05 10月 30キロ チャリティー・ウォーキング チャレンジ
9月20日(土)に、私が住んでいるエセックス州、モルドンで開催されたチャリティー・ウォークに、私の在英10周年記念として参加しました。たまたま買い物に行ったスーパーの掲示板で見かけたポスターが目に止まり、地元のイベントというこで、ちょっとトライしてみようかなと思い、エントリーしたのがきっかけです。英国白血病・リンパ腫研究所(LEUKAEMIA & LYMPHOMA RESEARCH)が行なっている”Forget Me Not Walk”と呼ばれるイベントで、30キロのウォーキングにチャレンジし、何事もなく参加者の方々と共に楽しみながら、完歩しました。当日朝から雷雨で、一時はどうなることかと心配しましたが、いざ歩き始めると、雨は上がり、想像以上に快適なスタートとなりました。コースは、地元モルドンの北側を30キロをぐるっと一周するもので、スタート地点がゴールとなります。マラソン・チャレンジと題していたので、てっきりタイムや順位が記録されるのかと思いきや、「では、ぼちぼち歩き始めましょうかね」といったノリでみながゾロゾロと歩き出し、ちょっと驚きました。どうやら、決められた距離を歩ききることが「挑戦」ということだったようです。
今イベントは、白血病で若い息子さんを失ったリーブ夫妻が英国白血病・リンパ腫研究所と協力して、息子さんの思いを忘れないために企画したものです。イベント参加条件は、エントリー代を支払いこと(今回は、£10)とチャレンジ参加者全員、自分についてくれるスポンサーを自分で募り、そのスポンサー代を団体に寄付することでした。イベントによっては、最低限の募金額が設定される場合がありますが、今回は特になく、できる範囲でがんばるというスタンスでした。英国は、チャリティー大国です。福祉国家の英国と言われていますが、国からの支援には限りがあり、チャリティー団体が大きな役割を担っているため、人々にとって身近な存在です。ボランティア活動、チャリティー・イベントは、頻繁に行われています。募金活動も思考をこらして、今回のウォーキング・チャレンジのように、参加者が楽しみながら寄付を募る企画が多くあります。
その中で、私が今イベントに参加したいと思った理由は、地元の人が行うイベントだったからです。募金先もあまり大きな団体でなく、白血病・リンパ腫のための治療改善と患者サポートと目的もはっきりしてい ました。大規模なイベントになるとチャリティー・イベント専門企画会社が入り、どうしても商業化された感が強く、私としてはスポンサーを募ることに抵抗があります。今回は、モルドンに住むご夫妻と彼らのご近所さんや友人・知人がボランティアとなって開催されたこぢんまりとしたもので、終始のんびりとアットホームな雰囲気が漂っていました。私のように、祖国を離れてた根無し草の人間としては、住んでいる地域の方々との交流は大きな意味があり、私自身いつもこだわっている点です。
歩き始め最初の一時間は、いくつもの田園を通り抜けて行きました。このあたりでは、麦、ライ麦、菜の花、亜麻仁、ムラサキウマゴヤシなどが栽培されています。収穫はすでに終り、少し寂しい風景ではありましたが、道中出会った馬、羊、牛、あひる、孔雀たちに、癒されました。気温が上昇し、蒸し暑くなり始め、参加者みんなが着ていたジャケットを脱ぎ始めると、今チャリテ ィー団体のTシャツがお目見え。のどかな田舎道が突如パッと眩しいぐらいの赤色に染まりました。不思議な光景でしたが、宣伝効果は抜群と言えそうです。英国には、フットパスといわれる歩道が、全国に網の目のように数多く存在しています。このフットパス、正式名を Public Footpathといい、人々がまだ歩くことでしか移動できなかった時代に使用していた歩道を、今日レクリエーション目的のために保存しているれっきとした公道です。またPublic Right of Way (PRoW)という名で、誰でもこの公道を歩く権利が法律で認められています。つまり、ひとたびフットパスと認められれば、住宅地であろうが、農地であろうが、ゴルフ場であろうが、歩くことができる。日本ではちょっと考えにくいユニークなシステムであります。ちなみに今回のコースの七割は、フットパスを歩きました。
チェックポイントで一息してから、いよいよ前半のハイライトである川沿いを歩くフットパスにでてきました。タイミングよく満潮で、朝の嵐が信じられないような穏やかさが、モルドン独特の朴訥とした風景をさらに美しく演出していました。エセックス州は、平地の州と言われていて、高低差がほとんどありません。 モルドンあたりは特に湿地帯のため、海抜がマイナスの土地も多々あります。ブラックウォーターと呼ばれている河口付近は塩水で、その昔人々はseawallと呼ばれる盛土を手作業で設置し、満潮で浸水しないよう塞き止め、川沿いの土地を農地として使えるよう年月をかけて塩抜きしていきました。その努力の結晶である土手道を歩く、一歩一歩踏みしめるように力が入りました。
河口と運河の合流地点に、第二チェックポイントがあり、そこで昼食。サンドウィッチ、スナック、ケーキ、果物、エネルギードリンクなどすべてボランティアの方々が用意され、手際よく給仕してくださいました。きっとみなさんスポーツ ・チャリティー・イベントに慣れていらっしゃる方々なんだと思います。軽く食事をしてから、今度は、運河沿いを歩き始めました。英国には産業革命時代に多くの運河が建設されました。今は、船遊び、釣り、そして運河脇を歩くといったレジャー目的で使われ、国の遺産として大切に保管されています。また、川や運河に停泊しているボートを正式な住居として生活されている方々もいらっしゃいます。私の知人数人もボート暮らしですが、外はどこから見てもボート、でも一旦中に入ると普通の家とまったく変わらず。中には、室内ミニサッカー場を子供のために作ったひともいます。 この日は、釣り人たちが、まるで修行僧が座禅を組んでいるかのように、静かに運河の水面を見つめながら座っていました。
今回のチャレンジや地元のグループ・ウォーキングに参加して面白いなと感じたのが、みなさんの歩くスタイルです。 みなさん歩きながらよく喋ります。老若男女隔たりなく、話している内容もアウトドアや自然と何の関係もないものも多 くて、びっくりしました。地元だからかもしれませんが、景色もそんなに見ていない。中には歌いながら歩いている方や愛犬を連れている方もいらっしゃいました。もちろん歩くことだけに専念しているひとも、静かに歩くことを楽しんでいるひともいらっしゃいましたが、どうやら歩く(散歩) = 社交の場という風習が、英国にはあるように感じられます。何かに懸命に挑戦している雰囲気はなく、このリラックスした感じが実はこのイベントの醍醐味で、今回で4回目の開催を迎えることができたポイントなのかもしれません。
運河を離れた後、今度は鉄道廃線跡を3.5キロほど歩きました。モルドンと近くにある都市とを繋ぎ、地元のために118 年間走り続けてきた鉄道は、車社会化した1966 年に廃線となりました。今は、線路があったであろう築堤はトレイルとして保存され、両脇に生えている木々が長い緑のアーケードを作り出していました。車窓から見えるモルドンの風景はどうだったんだろうか、想像してしまいます。
最後のチェックポイントを通過し、リンゴ園が広がる丘を登り始めました。ひと昔前までこのあたりは、リンゴ園がそこかしこにあったそうです。1973年に英国が ECC(欧州経済共同体)に加盟後、国外からリンゴが輸入され始め、価格競争に負けた地元の生産者たちは、多くのリンゴの木を処分せざるおえなくなりました。残されたリンゴの木々には、何とも言えない喪失感が漂っています。日本人としてひと事ではなく、生き証人を見た思いです。歩くことでしか発見できない小さな村の物語や歴史がそこにあり、それが世界の大きな動きに繋がる。昔世界史の教科書に記述されていたことが、現実として目の前で見ることができた瞬間でした。
丘を登りきり、静かな家並みを通りぬけ、出発点であったパブに戻ってきてゴ ール。5時間半で、チャレンジを終了しました。完歩記念にメダルをいただきました。スポーツの大会は、中学校のマラソン大会以来でしたので、多少緊張していましたが、終わってみると心地よい疲労と達成感を味わいました。パブがゴールというのも実によく考えられていて、用意された軽食と祝福の一杯をみなさんそれぞれ楽しんでおられました。ひと仕事終えた後の一杯は、やっぱり旨い!!
今回のチャレンジで、30kmに挑戦した人たちは40名、ショートコースの20kmは31名、合計参加者数71名でした。ある方は、病で失った家族や友人のために、ある方は、病からの復帰を祝うために。それぞれの目的、思いで歩かれていました。最近白血病を克服し、今チャレンジで最後まで歩ききるという強い意志で参加していた女性は、大奮闘した結果、最終グループの仲間と共にゴール。みなから祝福の喝采を受けていたのが印象的でした。家族、友人のみなさまのご協力のもと、私が集めたスポンサー代、最終金額は、£408.41(約7万1413円)となり、無事に全額英国白血病・リンパ腫研究所へ寄付されました。心から謝意を表するとともに、リーブ夫妻からも、みなさんのご厚意に対しての感謝、そして寄付金が有効に活用されるようしっかり見守っていくとのメッセージをいただきました。
今回の経験で私が学んだことは沢山ありますが、一番の大きな発見は、人間たまには人様のために何かをする。その体験は、己をよく知ることにもなる、ということです。私のように世の中にために役立つ頭脳や才能も無く、子供を産んで育てて次世代社会へ貢献しているわけでもない人間としては、自分の時間を他人のために使うことは、大変有効に思いました。たとえ小さなことでも、偽善的で自己満足な行為でも、混沌とした世の中で人間が持っている可能性や希望を感じることができるよい機会だと思います。さらに、今回は歩くという行動を改めて認識しました。人類の一番の進化は、二足歩行をしたということではないでしょうか。しかし、利便性優先の現代社会で二足歩行をしなくなってきている私たちは、何か大きなものを失いつつあるのかもしれません。歩くことでしか見えてこない世界があるように感じます。
多くの方々に支えられた英国生活10年。おかげさまで、チャレンジによってよい節目をつけることができました。モルドンの魅力も再確認することができ、ここに住むチャンスに恵まれてよかったと改めて感じています。最後に、主催者のリーブさんに、「なぜ、このウォーキング・イベントを企画したんですか」とゴール後質問してみました。すると彼はこう答えました。「人は、楽しいことにはお金を出してくれるんです。」う〜ん、なるほど。楽しみながら、目的を達成させる。英国のチャリティー社会、まだまだ学ぶことが多くありそうです。みなさまも、たまには歩いて遠出してみてはいかがでしょうか。きっと面白い発見があると思います。
Sorry, the comment form is closed at this time.