ロンドンウォーク12

ガイドウォーク in ロンドン #3


ガイドウォーク2: ジェーン・オースティンのロンドン

ジェーン・オースティン ジェーン・オースティン は、出版当時、名前を伏せて、作者名を「ある女性」としていたため、数人の家族以外、彼女がベストセラー作家であることを知らなかった

 シリーズでお伝えしているガイドウォーク。(*ガイドウォーク#1はこちら >>。*ガイドウォーク#2はこちら >>)

 今回紹介するのは、London Walksによる「ジェーン・オースティンのロンドン」。オースティンも、シェイクスピアと同じく、英国文学を語る上で、外せない作家です。恋愛小説の大家と称されることが多い彼女ですが、明治の文豪、夏目漱石もが、彼女に賛辞を送っるほどの文才の持ち主。没後200年を記念し、2017年新10ポンド札に彼女が載ったのは、ただの恋愛小説家ではないことを証明していると思います。最近では、ロンドンに住むアラサー独身女性を描いた世界的ヒット小説『ブリジット・ジョーンスの日記』で、オースティンの『高慢と偏見』が注目を浴びました。いつの時代も彼女の作品は、女性たちのバイブルになっているようです。

 そのオースティンは、ロンドンに住んでいたことはありません。ただ、家族、親戚や出版社を訪ねて上京しています。滞在中は、私たちと同様に、ショッピング、観劇、公園での散歩などを楽しんでいたようです。その経験を活かして、自分の小説のネタにもしています。今回のガイドウォークは、彼女と深い関係があるメイフェア、 セント・ジェームス周辺を中心に歩きました。現在は高級品店舗が立ち並ぶこのエリアで、彼女の姿を追うと同時に、彼女が生きた18世紀後期から19世紀始めのジョージアン、そしてリーシェンシー様式の建物や流行を中心に見ていきました。フリーのキュレーター兼歴史家の男性の方が案内してくれました。ツアーは、地下鉄駅グリーンパークにまず集合。予約不要ということもあってか、その日に観光でロンドンを訪れていたであろう、国内外からの方々が30人ぐらい参加していました。オースティンということで、やはり女性客が断然多かったです。

ロンドンウォーク13 さすが、ジェーン・オースティン。女性の参加者が圧倒的に多い

 駅からピカデリー通り沿いに歩き始めると王立公園のひとつグリーン・パークに隣接している五つ星ホテル、ザ・リッツ・ロンドンが見えてきます。皇室、政治家やセレブ御用達のホテルで、映画『ノッティングヒルの恋人』の舞台にもなったことで有名です。しかし18、19世紀は、White Horse Cellarという駅馬車があり、英国南部、西部からの玄関口だったそうです。我々が歩いている場所は、かつて多くの馬車が行き来し、馬と人と荷物でごった返していた。そんな中、上京してきたオースティンも、華やかなロンドンに心踊る思いで、ここに降り立ったのでしょう。

ロンドンウォーク14 王立公園のひとつである、グリーンパーク。芝生の広場があり、リラックスできる場所として人気。ビルが立っているあたりがメイフェアのエリアになる。オースティンは駅馬車でロンドンに上京し、この公園前で下車していた

 その後、ピカデリー通りから左に入り、メイフェア内へとツアーは進みます。オースティンの時代にはロンドン随一の高級住宅街として人気を集め、多くの上流階級の男性が社交の場として集まり、女性は流行の品を買い求めていました。当時、イギリス最大の英雄ネルソン海軍提督、詩人のバイロンなどが、このあたりにいました。なんでしょ、歴史で習った人物が実際にこの道を歩いていたり、お茶していたと聞くと、絵でした見たことがない人物に、急に血が通い始めたようで、実に生々しい。そして、メイフェアが放つきらびやかさの裏では、ゴジップニュースもお盛んで、惚れた腫れたの騒ぎは日常茶飯事だったそうな。オースティンもしっかり自身の作品の中で、フィクションという形でゴジップネタを入れていました。

青色で示されたエリアが、メイフェア
ロンドンウォーク15 マレー出版社があったアルバマール通り50番のテラスハウス。ロンドンに住んでいたジェーンの兄の働きかけのおかげで、彼女はこの会社から出版できた。きっとここを訪ねてきているはず

 メイフェアにあるアルバマール通り(Albemarle Street)50番の建物前にグルーブは止まりました。そこは、オースティンの主要作品の中から四作品、『エマ』、『マンスフィールド・パーク』、『説得』、『ノーサンガー・アビー』を出版した、ジョン・マレーの出版社があった場所です。このマレー社は、当時大きな影響力を持っていた文芸出版社で、バイロンの文芸書、ダーウィンの『種の起源』なども出版していました。また、早くから旅行ガイドブックシリーズも出版しており、今日私たちが見るガイド本の先駆けと言われています。1891年には、日本のガイドブック(A Handbook for Travellers in Japan)も出しています。ロンドンの高級エリアでよく見る古めのテラスハウス。特に特徴ある建物でもなく、プラーグもないので、知らなければ完全に素通りするであろう場所に、こんな歴史が隠されていたとは驚きです。きっと、ロンドンにはこういった場所が多々存在するんだと、初めて気付かされました。

ロンドンウォーク16 少し前までは、男性専用だったアルバーニーと呼ばれているジョーシアン様式のマンション。ジェーンの兄が一時期オフィスを構えていた。最近だと俳優のテレンス・スタンプが暮らしていたことが有名

 その後も、高級ブランド通りのボンド・ストリート、老舗のオーダーメイド紳士服店が並ぶサヴィル・ロー、世界一古いアーケードと言われているバーリントン・アーケード、アルバーニーと呼ばれているジョーシアン様式のマンションビルなどを見ながら、興味深い当時の話を聞き、オースティン作品の舞台になった場所を巡っていきました。世界中から来ているお金持ちたちが買い物している中、ぞろぞろと列をなして歩く私たちのグループは、明らかに異色です。そんなツアーですが、オースティン作品を真面目に読んでおらず、いくつかの映画版を眠そうになりながら見ていた私には、話がちょっとオタクすぎで、話についていけず。登場人物が他の作品とごっちゃになり混乱していました。話と歩は、パニックの私など気にせず、どんどん進んで行きます。恐るべきガイドウォーク。参加者もしっかり勉強しておかないと、置いてけぼりを食います。

 後半は、ピカデリー通りを挟んで反対側のセント・ジェームスに移動しました。こちらは、重厚感溢れる大きな建物が連なっています。セント・ジェームスも老舗名店が並びますが、メイフェアが若者・女性向けが中心とすると、こちらはどちらかというと紳士向けのお店、例えば、巻きタバコ、帽子、ブーツなどのお店が多いなと感じました。ガイドさん曰く、この辺りにはエリート階級紳士専用の会員制クラブ、ジェントルマンズクラブが多くあるそうで、そのあたりも関係しているのかもしれません。1693年に設立したロンドン最古のジェントルマンズクラブ・White’sもここにあり、みなで外観を見上げていました。チェールズ皇太子が、ダイアナ妃との結婚前夜にバチェラー・パーティーを開いたところだそうです。このあたりになると、宇宙人と同じぐらい異次元の世界の話になり、異国から来た庶民の私には、想像を超えてきます。かなりゆるくなったとは言え、英国はやはり階級社会なんだとつくづく感じました。

リージェンシー様式のドレス リージェンシー様式のドレス。古代エジプト、ギリシャ・ローマの影響を受けている。英国では今でもこの様式を取り入れたウェディングドレスが人気 Printed Circa 1801, © The Graphics Fairy 2007

 二時間のツアーは、狭い範囲でしたが、とても濃い内容で、最後はお腹いっぱいに。オースティン好きは、満足したことでしょう。無知の私は、きっと三分の一ぐらいしか理解しておらず、ちょっともったいないかった。ただ今回の歩きで、現代の英国女性が、オースティンが生きた時代のリーシェンシー様式ファッションへの強い憧れを持つ気持ちが、なんとなく理解できるような気がします。日本女子が、大正ロマン、昭和モダンといったものに、ときめくのと同じように、時代背景は違えども、自国が外国からの刺激を大いに受け、経済、文化がさらに発展し、希望に満ち溢れている元気な時代に対して、人々はノスタルジックに感じるのかもしれません。オースティン作品の人気は、そこがひとつ関係していると思います。そして、オースティンの巧みな心理描写により、女性の地位が低かった時代にも関わらず、力強く生き抜く女性たちの姿に、時代を超えて世界中の読者を魅了し続けることを、今回のツアーで強く感じ取りました。私も彼女の作品に学んで、表現力豊かにできたら、このウェブももっと話が面白くなるかもしれないなぁ・・・と、ちょっと反省しながら、帰路につきました。

ロンドンウォーク17 ジェーン・オースティンゆかりのスポットを巡るロンドン・ウォーキングガイドブック。オースティン以外にも著名人とロンドンの関わりを見て回るために、多くのガイド本が出版されており、ロンドンの本屋さんには、そのためのコーナーが設けられている

 ロンドンでのオタク・ガイドウォーク、二つほどご紹介しました。いつもそれほど魅力を感じていなかったロンドンが、このツアーに参加してから、ちょっと違って見えてくるから不思議です。前に何度も通った道もあり、そんなところがシェイクスピアやジェーン・オースティンとゆかりがあるとは、以前は考えもしていませんでした。また、建物ひとつとってもその時代を反映した様式や工夫が隠されていて、それを知ることで、大きな目覚めがあります。私のロンドンの見方を、ガラッと変えてくれたガイドツアーでした。そして、ブラブラ歩く、散策することは、いつでも、どこでも、どんな形でも、楽しめることを改めて認識しました。特に今回のような学ぶツアーでは、歩くスピードがじっくりとその時代に浸らせてくれます。知識を得るのにちょうど良いスピートと距離感だったと感じます。今までは、ショッピングや美術館巡りしかしてこなかった大都会を、まるで森の中で野生生物を見つけるかのように、今後はどんな秘密や歴史が潜んでいるのか、意識しながら歩いてみたいと思います。みなさんも、観光客でなくても楽しめるオタク・ガイドウォークに、ぜひ参加してみてください。ガイド本も案内もたくさんありますので、セルフ・ガイドでも十分楽しめると思います。非常にお手軽で気楽なのに、学びが十二分にある遊びです。みなさんの近くにもきっと開催されていると思います。よく知っていると思っている地でも、知らないことだらけ。新たな出会いが待っているはずです。

6th August 2016, Sat @ London

ガイドウォーク情報:
London Walks ウェブサイト walks.com


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