらうか。グレードアップした人たちが、次に行ける場をどのように提供していくのか。まだ課題は多くあるようですが、少なくとも参加した人たちからは、良い反応が出てきているようです。  特に精神的な面での影響が大きいようで、歩く行為そのものだけでなく、人と会い話ができることが心のケアに大きく貢献しているようですし、単純に楽しめるということが、継続に繋がっているようです。老人、母親、不登校児、身体障害者など孤独になりがちな人たちは、同じ境遇の方々に会うことや逆にまったく違う環境・世代の方々と会うことで良い刺激を受けている。そのあたり十分配慮しつつも、自主性や自尊心を大切にし、強制的にならぬよう、うまいさじ加減が必要のようです。今後は、医療現場でも”prescriptions from illness to wellbeing” ー 従来の治療のための医薬品処方箋から健康で幸福になるための運動の処方箋(緑の処方箋)を、直接患者に渡してもらう。医療とウォーキング活動の連携の向上により、さらに参加しやすいシステムを構築し、参加者(患者)に理解を深めてもらおうと、今年一部の地域で実験的に実施されているようです。  また国は、都市のさらなる緑地化推進や国立公園を地元地域住民の健康改善に役立てる構想を打ち出しており、緑の処方箋を、ただ歩くことからバードウォッチングなどのアクティビティやこれらの地域の整備ボランディアとして参加を推進するなど、もっと幅を広げていこうという動きが、ランブラーズ協会や自然保護団体のサポートのもと、活発化してきているようです。それによって地域の医療負担が減り、財政難でカットされた環境保全活動費への新たな解決策となるのではと期待されています。 [embed]https://youtu.be/_H73kKHc4V8[/embed] キャンペーン映像  次は、協会の季刊誌”Walk”編集部担当者と話をしてきました。この季刊誌は、作りは一般誌レベルのクオリティーで、会員には毎回無料で送られてくる(もしくは、デジダル版にアクセスできる)ものですが、普通に本屋でも購入することができます。ここでもこの協会の「力」がうかがえるように思います。ブースでは、クイズとアンケートが行われており、アンケートには「今後どこへ行きたいか」「今後取り上げて欲しいギアはあるか」といった項目があり、私はそれぞれ「日本」と「ミズノのブレスサーモ」と書いてきました。大きなボードにも同じ質問「今後どこへ行きたいか」が表示され、自由に書き込めるようになっていました。みなの答えは、やはり英国国内とヨーロッパが多く、その他の地域では、ネパール、ニュージーランド、中国、アメリカ、カナダと書かれていました。私も負けじと、日本と書いておきました。いつか海外の方々に、日本へ歩きに行きたいと思わせるようにできるといいなと思います。  編集部の方に直接話を聞いた際にも、日本のトレイルをアピールしてきました。”Walk”では毎号、海外トレイルやハイキング特集”Global walk”というコーナーが掲載されています。どうやら海外のハイキング専門旅行会社の協力で、毎回特集が組まれているようです。欧米、南米、アフリカといった比較的英国から地理的に近い地域を今までは取り上げてきましたが、新たなエリアを開拓したい様子でした。熊野古道などの歴史ある巡礼の道や英国でも大変ショッキングなニュースであった東日本大震災地域で整備しているみちのく潮風トレイルの話から入り、日本ロングトレイル協会加入トレイルについても、できるだけアピールしてまいりました。ついでに韓国の済州島オルレまで話をしました。 ウィルソン氏が、事前に受付けた質問に答える形で、対談が進んでいった  午後に開催された公開インタビューには、ゲストのノース・ヨーク・モアーズ国立公園運営委員会会長ウィルソン氏が登場しました。ウィルソン氏は、第3セクターでキャリアをスタートさせ、国立公園運営以外にも、Natural Englandの評議員、多くの自然保護や持続可能な開発に携わってきた経歴をお持ちの方でした。実家が農家ということもあり、ヨーク地方の農業団体とも強い信頼関係があるようです。ノース・ヨーク・モアーズ国立公園(North York Moors National Park)は、正直申し上げてピーク・ティストリクトや湖水地方などのように、誰でも知っているメジャーな国立公園ではありません。ヨーク地方には、もうひとつヨークシャー・デイルズ国立公園があります。英国独特の美しい田園風景が見られるヨーク地方を代表する地域で、ナショナル・トレイル第1号のペナンウェイで通過できることもあり、こちらの方が有名で、ノース・ヨーク・モアーズは陰に隠れぎみです。認知度を上げ、地元経済を活性化させるためにも、広報活動に力を入れいます。努力が実り、来園者は増え、1997年Customer Service Excellence®(特殊法人顧客サービス適格認定機関)にも認定され、今も保持しているそうです。  ただ、この公園では去年夏に大きな決断を迫られました。公園指定地域内にある炭酸カリウムの採掘計画案が自治体に提出され、地元住民や保護団体なども含め長い話し合いが行われてきました。運営委員会は去年夏に評議員会内で投票を行い、僅差で計画案受け入れが最終可決され大きな話題となりました。実は、ほかの国立公園でも今議論が盛んになっているのが、公園内におけるシェールガス採掘問題です。政府はシェールガス開発を推進したい考えで、地元住民と今後具体的に話し合いが行われる様子です。ウィルソン氏は、国立公園に住む人間の心情としては、観光客が増えたり、採掘事業の受け入れに喜べない部分もあるが、地元経済を守るためには、時として承諾しなくてはならない現実がそこにあるとおっしゃっていました。勝手な憶測ですが、ウィルソン氏はもともと農家出身ということもあり、自然と人の営みの関係を非常に現実的に見ていらっしゃるように思いました。英国でも自然、エコといったワードの持つ美しいイメージが大きくなりすぎて、そこへ金儲けや資源といった話になるとアレルギー反応を起こす方も多いようですが、やはり地元の人たちにとって何が一番いことなのか、それが重要なことに感じました。炭酸カリウムの採掘事業は、なるべく環境や観光業にダメージを与えないよう配慮された計画案だそうで、今後住民がどのように対処していくのか、見守りたいと思います。 ランブラーズのイベント、ウォーキングなしでは、終われない  長々と書きましたが、以上イベントの報告となります。少しでも会場の雰囲気が伝わればなと思います。イベントの最後は、ランブラーズ協会が歩かないでどうするということで、ウォーキングで締めとなりました。私は時間の関係で大学構内を回る短いコースに参加したため、さほど歩いてはいませんが、会員の方々と話をする良い機会となりました。  今回参加して学んだことは、日本の地方や自然保護活動が抱えている問題は、英国でも同じように壁にぶつかっていることを確認できたことが一点。ただ、そこはさすが議会制民主主義発祥の地だけあり、とにかく時間がかかっても話し合いを重ねていく、多くの人々にアピールしていくしかないといった気持ちが感じられました。そして新たに注目されているボランディアの力や緑の処方箋。地元住民の協力で道を整備していくだけでなく、彼らに頻繁に歩いてもらうことが、道を保持していける秘訣のように思います。今後どのように発展していくのか、常に観察していきたいと思います。  最後に、今回ランブラーズの活躍と影響力を改めて感じ、考えてみました。英国における歩く文化を大きく発展させ、フットパスという壮大なシステムを作り上げてこれたのは、彼らの貢献が大きいのは間違いありません。ただ、もともとレクリエーションウォーキングを重要視する知識人と労働者階級から出てきた団体ゆえでしょうか、未だに土地所有者や保守的な人たちにに対しての嫌悪感があり、どうしてもリベラルな政治活動をする傾向があるようです。今回の会でも、言葉の端々にその雰囲気が感じ取れました。私個人でウォーキング好きな人々に取材していても、ランブラーズは政治色が強くて苦手という方たちは、意外に多かったです。私としては、当団体とは違う立場にいる方々にも、ぜひ話をもっと聞いてみたいと思いました。大会は盛りだくさんで、最後は頭がパンク状態でしたが、それでも参加して良かったと思います。やはり生の声を聞くことは貴重で、自分の見方がさらに広がって良い刺激となり、いろいろ考え直させられる機会となりました。特に団体運営サイドだけでなく、会員の方々にいろいろと話を聞けたのが大変貴重でした。次回も開催されるようなら、また参加してみたいと思います。 2nd February 2016, Saturday @ University of York 【安藤百福記念 自然体験活動指導者養成センター紀要「人と自然」第6号2015年度に掲載されたレポート「イギリス・ウォーキング環境保全の現状 ー 英国フットパスの新たな試み」(38から44ページ目)は、この記事を一部に加えて書かせていただきました。】 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 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 英国冬の一大イベント、クリスマス。12月になるとイルミネーションで彩られた街は、買い物客で賑わい、各家ではクリスマスツリーやリースが飾られ、人々の気持ちは高まります。当日は家族や友人が集まり、ご馳走をみなでいただきお祝いし、食後は団欒しながらのんびり過ごす。最近はかなり商業色が強くなってきていますが、それでも英国人にとって家族や仲間を一番感じる、ほっこりする時期です。ただ、リラックスした気分で、ついつい食べすぎ、飲みすぎてしまう。そんな時は気分転換に、外の新鮮な空気を吸いに、全員で散歩に出かける。そんな人たちが、この時期あちらこちらで見受けられます。日本の初詣のように、目的地があって歩くのとは違い、気の向くままにブラブラ好きなだけ歩く。霜が降りた外の寒さは体に沁みますが、全てが白く凍る冬景色をのんびり眺めていくのは、心身共々リフレッシュされていきます。中には、サンタクロースの赤い帽子を被って歩いているひともいたりして、クリスマス気分を満喫しているようです。 大人になっても、クリスマスはウキウキ♡  英国では、人が集まり食事をしたり、同じ時間を過ごすとき、散歩というのがそのイベントの中に組み込まれていることが多いです。これは、クリスマスだけに限ったことではありません。例えば、私たち夫婦が夫の実家を訪ねた時は必ず、食事前後全員で散歩をします。長靴を履いてゾロゾロ歩きながら、近況報告、政治や経済、地元のゴジップなどを話す。四季を表す自然、歴史的建造物、田園風景を愛でる。誰もが参加でき、お金もかけず、全員で一緒に何かを行うことで、しばらく会っていなかった時間もすぐに埋められ、気持ちがぐっと近くになります。ただ食事をするだけでは、この効果は十分に得られないでしょう。心理学でも対面で話すより、横並びのほうが距離も近く、人は心を開くということを聞いたことがあります。しかも同じ動きをすると同調効果が高まるとか。恋人同士がよく散歩しているのも、納得できます。このような散歩をする風習は、もともと15世紀から16世紀の上流階級が、訪問客に広大な敷地内を歩きながら見せて回るおもてなしや消化促進のために食後に歩いたことから始まっているとか。その後産業革命で人々の生活スタイルが変わり、特権階級だけが許された散歩が、気軽に楽しめるレクリエーションとして大衆へ広がり、現在彼らが普通に仲間と行う散歩という形態になっていきました。 全国共通で、黄色い矢印で表記  とはいえ、歩く道が車道では、雰囲気もへったくれもありません。車の通りばかりが気になり、話もできない。景色をじっくり眺めるような余裕もない。自立心の強い英国人には、人によって決められた公園内や遊歩道をぶらつくだけでは満足しない。ではどこを歩いているのか。それは、Public Footpathと言われる歩行専用道路。畑、牧場、森、丘、山、河川敷、公共用地、私有地、入会地などの中を大胆に突っ切り、まるでブリテン島の毛細血管のように、全国あちらこちらに存在しています。総距離は、現在イングランドとウェールズで約22万5000キロ、スコットランドで登録済みなのが、約1万6600キロ、二つ合わせて、地球6周できるほどの距離にまでになります。登録作業は2026年1月まで続き、距離はさらに伸びる予定です。Publicと書かれている通り、公の道であり、誰でも歩く権利が法律上認められています。その昔、公衆の歩行通路として各地域で使われていた道を、交通手段が多様化した現在では、レクリエーション目的のために保存し、みなが歩けるようにしたのです。ロングトレイルといった本格的なハイキングをするための道は他国でも立派なものがありますが、ただちょっと歩くだけのために、日常生活圏内でこのようなシステムを作り上げた国は他に見当たらないのではないでしょうか。それだけ、散歩が生活の一部となっている証拠だと思います。 赤ちゃんも、みんなと一緒に散歩したい  日本の私たちは、産業革命から資本主義国として走り続けてきた英国を、憧れの先輩として崇め、一歩でも近づこうといつも必死に追いかけてきました。しかし、その先輩も、走り続ける中で、失敗を繰り返し、多くのものを失い、そこで初めて真の豊かさとは何かと考え始めたのです。そして先輩が出した答えの一つは、シンプルに歩くことの喜びだったように感じられます。 参考文献 Ramblers, Ramblers Best Walks Britain (Collins, 2010) Ramblers, Walking in Britain (Ramblers advice, 2012) 市村操一(2000). 誰も知らなかった英国流ウォーキングの秘密 、山と渓谷社 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2022...