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セツダ個人の歩く旅行記と、友人ふたりでの旅・Deco Boco Walkingのレポートがご覧いただけます。

ある日、義理の甥っ子が訊いてきました。 「ねー、シノ。パフィン知ってる?」 「知らない。何それ?」 「鳥だよ。体は小さいのに、大きなオレンジ色のくちばしと足をもった鳥だよ。俺、鳴き真似できんだよ。」 「ほー、どんな感じ?」 「ウィいいいい〜ン。ウィいいいい〜ン。」 「は?何じゃい、その変な鳴き声。バイクのエンジン音みたい。鳥でしょ?」 「そうだよ、こうやって土の中で鳴くんだ。うそじゃないって。この前実際に聞いてきたんだから・・・。」 「どこで?」 「スコーマー・アイランド!!」  このエンジン音みたいに鳴く謎の鳥は、いったいどんな鳥なのか? スコーマー島って、どこ? 7歳のチビ男くんに、詳しく話を聞くが想像できず、こりゃ、百聞は一見に如かずだなっと思い、私のバディであるジルちゃんに次回の旅にどうかと提案してみました。大の鳥好きの彼女は二つ返事で了解。Deco Boco Walking、ついにスコーマー島があるウェールズに初上陸です。 [osmap markers="SM7249009379!red;スコーマー島" zoom="0"]スコーマー島  スコーマー島は、大西洋に面したウェールズ南西部にあるペンブルックシャーにあります。ペンブルックシャー海岸沿いは、独特の自然と歴史的建造物が点在する、英国で唯一沿海にある国立公園に指定されています。また、その海岸線は、ペンブルックシャー・コースト・パス(Pembrokeshire Coast Path)というナショナル・トレイルのひとつで、およそ300キロの道を歩くことができます。随所に泳ぐのに最適なビーチもあり、泳ぐの命のジルちゃんにはうってつけ。学校の夏休みが始まる1週間前のギリギリ7月初めに、B&B最後のひと部屋をゲットができ、もうコレは「行け!」と神様のお告げだと、凸凹コンビは、慣れない地へと車を走らせるのでした。  さて、改めてエンジン音を発するこの鳥は、北大西洋と北極海に生息する海鳥、パフィン(Puffin)ことニシツノメドリということがわかりました。ジルちゃんが住んでいるブリストルから車で3時間弱で行ける、我々にとって一番近い繁殖地が、ペンブルックシャーの海に浮かぶ、チビ男くんも熱く語っていたスコーマー島になります。この730エーカー(2.95km2)の小さな島には、天敵となるネズミや狐がいないため、ニシツノメドリ以外にも、冬季に過ごしたアフリカや南米から10,000km以上かけて渡っているマンクスミズナギドリ(Manx Shearwater)、細長い赤いくちばしが特徴のベニハシガラス(Chough)など鳥たちのコロニー(集団繁殖地)になっています。そのため南西ウェールズ・ワイルドライフ・トラスト(The Wildlife Trust of South & West Wales)が、厳重な管理を行なっています。 早朝のランティングチケット購入待ち。長蛇の列が  この海鳥たちの楽園の島。当然バードウォッチャーたちが英国国内からだけでなく世界中から集結します。(余談ですが、バードウォッチャーたちの熱量って、マジ半端ない。カモフラージュ服着て、機材もパパラッチ並み。私たちとは、気合が違います。)そのスコーマー島では、6月中旬から7月中旬が観察できるピークとなり、8月ごろには彼らは姿を消します。そのため、必然的に大勢の人たちが来るので、上陸するにもひと苦労です。島に上陸できる人数は、1日250人までと限定されていて、ランディング・チケットという時間指定された上陸許可券を朝イチでゲットしなくてはなりません。私たちもがんばって、朝6時半にチケット売り場に行き、2時間行列に並び、無事に券を購入できました。高校生時代に外タレのコンサートチケットを購入した時以来の、ドキドキ感。思わず二人でガッツポーズ! この小さな船にぎゅうぎゅう詰めになりながら、いざ島へ  一度B&Bに戻り、しっかり朝食を取ってから、午前11時半のボートに乗り込み、いざスコーマー島へ。もう、これ以上は望めないぐらいの晴天で、波も穏やか。今年最高の夏模様に、すでにボートの上で、テンションマックスのふたり。15分ほどすると、島の玄関となる入江に入ってきました。崖のいたるところに巣作りしている海鳥たちの鳴き声が、キーキーとサラウンドで響き渡る。親鳥たちは、エサを捕まえに次々と海中へダイブしていく。ご多忙の鳥さんたちのところに、人間の私たちがちょいとお邪魔しま〜すといった感じでした。  上陸後すぐには解放されず、トラストのレンジャーたちによるレクチャーを受けます。今暮らしている鳥たちや島の状況説明、注意事項、望遠鏡の貸し出しや最低限の水と食料の販売などがありました。2018年の調査を元に繁殖している鳥たちの数が、手書きで表示されたボードが立っててあります。「マンクスミズナギドリは、35万羽!? え、なにその数!!」どうやってカウントされたのか不思議に思うぐらいの数字です。またご親切に、今生息している動植物リストもありました。管理体制がしっかりしていてることを、実感します。 島の野生動物生息情報が示されたボード 散策前に、トラストのレンジャーによる説明を聞く [osmap gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/09/Deco-Boco-Skomer.gpx" color="green"]  レクチャー後、まずは島の全体をぐるっと反時計回りで見ていこうと、港がある東側から北へと早速歩き出します。夏の太陽の暑さを、肌でジリジリと感じますが、海風がそれを冷やしてくれるほどの、完璧なウォーキング日和。英国は、北海道よりに北に位置しますが、西岸海洋性気候で、暖流と偏西風により、期間は短いですが、夏はかなり暑くなります。また、海沿いは湿度も高く、歩くと汗ダラダラで、正直歩くのが辛くなります。ただ、スコーマー島は、崖を上ると平地で吹きっさらし。西を向けばケルト海が広がり、その向こうは大西洋です。今日のような天気は天国。ただ、雨風なら地獄絵になるだろうと、シダと短い芝に包まれた島を見て想像ができ、恐ろしくなります。晴れて本当によかった。  ここは、鳥たちの島。当然邪魔者の人間は、決めれれたフットパスしか歩けません。天敵のいないパラダイスに、人間が害を与えてはなりませんもんね。気をつけながら歩を進めます。時々、可愛らしいアケボノセンノウやギョリュウモドキ(ヒース)の花が海風に揺れて、手を振っているかのよう。お目当のニシツノメドリは、遠目に数えるほどしかまだ確認でませんが、それでもその可愛さに胸がキュンキュン。スコーマー島に滞在するニシツノメドリは、3万羽ちょっと。スカンジナビアあたりでは、エサとなる魚が減り、巣からかなり離れた場所まで採りにいき、新鮮な魚をヒナに与えることができず、数を減らしているそうです。そのためもあり、1959年この島は保護区に指定されました。いかにこの島が重要なのかが、わかります。 アケボノセンノウが風に揺れている  平坦な道を、北から西、そして南へと、気ままにスナックを食べたり、時にボーと景色を見渡しながら、ダラダラ歩いていきます。お天道様もてっぺんまで上がり、木陰がまったくない道を行くのは、さすがに暑さが勝り、ペースダウンしてくる。持参した水もどんどんなくなっていく。そんな道中、悲惨な鳥の死骸が目に付き、なんじゃこりゃ?と思いながら通り過ぎていくことが、多々ありました。あとで聞くとマンクスミズナギドリがカモメに襲われたあとだそうです。彼らは、冬の間過ごしたアルゼンチンや南アフリカからはるばるここまでやってきたのにもかかわらず、その哀れな姿に心が痛みます。しかも彼らは、長距離を飛ぶことに特化していて、うまく着地ができないそうです。嗚呼、なんということか・・・(涙。 見渡す限り、パフィンの群鳥 パフィンと会話するジルちゃん  3万羽いるニシツノメドリちゃんたちは、一体どこよっ!と思っていたその時、視界いっぱいに、ミニラグビーボールぐらいの大きさの物体がひゅーひゅーと飛び交っているではありませんか。その物体は、私たちが立っている崖の下に広がる海から、ポンポンと現れ、次の瞬間には、我々の足元近くに、ぴたっと飛び降りてきています。背中側が黒く、腹側が白い。目元に歌舞伎の隈取のような模様があり、全体のサイズに対して、大きく目立つオレンジ色の嘴。なんとも不恰好なニシツノメドリたちが現れました。小魚を嘴いっぱいに咥えながら、人間の存在を感じていないかのように、テクテクとペンギンのように歩きながら、地中にある小さな洞穴に入っていきます。そして、穴からでてきて、再び海へと飛び出していきます。ニシツノメドリの親鳥たちは、新鮮な魚をひなに与えるべく、フル活動中でした。 [embed]https://youtu.be/2W60XX6YFNs[/embed] 撮影する人間の姿を不思議そうに見ているパフィン  呆気にとられて見ていると、ウィいいいい〜ンというチェインソーのような不思議な音が、地面下から聞こえてきます。飛んでいる海鳥たちのピーピーと鳴く音とは明らかに違うもの。「どこかで、木を切っている?いやいや、木は生えていないよこの島。えっ、まさか、コレは・・・。」その音こそ、7歳のチビ男くんが言っていた、ニシツノメドリの鳴き声だったのです。ゆるキャラの姿とチェンソー音のミスマッチ。なんとも不思議な生き物に、ますます萌えてしまいます。鳥大好きジルちゃんは大興奮で、ずーとニシツノメドリたちに話しかけている怪しい人になっているし・・・。最後には、「カバンに入れて持って帰っていい?」と云い出す始末。とにかくキュートなニシツノメドリたちに囲まれた、渡り鳥たちのパラダイス。いつまでも、その癒し系キャラを眺めていたいと思ったふたりでした。かわいすぎるよ、君たち!! あの謎のエンジン音が穴ぐらから聞こえてくる 4th July 2019, Sat @ Skomer Island, Pembrokeshire, Wales トレイル情報: スコーマー島 www.welshwildlife.org/visit/skomer-island 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2022...

路線バスを観光客に利用してもらおうと、二階をオープンにしたり、看板で情報をわかりやすく表示したりと、一生懸命工夫している様子がうかがえる *一日目は、こちら >>  二日目: 今日も長崎・・・、いやいや湖水地方は、雨だった〜♪ あちゃー、朝から本降りです。のちのち晴れる様子もないぶ厚い雨雲。今日も濡れるぞー!!と覚悟を決めて、B&Bを出ました。二日目は、湖水地方のもうひとつのシンボル的存在であり、英国を代表するロマン派詩人、ウィリアム・ワーズワースが暮らしていた家、ダヴ・コテージを訪ね、その周辺を歩きます。まずは、ウィンダミアからライダルという村へ、バスで北に向かいました。湖水地方は、マイカーで訪れる人が多く、自然環境や地元住民の生活への負担が懸念され続けてきました。2017年世界遺産登録をきっかけに、公共交通機関をさらに利用しやすくしようと努力を重ねています。その結果でしょうか、英国の田舎には珍しく、バスの本数はそれなりにあり、ストレスなく移動できました。運転手さんが、ヘッドマイクを装着し、運転しながら湖水地方の案内をしてくれていましたが、まだちょっと慣れていない様子。世界遺産のために頑張る彼らが微笑ましいです。ただごめん!訛りが強くって、聞き取りずらいよ〜、運ちゃん。 [osmap centre="NY3463906653" zoom="7.00" gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/11/Lake-District-_-Rydal-to-Grasmere.gpx" markers="NY3646806153!red;出発終着点: ライダル"] [osmap_marker color=red] ライダル  30分弱で、ライダルに到着。ここから、ライダル湖とグラスミア湖を左に見ながら、ぐるっと一周するコースをいきます。その途中にある村グラスミアに、ダヴ・コテージがあり、休憩がてら立ち寄る予定。バス通りから山側に一歩奥に入ったところにフットパスがあり、まずはライダル村の住宅エリアを抜けていきます。すると左側にライダル湖が姿を現しました。小さな山に囲まれ、その谷間に水が流れ落ちてできた小さな湖。山々には、オークなどの落葉樹の大木たちが、湖へ手を差し伸べるかのように枝を伸ばし、霧が葉の間を穏やかな川の流れのようにすり抜けていきます。昨日訪れた開放感のあるウィンダミア湖とは対照的で、ライダル湖とグラスミア湖周辺はとても可愛らしく、全体的にキュッとコンパクト。いつもは、くっちゃべり続けるふたりですが、今日は黙々と進んでいきます。カッパから伝わる雨音と濡れた大地をブーツが蹴る音だけが聞こえ、瞑想をしているときの気持ち良さが、歩きながら湧いてきました。母親の胎内にいるような、包み込む優しさが漂い、湿気った空気と共にスーと体に入ってきます。雨を通して、この地と同化したような感覚がありました。 ライダル一周コース  以前は外へ出る時、晴れ以外はハズレの日と思っていましたが、英国に住み始めてからは、今回のような雨でしか体験できない味わい深さがあることを知りました。それに、英国では、雨ぐらいで、外で遊ぶことをやめたりしません。歩くし、自転車漕ぐし、魚釣りもします。今日も雨がしっかり降っているのに、マウンテンバイクで通り過ぎていく若者たち、犬と散歩する人たち、そして私たちのように、散策するものたちで、フットパスはそれなりに賑わっていました。レバノンに長く住んでいた友人が、久しぶりに英国に帰国した際に、雨がどれだけ恋しかったか話していたことを、ふっと思い出しました。雨が続くと、みなブーブー文句を言いますが、場所が変われば、雨模様は貴重なんですよね。 1822年に出版された『湖水地方案内』の原本。本物を見ると、ワーズワースに会えたように思えるから不思議。もちろん、代表作である詩『水仙』が掲載された詩集の原本も見れる  一時間半ほどで、ダヴ・コテージ前に到着しました。さて、中を見学に行こうとする私に、ジルちゃんが難色を示します。もっと歩きたいと言うのです。「来る前に何度もコース説明したじゃん。この後も歩くんだよ。」ともう一度確認するも、「湖水地方までわざわざ来たからには、観光じゃなくて歩きたい。」と平行線。こりゃ、ダメだと思い、地図を広げられるカフェで一服するため、一度コテージから去りました。ワーズワース参りしないで、湖水地方もへったくれもあるかい!とちょっとイラっときていた私ですが、最近仕事や執筆活動で問題が山積し、ストレスマックスのジルちゃんの気持ちもわからなくも・・・。正直別のコースを考えていなかったし、雨もまだ降っているので、コースを変えずに納得してもらえないかと、なんとかなだめる私。ずぶ濡れの服を乾かすがてら、ダヴ・コテージを見学することを、ようやく承諾してもらいました。 早速コテージに戻り、まずは隣接している展示場で、コテージ内見学の順番待ち。ワーズワースの肖像画や当時出版された詩集本などを見て回りました。ロマン派詩人として、彼の英文学への功績はもちろん言うまでもないですが、私個人としては、今日の環境保護運動の先駆者としての尊敬の念が強く、ガラスケース内に1822年に出版された『湖水地方案内』の原本を見たときは、感無量でした。この本の中で、彼は湖水地方を、“a sort of national property, in which every man has a right and interest who has an eye to perceive and a heart to enjoy”ー見る目と楽しむ心を備えたすべての人が権利と関心を持つ、一種の国民的財産である(小田友弥訳、2010)と述べました。この考え方から、国立公園やナショナル・トラストなどが誕生し、今日議論されている環境問題や持続可能性などへと繋がっていくのです。日常で普通に使われるようになった「エコ」という言葉も、もしかしたら、ワーズワースがいなければ、世界中に認識されてることがなかったかもしれません。数ヶ月前に登録された世界遺産を機に、彼の環境思想は、学者たちの中で、再評価ブームがきているようです。約200年前に、新たな自然に対する視点が議論され、それが今私たちが当たり前のように感じ取っていることが、すごいことだなと感動していると、メモ帳片手に、真剣に展示物に見入るジルちゃんが・・・。なんじゃい、結構楽しんでるじゃねーか。 一生懸命メモしながら展示に見入るジルちゃん。文句言ってたの、どこのだれよ  ついに、コテージ内を見れる順番がきました。ワーズワースと彼の家族、そして訪ねてきたロマン派の詩人たちについて、丁寧にガイドさんが説明してくれました。彼らの生活した跡が若干残っている空間で、彼らが歩き、遊び、食事し、創作し、旅行し、恋愛し、時に失敗し、そして、湖水地方の自然を愛していたんだな。偉大な詩人も私たち同様、人生を謳歌していたことがわかり、「なーんだ。私たちとそう変わらないじゃん。友達になれそう。」とふたりで笑っていました。このガイドツアーを通して、私には、ひとつの発見がありました。ウィリアム・ワーズワースの妹、ドロシー・ワーズワースです。彼女についての記録は少なく、肖像画もないので、どんな人だったよくわからないそうです。ただ、彼女は詩人の兄の片腕として、一緒によく行動をし、歩きにも行っていたことが、唯一残された記録である彼女の日記から読み取れます。まだ女性の地位が低い時代に、ドロシーはよく湖水地方内をひとりで散策をしていたそうです。彼女もまた女性ウォーカーという新たなムーブメントを起こしたひとであり、私たちふたりにとっては、ウォーキングの女神と言えるのではないでしょうか。といくことで、最後記念に私はドロシーが書いた日記本"The Grasmere and Alfoxden Journals"をゲット。なんとジルちゃんは、ワーズワースの詩集をちゃっかり購入していました(その後、ジルちゃん宅のトイレでこの本に再会しました)。ホレ、みたことか。すっかりハマってんじゃん!  さて、後半戦。雨は我々の望みとは裏腹に、止むことなくシトシトと降り続けています。もう天気には期待せず、あとは歩いて出発点に戻るのみとグラスミアの目抜き通りを抜けて、大きくUターンするように、来た道とは反対側の湖の辺りを歩き始めました。雨が服にも靴にも染み込んで、二人のメガネも汗と混じって曇り、不快感を通り越して諦めの境地。二人の距離も少しづつ離れ、会話もなくなり、ただただ修行僧のように黙々と歩を進めていきます。でも、不思議と嫌な気持ちにはなりません。ジルちゃんも当初の目的である歩きができて、満足そう。やっぱり、ここは湖水地方。一年の2/3が雨天。降水量は半端ないのだ。しかし、出発点のライダルに戻って来たときには、さすがにクタクタになっていました。さっさと宿に戻り、服を着替え、夕食にタイ料理を食べ、昔ながらの映画館でまったりして、体に温もりを戻していきました。なんだか、学生時代に戻った夜でした。 ワーズワース以外にも、詩人のコールリッジ、画家のタナーなどが多くの芸術家たちがこの辺りに滞在していた  翌朝、カーテンを開けると、外は眩しいほどピーカンでした。体も心もすっかり洗い流された二人。「帰る日に晴れやがって。待ってろよ、また来るからな!!」と捨て台詞を吐いて、一筋縄ではいかない湖水地方をあとにしました。 30th September 2017, Sat @ Hilltop & Moss Eccles Tarn & Belle Grange, Lake District, Cumbria 参照: *1 湖水地方案内、ウィリアム・ワーズワス著 小田友弥訳(法政大学出版局 2010) 観光&トレイル情報: 湖水地方国立公園 www.lakedistrict.gov.uk/home ダヴ・コテージ wordsworth.org.uk 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

 秋だよ、歩くよ、どこまでも。友人ジルちゃんとぶらぶら英国散策、Deco Boco Walking。今回はついに英国人ウォーカーたちの聖地、湖水地方にやってまいりました。日本人観光客にも人気のこの地は、年間2000万人近くの人々が訪れる英国を代表するリゾート地です。1951年に国立公園に指定を受け、2017年には30年越しの夢を叶え、ユネスコ世界遺産に登録され、今後さらにその勢いは増しそうです。 [osmap markers="SD4138598631!red;湖水地方" zoom="0"] [osmap_marker color=red] イングランド北西部 湖水地方 ウィンダミア  今回の拠点は、湖水地方南側の中心地、ウィンダミア。可愛らしい田舎町といった雰囲気で、ここに大勢の人々が来れるのかと驚くほどのコンパクトさです。駅周辺には、観光客向けの店が連なり、その奥にはB&B(朝食付き民宿)激戦区が続きます。どことなく、軽井沢や清里などの町並みを思い出させる、地元の人々の生活感が表に見えてこない空間がそこにはありました。今回は、初めての湖水地方ということで、コテコテの観光しながら、歩くことにしました。散歩レベルの歩きから始まった凸凹コンビが、まさか湖水地方へ上陸するとは…。高揚感が半端ない! [osmap centre="SD3932397227" zoom="6.00" gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/11/Lake-District-_-Windermere-Hill-Top-Walk.gpx" markers="SD4123898014!red;出発終着点: ウィンダミア"] [osmap_marker color=red] ウィンダミア 大雨でウィンダミア湖を渡るボートには、私たちふたりのみ  一日目:日本でも有名な湖水地方の代名詞ともいえる大ベストセラー児童書『ピーターラビット』。今回は、その生みの親であるビアトリクス・ポッターが暮らしていた家、ナショナル・トラスト所有のヒルトップを中心に歩きます。あいにくの雨。それでも我々の足を止めることはありません。ボウネス・オン・ウィンダミアから、ウィンダミア湖をボートで渡り、ファ・ソーリー(Far Sawrey)へ。そこからミニバスで、ヒルトップへと向かいます。朝から本降りで、ミニバスに乗ったときは、雨具も靴もびっしょり。服から滴る雫をどうすることもできずに、曲がりくねった道を進むバスに揺られ、小さな村ニア・ソーリー(Near Sawrey)に降り立ちました。 ビアトリクス・ポッターが住んでいた家、ヒルトップ。多くの観光客が訪れる名所 ヒルトップの階段の踊り場に展示してあった彼女の手紙からの引用。「雨続きで、我々のところも浸水しそうになってきていますが、とりあえず麦のタネを蒔きました。」今日のような大雨の中で書かれたのだろう。彼女と繋がった感じがする  さすがこの雨で客はいないだろうと思っていたら、ヒルトップには私たちのような物好きがたくさんいるいる。道中、だれも人を見なかったのに、ヒルトップには、ウジャウジャ人がいるのです。どっから湧いてきたんだ、このひとたち?どエライ人気。そのため、土砂降りの雨の中、外で順番待ちをすることに・・・。雨に打たれながら「これ、夏に来たら悪夢だよ、きっと」と頷き合うふたり。ようやく順番が回ってきて家に入れましたが、照明がない家の中はあまりにも暗く、よく見えない。ヘッドライトを照らして見ている人もいました。展示を見ながら私個人としては、ピーターラビットより、ロンドンのお嬢様で、絵が得意だったポッターが、この湖水地方へ移り住み、最終的にピーターラビットの大ヒットで得た土地すべてをナショナル・トラストに寄付したことのほうが、大変興味がありました。湖水地方内に多くあるトラスト所有地のまさに三分の一が、彼女からの寄贈によるものだそうです。「えらい、金持ちだったんだ〜」と彼女の財力の重さが、ピーターラビットの可愛らしいイメージを吹っ飛ばしてしまいました。そしてもうひとつ興味深かったのが、彼女は若い頃生物学に夢中でしたが、女性ゆえに講義を受けることも新説を発表することも許されなかったそうです。時代が違えば、有名な学者になっていただろう彼女の才能は、別の形で開花したのでした。 腹が空いては戦(歩き)はできぬ。困った時のパブ頼み  せっかくここまで来たのに、今のところドヨーンと暗くて寒い印象しかなく、雨が一向に収まる様子もないこの状況に、この後歩けるのか不安で、気持ちがしぼんでしまいました。ここは、凸凹ウォークのポリシーのひとつでもある、「困った時は、パブ」。早めの昼飯がてら一度暖をとる作戦に変更。ヒルトップ見学もそこそこに、隣接していたパブへ直行したのです。営業時間10分前にも関わらず、強引なふたりを快く招き入れてくれたパブで、暖炉の前にあったテーブルを確保。さっそく脱いだ雨具と靴と靴下を乾かし始めました。恥もへったくれもない、外国人観光客ふたり。スープと地元のカンブリアハムのサンドイッチをじっくり食し、温まった素足で床の上をパタパタと叩きながら、雨が弱まるのを待ちました。なんて至福の時間なんでしょ。ヒルトップ見学よりポッターの世界にどっぶり浸れたように思います。エネルギーをジャージし、歩く気分も上がってきたので、勇気を振り絞って外へGO。 忍者ジルちゃん。急遽沢登りへ変更!?  まずは、ポーターもよく絵を描きにいていたモス・エクル・ターン(Moss Eccles Tarn)という小湖があるところまで登っていきます。「雨が止んでラッキーじゃん」と思ったのもつかの間、地面に降り注いだ雨が溢れ出し、道が小川へと変貌していました。もうここまで来たのだから歩くぞ!!と貧乏性外国人たちの決意は硬く。池のような水溜りは、石垣を忍者のごとくはって通り抜け、水がザーザー流れる坂道は、石を橋代わりに右へ左へと渡りながら歩いていきました。それでもせっかく乾かした靴に水は入ってくる。「足が濡れてキショイよー」と叫ぶジルちゃん。友よ、自然の中を歩くということは、そうゆうものよ。ましてやここは湖水地方。降水量が多いから湖がこれだけできるのがよくわかるっしょ。これも致し方ない・・・。どっぷり湖水地方の洗礼を受けたふたりでした。 どこを見てもピクチャレスク。ポーターが惚れ込むのもわかる気がする  濡れた足の不快感とは反対に、雨上がりの湖水地方は、なんと絵になることでしょう。空、雲、山、森、草原、川、湖。人間が思い描く美しい自然の要素全てがそこにはあり、時間とともに、刻々と姿を変えていく。大自然の舞とでもいいましょうか。全く飽きがこない。多くの人々がこの地を愛してやまない理由がわかります。日本人の私でもノスタルジックな気分にさせられ、胸がキュンキュンしてきます。とてもロマンチックなのです。流れていた雲から徐々に青空が顔を出すようになってきました。英国の自然といえば、ヒースなどの低木が群生している高原地帯ムアランド(moorland)のイメージでしたが、湖水地方には、立派な落葉樹が多く生息していて、すごく印象的です。紅葉した落葉樹は、陽の光で黄金色にキラキラと輝きます。日本の紅葉のイメージと少し違い、哀愁もあるけれど、それ以上に突き抜けた明るさを感じるのは、なぜでしょう。  あっという間にMoss Eccles Tarnに到着。そこらじゅう水浸しの道を歩いて来たので、小湖を見ても、ふーんといった感じです。それじゃ、もっと歩いてみようと、先に進みます。目の前に広がる牧草地には、放牧された羊たちが天気など気にせず、草を毟るのに夢中です。ところどころでフサフサした大型犬が歩いていて「なんだ、ありゃ?」とふたりで不思議がっていました。のちにそれが湖水地方原種で、ポーターが多くを保護したハードウィック羊とわかったのです。あちゃ〜、もっとちゃんと見ておけばよかった。残念。 雨で濡れた石段がつるつる滑り、ふたりからブーイングの嵐  徐々に下降しながら、ウィンダミア湖へと出ていくコースをとりました。今まで私たちが歩いてきた数々のナショナルトレイルは、どんぐりマークを追って歩くので比較的簡単でしたが、湖水地方は標識が少なく簡単なルートでも地図を見ながらでないと、すぐに道を間違える危険があります。今までのように、最悪タクシーを呼べばいいじゃんとは、いきません。湖に戻ってくるまで、あっちか、こっちかと不安になりながらも、なんとか降っていきます。読図に自信のない私たちの頼りは、紙のOSマップだけでなく、スマフォにダンロードしておいたOSマップ。現在地を示してくれるので、とても助かりました。読図力アップを心に誓いつつ、ついつい機械に頼るぐーたらなふたりです。 ジルちゃん、ブナと交信中  針葉樹の森を「なんか、ここだけ暗くてカラーが違うなぁ〜」と思いながら抜け、完全に水が氾濫した道を「最悪ぅー!!」と叫びながら通り、丁寧に作られた石段の道を「誰だ、こんないらぬ仕事をしたバカは!」と、文句を言いながら、滑りそうになり、ようやく湖にたどり着きました。天気はすっかりよくなり、肌寒いけれど清々しい空気の中、湖の岸に沿って、今朝に降り立ったボート乗り場へと向かいました。天気が回復したためか、老若男女多くの人たちが夕方の散歩を楽しんでいました。湖水地方に来たらハイキングしなくてはならない・・・とは限らない。散歩してお茶してのんびりしてもいい。一日中本を読みながら、景色を眺めていてもいい。スケッチブックに絵を描くのもいい。サイクリングしてもいい。乗馬してもいい。トレランしてもいい。セーリングしてもいい。自分なりの流儀で遊び、この風光明媚を謳歌すればそれでいい。誰も干渉などしてこない。湖水地方出身で、ロマン派詩人、ウィリアム・ワーズワースは、湖水地方のことを、「見る目と楽しむ心を備えたすべての人が権利と関心を持つ、一種の国民的財産である」(小田友弥訳、2010)*1といいました。そんな雰囲気が、実際にここには満ち溢れていたのです。明日は、そのワーズワースが暮らした家を訪ねます。  二日目につづく  二日目は、こちら >> 30th September 2017, Sat @ Hilltop & Moss Eccles Tarn & Belle Grange, Lake District, Cumbria 参照: *1 湖水地方案内、ウィリアム・ワーズワス著 小田友弥訳(法政大学出版局 2010) 観光&トレイル情報: 湖水地方国立公園 www.lakedistrict.gov.uk/home ナショナル・トラスト ヒルトップ www.nationaltrust.org.uk/hill-top 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

雨上がりの朝、どこまでも続くブルーベルとワイルドガーリックの群集に、身も心も肌も、洗われてしっとり * 一日目は、こちら >>  二日目:豪華な朝食でバッチリ腹ごしらえをして、バードリップのB&Bをあとに。車道に出てすぐコッツウォルド・ウェイの標識を見つけ、森の中へと入って行きました。湿気を帯びた暑さは、昨夜の嵐ですべて流され、ヒヤッとした空気が、足元から湿った大地の匂いを運んできます。新緑も恵みの雨を喜んでいたのか、艶やかな光を放っています。雨上がりは、独特の静けさと清らかさがあり、歩いていると洗礼を受けているような・・・。私利私欲にまみれている私たちには、なおさらそれがビシビシ強く感じられるのでしょう。胃も心も満たされ、「極楽じゃ〜」と、まったりしてきたふたり。歩く速度もノロノロ。上を見上げれば、ブナの葉で覆われた空は、緑で埋め尽くされ、その隠された青空が逆に地面から湧き上がってきたかのように、ブルーベルの群集が足元からどこまでも続いていました。ここウィットコンブ(Witcombe)の森は、英国国内でブルーベルの名所といわれているだけあります。本当に可愛らしい春の光景。日本の桜を愛でるときに感じる、美しさと儚さへの賛美とは、また違う味わいのお花見です。 [osmap centre="SO8910712455" zoom="5.50" gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/11/Cotswolds-Way-_-Birdlip-to-Painswick.gpx" markers="SO9244714520!red;出発点: バードリップ|SO8658009625!green;終着点: ペンズウィック"] [osmap_marker color=red] 出発点: バードリップ [osmap_marker color=green] 終着点: ペンズウィック ナショナル・トレイルのどんぐりマーク、凸凹コンビが名付けた"Acorn God"に導かれコッツウォルズ地方を満喫中  生い茂る高木の中をひたすら歩いていきます。気温が徐々に上がり、熱気が篭り始め、じとーっと汗が出始めました。時々ポコっと視界が開けるスポットで、風にあたり涼みながら、遠くの田園風景をボーと眺め、そしてまた森の中を進む。それを繰り替えしていきます。コッツウォルドの景色は、まさに「Chocolate-box ー おみやげ用のチョコレートの包装箱に載せている写真のような美しさ」。どこをとっても絵になります。コッツウォルズ地方は、14〜16世紀に羊毛産業で栄えましたが、18世紀産業革命後、時代は毛織物から大量生産の綿製品へ移り、時代に取り残されてしまいます。しかしそれは逆に奇跡的に荒らされることなく、古き良き英国を今に残すことができたました。英国ので「カントリー(Country)」の意味は、日本で言う「田舎」のイメージとは違います。美しい田園地帯に家を持つことはステイタスであり、逆に都会にしか住めない人たちは、労働者といった感覚があります。つまり、カントリーライフは、英国人にとって、洗練された憧れの生活なのです。その夢見るカントリーライフで一番人気エリアが、このコッツウォルズ地方。ロンドンから2時間ほどで行ける理想郷として世界中の観光客を魅了し、英国セレブやリタイアしたひとたちが、こぞって家を購入する人気のスポットとして返り咲いたのです。その後、この美しい景観を守っていこうと、1966年にArea of Outstanding Natural Beauty – AONB(特別自然美観地域)に指定され、国、地方自治体、住民が協力して、持続可能な景観保護と地域社会に努めています。その効果の現れなのか、外国人の私たちでも歩いていて、「なんか知らないけれど、懐かしいなぁ〜」とそんな気分にさせてくれます。 チーズ転がし祭りが開催されるコパーズ・ヒル(Copper's Hill)。写真ではわかりずらいが、かなり急斜面  タラタラ歩いていると、そこへ突然とてつもない急な坂に出くわしました。「この暑い中、マジでここを登るのか・・・」と地図をなんども見直しましたが、そこに選択の余地はありません。諦めて登り始めていきますが、距離がそうないためか、上まできれいな直線の道になっており、乾いた土で足は滑るは、暑さで息がさらに苦しいはで、ヘトヘト。「朝食のエッグベネディクト食べ過ぎなければよかったよー」と叫ぶふたり。後悔先に立たず・・・というか、先に進まず。ようやくの思いで登りきり、広場へと出てきたところで、ふたりともまさに「Time!! ー ちょっと待った!」。地べたに座り込みひと休みしなくては、動けませんでした。「なんじゃ、ここは」と水を飲みながらガイドブックを見ていると、英国の奇祭のひとつであるThe Gloucestershire Cheese Rolling ー チーズ転がし祭りが開催される丘ではありませんか。日本のテレビ番組で、お笑い芸人さんがこの祭りに参加した模様が放送されていた、あの丘です。「こんなところ、チーズ追いかけて転がり落ちていくなんて、アホか!」ふたりとも首を横にフリフリ「英国人の考えること、本当によくわからないよねー」と苦笑い。 地元民たちが、愛犬とともにランニング。この環境が家の近くにあることは、健康面から考えても、必要なこと 凸凹コンビの未来の姿!?どこへいっても、女性二人で仲良く歩く方々をよく見かける。どこの国でも女性は元気 地元に愛される道でなければ、後世には残せない AONB指定地域総面積(黄色部分)は、2038平方キロメートル。ほぼ東京都の大きさぐらいで、英国内のAONBで一番広い。青い線が、コッツウォルド・ウェイ © Cotswold Way | National Trails  今回の旅を通して印象的なのが、訪問客だけでなく、地元のひとたちが、犬の散歩やランニングをしている姿をよく見かけたことです。コッツウォルド・ウェイは、AONB指定地域の一番西側に、北から南へと道が一本引かれてたところになります。観光客が訪れるチッピング・カムデン、ブロードウェイ、バースなどを通過しますが、コースのほとんどは、地域住民の生活圏内を通り抜けていきます。ですので、観光ツアーで出会う景色とは違い、コッツウォルド本来の姿が垣間見れる。観光スポットが表なら、このトレイルは裏道を歩いているような感じです。トレイルと聞くと、アウトドアや観光目的で、お客さま向けのものと考えがちですが、英国の場合は、まず住民が日常で利用しているフットパスがベースになっています。レクリエーション目的でのフットパス保護運動は、300年前に始まりましたが、それ以前から普通に通勤通学で使っていた生活歩道がフットパスです。そして、それをより面白くしようと作られたのが、数多くあるフットパスを一本に繋げた、今回のコッツウォルド・ウェイ含むレクリエーショナル・トレイルです。米国のウィルダネスを歩くトレイルとは、まったく異なる文化がそこにはあります。だから、ヘタレな我々凸凹コンビでも、そんなにトレーニングもせず、気軽に歩きに行けるトレイルが多いのです。 石屋の敷地に、フットパスが縦断している。勝手に入って、そのまま進んでも、問題なし 「ゴルフ場にこれから入ること、心せよ」と注意書きが・・・。「入ってもいいけど、なんかあったら自己責任よ」という考え方、英国らしい  その後も森の中を歩き続け、車道にでてきたところで、今回のコース最後のポイントになる丘陵の上にできたもうひとつの森、ペンズウィック・ビーコン(Painswick Beacon)にあるパブを発見。キンキンに冷えた飲み物求め、倒れこむように中へ。炭酸水を一気飲みしたジルちゃんは、「もー、蒸れて我慢できないよ」と靴を脱ぎ、サンダルへ履き替え始めました。一息ついた後、重い腰を持ち上げて、もうひと踏ん張り、ペンズウィック・ビーコンの中を歩き始めます。暑さで体が怠く、二人とも無言に・・・。でも、これはこれで、心地よい時間が流れているのです。途中、この地方の家々に使われいる蜂蜜色の石灰石、コッツウォルド・ストーンを扱っている石屋の敷地内やゴルフ場を抜けて行きます。人の家に勝手に入り込むようで、外国人ふたりは戸惑うのですが、でもいいんです、勝手に入って。「通行権という印籠が、目に入らぬか〜ぁ!!」と、石がゴロゴロあっても、ゴルフボールが飛んでても、堂々と歩いて行きます。そうこうしているうちに、最終目的地のペンズウィックの村に到着し、やっぱり最後はビールで旅のシメとしました。 ゴルフ場を、サンダルで歩くジルちゃん。違和感があっても歩く権利があるので。でも、ボールには気をつけて! 真のコッツウォルドを見たければ、おススメのトレイル  まずは、地元のひとたちが歩いてなんぼ。それが英国のトレイルの根底にはあることを、今回のコッツウォルド・ウェイを歩いていて強く感じました。逆に、地域住民たちが歩かない道に、郷土愛からくる愛着もなければ、整備し続けていこうと思わせる気持ちも生まれない。安易に観光資源としてトレイルを管理していても、道は存続できない。その姿勢が、国内外でも定評があるAONBコッツウォルズが進めている持続可能な景観保護に繋がっているんだろうと感じました。ただのポッシュ気取りのエリアではないんだな〜、コッツウォルズ地方は・・・。ふたりでチョコレートを頬張りながら、そう思ったのです。 8th May 2016, Sun @ Cotswold Way (Birdlip - Painswick), Gloucestershire トレイル情報: コッツウォルド・ウェイ オフィシャルサイト Cotswold Way : Trail Guide (Aurum Press, 2012) 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

 春が来た、春が来た、どこに来た〜♪ 英国にも春が来たぞー!!ということで、友人のジルちゃんと英国を歩く季節がやってまりました。英国育ちでない凸凹コンビが、ぶらぶらと歩きながら、千変万化するこの島国を肌で感じ取る。そんな旅は、山あり谷ありの我々の人生とも重なるということで、二人旅シリーズを"Deco Boco Walking"と命名しました。そしてこのDeco Boco Walkingの記録を残していこうと、フェイスブックで専用のページも開設してみました。 Deco Boco Walking: www.facebook.com/walkingupdown/ ぶらぶら歩きもページ開設もあまり深く考えず、ノリでやっておりますので、今後どんな展開になりますやら・・・、まずは、行けるところまで進んでみます。気長にお付き合いいただければ幸いです。 クリーブ・ヒルにあるゴルフ場から今回の旅はスタート。COTSWALD WAYの標識がお出迎え  さて、今回の旅は、春といえばお花見でしょ!っということで、英国流お花見は、なんぞやと考えた時、春の花の代名詞、ブルーベルを愛でることではと思い立ち、有名スポットがいくつかあるコッツウォルド・ウェイを歩いてきました。なんせ凸凹コンビのふたりは、Lazy Lady Walkers(気合の入っていない、ゆるゆる女性ハイカー)でして、寒くて、暗くて、泥だらけの英国の冬は、もっぱら脳内で旅してばかりでしたが、ようやく靴の紐を閉めて、外へと飛び出す心の準備が整いました。コッツウォルド・ウェイは、前回おしゃれに紅葉狩りと思って出かけたら、暴風雨に見舞われ、コッツウォルズ地方のポッシュな(上級階級らしいさま)雰囲気を味わうどころか、服はびしょ濡れ、髪はボザボザ、足元は泥だらけという、ワイルドな旅で終えましたので、今回はある意味リベンジ!!(コッツウォルド・ウェイ 秋編は、こちら >>)前回歩いたコースより、若干北へ上がったコース、一日目は、クリーブ・ヒル(Cleeve Hill)からダウズウェル(Dowdewsell)、二日目は、バードリップ(Birdlip)からペンイズウィック(Painswick)をぶらぶらしました。 歩くひと、犬の散歩しているひと、羊の放牧。そして、ここはゴルフ場。まさに多目的に使われている土地があるのが英国式 [osmap markers="SO9891927164!red;クリーブ・ヒル" zoom="0"][osmap_marker color=red] クリーブ・ヒル  一日目:雨上がりの五月始めの週末、英国障害競馬の祭典が有名なチェルトナム(Cheltenham)の駅に降り立ち、そこからタクシーでクリーブ・ヒルに向かいました。ブルーベル満開時期は過ぎてしまっているかなと少し心配しながらも、坂道を上がっていく車に揺られ、私たちの期待値も高まります。今回のスタート地点は、なんと丘の上にあるゴルフ場。早速COTSWALD WAYの文字とナショナル・トレイルの印であるどんぐりマークが記された標識がお出迎えしてくれました。英国では、フットパス(通行権のある歩道)が法律によって守られているので、そこが私有地だろうと、農園だろうと、フットパスがあればいつでも歩いてOK。もちろんゴルフ場でも同じ。ゴルファーとは明らかに違う服装の人たちが、プレイとはなんら関係なく、勝手に歩いているのです。さらに今回のゴルフ場には、ゴルファー、ハイカー、ランナー、サイクリスト、犬の散歩するひとたちと混じって、なんと羊も遊牧していて、皆好き勝手にそれぞれの方向へと進んでいく、まず日本では考えられない不思議な光景がありました。さらに羊含め、お互いに邪魔しないように、いい距離感を保っていて驚きです。一歩間違ったらカオス状態になりそうなのに、絶妙なバランスで、のんびりと平和な時間が流れていました。でもよく考えたら、羊飼いたちが始めた遊びが起源と言われている(諸説あり)ゴルフ。また、草刈り機が開発される前は、放牧で伸びた草をコントロールしていたそうなので、羊がいてもおかしくはないはずです。むしろ、今の時代ではエコかも・・・。  「ゴルフボールが、羊のフンに突っ込んだら、どうするんだろうか?」「一発目で突っ込んだら、ホール・イン・ワンならぬ、プー(Poo)・イン・ワンだね。」とふたりで大笑いしながら、先へと歩を進めました。ゴルファーにとっては、迷惑な客です。 [osmap centre="SO9768123568" zoom="5.00" gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/11/Cotswolds-Way-_-Cleeve-Hill-to-Dowdewsell.gpx" markers="SO9892427188!red;出発点: クリーブ・ヒル|SO9848919721!green;終着点: ダウズウェル"] [osmap_marker color=red] 出発点: クリーブ・ヒル [osmap_marker color=green] 終着点: ダウズウェル ナショナル・トレイルの印であるどんぐりマークの標識の向こうでは、ゴルファーがティーグランドでショットを打っていた。柵も囲いもない。共有が当たり前のようだ  コッツウォルドのウォルド(Wold)は、古語で丘(Hill)という意味になりますが、まさにその名の通り、ゆるやかな丘陵地帯 ー Rolling Hillsが続いていて、天気が良い日には、ウェールズまで一望でき、開放感があります。ナショナル・トレイルの中でも、比較的アプローチしやすいコースで、なだらかとはいえ起伏があり、変化に富んでいて、飽きがきません。ポツンと現れるコッツウォルドの石造りの家が並ぶ村がよいアクセントになり、まさに古き良き英国を体現した絵画のような風景。さらに、標識も道もきちんと手入れされていて、まず道に迷うことがないのは、私たちのような読図がイマイチの人間には嬉しい限りです。 生まれたばかりの子羊たちが、なんとも初々しい。母親にくっついて歩く姿は、自然と笑顔にしてくれる キッシング・ゲート(Kissing Gate)と呼ばれる門扉。人だけが通れ、家畜が逃げないようにするためのもの[  ベラベラしゃべりながら、丘の稜線上にある自然保護区、農地などを縦走していきます。我々ふたりは、身なりと話す英語(ひとりは、カナダ英語。もうひとりは、日本語英語)から、明らかにコッツウォルドの人間ではないのがバレバレで、地元の人たちも興味津々なのか、「どこから来たの?」とよく声をかけられました。ハイカー慣れしているのか、みなさんフレンドリーで、プチ情報を教えてくれたり、わざわざ道案内までしてくれたり。そして言葉の節々にコッツウォルドの住人である誇りが感じとれ、自慢の土地を見ていっておくれよの気持ちがひしひしと伝わってきます。お国自慢したくなるのは、どこも同じですね。 犬の散歩中の女性と遭遇。凸凹コンビを不思議に思ったのか、すれ違いざまに声をかけられた  そうこうしているうちに、丘の上から緩やかな坂を下り始め、今日のハイライト、ワイルドガーリックが生息するダウズウェル自然保護区の森に差し掛かりました。今までのどこまでも広がる空と大地の絵とはうって変わって、青々と生い茂る木々の中を抜けていきます。ヒヤッとする涼しい風が、汗ばんだ肌に心地良い。そして緑に白玉模様のカーペットとなったワイルドガーリックが一面に咲いており、目にはおとぎ話のワンシーンのように美しく映り、鼻にはニンニクの匂いを感じとれ、食欲をそそります。お腹空いたー!!ということで、倒れた丸太に腰掛け、遅めの昼食。朝握った鮭おにぎりを頬張ります。鼻からニンニク、口からシャケ。なんて素敵なマリアージュ。しかも、カナダ人のジルちゃんが、日本食のおにぎりを、英国の森で食す、へんちくりんな現象。思わずシャッターを切らずにはいられませんでした。 カナダ人が英国の森で日本のおにぎりを頬張る。シュールだなぁ〜  その後、更に丘を下り、大きな貯水池に出てきました。ひとりサイクリングで、一息している男性。水辺でピクニックを楽しむ若いカップル。森を散策している家族連れ。先ほどのゴルフ場同様、それぞれがそれぞれの楽しみ方でこの場を共用している。暗黙の了解で、お互いに邪魔しな距離感を保ちながら・・・。英国民性の素晴らしいことと一言で言ってしまえばそれまでなのですが、どうしてこのようなことが自然とできるのか。どうゆう経緯でこのような習慣が確立したのか、私には不思議です。でも確かなのは、そこには、何にも干渉されない心地よさがあり、現実の役職や立場などを忘れさせてくれ、自分が自分らしくいられる空間があること。だからこそ、みなこの場にいたんだと思います。 これでもかと続くワイルドガーリックの園 可愛らしい花を嗅いでも、にんにくの匂い  今日の旅はここまで。車道に出て、タクシーを呼び、明日のスタート地点、バードリップにあるB&Bへ。晴れていた空が、宿に着いた途端、黒雲に覆われ、夕立の雷が落ちてきました。それをBGMにいつも通りビールで乾杯!B&B内にあるパブには、ハイカー、サイクリスト、観光客、地元民で、いっぱいになっていました。ここでも異色凸凹コンビに話しかけてくる人が多く、中には毎年どこかへ歩きに行っている男性3人グループもいました。今まで、デムズ・パス、オファス・ダイク・パス、サウス・ウェスト・パス、のナショナル・トレイルを歩いてきたとのこと。天気のせいか、旅のせいか、酒のせいか、皆テンションが高く、ノリノリで話してきます。このような場が、いい情報交換の場になるようです。しかしみなさん、歩くの好きねぇ〜。 二日目につづく。 二日目は、こちら >>。 7th May 2016, Sun @ Cotswold Way (Cleeve Hill - Dowdeswell Wood), Gloucestershire トレイル情報: コッツウォルド・ウェイ オフィシャルサイト Cotswold Way : Trail Guide (Aurum Press, 2012) 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

夏草や 兵どもが 夢の跡  言わずと知れた、松尾芭蕉の紀行作品「奥の細道」にでてくる平泉で詠んだ有名な句です。春が始まりかけた三月、英国のとある場所を訪ねた際、ふっとこの句が浮かび上がってきました。この句にまともに向き合ったのは、きっと中学の国語が最後かと・・・。全く違う季節、全く違うシチュエーションの中で、文学に疎い私の頭をよぎったのです。 特設テントが張られ、水仙祭り化としたウォーリー・プレイス  春先、クロッカスや水仙が咲き始める頃になると、ガーデニングのクライアントさんたちから、「シノ、ウォーリー・プレイスへは、行ったことある?あそこは、春の球根草花が綺麗で、特に水仙の群集は圧巻だよ。一度見に行ってみるといい。」と以前から言われていました。これはぜひ一度拝見せねばとタイミングを見計らっていると、ちょうどガイドウォークの開催情報が目に飛び込んできました。訪ねるだけではもったいない。説明していただけるなんて、一石二鳥、お買い得!主婦魂に火がついた私は、早速参加してみることにしました。  ウォーリー・プレイス(Warley Place)は、ロンドンを大きな円で囲んでいる首都高速環状線・M25が通っているエセックス州ブレントウッドにあり、ほぼロンドンと言ってもいいぐらいの栄えた場所に位置します。通勤ラッシュ時には車でごった返すこのエリアに、野生動物保護団体エセックス・ワイルドライフ・トラストの自然保護区として、地元の保存グループと共同で管理されています。 [osmap markers="TQ5838091022!red;ウォーリー・プレイス" zoom="3.50"][osmap_marker color=red] ウォーリー・プレイス  風はまだ若干冷たいが、柔らかい日差しが心地よい春の週末、これはお花見日和だと、早速片田舎にある自宅から都会へと車を飛ばし、ルンルン気分で入口に向かいました。エセックス・ワイルドライフ・トラストのテントが張られ、パーフレット、本、ハガキなどが売られ、ちょっとした水仙まつりといた様子。人々が次々に敷地内へと入っていきます。黄色の水仙たちがお出迎えのお辞儀をするかのように、頭を垂らして風に揺られいる姿が、すでに遠くからも見えます。まだどんより雲が残っている空の下、黄色の電灯が地を照らし、春のエネルギーが放出されているかのようです。春色に癒された訪問者たちも、どことなく笑顔が溢れ出しています。 廃墟となった豪邸跡。白黒写真の左に写っているガラス部屋だった部分 以前の姿を写真で確認。この建物以外にも、番小屋、小家屋、馬小屋、温室、冷床などがあったが、全て取り壊されている  ガイドウォークは、10名ぐらいの少人数でスタート。大きな敷地内をぐるっと一周するかたちで、1時間半ほど歩いていきました。そろそろ終わりになりそうなスノードロップ、クロッカスの花々もまだ咲いており、四月末ごろに花が咲くワイルドガーリックは、緑の葉をすでに伸ばし始めています。そして、視野に入りきらないほどの水仙たちが一面を覆い尽くしていました。今まで見たこともない、とんでもない数です。なぜこんなに多くの水仙がここだけ生息しているのか、不思議に思いながら歩き続けていると、突如大きな屋敷だったであろう崩れかけた廃墟が現れます。事情をよく把握せず、春の陽気に誘われて、ただ水仙の群生地見たさに参加した私には、かなりのインパクトで、びっくりしました。しかし、なぜだかこの廃墟と黄金に輝く水仙のコントラストが、とても美しく心を奪われます。まるで、フランシス・ホジソン・バーネットの『秘密の花園』のワンシーンのよう。そこには、さっきまで感じていた心踊る爽やかな春の空気はなく、ひやっと冷たい空気に、どことなく寂しさが漂っていました。 今では、動植物が新たな家主となっている  エセックス・ワイルドライフ・トラストが管理している保護区は、森、草原、湿地帯など、昔から人々が自然資源を得るために上手に管理して来た土地を買取し、野生動植物の住みかとして保護していくのが通常です。しかし、このウォーリー・プレイスは、全く違う歴史があります。そもそもここは、マナーハウス・ウォーリー(The Manor of Warley)として、代々地位のある人たちが暮らした場所だったそうです。しかし1934年、最後に住んでいたエレン・アン・ウィルモット女史の死後、廃墟となり、1938年には建物の崩壊が危ぶまれ取り壊しになりました。その後誰も住ことなく、この土地のオーナーがエセックス・ワイルドライフ・トラストと地元管理グループにリースし、自然保護区として管理する形で現在にいたります。 エレン・アン・ウィルモット女史。一時期、ここは彼女の帝国だった。© R G Berkley  最後の家主であったウィルモット女史は生前、園芸家、そして植物コレクターとして名を馳せていました。プラントハンターに依頼して世界中から珍しい植物を取り寄せ、甥っ子姪っ子たちが遊びにくるたびに球根をそこらへ投げ込ませ、常駐させている100人ほどのガーデナーたちに、次々と植えさせていきました。また、自分の山草コレクションを飾るため、ヨークシャーから取り寄せた巨大な石で峡谷を作らせたり、電気が普及していない時代に温度調節可能な温室と冷床で、園芸種の品種改良や英国では見ない植物を栽培したりと、持てる財産と時間をすべて園芸に注ぎ込みました。そのため、結婚もせず、晩年には財が底をつき、多額の借金を抱えたまま、この世を去ったようです。ガーデニングの端くれとして、これだけの設備とお金をかけた庭を当時私が見せられたら、圧倒されていたことでしょう。まさに、ガーデナードリームの地だった。それが、今では泡のように消え去り、彼女が植えさせた木々や花たちだけが、その当時を思い出させるように、春になると蘇ってくるのです。 ここを整備しているボランディアによるガイド・ウォーク。自然だけでなく、価値ある建築物跡として管理していくことが大切なようだ 立派な冷床があった一角は、スノードロップに覆われていた。積み上げられたレンガがかすかに面影を残す  生い茂った夏草を見て、奥州藤原氏の栄華の儚さを思い、芭蕉がしたためた平泉での句。この名句がもつ無常観と虚しさが、ここウォーリー・プレイスにもありした。お抱えガーデナーたちという兵どもたちが、ウィルモット女史の理想の庭園のためだけに、汗水垂らし戦い続けた。しかし夢の跡なってしまった今は、皮肉にも自然が取って代わり、ここを支配しているのです。  水仙の花畑から、霞んだ空の向こうに、ロンドンの高層ビルをかすかに見渡すことができます。まるで自然が抱きかかえるかのように、この地を包み込み、都会の喧騒から、そして時の流れから逃れ、秘密の隠れ家として、ひっそりと存在しているウォーリー・プレス。再生の季節である春。湧き上がる新たな生命力と相反して、朽ちていく夢の庭園。水仙が輝ければ輝くほど、残酷にも盛者必衰のことわりをあらわしています。鳥のさえずりが聞こえてくる中、ウィルモット女史の亡霊が、今もさ迷い続けているのです。 11th March 2017, Sat @ Warley Place, Essex エセックス・ワイルドライフ・トラスト自然保護区情報: ウォーリー・プレイス オフィシャルサイト 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

ガイドウォーク2: ジェーン・オースティンのロンドン ジェーン・オースティン は、出版当時、名前を伏せて、作者名を「ある女性」としていたため、数人の家族以外、彼女がベストセラー作家であることを知らなかった  シリーズでお伝えしているガイドウォーク。(*ガイドウォーク#1はこちら >>。*ガイドウォーク#2はこちら >>)  今回紹介するのは、London Walksによる「ジェーン・オースティンのロンドン」。オースティンも、シェイクスピアと同じく、英国文学を語る上で、外せない作家です。恋愛小説の大家と称されることが多い彼女ですが、明治の文豪、夏目漱石もが、彼女に賛辞を送っるほどの文才の持ち主。没後200年を記念し、2017年新10ポンド札に彼女が載ったのは、ただの恋愛小説家ではないことを証明していると思います。最近では、ロンドンに住むアラサー独身女性を描いた世界的ヒット小説『ブリジット・ジョーンスの日記』で、オースティンの『高慢と偏見』が注目を浴びました。いつの時代も彼女の作品は、女性たちのバイブルになっているようです。  そのオースティンは、ロンドンに住んでいたことはありません。ただ、家族、親戚や出版社を訪ねて上京しています。滞在中は、私たちと同様に、ショッピング、観劇、公園での散歩などを楽しんでいたようです。その経験を活かして、自分の小説のネタにもしています。今回のガイドウォークは、彼女と深い関係があるメイフェア、 セント・ジェームス周辺を中心に歩きました。現在は高級品店舗が立ち並ぶこのエリアで、彼女の姿を追うと同時に、彼女が生きた18世紀後期から19世紀始めのジョージアン、そしてリーシェンシー様式の建物や流行を中心に見ていきました。フリーのキュレーター兼歴史家の男性の方が案内してくれました。ツアーは、地下鉄駅グリーンパークにまず集合。予約不要ということもあってか、その日に観光でロンドンを訪れていたであろう、国内外からの方々が30人ぐらい参加していました。オースティンということで、やはり女性客が断然多かったです。 さすが、ジェーン・オースティン。女性の参加者が圧倒的に多い  駅からピカデリー通り沿いに歩き始めると王立公園のひとつグリーン・パークに隣接している五つ星ホテル、ザ・リッツ・ロンドンが見えてきます。皇室、政治家やセレブ御用達のホテルで、映画『ノッティングヒルの恋人』の舞台にもなったことで有名です。しかし18、19世紀は、White Horse Cellarという駅馬車があり、英国南部、西部からの玄関口だったそうです。我々が歩いている場所は、かつて多くの馬車が行き来し、馬と人と荷物でごった返していた。そんな中、上京してきたオースティンも、華やかなロンドンに心踊る思いで、ここに降り立ったのでしょう。 王立公園のひとつである、グリーンパーク。芝生の広場があり、リラックスできる場所として人気。ビルが立っているあたりがメイフェアのエリアになる。オースティンは駅馬車でロンドンに上京し、この公園前で下車していた  その後、ピカデリー通りから左に入り、メイフェア内へとツアーは進みます。オースティンの時代にはロンドン随一の高級住宅街として人気を集め、多くの上流階級の男性が社交の場として集まり、女性は流行の品を買い求めていました。当時、イギリス最大の英雄ネルソン海軍提督、詩人のバイロンなどが、このあたりにいました。なんでしょ、歴史で習った人物が実際にこの道を歩いていたり、お茶していたと聞くと、絵でした見たことがない人物に、急に血が通い始めたようで、実に生々しい。そして、メイフェアが放つきらびやかさの裏では、ゴジップニュースもお盛んで、惚れた腫れたの騒ぎは日常茶飯事だったそうな。オースティンもしっかり自身の作品の中で、フィクションという形でゴジップネタを入れていました。 [osmap centre="TQ2861680444" zoom="7.50" gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/11/London-_-Mayfair.gpx"]青色で示されたエリアが、メイフェア マレー出版社があったアルバマール通り50番のテラスハウス。ロンドンに住んでいたジェーンの兄の働きかけのおかげで、彼女はこの会社から出版できた。きっとここを訪ねてきているはず  メイフェアにあるアルバマール通り(Albemarle Street)50番の建物前にグルーブは止まりました。そこは、オースティンの主要作品の中から四作品、『エマ』、『マンスフィールド・パーク』、『説得』、『ノーサンガー・アビー』を出版した、ジョン・マレーの出版社があった場所です。このマレー社は、当時大きな影響力を持っていた文芸出版社で、バイロンの文芸書、ダーウィンの『種の起源』なども出版していました。また、早くから旅行ガイドブックシリーズも出版しており、今日私たちが見るガイド本の先駆けと言われています。1891年には、日本のガイドブック(A Handbook for Travellers in Japan)も出しています。ロンドンの高級エリアでよく見る古めのテラスハウス。特に特徴ある建物でもなく、プラーグもないので、知らなければ完全に素通りするであろう場所に、こんな歴史が隠されていたとは驚きです。きっと、ロンドンにはこういった場所が多々存在するんだと、初めて気付かされました。 少し前までは、男性専用だったアルバーニーと呼ばれているジョーシアン様式のマンション。ジェーンの兄が一時期オフィスを構えていた。最近だと俳優のテレンス・スタンプが暮らしていたことが有名  その後も、高級ブランド通りのボンド・ストリート、老舗のオーダーメイド紳士服店が並ぶサヴィル・ロー、世界一古いアーケードと言われているバーリントン・アーケード、アルバーニーと呼ばれているジョーシアン様式のマンションビルなどを見ながら、興味深い当時の話を聞き、オースティン作品の舞台になった場所を巡っていきました。世界中から来ているお金持ちたちが買い物している中、ぞろぞろと列をなして歩く私たちのグループは、明らかに異色です。そんなツアーですが、オースティン作品を真面目に読んでおらず、いくつかの映画版を眠そうになりながら見ていた私には、話がちょっとオタクすぎで、話についていけず。登場人物が他の作品とごっちゃになり混乱していました。話と歩は、パニックの私など気にせず、どんどん進んで行きます。恐るべきガイドウォーク。参加者もしっかり勉強しておかないと、置いてけぼりを食います。  後半は、ピカデリー通りを挟んで反対側のセント・ジェームスに移動しました。こちらは、重厚感溢れる大きな建物が連なっています。セント・ジェームスも老舗名店が並びますが、メイフェアが若者・女性向けが中心とすると、こちらはどちらかというと紳士向けのお店、例えば、巻きタバコ、帽子、ブーツなどのお店が多いなと感じました。ガイドさん曰く、この辺りにはエリート階級紳士専用の会員制クラブ、ジェントルマンズクラブが多くあるそうで、そのあたりも関係しているのかもしれません。1693年に設立したロンドン最古のジェントルマンズクラブ・White'sもここにあり、みなで外観を見上げていました。チェールズ皇太子が、ダイアナ妃との結婚前夜にバチェラー・パーティーを開いたところだそうです。このあたりになると、宇宙人と同じぐらい異次元の世界の話になり、異国から来た庶民の私には、想像を超えてきます。かなりゆるくなったとは言え、英国はやはり階級社会なんだとつくづく感じました。 リージェンシー様式のドレス。古代エジプト、ギリシャ・ローマの影響を受けている。英国では今でもこの様式を取り入れたウェディングドレスが人気 Printed Circa 1801, © The Graphics Fairy 2007  二時間のツアーは、狭い範囲でしたが、とても濃い内容で、最後はお腹いっぱいに。オースティン好きは、満足したことでしょう。無知の私は、きっと三分の一ぐらいしか理解しておらず、ちょっともったいないかった。ただ今回の歩きで、現代の英国女性が、オースティンが生きた時代のリーシェンシー様式ファッションへの強い憧れを持つ気持ちが、なんとなく理解できるような気がします。日本女子が、大正ロマン、昭和モダンといったものに、ときめくのと同じように、時代背景は違えども、自国が外国からの刺激を大いに受け、経済、文化がさらに発展し、希望に満ち溢れている元気な時代に対して、人々はノスタルジックに感じるのかもしれません。オースティン作品の人気は、そこがひとつ関係していると思います。そして、オースティンの巧みな心理描写により、女性の地位が低かった時代にも関わらず、力強く生き抜く女性たちの姿に、時代を超えて世界中の読者を魅了し続けることを、今回のツアーで強く感じ取りました。私も彼女の作品に学んで、表現力豊かにできたら、このウェブももっと話が面白くなるかもしれないなぁ・・・と、ちょっと反省しながら、帰路につきました。 ジェーン・オースティンゆかりのスポットを巡るロンドン・ウォーキングガイドブック。オースティン以外にも著名人とロンドンの関わりを見て回るために、多くのガイド本が出版されており、ロンドンの本屋さんには、そのためのコーナーが設けられている  ロンドンでのオタク・ガイドウォーク、二つほどご紹介しました。いつもそれほど魅力を感じていなかったロンドンが、このツアーに参加してから、ちょっと違って見えてくるから不思議です。前に何度も通った道もあり、そんなところがシェイクスピアやジェーン・オースティンとゆかりがあるとは、以前は考えもしていませんでした。また、建物ひとつとってもその時代を反映した様式や工夫が隠されていて、それを知ることで、大きな目覚めがあります。私のロンドンの見方を、ガラッと変えてくれたガイドツアーでした。そして、ブラブラ歩く、散策することは、いつでも、どこでも、どんな形でも、楽しめることを改めて認識しました。特に今回のような学ぶツアーでは、歩くスピードがじっくりとその時代に浸らせてくれます。知識を得るのにちょうど良いスピートと距離感だったと感じます。今までは、ショッピングや美術館巡りしかしてこなかった大都会を、まるで森の中で野生生物を見つけるかのように、今後はどんな秘密や歴史が潜んでいるのか、意識しながら歩いてみたいと思います。みなさんも、観光客でなくても楽しめるオタク・ガイドウォークに、ぜひ参加してみてください。ガイド本も案内もたくさんありますので、セルフ・ガイドでも十分楽しめると思います。非常にお手軽で気楽なのに、学びが十二分にある遊びです。みなさんの近くにもきっと開催されていると思います。よく知っていると思っている地でも、知らないことだらけ。新たな出会いが待っているはずです。 6th August 2016, Sat @ London ガイドウォーク情報: London Walks ウェブサイト walks.com 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

ガイドウォーク1: シェイクスピアのロンドン ウィリアム・シェイクスピアの人生は、謎だらけ。未だに別人説が浮上する William Shakespeare associated with John Taylor oil on canvas, feigned oval, circa 1600-1610 NPG 1 © National Portrait Gallery, London  前回説明してきたガイドウォーク(*前回のページは、こちら >>)、実際に私が参加したのは、どんな感じだったのか。まずご紹介するのは、ロンドン博物館による「シェイクスピアのロンドン」。2016年は、彼の没後400年記念の年ということで、多くのイベントが年間通して全国各地で開催されました。その一環として、ロンドン博物館での特別展示、そしてこのガイドウォークも行われました。彼は、ストラトフォード・アポン・エイヴォンという村で生まれ育ちましたが、のちにロンドンに上京し、俳優兼劇作家として活躍し、世界的に有名になる戯曲を発表していきました。しかし、彼の作品はよく知られているのに、彼自身についてはあまり記録がなく、謎に包まれています。今回のガイドウォークは、シェイクスピア自身に関する貴重な資料を元に、彼の足跡を追いながら、彼が生きたテューダー朝時代のロンドンと当時の人気エンターテインメントであったイギリス・ルネッサンス演劇を追体験するものでした。 復元されたグローブ座。独特の円形野外劇場(amphitheatre)では、春から秋にかけてシェイクスピア劇が、上演されている。1666年ロンドン大火後、唯一許可が下りた茅葺き屋根の建物 旧グローブ座跡地にて。ロンドン博物館の学芸員が、当時の様子を説明してくれる  スタートは、テムズ川の南岸サザックにある、グローブ座から。この劇場は、近年多くの俳優たちのサポートを受けて、復元されたもの。今では、シェイクスピア劇が頻繁に上演されていて、ロンドンの人気スポットです。エリザベス朝時代には、テムズ川を挟んで北岸は、政治やビジネスをする地域、南岸は娯楽の地域とされ、この一帯に多くの大衆劇場が建てられました。人々が、船以外で唯一川を渡れるのは、ロンドンブリッジだけだったそうで、いつも大混雑していたとか。南岸はある意味隔離された場であり、種々雑多な人々でひしめいていたそうです。そんなエネルギッシュな地から、シェイクスピア劇のあの独特の世界が生まれたではないでしょうか。 Money Potと呼ばれている発掘品。劇場の入場料支払いに使われたそう  テムズ川沿いにある現グローブ座から230メートル奥へと、ガイドウォークは進みました。そこには、元々のグローブ座があった跡地があります。また、同じ時代に建てられ、グローブ座のライバルだったローズ座があった場所も見ることができます。今では、オフィスビルが立ち並ぶ間に、ぽつんとある跡地。400年ほど前、ここら一帯は、劇場から溢れる人々の熱気でムンムンとしていたのか・・・。今にも観客の笑いや叫び声が聞こえてきそうです。いつの時代も、人々は娯楽に熱狂するんですね。演劇にあまり触れてきていない私でも、ちょっと興奮してきます。ガイドの学芸員さんが、大事そうにタッパを取り出し、蓋を開けて中身を見せてくれました。そこにあったのは、壊れた焼き物のようなもの。入場料を支払う際に使われた壺だそうです。縦線の隙間が入っていて、そこにコインを入れるシステム。発掘の際発見されたものらしく、参加者全員に回して見せてくれました。さすが、博物館のツアー、太っ腹!!コンディションはよくなくとも、貴重な資料に触れられる機会を与えられ、ますますその時代の人たちにがリアルに感じられます。 セント・ポール大聖堂近くにあるカーター・レーン(Carter Land)の飲食店前。ビルの柱にプラークが埋め込まれている。友人がシェイクスピア宛に手紙を書いた宿があった場所とのこと。知らなければ、気づかず素通りしそう  そのあとも、テムズ川の渡し舟の船頭たちが待機しているときに座っていた石の椅子、シェイクスピアの父親が紋章獲得の嘆願書を出した紋章院、シェイクスピアの友人が彼宛に手紙を書いた記録が残された宿、シェイクスピアが住んでいたい場所などを見て回りました。行く先々でプラーグ(銘板)や貴重な記録のコピーを見せてもらい、当時の様子について詳しく話を聞きました。彼に関する少ない記録の中から、社会的な地位、名誉回復、借金などで奔走していた話などが出てくると、偉大な功績で歴史に名を残したひとでも、やはりひとりの人間なんだと、親近感を感じ、ちょっと微笑ましくなります。 実際のファースト・フォリオのコピーを見せながら、この出版が英文学史上どれほど大きな意味があったのか、説明してくれた  最後に、ロンドン博物館近くにある聖メアリー・オルダーマンベリー公園にあるシェイクスピアの胸像前に来ました。彼の死後、ヘンリー・コンデルとジョン・ヘミングスふたりが、バラバラになっていた彼の戯曲36作品をかき集め、1623年に「ファースト・フォリオ」として、作品集を出版しました。その記念碑がここにあります。(実物の作品集は、大英図書館に保管。)この出版がなければ、私たちが今シェイクスピア劇に触れることがなかったかもしれません。2時間のツアーがあっという間に、終了しました。今回は、シェイクスピアの足跡のほんの一部を見て来ましたが、内容はボリューム満点。私のような、演劇に疎いものでも、彼の目を通して当時のロンドンを思い浮かべながら歩くのは、一種のタイムスリップのようなもので、その時代の人々と肌で触れ合う感覚があり、ちょっとワクワク、ゾクゾクしました。都市をテーマにした博物館で、展示物を見る延長線上に、ガイド付きで街を歩くことは、とても面白いし、理にかなっていると感じました。そして、ガイドウォーク後、また再度博物館を訪れて、展示物を見ると理解がさらに深まります。なかなか賢いアイデアだと感心しました。また、当人が歩いたであろう場を、自分の足で歩いて見て回るからこそ、じっくりと内容の濃い話が、リアリティを増して伝わってくるんだと感じました。それによって、ロンドンの違う面が見えてきて、魅力をさほど感じていなかったロンドンに、ちょっと興味を持ち始めている自分がいました。 参加者は30名ほど。英国国内だけでなく、ヨーロッパの国からの参加者もいた。シェイクスピアの人気は絶大。ローズ座跡地にて [osmap centre="TQ3198581040" zoom="7.75" gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/11/London-_-Shakespeare-Walk.gpx" markers="TQ3222480539!red;出発点: グローブ座|TQ3222981610!green;終着点: ロンドン博物館"] [osmap_marker color=red] 出発点: グローブ座 [osmap_marker color=green] 終着点: ロンドン博物館 つづく *「ガイドウォーク2:ジェーン・オースティンのロンドン」は、こちら >>。 6th August 2016, Sat @ London ガイドウォーク情報: ロンドン博物館(Museum of London)ウェブサイト 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021 ...

"When a man is tired of London, he is tired of life; for there is in London all that life can afford." 『ロンドンに飽きた者は人生に飽きた者だ。ロンドンには人生が与え得るもの全てがあるから』  18世紀英国文壇の大御所、サミュエル・ジョンソンが残した有名な言葉です。長い歴史を刻んできた欧州最大都市ロンドン。しかし、このサミエルさんがゾッコンだったロンドンに、なぜか私がときめくことはありませんでした。もっと若い時にロンドンに出会っていたら、その関係性は違っていたかもしれませんが、ロンドンの全てを知る前に、私が都会そのものに飽き、すでに別れを告げていたからかもしれません。ロンドン、あなたはきっと魅力的なはず。あなたが悪いわけじゃないの・・・。タイミングって、何においても難しいですね。そんな、なかなか距離を縮めることができなかったロンドンが、ぐっと近づいた瞬間がありました。それは、ロンドン内で多く行われているガイドウォークに参加した時です。 ガイドウォークといってもいろいろ。ただし、ガイドは道案内、安全管理だけでなく、どんな質問でも答えられるよう、豊富な知識が求められる  ガイドウォークとひとことで言っても、いろいろあります。英国では、ざっと大きく分けて三つのタイプがあるようです。 1)道案内のガイドによる、旅行規模の歩き。山岳ガイドや旅行会社の添乗員などが付くタイプで、日本でも一般的です。 2)ある特定の情報や知識を学びながら歩くツアー。いわば大人の社会科見学みたいなもの。観光というより、アカデミックな要素が強い。 3)お試し体験のガイドウォーク。よくイベントの一環として行われ、ある団体や地域の魅力、日頃行なっている保全活動を、体験や見学を通して知ってもらうPR型。今回お話しさせていただくのは、タイプ2の学ぶガイドウォーク。私は、オタク・ガイドウォークと呼んでいます。  オタク文化といえば、日本ですが、英国も負けず劣らずオタク大国です。強い探究心がある国民性で、いろんな分野のマニアやコレクターが存在しています。なんでしょ、島国の特徴なんですかね。そんこともあり、今回レポートするロンドンで体験できるガイドウォークは、名所巡りや名物を食するといったよくある観光ツアーとはちょっと違う、ある一つのテーマに特化した内容の濃いもので、全国だけでなく海外からも探究心が止められない方々が参加されます。その中から私が実際に参加したガイドウォークを二つほどご紹介したいと思います。 ロンドン内では、純粋な観光ツアーのほかに、あるテーマに特化したツアーが、毎日どこかで行われている。オタクな人々には、たまらない ロンドン博物館のガイドウォークは、人気のアトラクションなのか、前もってチケットを購入しておかないと、すぐに売り切れてしまうほど人気がある  まずは、ロンドン博物館が行なっているガイドウォーク。この博物館は、旧石器時代から現在までの、都市ロンドンの歴史や文化を専門に研究。市内二ヶ所に博物館を持ち、貴重な資料を展示しています。そして天気の良い季節になると、展示と関連したガイドウォークが、頻繁に開催されます。ロンドンは、都市としての歴史が長いため、ガイドウォークのテーマも豊富です。しかも案内してくれるのは、テーマごとの専門学芸員、または、英国政府公認観光ガイド(通称ブルーバッジ・ガイド)になりますので、かなり深い話や最近の研究情報も聞けるので、通好みかと思います。 London Walksのパーフレット。このパーフレットを掲げたひとが集合場所にいる。それが目印  もうひとつのガイドウォークは、London Walks。その名の通り、ロンドンのガイドウォークを、50年前から専門に扱っているツアー会社です。ツアーは、2時間ほどで10ポンド。予約不要。指定された時間に集合場所へ行けば、誰でも参加できます。365日毎日開催され、毎週約100ツアーの中から選べます。ロンドンの時代ごとの歴史、文化はもちろん、お化け、パブ、医療、地学、ギャング、映画ロケ地、スパイ、殺人事件現場、土木、法廷、インド文化、テムズ川での発掘作業などなど…。ロンドンをあらゆる方向から掘り下げていくガイドウォークです。ガイドは、英国政府公認観光ガイド(通称ブルーバッジ・ガイド)だけでなく、弁護士、俳優、学者、エンジニア、作家などそれぞれの分野の専門家が担うこともあります。こちらも聞ける話は、かなり興味深く、ツアーによっては、寸劇が入るエンターテイメント・ショーのようなものもあるようです。  では、後半2回に分けて、私が実際に参加したツアー、ロンドン博物館による「シェイクスピアのロンドン」とLondon Walksによる「ジェーン・オースティンのロンドン」のそれぞれの様子をご紹介します。文学に疎い私ですので、正直オタク情報は理解できない部分もあります。それでも、時代ごとのロンドンでの生活は、どのような様子だったのか。少しでも理解できたらなと思い行ってまいりました。 つづく *後半は、こちら >>。 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

 深秋。朝晩の冷え込みは、冬の足音がそこまで来ていることを知らせてくれています。不思議な国、英国を歩こうと、カナダ代表ジルちゃんと日本代表シノの凸凹コンビがゆく。今回は、最後のチャンスを逃すなとばかりに、コッツウォルド・ウェイへ紅葉狩りに行ってきました。 [osmap markers="SO8497504976!red;ストラウド" zoom="0"][osmap_marker color=red] ストラウド  ロンドンから西北西150キロほどに位置し、石灰岩の丘陵地帯であるコッツウォルズ地方。羊毛取引で栄えた中世の趣をそのまま残した村、藁葺き屋根と蜂蜜色の石灰石、コッツウォルド・ストーンの家々と美しい田園風景が続いています。イングランドとウェールズ内で最大のArea of Outstanding Natural Beauty - AONB(特別自然美観地域)であり、まるでおとぎ話の世界にいるような景観が、古き良き英国を感じられると、英国セレブの多くが別荘を所有し、日本人観光客にも大人気です。そのコッツウォルズ地方を縦断したトレイルが、コッツウォルド・ウェイで、ナショナル・トレイルのひとつです。産業革命時代に起こったアート・アンド・クラフツ運動の重要な拠点のひとつだったチッピング・カムデン(Chipping Campden)から、女流作家のジェーン・オースティンが暮らしていた保養地のバース(Bath)までの、約160キロの道となります。今回は、トレイルのちょうど真ん中あたり、ペインズウィック(Painswick)からストラウド(Stroud)までを歩いてみました。  あいにくの天気。ガラス窓を激しく打ち続ける雨を気にしながら、バスに揺られて、ペインズウィックに到着。吹きっさらしの丘を、まるで矢が降っているような雨と風の中、歩き始めました。途中で出会った牛たちも「アンタたち、物好きね」と言いたいのか、不思議そうに我々を見つめ、道を通らせてくれました。前線が、妙に生暖かい雨をもたらし、二人のメガネを曇らし続けて、ちっとも美観を拝めません。強風で紅葉狩りどころか、葉と共に吹き飛ばされそうになりながら歩いている。このおかしな状況に、"This is ridiculous(アホくさい)!!"と叫び、笑いが止まりませんでした。道中、単独で歩いている、ずぶ濡れの男性に二回ほど遭遇しましたので、どうやらアホは私達だけではないようです。午後には雨が上がるという予報を信じて、まずは進みます。 [osmap centre="SO8393507371" zoom="5.50" gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/11/Cotswold-Path-_-Painswick-to-Stroud.gpx" markers="SO8658309648!red;出発点: ペインズウィック|SO8152304708!green;終着点: ストラウド"] [osmap_marker color=red] 出発点: ペインズウィック [osmap_marker color=green] 終着点: ストラウド 林の一部は、ナショナル・トラストの管理下に。そのエリアだけ、 綺麗に整備されすぎて、逆に不自然に感じる  トンネルのような細長い林の中へ。英国では、1600年、もしくはその前に存在していた森林をAncient Woodlandと国が指定し、保護の対象となっています。長年燃料として使われてきた森林は、今では国土全体の13%ほどしか残っていません。他の欧州国に比べても、圧倒的に少ない。そのため、どんなに小さくとも、古い木々が密生しているエリアは、徹底して管理しているようです。失ってから、森のありがたみを理解したのか、なんとも皮肉です。そんなAncient Woodlandに指定されているブナ林を、二箇所ほど通り抜けました。「Ancient Woodland ー 原始林と言われても、日本のばあちゃん家の裏にある雑木林みたいな感じだな〜。」「Woodland ー 森林地帯っていったら、カナダではクマやヘラジカが住んでいるようなところだよ。」頑張って自国の森林を守っている英国人の気持ちなどおかまいなし。よそ者外国人二人は、言いたい放題。しかし、英国の森林は森林で、独特の味がありますし、何よりも人が歩くことを前提に管理しているので、散歩には快適です。 目の前が開け、青空が見え始める。写真右、木々の向こうに見える青い線が、セブン川。そしてその反対側が、ウェールズ ナショナル・トラストのどんぐりマークが、私たちの歩きを見守り続けている  残念なことに、今回の強風で多くの葉は枝から地面へとすでに落ちていました。とはいえ、紅葉によるレッドカーペット上を歩いているようで、なかなか趣があります。足を踏み込むたびにサクサクと音がする。蹴り上げると、葉がヒラヒラと舞う。落ち葉と戯れ合う足は、体の奥底に隠れていた童心を、くすぐり始めました。そうこうしているうちに雨がようやくあがり、地元の人たちが犬の散歩に現れ始めました。高級ハンティング・ブランドのワックスジャケット、ハットに、長靴を履いた人たち。さすが、コッツウォルド。ポッシュな人たちが愛犬と共に、洗練された大人の時間を過ごしていました。どこぞの社交界に迷い込んだような、場違いの大きな「子供たち」のぶらぶら歩きとは、明らかに違います。しかし、童心にかえっても、しょせん中年おばさんのふたり。気にせず歩き続けます。  林を抜けて、再び丘へ出てきました。最後のひと押しとばかりに、強風が全てを飛ばし、突然青空が見え始めます。まるで、舞台に立った役者の目の前にある幕が上がったかのよう。ブリストルへと流れるセブン川。そしてその川を挟んで反対側に南ウェールズが広がっていました。ブレコン・ビーコンズ国立公園にあるブラックマウンテンズも見えます。雨風に打たれながらも、なんとかここまで来たご褒美。サプライズ・プレゼントに、歩く遊びに半信半疑だったジルちゃんの足も、必然と軽くなり嬉しがっているのがわかります。 スタイル(stile)と呼ばれる踏み越し台。左側にある木製の柵は、犬用。中央二枚の板を上にあげると、犬が通れる仕組みになっている  収穫後の畑、ワイン用のぶどう園、馬牧場を通り過ぎながら、徐々に丘から降ってくると、電車の音が聞こえ始めました。ストラウドがそう遠くないことを知らせてくれています。そしてついに、繊維工場への輸送に使われていたストラウド運河へと出てきました。この運河は、先ほど丘の上から見たセブン川へ繋がっているそうです。大雨のあとということもあり、歩いてきたフットパスはかなりぬかるんでいて、気が付いたら靴やズボンの裾が泥だけになっていました。なんとか泥を落として、街中のパブへダッシュ。ひと仕事終えて、ビールで乾杯。飲みながら、ふっとジルちゃんが、「今度カナダに里帰りした時、山靴探してこようかな〜」とつぶやきました。普通の運動靴で歩いていた彼女。どうやら、ぬかるんだ坂道は、さすがにすべることに気がついたようです。 ジルちゃんもぶらぶら歩きに本気になり始めたのかな・・・。しめしめ。 7th November 2015, Sat @ Cotswold Way (Painswick - Stroud), Gloucestershire トレイル情報: コッツウォルド・ウェイ オフィシャルサイト Cotswold Way (Aurum Press, 2012) 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

(England Coast Path)約10年前に英国で出会ったカナダ人のジルちゃんと日本人の私。毎度おなじみ凸凹コンビが、ワンダーランド・ブリテン島を歩いて旅します。 [osmap markers="TR3214741255!red;ドーバー" zoom="0"][osmap_marker color=red] ドーバー 2017年第一弾は、英国南東部にあるケント州、ドーバー海峡を見ながら歩くイングランド・コースト・パス。コースは、ハイズ(Hythe)ー フォルクストン(Folkestone)ー ドーバー(Dover)ー セント・マーガレット・ベイ(St. Margaret Bay)。ドーバーは、ブリテン島が欧州大陸に一番近いポイントで、英国の玄関口になっており、大きな港町です。フォルクストンは、ドーバー海峡を渡る海底トンネル・ユーロトンネルの入り口となっています。大昔から現在に到るまで常に英国・欧州間の関係に影響されてきた地域であり、また真っ白なチョーク(白亜)岩壁が有名なところでもあります。そんな産業・歴史・自然がミックスされたユニークな海岸線を、ランぶら歩きしてきました。 ロンドンで開催された、ジルちゃんデビュー小説"The Last Wave"の出版記念パーティーにて。ジル先生のご著書にサインをいただいております  今回の滞在拠点は、フォルクストン。ロンドンから電車で一時間という立地の良さもあり、19世紀ヴィクトリア王朝時代のリゾート地として栄え、今もその雰囲気が残されています。一日目は、ここから、ドーバーを通り抜け、セント・マーガレット・ベイまでの東へ向かう約19キロ。二日目は、逆に西のハイスへ7.2キロ歩きました。今回は、いつものランぶら歩きだけでなく、もうひとつ大きな目的がありました。それは、ジルちゃんの長年の夢であった小説家デビュー作”The Last Wave”が今春に出版され、その本の舞台になったのが、このドーバー。ということで、聖地巡礼、出版記念歩き。主人公が、ドーバー海峡を横断泳するチャンネルスイマーということで、実際に挑戦した人たちの偉業を生で感じる旅でもありました。 [osmap centre="TR2883740680" zoom="4.50" gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/11/English-Coast-Path-_-Folkestone-to-Dover.gpx" markers="TR2247235405!red;出発点: フォルクストン|TR3697244595!green;終着点: ドーバー"] [osmap_marker color=red] 出発点: フォルクストン [osmap_marker color=green] 終着点: ドーバー  一日目:天候は、良好。六月初めですが、すでに夏の日差しが照りつけ、少し暑いぐらいでした。夏のホリデーシーズンにはまだ早いですが、週末ということもあり、ぶらぶら歩いている人たちが、結構いました。フォルクストンの港を通り過ぎ、町から徐々に離れていくと、早速白亜の崖が見え始め、テンションが上がります。 街を離れてすぐに白亜の岩壁がお目見え。空の青さが、チョークをますます白く輝かせる おなじみナショナル・トレイルのどんぐりマーク。今回は、England Coast PathとNorth Downs Wayのダブルどんぐり。非常に珍しい  今、イングランドでは、海岸線を2020年までに全開通させる新たなナショナル・トレイル、イングランド・コースト・パスの整備が着々と進んでおり、ここケント州は、1/4のコースが2016年に開通し、2020年に向けて残り3/4を作業している最中。今回は、開通したコースのほんの一部を歩いたことになります。このイングランド・コースト・パスが全開通すると、総距離4500キロ。ウェールズは2012年に、一足先に1400キロ全開通しており、それと合わせると計5900キロとなり、世界一長い海岸線トレイルとなります。海岸線といっても、砂浜ばかりではなく、今回のドーバーのような岩石海岸、湿地帯、砂利浜を歩くことも。目の前に広がる海の表情、波によって荒く削られた岩の彫刻、人々と海の暮らしがある風景、波と石がぶつかり合う音、潮の香り漂う風を感じながらの歩きは、山のトレイルとはまたひと味違う、五感を刺激する独特の面白さがあります。新鮮な魚介料理がいただけることも、進む足をさらに加速させます。 生い茂る草と蒸し暑さの中登り続ける。ああ、しんどい  崖歩きは、山歩きのような蛇行した道ではなく、想像以上に急なアップダウンがあります。今回も少し憂鬱な気持ちで、草で覆い隠された道を上がって行きました。日陰らしい日陰もなく、直接太陽が頭の上を照りつけ、早速ムシ暑さで汗が一気に出てきます。涼しい潮風はどこへ?と思いながらしばらく登り続けると、視界がパッと広がり瑠璃色の海が果てしなく続き、空と混じり合っていました。私が慣れ親しんでいるエセックスの湿地帯が続く海岸線とは明らかに違い、スケール感があり思わず「きれーい!!」と声を上げてしまいました。ロンドンからそう遠くない場所に、青い海があることにびっくりです。下を覗くと、白亜岩壁をぶち抜いたトンネルに電車がちょうど入っていき、さらにテンションアップです。 チョークの崖をくぐり抜け走る電車が見えた。車窓から眺める海もまたひと味違うのかな・・などと想像してみる 過去と現在が交差する。青年たちは何を思いながら飛び立ったのか。想像計り知れない。バトル・オブ・ブリテン記念館にて  崖の上に立ち、広がる平野を見ながらホッと一息。潮風で涼みながらさらに進むと、突如整備された広場が現れました。はじめ何の施設は分からず進むと、大きな男性が座っている像があり、その奥に名前が刻まれた黒い石碑。ここが第二次世界大戦、ドイツ空軍と英国空軍が最大の航空戦を繰り広げた「バトル・オブ・ブリテン」で勇敢に戦った兵士たちを追悼する場であることが、のちにわかりました。美しい海の上で、悲しい涙が多く降ったのかと思うと心が痛みます。英国連邦諸国であったカナダから参戦した人もいて、ジルちゃんも神妙な面持ち。この土地が持つ運命を感じずにはいられませんでした。 明るく美しい風景とは対照的な暗い過去が、そこにはあった アボッツ・クリフ(Abbots Cliff)。崖ぎりぎりのところを歩き、スリル満点。後ろにある家は昔、密輸入業者を上から見張る場だったそう。地元の小さな歴史を知ると、なぜだかその地に情が湧いてくる  さらに歩を進めていきます。崖の上は、思いの外、野生動植物が豊富で、野生ランも咲いていました。ハヤブサの一種であるチョウゲンボウが、時々崖の上をホバリングしながら、餌を探している姿が見えます。農場では、トラクターが、急斜面をアップダウンしながら干し草を収穫していき、放牧された馬や羊たちはのんびり草を頬張る。その農地を割るかのように高速道路が敷かれていて、船への搭乗を待つ巨大トラックが、長蛇の列を作っていき、その先にはクレーンが並ぶ港町ドーバーが、見えてきました。田舎の明るくノホホンとした風景と産業的で忙しない港の姿。まるで現代社会を凝縮したかのようなこの眺めは、この土地ならではと感じます。 海と牧草。港と巨大トラックの列。白亜のステージには、2つの異なる世界が共存していた シェイクスピア・クリフ(Shakespeare Cliff)と呼ばれるこの崖の下にある浜から、ドーバー海峡横断泳者たちは、スタートする。海峡横断泳協会に正式に登録し、記録を残さないと挑戦できない。成功者は、現段階で2199名。 ドーバーは、ナショナル・トレイルNorth Downs Way、England Coast Pathだけでなく、欧州大陸に続くEuropean long-distance pathsのE2とE9のルートでもある。ロングトレイルでも、重要な拠点 夏休み前だが、家族や友人たちと歩く人々が、ちらほら ドーバーの街並み。丘の上には、守りの城ドーバー城が見える。ローマ人時代すでに、要塞港として使われ続け、今も人とモノの行き来を監視し続けている 世界的に有名な英国人グリフィティ・アーティスト、バンクシーの作品。ドーバーの街中で見ると、EU 離脱のリアリティーが増し、どこか寂しさが込み上げてくる チャンネルスイマーたちのパブ、The White Horse。店内の壁・天井一面に、スイマーたちのサインが書かれている。ジルちゃんは、ここに自分の処女作を置いてきた 海沿いを歩くなら、やっぱり新鮮な魚介類を食するのは、外せない  ドーバーの街に入り、腹ごしらえを兼ねて、チェンネルスイマーたちが集うパブ、The White Horseへ。パブに入ると壁や天井一面に書かれたスイマーたちのサインが、目に飛び込んできます。ジルちゃんの小説には、このパブが登場します。去る前に、オーナーに一冊本をプレゼントし、記念撮影。さっそくみなに宣伝してくれるそうです。多くの人々に作品が読まれたらいいなと思います。 家の至近距離に、白い崖が・・・。地震大国日本では、あまり見られない光景かと 左を向けば、コンクリートで人工的に作られた港、左を向けば、蝶が野花の中を飛び回る自然保護区。何とも不思議な風景  お腹が満たされると眠気が襲い、足が急に重くなります。だらーんとしながら少しつづ先へと進みます。街中を通り抜けて、また白い崖の上へと登ります。ここからは、ナショナル・トラストが管理するThe White Cliffs of Doverになります。海を見ながら、岸壁の上を歩いたり、ティールームやビジター・センターでお茶をしたりできる自然と第二次世界大戦時中に兵士たちが住んでいたシェルターなどの歴史にも触れられます。ここは、観光地として有名であるため、今まで歩いてきた道とは違い、車椅子でも訪問できるようきれいに整備されており、この日は乳母車を引く家族や海外観光客が多く歩いていました。同じドーバーでも歩いてきた西側とは確実に雰囲気が違います。 白くて可愛らしい灯台が黄金の麦と青い空を繋いでいた  海の向こうには、フランスがはっきりと見えており、ドーバーと同じ白亜岩壁に驚きました。昔陸で繋がっていたことがよくわかります。突如、携帯がピピット鳴り「フランスへようこそ。ここからは、フランスの携帯会社がご案内させていただきます。」とメッセージが届き、さらに驚きました。なんだか、人間の作る国境って、なんだろう。よくわからないなと考えてしまいました。 ジルちゃんの処女作"The Last Wave"。表紙の絵にも使われているドーバーのホワイト・クリフにて記念撮影 この瞬間のために、歩くと言っても過言ではない。© Gillian Best  日照時間が長い6月とはいえ、だんだん暗くなり始め、足もさすがに疲れてきたころに、ようやくゴールのセント・マーガレット・ベイにあるパブ、Coastguardに到着。這うようにバーに行き、恒例の地元ビールで、乾杯。今日一日の旅の疲れを癒しました。その後、タクシーでフォルクストンまで帰る道中、トルコ人の運転手さんが、カナダ人と日本人のコンビが、ここで何をしてきたのか聞くので、ずっとここまで歩いて来たことを話すと驚いていました。確かにかなりの距離があることが車で走っていてもわかります。運ちゃんの「よく歩くね」とでも言いたい不思議そうな顔が印象的でした。 やはり海に行ったら、水には触りたい。セント・マーガレット・ベイにて 10th June 2017, Sat...

 二日目:前日の天気とは打って変わってピーカン照り。ようやくリゾートの夏が味わえそうな陽気に心は踊りますが、11マイル(17.5キロ)を歩いた翌日ということで、足がだるだるで痛い。ということで、体を伸ばす程度の軽い歩きになりました。昨日と同じスタート地点のトーキーから、今度は逆に東へ進みババコン(Babacombe)というビーチまでランぶら歩き。トーキーの街中から、別荘地が並ぶ高級住宅街がある丘へと登り始めました。途中にあるベンチに腰掛け、一服しながら広がる海辺の景色をボーと見つめる。また、ちょっと進む。その繰り返し。老夫婦の朝の散歩といった感じで、だらだらのんびり歩くのも、贅沢な時間の過ごし方で、それはそれでとてもいい。 [osmap centre="SX9260964273" zoom="6.50" gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/11/SWCP-_-Torquay-to-Babbacombe.gpx" markers="SX9146463468!red;出発点: トーキー|SX9240465733!green;終着点: ババコン"] [osmap_marker color=red] 出発点: トーキー [osmap_marker color=green] 終着点: ババコン ようやくリゾートの夏らしい風景に出会う。ミードフット・ビーチ(Meadfoot Beach)にて  昨日歩いたベリー・ヘッドが、湾の向こう側にはっきりと見えてきました。4億年前に誕生した大陸の一部が目の前に存在することの不思議さを改めて感じます。4億年という時空が、自分の想像をはるかに超えていて、私の小さな脳みそではまったく理解できません。ただ、それを証明する塊と自分が対面している、なんだか奇跡的なことに思えくるのです。旅は、こうゆう奇跡の連続で、だからワクワクするものなのでしょうか。 昨日歩いたベリー・ヘッドが海の向こうにお目見え  天気の影響もあり、トレイルは、犬を散歩するひとたちが、とても多くいました。愛犬と一緒に歩ける道がそこかしこにある。これもまた、英国のフットパスの魅力のひとつ。そして、犬が集まりやすい広場やトレイル出入り口には、犬のフン専門のゴミ箱が設置されている。犬にとっても快適な道作りがこの国にはあるようです。ビーチでは、泳いでいたり、カヤック、ボート、スキューバーダイビングなどのマリーンスポーツを楽しむ人々で賑わっていました。英国の夏は、日本より短いです。貴重な時間を存分に楽しむぞという気合いが人々からは感じられます。しかし、英国のシーサイドはどこも、北国独特の哀愁のようなものが漂っており、夏の終わりが近づく寂しさも重なり、なんとなくブルーな雰囲気があります。カリフォルニアやハワイのようなスカッとする爽快さも垢抜けた感じもなく、産業革命で花開いたヴィクトリア朝のリゾート開発の面影がどこかに残っていて、カナダ人と日本人のふたりには、ちょっと不思議に感じ取れます。  そうこうしているうちに、ホープス・ノーズ(Hope's Nose)と名付けられた岬の上に出てきました。ここも、昨日訪ねたベリー・ヘッド同様デヴォン紀の石灰岩がむき出しになっている場所で、その時代に生息していた証となる珊瑚、三葉虫、二枚貝などの化石が多く発見されている場所です。今回は時間がなく、海岸まで降りませんでしたが、岩の中に埋もれている化石を探すのも、きっと面白いと思います(ここはSSSI保護区*1のため、発掘は禁止されています)。 60マイル先のウェイマスまで、はっきりと見える。ここが、世界自然遺産に登録されているジュラシック・コースト(ドーセットと東デヴォンの海岸) 本来のコースが崩落し修理のためクローズ。親切に、仮のルートへ行くよう看板が教えてくれる  夏が燃え尽きるかのように強い日差し。カラッと乾いた風が、潮の匂いを運んできてくれる、とても心地いい日曜の午後。東へ60マイル(96.5キロ)、ドーセット州にあるウェイマスまで伸びていく海岸線がくっきりと、岬の上から見えます。この上をサウス・ウエスト・コースト・パスが一本で繋がっています。近い将来、私が住んでいる南東部のエセックス州を通り、北へとその道は続くことになります。なんとも遠大なプロジェクトです。この海岸線沿いに歩道を通すだけでも大仕事なのに、さらに大変なのがそれをキープしていくことのようで、浸食や嵐で道が崩れたり、丸ごと失うこともあるのが、コースト・パス。特にデヴォン州、コーンウォール州は、大西洋の荒波と風が直にぶつかるところであるため、リスクが大きいようです。今回歩いたルートの一部も、2014年2月の嵐による大波で崩落し、2016年9月現在でも、まだ通常ルートが開通できない状態が続いています。 オディコン・ビーチ。その向こうに、地滑りを起こしたペルム紀の新赤色砂石と、その奥に、デヴォン紀の石灰岩。まったく色が違う レトロなケーブルカー。とてもかわいい  4時間半ほど歩いて、ババコンのビーチに降りてきました。デヴォンの夏はこれを食べなきゃ終わらない。ということで、濃厚なデヴォンアイスクリームを買い、食べながら最後のお楽しみ、ババコン・クリフ・レールウェイ(Babbacombe Cliff Railway)という、崖を一気に上がるケーブルカー乗り場へと向かいました。このケールブカーは、1926年に建設されたもので、レトロな車体がとてもキュート。2005年に廃線の危機に見舞われましたが、地元民が立ち上がり、日本で今注目せれている株式有限責任会社という形で、運営を続けることができました。早速乗り込むと、ブギーボードの3人娘、大きな麦わら帽子に小綺麗な身なりのご婦人たち、水着姿の子供を連れているファミリー、ウォーキングブーツを履いたシニア夫婦など、多種多様な人々で箱は埋め尽くされました。ギシギシと少し不安になるような音を立ててゆっくり上がっていきます。ババコンのすぐ隣にあるブルー・フラッグに認証されているオディコン・ビーチでは、多くの人たちがくつろぐ姿が見えます。そして、そのビーチの向こう側には、ペルム紀の新赤色砂岩の崖があり、そのすぐ隣に、デヴォン紀の石灰岩が突き出しています。しかも、新赤色砂岩は、2013年に地滑りを起こし、海へと雪崩込んでいます。どうやら一軒の家が流れてしまったようで、立ち入り禁止になっています。家主はお気の毒ですが、大昔の大地が、未だに呼吸し生き続け日々変化していく事実に驚愕し、とても新鮮に感じられ心惹かれます。ぜひ、一度この地域で地層を見て回るフィールドツアーに参加してみたい。理解するには、少し勉強しないとですけど・・・。 ナショナル・トレイルのどんぐりマークが、あちらこちらに現れる。まるで宝探しのよう この辺りを歩いて一周回るコースの案内看板。なぜここが世界の地学において大切なエリアなのか、人々に伝えて理解してもらうことがとても大切  こうして、凸凹コンビの2016年の夏は、終わりました。歩いて回ると、どうしてこの地域がユネスコ・世界ジオバークに認定されているのかが、よくわかります。全く知識のなかった私にも、何気なく置かれた資料やポイントごとにある地層の説明看板によって、地学の世界をちょっとだけ覗き見ることができました。それは、巨大な博物館を歩き回るようで、壮大なロマンが地の奥深くにあります。そして、まったく地学に無関心だった私の興味を引いたということ、それが世界ジオバークに認定された目的なのだと思います。 11th September 2016, Sun @ South West Coast Path (Torquay - Babbacombe), Devon トレイル情報: サウス・ウエスト・コースト・パス オフィシャルサイト イングリッシュ・リベイラ・グローバル・ジオパーク オフィシャルサイト ユネスコ・世界ジオーパーク デヴォン州南部トーベイ オフィシャルサイト Walks Along the South West Coast Path: Exmouth to Dartmouth (Coastal Publishing, 2011) South West Coast Path: Falmouth to Exmouth: National Trail Guide (Aurum Press, 2015) 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

 今から、約4億1600万年前から約3億5920万年前。生命が地球上に誕生したのちに、魚を含め多くの生物が海洋で生息していました。その後大陸変動で山脈が現れ、雨が降るようになった大陸に河川や湖沼が形成され、シダ植物が繁栄し、種子植物が出現しました。淡水にも魚が進出し、動物が徐々に陸地へ移動していきます。この時代を、地質年代上では、デヴォン紀(Devonian period)と言うそうです。 [osmap markers="SX9260263635!red;トーキー" zoom="0"][osmap_marker color=red] トーキー  カナダ人のジルちゃんと日本人の私がいく凸凹コンビの旅。今回の舞台は、このデヴォン紀の名前の由来となっている、英国南西部のデヴォン州。海が見たいというジルちゃんのリクエストに答えて、海岸線沿いにある道、サウス・ウエスト・コースト・パス(South West Coast Path)を歩いてきました。この道は、ナショナル・トレイル(イングランド・ウェールス代表格のロングトレイル)の中で一番最長の630マイル(1014キロ)になり、コーンウォール、サマーセット、ドーセット州にも続いています。そして今、このコースをさらに延長させ、2020年までにイングランドすべての海岸線を歩けるイングランド・コースト・パス計画が着々と進められている最中です。今回はこの元祖・海岸沿いトレイル、サウス・ウエスト・コースト・パスの一部で、ユネスコ・世界ジオーパークに登録されているデヴォン州南部のトーベイを拠点に歩きました。 地球の歴史を知ることができる貴重なエリア。摩訶不思議な岩がそこかしこにある。歩いて見るのが一番最適で、地学の知識があれば、きっと面白いこと間違いなし。 海岸歩きの醍醐味は、船に乗り、海からも景気が見ることができ、二倍楽しめること。  デヴォン州は、海の美しさから人気のリゾート地であり、温暖で過ごしやすい気候のため、英国人が退職したら住みたいエリアのひとつとして有名です。英国文化のアフタヌーン・ティーで一番人気のクリーム・ティー(スコーン、ジャム、クロテッドクリーム、紅茶のセット)発祥の地であり、酪農が盛んなところでもあります。また、地質学では「魚の時代」と言われたデヴォン紀の名前の由来となる地層が発見され、多くの魚貝類の化石が出土されている大変重要な拠点でもあります。トーベイは、そんなデヴォン要素がぎゅっと凝縮された地で、「イングランドのリベイラ」とヴィクトリア時代から称される景勝地です。一日目は、このトーベイの中心地であるトーキーから漁師町のブリックサムへ船で渡り、西へ向かって歩きキングスウェアへ。二日目は、逆に東へ進みババコンにあるビーチまでランぶら歩き。晩夏の強い日差しが、これでもかと肌に刺さる中、優雅なリゾート地の雰囲気とは正反対、シャツの袖を肩まで捲り上げ、「あっちー!!」と叫びながら、汗だくだくの旅となりました。 [osmap centre="SX9020253960" zoom="5.00" gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/11/SWC-Path-Brixham-to-Kingswear-new.gpx" markers="SX9314256659!red;出発点: ブリックサム|SX8817251174!green;終着点: キングスウェア"] [osmap_marker color=red] 出発点: ブリックサム [osmap_marker color=green] 終着点: キングスウェア ブリックサムの港には、ヨットから漁船まで多くの船が停泊していた。  一日目:前日大雨が通過したトーベイは、まだどんより曇り空で、少し肌寒い朝を迎えました。船が出るのか心配しましたが、無事にトーキーを出航。波に侵食された新赤色砂岩と言われる真っ赤な岩壁が続く上に、リゾート地特有の鮮やかな白やクリーム色の建造物群が立ち並び、絶妙なコントラストを彩ります。この新赤色砂岩は、2億8000万年前ごろのペルム紀に形成されたもので、この辺りの大地は、今よりもっと南にあり、サハラ砂漠のような温暖で乾燥した土地であったことを証明しているのだとか。だからでしょうか、海からボーと眺めていると、この土地が醸し出す独特の異国のような雰囲気が、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなる、なんとも不思議な感覚を覚えます。 ベリー・ヘッドにある要塞跡。壁の向こう側には昔、石灰岩の採掘場があり、今は海鳥たちの営巣地になっている。岬から、今来たトーベイ全体が見渡せる。 4億年前から、常に変化し続けるベリー・ヘッド  あっという間に、ブリックサムの港に到着。17世紀に名誉革命で即位したオランダ総督ウィリアム3世の銅像が、お出迎えしてくれました。オランダ軍を率いてこの港に、私たちと同じように上陸したそうです。観光客で賑わう町をあとに、ナポレオン戦争時代の要塞があるベリー・ヘッド(Berry Head)という岬へと向かいます。ここは、先ほど船から見えていた赤色砂岩とは全く違う、デボン紀の石灰岩でできていて、うっすらピンク色がかったグレーの岩壁がのぞいています。1969年まで約300年間、石灰岩の採掘場があり、地元の大きな産業のひとつとなっていました。その跡地は今、海鳥たちの営巣地になっており、約500種ぐらいの野草が生息する自然保護区に指定されてる場所です。海にはハンドウイルカやウバザメが遊びに来るようです。岬の上にでると、そこには息をのむ光景が広がっていました。天気はすっかり晴天となり、荒々しく削られ複雑なカーブを描く海岸線、ターコイズブルーの海がますます美しさとダイナミックさを強調させていきます。そして、陸にはアウトラインのように見える垣根に囲まれ、パッチワーク模様を描く田園が続いています。長い年月をかけて形成された大自然と人間の営みが見事に重なり合う、まさにこれぞイングリッシュ・カントリーサイドといいましょうか、とてもプリティー。 トレイルに何気なく置かれていた女神像。見守るように海を眺めていた。地元の人が制作したのか、愛を感じる 地元のポランティアが、積極的に道の整備をしているようで、とてもよく整備されていて、歩きやすい 放牧している家畜が逃げないよう、人(または犬)だけが通れるスタイル(stile)と呼ばれる踏み越し台。デボン紀の石灰岩で作られているであろう、立派なもの。雨に濡れて、少し赤みを帯びている  感動の余韻に浸りながらも、まだ先は長いぞと進むことにしました。気温が上がり、雨が染み込んだ大地からモヤーとした湿気が上昇してくるのを足で感じながら、切り立った岩壁の上を歩いて行きます。潮風に吹かれながら爽やかで、軽やかな歩きを想像していた私たち。ところがどっこい。今まで経験してきたぶらぶら、だらだら歩きとは明らかに違い、かなり本格的な山登りのような砂利道を、上がったり、下がったりの繰り返し。山道はまだ蛇行していますが、ここはまっすぐ上がり、まっすぐ降りる。かなりキツい!息が上がり、汗が一気に噴き出してきました。さらにデヴォンの海岸線歩きは、ハードな登り下りだけでなく、大きく湾曲している道を行くので、距離と時間も読みづらい。次のポイントは目の前に見えているのに、くねくねとカーブした道を進むので、前進しているようで、していないような・・・。おいおい、こんなにしんどいとは、聞いてねーぞ。ふたりの顔に笑顔が消え始めたころ、砂浜に降りてきました。間髪を容れず、リュックと靴を投げ出し、汗でまとわりつく靴下にイライラしながらも、ダッシュで海に入り、蒸れた足を大西洋の冷たい水に浸しました。今まで縮こまっていた細胞ひとつひとつが解放されるかのように、疲れた足が徐々に癒されていきます。なんともいえない気持ち良さ。水着を持参していたらきっと泳いでいたはず。 まるでプライベートビーチのような、波の音だけが聞こえる落ち着いた空間。ぜひとも次回は泳いでみたい 後半になると、疲れからペースは落ちてきたが、ちょっとしたウォーキング・ハイになり、足を止められない おなじみナショナル・トレイルのどんぐりマーク。これを見ると安心する 途中野生ランを発見。日本のハクサンチドリに似ている  リフレッシュしたので、靴を履き、再度歩き出す。こんなに長く海辺を歩くのは、人生で初めて。右側に陸、左側に海が映し出される景色の真ん中を裂くかのように、歩き続ける。右に放牧された牛が急斜面を物ともせず、4本の足でしっかり踏ん張りながら、ひたすら草をむしり食べている時、左ではポイントを目指し、スキューバーダイバーたちを乗せた船が、波を切りながら走っていく。こんな二つの全く違う世界を見渡せることができるのは、海岸沿いトレイルの面白いところではないでしょうか。グループ、カップルで歩いているひとやトレイルランニングするひとなど、お互い邪魔しないよい距離間で進む様子が見られました。十代の女の子二人で何気なく話をしながら、ぶらぶらしているのにも遭遇。きっと近くに住んでいるのでしょう。逆に、私たちのような、わざわざ遠くから歩きに来ているひとたちや、ホリデーできたひとたちが、ちょっと歩いて海岸線を散策している様子もうかがえました。 西日に照らされた岩壁もまた趣深い。歩いてきた甲斐がある  デヴォンの主要産業のひとつは、観光業です。年間7億6500万ポンド(約1165億円)*1の収益をもたらします。そのために、PRや情報発信に力を入れるだけでなく、自治体、博物館などの教育施設、宿泊施設、船を含む公共交通機関などの連携も強化されており、観光客に安心して楽しめる工夫と多くのオプションを提供しています。特にウォーカーやサイクリスト誘致を強化し、1、2時間のショートコースから、丸一日かけて巡るような長いものまで、実に多くのルートを観光案内所でも、ウェブでも提供していて、力の入れようが伝わってきます。ただのリゾートホリデー客と違い、ウォーカーやサイクリストたちは、よいリピーターになってくれる可能性が高いからなのかと推測します。その努力の甲斐あってか、ここ最近は、デヴォン州を含む南西部への国内ビジター数は、ロンドンを訪れる数を上回っています*2。旅行目的が以前のような観光名所回りから自然観察へと変化してきていることも*3、数を増やしている要因と考えます。  残り三分の一まで来ると、ベリー・ヘッドから歩いて来た海岸線は完全に隠れ、終着点のキングスウエアがあるダート川へと続く沿岸を進んで行きます。西日に照らされ暑さは一向に引かず、残りの水も少なくなり始め、疲れから足取りもスピードが落ち始めてきました。それでも、この先にあるであろう別世界に期待しながら、ふたりとも足を止めることはありませんでした。何も話さず黙々と歩く。暑さと疲れで脳が働かず、空っぽで動き続けると、ちょっとした擬似瞑想状態になり、ウォーキング・ハイになってきます。それもまた心地よいものです。けしてエベレストの頂上を目指しているわけでも、アマゾンのジャンクルを探検しているわけでもない、スケールはとてもとても小さなものではありますが、それでも自分と自然が一体化していき、どこかで時空を超えながら地球を感じ始めています。 ブラウンストーンの砲台。第二次世界大戦時の1940年に、ドイツ軍が海から上陸するのを阻止するために作られた軍事防衛施設 大砲をこのレールで運搬していたそう。今はその上を歩くトレイルコースの一部となっている  途中、ナショナル・トラストが管理しているエリアに入ると、ダートムーア・ポニーが放牧されていました。とても小柄で、雨風に強いスタミナがあるこの小型の馬は、このあたりで長年作業馬として活躍してきましたが、時代の流れとともに数を減らし、今はデヴォンにある国立公園のひとつ、ダートムーアに、ほぼ野生の状態で放牧されながら保護されています。その親しみやすい姿に、思わず笑顔がこぼれます。さらに進むと、ブラウンストーン・バッテリー(Brownstone Battery)と言われる砲台跡が現れました。第二次世界大戦時に、ドイツ軍が海から上陸するのを阻止するために作られた防衛施設ですが、実戦で使用することはありませんでした。とはいえ、ガランとした砲台の建物や錆びついたレールを見ると、とても生々しい。目の前に広がる穏やかな海の雰囲気とは交わることがない、異様な光景です。しかし、これもこの地域の歴史であることには違いない。今は、ナショナル・トラストによって大切に保管されている国の遺産です。  やっとの思いでキングスウエアにたどり着きました。地元の人たちがサッカーの試合中継を楽しんでいるパブへ直行。地元エール・ビール抱えて外へ。道の向かいにある低い壁にパイントグラスを置き、靴を脱いで裸足になり、体を壁の上から投げ出し、川の向こう岸に見えるダートマスの街並みを眺め、ぐびぐびと飲むビールは、二人の体を達成感で満たしてくれます。 ダート川の河口付近。海の交通と防衛の要所として長い間占めてきた  バスに乗り宿へ戻る道中、若い男性ひとりが、我々に話しかけてきました。明らかに地元の人間でもなく英国人でもない女性ふたりが、ここで何をしているか不思議に思ったのでしょう。ブリックサムから海沿いを歩いてきたことを話すと、男性もよくこの辺りを歩くようで、話が盛り上がりました。「僕は、以前陸軍に所属していて、世界各国を駐在してきたあと、ここに戻ってきたとき、いかに自分が美しいところにいたのかを実感したんだ。でも、地元の人たちは、文句ばかりこぼし、どれだけ素晴らしい環境にいるのか気がついていない人たちがほとんど。君たちが歩いて来た道の存在すらも知らないひとも多い。実にもったいないと思うよ。」灯台下暗し。案外地元のひとたちにとっては、そんなものなのかもしれません。時間やお金をかけなくとも、意外と身近に心奪われるような景観はあるものです。ただ、歩くことを忘れかけている私たちは、そのことに気がついていないのかもしれない。そんなふうに思いました。  今回の旅は、目の前の風景を楽しむだけでなく、その奥深くにある時間の経過をも理解する、よい機会となりました。人の歴史だけでなく、なぜここにこのような地形ができたのか、なぜその動植物が生息するようになったのか、自分の視野を少し広げてくれたように感じます。パノラマ風景が目に入った一瞬に、太古から現代まで駆け巡り、時の流れを感じる。自分がまるでタイムトラベラーになったようで、ちょっと興奮します。そして、自分の足で回ることで、知らなかった英国の姿を発見した瞬間、ジワーと何か暖かいものが体に広がり感動している自分がいます。いつもは、へんてこな国だなと思う英国に対して、愛情と親しみが少し湧いてくるのです。これが癖になってやめられない!! *二日目のリポートは、こちら >> 10th September 2016, Sat @ South West Coast Path (Torquay - Kingswear), Devon 参照: *1 Regional Factsheets 2015, Visit England *2 England Domestic Overnight Trips Summary - Holidays - 2016, Visit England *3 The Value of Activities for Tourism, Visit England トレイル情報: サウス・ウエスト・コースト・パス オフィシャルサイト イングリッシュ・リベイラ・グローバル・ジオパーク オフィシャルサイト ユネスコ・世界ジオーパーク デヴォン州南部トーベイ オフィシャルサイト Walks Along the...

The Bard of Avon エイヴォンの詩人。  これは、英国を象徴する超有名人のニックネーム、その人物を表す隠語です。場合によっては、The Bardだけで呼ばれることもあります。このザ・詩人さん、詩はもちろん、劇作家として演劇・文学に多大なる影響を与え、彼のお芝居は世界中で上演されており、今もなお第一線で活躍していると言っても過言ではありません。また、英語という言語の可能性を広げた功績は大きく、英語圏の方にとっては、言葉の神のような存在です。そのため、彼の故郷であるストラトフォード・アポン・エイヴォン(Stratford upon Avon)には、世界中から巡礼に訪れる方々が、年間50万人以上に登るそうです。 [osmap markers="SP1963755124!red;ストラトフォード・アポン・エイヴォン" zoom="0"][osmap_marker color=red] ストラトフォード・アポン・エイヴォン  その人物、エイヴォンの詩人こと、ウィリアム・シェイクスピア。今年2016年は、彼の没後400年記念の年で、各地で上演やイベントが一年通して行われています。 お恥ずかしい話ですが、私は大学時代にシェイクスピアの授業を受け、とにかく彼の古典英語、特に詩がわからず、泣く泣く勉強した思い出があり、未だにシェイクスピア=小難しいイメージから抜け出せずにいます。ただ、英国に暮らしていると、新聞や雑誌の記事、テレビ報道、身近なところでは、結婚式スピーチなどで彼の言葉が引用されているのをよく見聞し、そのたびに彼の存在の大きさを感じさせられています。  そんなシェイクスピアのシェの字もわかっていない私が、観光客魂丸出しで、冷やかし半分、シェイクスピア誕生記念パレード&式典が行われた4月最終週末に、ストラトフォード・アポン・エイヴォンを訪れました。ただ、単なる観光ではつまらんと、私なりの巡礼方法で、お参りさせていただきました。それは、Shakespeare's Walking Weekという、地元ランブラーズ・グループによるイベントに参加し、歩きで彼の故郷を知るということです。ストラトフォード・アポン・エイヴォンは、英国中部地方都市・バーミングハムから、少し南下したところにある、エイヴォン川沿いの小さな町です。静かな田舎に、突如大勢の人たちで溢れかえるスポット出現。町中を歩いていても、英語だけでなく、世界中の言葉が飛び交っていました。記念行事があったためか、とにかくシェイクスピアに対する熱がすごい。彼の作品を理解できない私でも、人々の彼に対する深い尊敬の念は、肌でひしひしと感じられました。 Shakespeare's Walking Weekへ参加  そんな熱気に包まれた町の広場の一角に、ランブラーズのロゴがプリントされた反射チョッキを着た人たちが現れました。ストラトフォード・アポン・エイヴォンのランブラーズ・グループ(the Stratford-upon-Avon Group of the Ramblers)のみなさんです。ランブラーズ(Rambers)とは、英国におけるレクリエーション・ウォーキングとその環境保全活動をしているチャリテイー団体です。全国各地にウォーキング・グループがあり、自由に参加することができます。ストラトフォードのグループは、地元のウォーキング・ガイドブックを制作して観光案内所で販売したり、整備ボランティアを結成してフットパスをメンテしたりと、かなり精力的に活動しているグループで、この記念すべき年に、Shakespeare's Walking Weekを企画したそうです。「普通なら、Walking Festivalと打ち出すところだけれど、そんな大げさなものではないから、あえてWeekにしたの。みんなで、一年前から準備してきたんだけれど、それはまるで誰かの結婚式を準備するみたいだった。ささやかだけれど、私たちなりの方法で、この記念すべき年を祝いたかったのよ。」イベント・リーダーのスーザンさんが話してくれました。実際に参加してわかったのですが、役所、観光局、シェイクスピア関連団体が関与しているわけでなく、純粋に彼らだけで計画した、手作り感満載のウォーキング・イベント。一週間シェイクスピアゆかりの地12コースを歩く、こじんまりとしたものです。コースは、7、8キロ程度の短いものが中心で、中には車椅子で参加できるものも用意されており、気軽に参加してもらいたい彼らの思いが垣間見えます。現グループ所属メンバーは、300人ほどいるそうですが、実際に歩ける人は半分ほど。つまり高齢者が多いということです。そのため、このような機会が新しいメンバーを増やすきっかけになればと考えているようでした。 シェイクスピアが参加?!  30人前後の参加者が集まり、道に溢れている大勢の人たちをかき分けるように、ウォーキングはスタートしました。地元や近郊からの参加もあれば、アメリカ、アジア、中東からの観光客も一緒に混じり、中高年から若いカップル、学生仲間、ひとり旅の女性など、さまざまな人がいる光景は、ここストラトフォードならではだと思います。町を一歩出ると、今までの喧騒がうそのように、静かで穏やかな田園風景が広がっていて、まるで時空を越えたかのよう。緑の麦畑と黄色い菜の花畑のコントラストが永遠に続く大地の真ん中を、エイヴォン川がゆっくり蛇行し、ストラトフォードの町を通過していきます。シェイクスピアが眠る教会の尖塔が、天を指差すような鋭さで輝きを放っていて、その奥には、日本でも人気があるコッツウォルズ地方が見えていました。ストラトフォードの町中には、チューダー様式の建物が多く残されおり、シェイクスピアが生きた時代を体感でき、訪れた人たちを楽しませています。ただ私には、それらの建物より、むしろ丘の上から町とその周辺の景色を、地元の人たちと一望に収めたときのほうが、シェイクスピアの世界をリアルに感じられました。  散策しながらその土地を楽しむ。地元の人たちと歩を共にし、同じ時間を共有することで、その場だけが持つ独特のエネルギーと空気感をじっくり味わう。そこで生活している人々の話を通して、その地が刻んできた歴史や生活を知る。そうすることで、真の姿が見えてくる。歩く旅だけが持つ醍醐味のように思います。きっと英国人たちは、とうの昔にそのことに気がついていたのでしょうね。同じような歩くイベントが、UK各地で盛んに行われているのも、うなずけます。ストラトフォードという町は、シェイクスピアというひとりの天才によって成り立っているように思っていましたが、そこにある長い年月と共にできてきた自然と人々の暮らしが、彼の才能を開花させ、多くのすばらしい作品を残してくれたんだと、歩いていて初めて実感しました。そう思うと苦手意識の強かったシェイクスピアも、ぐっと身近に感じられ、自然に情が湧いてきます。「一度彼の演劇、観に行ってみようかな」とふと思う自分がそこにいました。 シェイクスピアも、この道を歩いたのかもしれない 23rd April 2016, Sat @ Anne Hathaway's Cottage & Hansell Farm, Stratford upon Avon 参考資料: ストラトフォード・アポン・エイヴォン ランブラーズ www.stratfordramblers.com 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...

西から来たカナダ人のジルちゃん。東から来た日本人の私。約10年前に英国の大学で出会ったふたりは、卒業後それぞれの道に進みながらも英国で暮らし、今でも家族同然のように付き合いをしています。会うたびに「この国、変じゃねぇー」と、理解できない異文化について語りながら、お酒を飲むのがお決まりです。しかし、文句を言いながらも、どこか愛情を抱いてしまう不思議なこの国。そしてある日、このワンダーランドをあちこち一緒にぶらぶらして、知らなかった新たな一面を発見したいと旅が始まりました。どこそこのトレイルを踏破しようとか、あの山登ろうとか、あそこまで歩こうといったノリは一切なく、ぐうたらなふたりらしい、天気と気分次第で歩くゆるゆる旅です。 [osmap gpx="https://rambleraruki.com/wp-content/uploads/2021/10/Thames-Path-Pitney-to-Richmond.gpx" markers="TQ2451875884!red;出発点: パトニー・ブリッジ|TQ17847444!green;終着点: リッチモンド"] [osmap_marker color=red] 出発点: パトニー・ブリッジ [osmap_marker color=green] 終着点: リッチモンド こちらは、コーチが檄を飛ばすボート  今回は、英国の代表格ナショナル・トレイルのひとつである、テムズ・パス(Thames Path)の一部をランぶら歩きしてみました。テムズ・パスは、ロンドン中心部を流れるテムズ川に沿って歩く計184マイル(296キロ)の道です。イングランド南西部コッツウォルズ地方にある水源地から、オックスフォード、音楽フェスがあるレティング、エリザベス女王が住む城があるウィンザー、パンプトン・コート宮殿、キュー王立植物園、国会議事堂・ビックベン、タワーブリッジ、本初子午線があるグリニッジを通過しながら、テムズ・バリアーと呼ばれる川の障壁までのコースになります。ナショナル・トレイルのなかでも、高低差がないので、私たちのようながんばらないひとたち向きです。本日のコースは、ロンドン西南部にあるパトニー・ブリッジからキュー王立植物園脇を通り、リッチモンドまでの10マイル(約16キロ)になります。川の流れとは逆に歩いて行く、ちょっと肌寒くなってきた秋の紅葉狩りとなりました。 こちらは、コーチが檄を飛ばすボート  お天気は、あいにくの曇り。でもこのグレー色が、ロンドンぽいかも。そんな天気の中でもロンドンっ子たちは、散歩したり、チャリ乗ったり、ジョギングしたりと元気です。川には、ボートが次々と運び出されていました。ここは、毎年4月に行われるオックスフォード大 vs ケンブリッジ大で競われる伝統のボートレースが開催されるエリアで、次の試合に向けて練習しているようです。 昔サッカー日本代表の稲本潤一選手が所属していたフラムFCの本拠地・クレイヴン・コテージが見える  ジルちゃんは、長年勤めたロンドンでの仕事を辞めて、ブリストルに移り新たな生活をスタートさせます。今回の旅は、慣れ親しんだロンドンを離れる前に、一度自分の知らないロンドンを見てみたい。そんな彼女の思いがありました。 緑と金色が美しいハマースミス橋。橋のデザインを見て歩くだけでも、面白い そのハマースミス橋の下を通るランナー。頭、気をつけて!!  川近くまで、ちょっと降りてみた。石がゴロゴロ 途中水近くまで降りてみました。ロンドン中心部あたりだと砂がメインなのに対して、この辺りになると石がゴロゴロ。多少上流に上ってきているんだなとわかります。川幅も徐々に狭くなり始めました。 手を繋ぐカップル。年なんて関係ない!! 若者だって紅葉狩り 川沿いの大きな木々が、色とりどりのアーチを作り出している 川沿いでは、紅、黄、緑に染まった木々の中、週末のひと時を夫婦や仲間と散歩しながらのんびり過ごす姿がありました。今回は本格的な装備をしたハイカーは見かけず、手ぶらで散策しているひとたちが多かったです。たぶん地元のひとたちでしょう。ジョギングしているひとたちは、若いバリバリのビジネスマン&ビジネスウーマンたちが中心で、仕事もプライベートも充実させています!と言わんばかりのパワフルさ。スポーツファッションに身を固め、落ち葉を蹴りながら颯爽と走り抜けていく姿が、散歩族とは対照的でした。トレイルの一部はサイクリングも可能で、20代から50代の男性中心に、フル装備でロードレーサーに跨り、結構なスピードで走っていきます。ボーとしている我々ふたりは、何回もチャリンチャリーンとベルで警告され、慌てて避けていました。 ナショナル・トレイルとしてスルー・ハイカーが歩く道であり、地元のひとたちがふらっと歩く道でもあるテムズ・パス。その上、ジョギングやサイクリングする人たちも加わり、それぞれの目的で好きなように利用している。道は、人々に使われてこそ道になり得るんだと、「道」の存在というものを観察しながら考えていました。 りっぱな標識。重厚感があります 昼食後の散歩か、仲間同士四季を楽しむ 英国の紅葉は、日本とは違った趣があります 水上では、若者が檄を飛ばされながら、必死にボートを漕ぐ姿が。女性チームもいました。「寒そうだし、鼻水垂れそうだし、きつそー。絶対にヤダ!!」「あっ、でもあれ見て。あのボートに座っている女性なら、私にもできそう」などとふたりで、歩きながら冷やかしていました。 サギが見守る中、ボートの猛特訓。寒くないの!? ダッチ・バージと呼ばれているオランダ版はしけ。遊覧用であったり、運河などでは住居として使用されている 大英帝国時代、ロンドンが貿易の中心地となり、このテムズ川は世界で一番交通量の多い場でした。時代が変わり、交通路としての役目をほぼ終えて、今はレジャー目的の船が、行き来しています。最新式のクルーザーもあれば、昔の船を改造したものなどもあり、時代は違えど、活気があったテムズ川の面影がうっすら感じられます。トレイル歩き同様、水上でもそれぞれの目的で好きなように遊び、実に楽しそう。こうするべきといった流儀や流行りはなく、みなが公共の場において必要最低限のルールをきちんと守りながら、お互い干渉せず、秋のクルージングを通して四季を謳歌している。我が道を往く英国人らしさが、そこに表れていました。 グッバイ、ロンドン。別れを惜しむ、ジルちゃん  ぶらぶらしているうちに、だんだん道が賑やかになってきました。どうやらリッチモンドに到着したようです。高級住宅街地域のリッチモンドには、ポッシュなお店も沢山あります。買い物帰りのひとたちが秋の夕涼み!?なのでしょうか、人々がお茶やビールを飲んでいたり、川辺に座り話をしていたり、ただぶらついていたり。私たちもビールで乾杯し、ジルちゃんの門出を祝いました。  しょっちゅう見ていたテムズ川ですが、今回ほどこの川をじっくり眺め意識したことはなかったです。というか、川沿いをここまでじっくり時間をかけて歩いたことが初めてで、違う角度で見慣れた風景を見る面白さを発見し、今まで持っていたロンドンのイメージを少し変えたように感じます。ロンドンのシンボルでもあるこの川は、数千年前から人々の暮らしの中にあり、今も変わらず大きな存在であり続けているようです。そして、遠い昔の人たちも歩いたであろう道を辿ることで、僭越ながら私自身もその長い歴史の一部になれたような気がしました。 26th October 2014, Sat @ The Thames Path (Putney Bridge to Richmond), London トレイル情報: デムズ・パス www.nationaltrail.co.uk/thames-path Rhoebe Clapham, Thames Path in London (Aurum Press, 2012) 掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。© rambleraruki.com 2021...