ランぶら歩き0

お腹いっぱいになった後は・・・

 英国冬の一大イベント、クリスマス。12月になるとイルミネーションで彩られた街は、買い物客で賑わい、各家ではクリスマスツリーやリースが飾られ、人々の気持ちは高まります。当日は家族や友人が集まり、ご馳走をみなでいただきお祝いし、食後は団欒しながらのんびり過ごす。最近はかなり商業色が強くなってきていますが、それでも英国人にとって家族や仲間を一番感じる、ほっこりする時期です。ただ、リラックスした気分で、ついつい食べすぎ、飲みすぎてしまう。そんな時は気分転換に、外の新鮮な空気を吸いに、全員で散歩に出かける。そんな人たちが、この時期あちらこちらで見受けられます。日本の初詣のように、目的地があって歩くのとは違い、気の向くままにブラブラ好きなだけ歩く。霜が降りた外の寒さは体に沁みますが、全てが白く凍る冬景色をのんびり眺めていくのは、心身共々リフレッシュされていきます。中には、サンタクロースの赤い帽子を被って歩いているひともいたりして、クリスマス気分を満喫しているようです。

ランぶら歩き1 大人になっても、クリスマスはウキウキ♡

 英国では、人が集まり食事をしたり、同じ時間を過ごすとき、散歩というのがそのイベントの中に組み込まれていることが多いです。これは、クリスマスだけに限ったことではありません。例えば、私たち夫婦が夫の実家を訪ねた時は必ず、食事前後全員で散歩をします。長靴を履いてゾロゾロ歩きながら、近況報告、政治や経済、地元のゴジップなどを話す。四季を表す自然、歴史的建造物、田園風景を愛でる。誰もが参加でき、お金もかけず、全員で一緒に何かを行うことで、しばらく会っていなかった時間もすぐに埋められ、気持ちがぐっと近くになります。ただ食事をするだけでは、この効果は十分に得られないでしょう。心理学でも対面で話すより、横並びのほうが距離も近く、人は心を開くということを聞いたことがあります。しかも同じ動きをすると同調効果が高まるとか。恋人同士がよく散歩しているのも、納得できます。このような散歩をする風習は、もともと15世紀から16世紀の上流階級が、訪問客に広大な敷地内を歩きながら見せて回るおもてなしや消化促進のために食後に歩いたことから始まっているとか。その後産業革命で人々の生活スタイルが変わり、特権階級だけが許された散歩が、気軽に楽しめるレクリエーションとして大衆へ広がり、現在彼らが普通に仲間と行う散歩という形態になっていきました。

フットパス標識1 全国共通で、黄色い矢印で表記

 とはいえ、歩く道が車道では、雰囲気もへったくれもありません。車の通りばかりが気になり、話もできない。景色をじっくり眺めるような余裕もない。自立心の強い英国人には、人によって決められた公園内や遊歩道をぶらつくだけでは満足しない。ではどこを歩いているのか。それは、Public Footpathと言われる歩行専用道路。畑、牧場、森、丘、山、河川敷、公共用地、私有地、入会地などの中を大胆に突っ切り、まるでブリテン島の毛細血管のように、全国あちらこちらに存在しています。総距離は、現在イングランドとウェールズで約22万5000キロ、スコットランドで登録済みなのが、約1万6600キロ、二つ合わせて、地球6周できるほどの距離にまでになります。登録作業は2026年1月まで続き、距離はさらに伸びる予定です。Publicと書かれている通り、公の道であり、誰でも歩く権利が法律上認められています。その昔、公衆の歩行通路として各地域で使われていた道を、交通手段が多様化した現在では、レクリエーション目的のために保存し、みなが歩けるようにしたのです。ロングトレイルといった本格的なハイキングをするための道は他国でも立派なものがありますが、ただちょっと歩くだけのために、日常生活圏内でこのようなシステムを作り上げた国は他に見当たらないのではないでしょうか。それだけ、散歩が生活の一部となっている証拠だと思います。

ランぶら歩き2 赤ちゃんも、みんなと一緒に散歩したい

 日本の私たちは、産業革命から資本主義国として走り続けてきた英国を、憧れの先輩として崇め、一歩でも近づこうといつも必死に追いかけてきました。しかし、その先輩も、走り続ける中で、失敗を繰り返し、多くのものを失い、そこで初めて真の豊かさとは何かと考え始めたのです。そして先輩が出した答えの一つは、シンプルに歩くことの喜びだったように感じられます。


参考文献
Ramblers, Ramblers Best Walks Britain (Collins, 2010)
Ramblers, Walking in Britain (Ramblers advice, 2012)
市村操一(2000). 誰も知らなかった英国流ウォーキングの秘密 、山と渓谷社


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